モザン「あのお姉ちゃん、何で悪い人のフリしてるの?」ハビラ「シーッ。何か訳があるのよ」
この服が無ければマリーは船乗りになれなかったし、リトルマリー号は売られて仲間達も解散、アイリもマリーに助けて貰えず、当然ここにフォルコン号と海兵隊員が居る事も無かったんです、仕方ないんですお父さん。
トゥーヴァーさんが言っていた。奴隷商人達は被害者を恐怖で支配すると。そのせいで助けに来たつもりの人間が奴隷に襲われる事もあるのだと。
「奴隷共はこちらですの!? ホーッホッホッホ」
「はい、お嬢様」
カイヴァーンには、はいお嬢様以外言わなくていいと言ってある。
そこは二階部分にあった岩牢と似たような場所だった。だけど詰められているのが女子供ばかり、80人くらいという事で、少しはスペースに余裕がある……ぎりぎり、全員が横になる事は出来るというくらいの空間はあるみたいだ。
私はそこに、バニーガール姿のまま現れた。
「私が購入したのがこの全員ですのね!」
「はい、お嬢様」
「ボサッとしてないで! 奴隷達を出すのよヒゲペンギン!」
「ヒゲペン……」
ヒゲペンギン呼ばわりされた父が絶句する。
明かりは牢の外にランプが一つあるだけ。牢の中はお互いの顔も見えないくらい暗いと思う。
奥の方で子供が泣いてるんだけど……他の大人がなんとか静まらせようと必死に声を掛けている。新しく現れた……黒いおかしな服を着た、海賊の幹部らしい女の不興を買わないようにと。
心が折れそうになる。涙が出そうになる。だめだ。しっかりしないと。私は外の海賊から一つだけ拝借した煙管を、意味もなく振り回す。
「子供が泣いてますのね? 子供の分も金は払ってるんですのよ! ちゃんと大人が背負って来るのよ、母親でも母親でなくてもいいから! もし数が減ってたらあんた達の連帯責任ですわ! 病人でも赤ん坊でも! 残らず連れて来るのよ! ドラゴン! 水をやりなさい!」
「はい、お嬢様」
ドラゴンと呼ばれたカイヴァーンは担いでいた水の樽を降ろし、栓を開いて中身をそのへんにあったタンカードやカップに注いで行く。
みんな喉が渇いてるみたいだ。海賊は人質を支配しやすくする為、わざと水の供給量を最低限にしてたのだ。
ヒゲペンギンは先程海賊から奪っておいた鍵で、牢の戸を開ける。
人質の中からちょっと勝気そうなお姉さんが一人、真っ先に飛び出して来る。そして片言のニスル語でまくしたてる。
「病人がいる! 前からそう言ってる! 水も食料も足りない、風もない、死人が出たらお前達だって損をする、話を聞いて!」
あ……この人もトゥーヴァーさんと同じなんだ……体中傷だらけなのは、何かにつけて皆の為に海賊に食ってかかるからだろう。声を上げられない仲間達の為に。
「あらそうですの、ホホホホ。冗談じゃないわ、ヒゲペンギン! ドラゴン! さっさと奴隷共を上に連れて行くのよ!」
「待て! 病人も居る、みんな弱ってる!」
「ここに食料と水はあるから好きなだけ取りなさい! さっさと外に出て! 外は風も吹いてるし陽も照ってるわ! 元気な者は病人と子供を連れて! 早く外に出るのよ!」
あっ……目の前の勝気なお姉さんの表情が変わった!? まずい、涙を見られたかも……
「ぼさっとしてんじゃないわよ! アンタも病人に肩でも貸しなさい!」
私は苛立ってテーブルを蹴飛ばしてみせるが、全然音も出ずテーブルも動かなかった。
お姉さんは仲間達に向かって知らない言葉で話す……
「この女の言う通りにしろ、だって」
カイヴァーンが小声でアイビス語に訳してくれた。
「遠慮してないで、ちゃんと水を飲んで、何か食べなさいよ! アンタ達が元気じゃないと私が損をしますのよ! ホーッホッホッホ!!」
私の『何がなんだか解らないけど怪しい、少なくとも奴隷商人側の人』作戦は成功したらしい。人質の皆さんは私を正義の味方ではないかと疑う事もなく、すみやかに移動を始めてくれた。
私達はあの秘密の入り江の通路を登り、崖の上から、フォルコン号が居る入り江に向かい、行列を作って歩いていた。
病人や子供達には誰かしら別の大人がついている。カイヴァーン達が渡した水や食料を持っている人も居る。
一人の小さな女の子が、水の入ったタンカードを一つ、慎重に持って歩いている……恐らく、喉の乾いた誰かが飲めるようにと。
もし私達が大勢の海兵隊と何隻もの軍艦で来ていたら、皆喜んで協力してくれただろう。
フリゲート艦一隻くらいだったらどうだろう。説得すればついて来てくれたかも。
だけどたった三人で助けに来た、入り江に小船が一隻来てるなんて言ったらどうなるか。海賊の報復を恐れる人が、どんな行動をしたか解らない。
海賊側の人間のフリをして皆に動いて貰う方が早いと思った。
あの勝気なお姉さんには私のそんな思惑が見抜かれてしまったかもしれない。
通路を登り、崖の上に出ようとする人質達の行列。病気の人も居るし子供も多い。病気の子供も居るな……ドラゴンもヒゲペンギンも、今の自分の仕事に集中している。
「さっさと歩け、お嬢様が怒るぞ!」
「ほらそこ、元気な奴は他の奴の水や食料も持ってやれ! 肩も貸すんだ!」
あくまで悪役として振る舞う私達。その親玉である私にあの勝気なお姉さんが近づいて来て、片言のニスル語でささやく。
「勝算、あるんだよね? ねえ……御願い、教えて……」
ああ。最後まで芝居を続けなきゃいけないのに……やっぱだめだ私。せめて小声で応えよう。
「小さい船だけど全員乗れる。奴隷を禁止してる国の軍隊も来ている。医者は居ないけど町まで一日で行ける」
私がそう答えると……お姉さんは目元に涙を滲ませる……だけどそんな涙を見ると余計に気が気でなくなる。私はちゃんとこの人達を救えるのだろうか?
「あ……ありがとう……あの! 父や兄、それに夫……男達も居る! 昨夜船に乗せられて連れ去られた! 私達の三倍の数! あの男達が助からなかったら……私達、助かっても奴隷のようにしか生きられない……」
心臓が押し潰されそうな心地がした。
そうなんだ。仮に私がこの人達をダルフィーンに無事届けられたとしても、この人達の人生はその後も続く。父、兄、そして夫……そういう人々を失ったままの世界に戻されて、それでいい訳が無い……
「見て! 道の先にゴリラが居る!」
その瞬間。先導するカイヴァーンの後ろに居た女の子が何か叫んだ。それは私の知らない言語だったけど、ゴリラというのは聞き取れた。
列の先頭の方を見た私の手に、誰かが触れる……お姉さんが目で強く訴えながら続けて言った。
「奴隷商人は拠点を離れる時に、念の為男達を連れ去った、私達の買い手を案内して戻って来るはず、もしかしたらもうすぐにでも! 男達を……どうか……」
「……男達だって私が買うんですのよ! お前達と一緒に! 必ず一緒に!」
私はそう皆に聞こえるように叫んでから、列の先頭へと走る……ああああ……向こうからオランジュ少尉率いるアイビス海兵隊が来る……この姿を見られてしまうけど仕方ない。
「マッ……マリー船長が何でここに居るんだ!? フォルコン号に閉じ込められてたんじゃ……」
オランジュ少尉は驚く。恰好の事はいいのね。
「少尉、この人達を保護して! 弱ってる人も多いから、病人とかも……それから、なるべく早く船に乗せていつでも逃げられるように洋上待機させて! 奴隷商人の本隊は買い手を連れてもうじき戻って来るって!」
「なんだって……何だよもう、お前ばっかり活躍してずるいぞ!」
「そこは……ちょっとだけごめん」
「でもこれは女子供だけで、男の人質は別に居るんだろ?」
「そうなの! 本隊が連れてる男の人質はこの三倍居て、海賊も密輸業者も来るから……凄い人数だよ、本当に戦うつもりなの? たった17人で」
「お前なんか二、三人で戦ってるじゃないか! 今度はちゃんと俺達も混ぜてくれよ、次にお預け食ったら勝手に部隊を展開するぞ!」
後ろに居た海兵さん達も身を乗り出す。
「そうだそうだ!」「俺達は戦いに来たんだ」「出番をくれよ船長」
「待て、待ってくれ」
父がやって来る……また何かうるさい事を言うつもりだろうか。
「奴隷商人って奴は狡猾なんだ、リスクを冒さない。あいつら、たった17人でもアイビス海兵隊が居るのを見たら、一目散に逃げてしまうかもしれない」
「えっ……あんたは?」
「アルバトロス船長だ。宜しくな」
「おお、あんたが!? すげえな、あんたの情報は間違って無かったな」
父とオランジュ少尉はがっちりと握手する。
「俺も来てくれる軍人が居て本当に嬉しいよ。どうだろう、騒ぎが始まるまでは見つからないようにしていてくれないか? 奴隷商人が日中に戻って来るとして……日没時まであの入り江に居てくれたら、大逆転の目がある。首尾良く騒ぎが起きたら、強襲を掛けて欲しい」




