ユリウス「それが……いつぞやの少女が船長との事です」
海賊だという傷だらけの漂流少年。
扱いに困るマリー。
元の場所に返してらっしゃい!と言う訳にもいかず。
それから二晩が過ぎた早朝。今回はほぼ全行程に渡り南南西からの季節風を受け続け、ズル無しでパスファインダー商会は南大陸の都市にたどり着いた。
「ナルゲスで降りたくない」
牢屋暮らしのぼさぼさはそう言った。アイリがロングストーンに降りれなかったみたいなものだろうか。アイリの場合は債務者と債権者という関係だったっけ。
ぼさぼさは何だろう? 海賊と衛兵? でも衛兵くらいどんな町にも居るよね。
「どこなら降りたいの?」
これも何度も聞いたんだけど。
「降りたくない。仕事くれ」
「悪いけど海賊の仕事はうちの船には無いわ。海賊は冗談で本当は水夫だっていうなら話は別よ?」
「でも海」「待ってて! 聞いてなかったかもしれないから念の為もう一度言うわよ? 海賊は冗談で本当は水夫だっていうなら……」
「マジ海賊」
……これだ。どうしろと? 衛兵に突き出して欲しいの?
だけど。この子はもう十分窮地を味わったと思う。どんな業があるのか知らないけど、多分最後の魚を捕まえてから一週間は、飲み物も食べ物も無いままあの動かない船の上に居たはずだ。その前に何か食べたのだっていつなんだか……
今日生きていられるかも解らない。明日の希望もない。誰も居ない。私だったら体を壊す前に気がおかしくなると思う。
アレクはオレンジの取り引きの準備に行った。不精ひげとウラドは荷下ろしをしている。
アイリにはぼさぼさの世話を頼んだけど、ぼさぼさが降りたいと言い出したらいつでも降りて貰っていいと言っておいた。太っ腹の私はアイリに金貨10枚まで預けてある。降りるならそれを渡していいと。当座の用には足りるでしょ。
私は真面目の商会長服で、ロイ爺を連れてお出かけだ。
特に目的がある訳ではないけれど、何事も経験不足な今の私にとって、異国でのお散歩は立派な修行の一つだと思う。うふふふ。
暑く乾燥した気候……南大陸のこの辺りは大概そうだけど、ここも例外ではなかった。こう日差しが強烈だと、大きな上着もこれで良かった気がして来る。
ターミガン朝の街であるナルゲスは、マトバフ辺りともまた少し違った雰囲気をしている……悪く言えばニスル朝の都市のような大らかさに欠けているし、良く言えばターミガン朝の都市らしい折り目正しさがある。
街角であくびをしている野良犬に、近所の人がヒョイっと羊の骨でも投げてやって、犬がおじぎをしてそれにかぶりついているのがニスル朝。野良犬なんかたちどころに衛兵に連れて行かれるのがターミガン朝というか。
ターミガンは大きな国で、彼らの首都はずっと東にある。船長を続けるならいつか行ってみたい場所の一つだ。遥か遠い東の国々とも取り引きしている、現在世界一の大都市で、世界中の文化の見本市らしい。
さて。探していた訳ではないけれど探していたものが、早速見つかってしまった。
街の大きな十字路の真ん中が広場になっていて、素敵な花壇や見事な彫刻が飾られているのだが……そんな場所に手配書が張り出されているのだ。
ところが。今ちょうどやって来た、この街の官吏らしい人が……手配書の何枚かを、手配を知らせる掲示板の上から剥がして行く。
「ロイ爺、ちょっと事情を聞いてもらえない?」
「そうじゃの、任せておくれ」
手配書の半分くらいが剥がされて行く……ロイ爺はその官吏に飴か何かを渡して話を聞いて来た。
「最近、ナルゲスの近くを根城としていた海賊の同士討ちが複数あり、何人かの海賊が逮捕され、何人かの海賊が当局への協力により恩赦を受けたそうじゃ」
広場近くの店でロイ爺の話を聞きながら、私は地元の料理と格闘していた。
多分タロイモだと思うんだけど……それをすりつぶして小麦粉で作った皮で巻いてぱりっと揚げた物に……何とも言えない不思議な香りのソースがかかっている。
「ナームヴァルというのはずっと東の地方の名称じゃが、このあたりで海賊に加わっていた人間はナームヴァル出身の移民が多いらしい」
彼らはこれを油から上げると大急ぎで持って来る。そこに何故拘るのだろうと思いつつフォークをつけたら、中から恐ろしい程完璧な火加減の半熟卵が出て来た。
「カイヴァーンという名前も出してみたが、心当たりあるような無いようなという反応じゃったな……まあ街の官吏ではそこまで詳しくは解らんのじゃろう」
熱い! 口の中が焼けそうだ! 暑い、こんなに暑いのに何故こんな熱いまま食わせる、だけど止められない。ソースまで温めて出すこだわりも意味が解らなかったが食べたら解る、どんなに熱くてもこの料理は出来たてアツアツが一番美味いんだ。パリッとした皮も香ばしくて美味しい。
「あとは行方不明の船を調べてみる方法もあるがの……その前に。船長がぼさぼさ君をどうしたいのか、そこが一番重要なんじゃが……」
つけあわせのパンはバトラでミゲルおじさんに御馳走してもらったやつに似ている。少し酸味のある味とひんやりとした食感が、火傷しそうな揚げいも半熟卵と最高に相性がいい。日陰で温度を下げてから提供しているのかな。気配りの行き届いた料理だ。
「飲んだら……負けかな……」
「飲んだら負け? なんじゃそれは」
頼んでもいないのに一緒に出て来た煮冷まし麦湯は、絶対に最後に飲むと決めていた。どんなに熱くても途中で飲んではいけない。これは別にマナーとかそういう神経質なものではない。私の中での勝負だ。
「……わしの話……ちゃんと聞いておるんかのう……」
「申し訳ありません、念の為もう一度お願いします……」
思う所あって、私はその卵料理を10個ばかり持ち帰り用に注文し、麻の布に包む。
揚げたてではなくなるが仕方ない。
市場へ行ってアレクと合流する。オレンジは見事に捌けたようだ。マトバフの時程ではないようだが、かなり儲かった。
「それブリック? まだ温かい?」
さっそくアレクに二個取られた。やっぱり20個にするべきだったかな……ブリックというのか、この半熟卵の皮付き揚げ物。
「仕入れなんだけど……乳香っていう香料や薬に使う奴がまとまった数ある。ただこういう物はいい買い手が見つかるかどうかが賭けになる」
「上等じゃない……そう言えばオーガンさんが香料の事話してたわね」
ターミガン朝との小康状態が長期化しているので、その方面からもたらされる珍品を求める人が順調に増えていると。そうオーガンさんから聞いたな。
「でも香料じゃ船倉は一杯にならないんでしょ?」
「とはいえ得意の生鮮はいいのが無いな……綿布とか豆とか普通の物がいいと思う」
「じゃあ乳香は全力! あとはお任せ! 船足重視で」
「腹八分目だね、アイ、キャプテン!」
アレクを置いて、私は先に船に戻る事にする。
時には仕事を丸投げする事で信頼を示すのも、船長の務めなのだ。
ナルゲスの港はマトバフ程大きくはない。バトラといい勝負かな。街の大きさもそのくらい。
私は港が見える所まで歩きだして……一旦、建物の影に戻る。
「どうしたんじゃ船長」
「ロットワイラー号が居た!」
アイビス軍艦ロットワイラー号。艦長はヒューゴ・ベルヘリアル……銀髪で長身痩躯の見た目はかっこいいが賄賂に弱い軍人さんだ。
賄賂に弱いが、多分かなり有能なんだと思う。前に見た時はロットワイラー号より大きな海賊船を普通に圧倒して易々と捕獲していた。
「わしらは別に悪い事はしてないはずじゃが」
「そうだけど軍人に近寄るなって言ったのロイ爺じゃん」
「言ったけど……仕方なかろう、居るものは。フォルコン号は目立つし、向こうは間違いなく気づいておるじゃろうの」