ホビンが岩肌に書き残したダイイングメッセージ「バニーガールにやられた」
結局また一人で抜け出したマリー。
逃走を防ぐ為に与えたバニースーツも無意味だった。
さっきの海賊おじさんが戻って来たの!?
前から来る二人に見つかる危険は承知で、私は飛び退きながら振り向いた!
「なぜ……そんな格好をしてるんだ……マリィィ!!」
父が居た。
「父さんは……父さんは確かにバニーガールが好きだッ! 大好きだッ!! だけど知らなかった……父さん知らなかった……この世に……美人だけど見たくないバニーガール、そんなものがあるなんて知らなかった……父さんは! 愛娘のバニーガール姿なんて見たくなかったッ!!」
地面に崩れ落ち、蹲る、実の父。
石化する私。
「あんまりだ……父さん、確かに長い間家を空けた! お前に心配も掛けた! ばあちゃんの死に目にも会えなかった……だけど! だからって! 何故こんな世界の果てみたいな場所で、バニーガールになった愛娘の姿を」
「違うの! これ、これはアイリさんが」
「ぎゃあああああああ!! 解ってる!! どうせお前はそう言うんだ!! 父さんは、父さんはアイリの事を言われたら何も言い返せないのを知ってて」
「そうじゃなくて!! これはそもそもアイリさんが作った」
次の瞬間、突然父が立ち上がり、私を岩陰へ放り投げ……!
――ターン。
銃声が響く!! そうだよ、銃を持った海賊の見張りが……!!
「うぐっ……!」
わき腹を押さえ、呻く父……! そんな!?
「お父さぁぁんん!?」
「うそです」
舌を出し、こっちの岩陰に飛び込んで来る父。
もはや思考速度が現実に追いつかなくなった私。
「出やがったなこの野郎!! 出たぞー!! 侵入者だ!!」
「ホビンはどうした!! 馬鹿野郎が!! 集まれ!!侵入」
お怒りの海賊さん達……続いて……何か物音が。
そして静寂……
岩陰で私は父と顔を見合わせる。
「何か静かになったな」
「来ないね」
向こうではさっきの海賊のおじさんがまだ倒れている。あの人がホビンさんだろうか。父も丸腰だが、やっぱり銃や短剣は奪わなかったらしい。
父と私は、そっと岩陰から顔を出してみる。
「誰か来る!」
「待って、あれは……」
索具や端材で作った通路を素早く渡りながら、私とそんなに背の変わらない少年が一人……こっちに走って来る。
「カイヴァーン!!」
「……姉ちゃん」
駆け寄って来たカイヴァーンは、いつも通り……喜ぶでも怒るでもなく、私の手が届かないくらいの所で止まって、ただ私を見ている。
「ごめん、カイヴァーン、こんな所で……あの……私がフォルコン号に戻ってたのは知ってたよね?」
カイヴァーンは首を振る。
「今知った」
「ええ……じゃあ貴方、朝から今まで私を探してたの……?」
あの時、牢にアイリさんが降りて来たのは、皆が揃ったからだと思ってたのに。
「いちおう」
それでやっと見つけた私に、迷惑掛けた私に、浴びせる言葉とか無いんですか?
なんか昔、ナルゲス沖で捕まえたばかりの頃みたいに、片言のアイビス語になってるし。もしかしてこれでも怒ってるのかな……?
私は父の方に振り返る。父は少し距離を取って、びくびくした顔で私とカイヴァーンを見比べていた。
「紹介するね。貴方の息子のカイヴァーンよ。カイヴァーン、これが私達のお父さん」
わあっ!? カイヴァーンが笑った!?
初めて見たよこんな笑顔!!
「御会いしたかったです! はじめまして! 貴方の息子のカイヴァーンです!」
父に駆け寄り、その両手を取るカイヴァーン。目を白黒させる父。
私は入り江の方に振り返る。さっきの二人は物陰から飛び出したカイヴァーンにたちまち昏倒させられたようだ。
「カイヴァーン、聞いて。この人は本当に私達の父フォルコンなんだけど、複雑な事情があって今はまだフォルコン号には戻れないし、船の仲間に会う訳にはいかないの。だから、協力して?」
「そ…そうなの?」
私は頷く。この出会いはとても都合が良かった。カイヴァーンは乗組員の中では唯一、今父に会ってもあまり差し支えのない人物だった。
「まあ、ちょっとした誤解があるだけだから大丈夫、だけど今は赤の他人のアルバトロスさんって事にしないといけないの。出来るよねカイヴァーン?」
あ……カイヴァーンがまた萎れる……
「そんな……ううん、わかった、俺姉ちゃんと父さんに協力する。家族だもん。でもいつかは、堂々とお父さんと呼べる日が来るんだよな?」
「ええ、もちろん。ねえお父さん?」
「えっ……あ、ああ……勿論だとも息子よ!」
「父さん」
こういう事を平気で言える父にちょっとむかつく。カイヴァーン涙ぐんでるし。
「姉ちゃん、もしかしてここが奴隷商人のアジトなのか?そこの二人を含めて五人ばかり片づけながら来たけど」
「マリー、ちょっといいか? その恰好の話がまだ済んでない」
さっきは崖沿いの通路に海賊が三人居たように見えたけど、良く見たら一人は処理済だったようで、岩の亀裂にもたれたまま気絶してるらしい。
「途中で、閉じ込められてる人達を見なかった?」
「俺も今上から降りて来たばかり。詳しくは見てないよ」
「父さん確かにマリーには自由に生きろと言った、だけどお前自由の意味を履き違えてないか」
入り江の崖には所々天然の亀裂や人工的な横穴がある。
入り口に筵のような物が下げられている場所もあり、中が覗えない。
「トゥーヴァーさんが言ってたの、80人くらいの女の人や子供の捕虜が居るって」
「トゥーヴァー?」
「自由というのは恥ずかしい恰好で人前に出てもいいという意味ではなくて」
私達がここに居るのを監視している敵はまだ居るのだろうか。
人質の人達は私達に気付いているのだろうか。
「夜になったら会えるよ、本当だよ、私あの伝説の女海賊、トゥーヴァーさんの幽霊と友達になっちゃったんだから」
「姉ちゃんマジで言ってるのかそれ!? すげええ! 俺も会いたい!」
「マリー、自由ってのはな、例えば、父さんは以前レイヴン海軍を相手に一人で」
「お父さん! 今無駄話しないで! 時間無いから虱潰しに捜そう!」
「俺は上から探すよ、姉ちゃん!」
「待てって! その恰好で出歩くのをやめなさい!!」
私は父と下から岩室を捜そう……そう思ったのに。
「ぎゃぎゃっ!? やめてよお父さん!?」
「いいから! これを着なさいッ! 着るんだ!」
父は、気絶した海賊おじさんから剥がしたシャツとズボンを、私に着せようとする。
「やーめーてー! 申し訳無いけど臭いよこれ! いーやーだ!」
私はそんな父を払いのけながら、一つ一つ、岩室を確認して行く。倉庫だったり、ねぐらだったり、ゴミ溜めだったり……どこにも人の姿は無い。
どうしよう……朝、私達が少し荒らしたから、人質をどこかに移したのか?
「臭くてもそんな格好でいるよりマシです! きっとお母さんも泣くよ!」
「いちいち人の神経逆撫でするのやめてよ! 誰のせいで出てったのよ!」
たちまち膝から崩れた父を置き去りに、私は二階部分を探す……うわ……凄い臭いが漂って来る岩室がある……ここに一人で入るのは嫌だな……
「お父さん! 早く!」
「マリー……父さんだって、父さんだって反省はしてるんだ……」
ようやくやって来た父に前を歩いていただき、私はそのへんでお借りしたランプをかざす。岩室は通路が曲がっていて奥が見えないようになっている。
……
奥にあったのは鉄格子……その奥は明らかに牢獄なんだろうけど……誰も居ない。
そして……凄い臭い……今、誰も居ない牢獄は広々として見えるけれど……
「ここに何百人も詰め込まれてたのかな……お父さん」
「マリーには解らないと思うけど、これは詰め込まれた男共の臭いだ。上まで臭っていたのはここの臭いかな」
「それじゃあ……ここに居た人達は、もう連れ去られてしまったの?」
「わからない。だけどこの場所は10年20年、或いはもっと以前から使われていたんだと思う」
私達はそこを出て、さらに上を探そうと……ぎゃっ!? 岩棚の上から人が降って来て……水面に落ちた……また海賊が居たのかしら。
「カイヴァーン!?」
「見つかったか!?姉ちゃん」
上の通路から声を掛けて来たカイヴァーンがちらっと見えた。
「ううん、まだ……!」
「今のもあの子が? 強いね彼」
「家族思いで真面目な子だからね? 変な事言ってからかったら駄目よ?」
二階には他にも臭いのする岩室が……そう思って入ったら、普通に海賊のねぐらだった。ちゃんと寝台やテーブル、椅子がある部屋なんだけどとても臭い。掃除とか洗濯とかしろよ。
「ほら! 今誰も居なかったからいいけど、海賊がいたら恥ずかしかったでしょう! マリー、いい子だからシャツとズボンを着なさい!」
「悪い子でいいからそんな物被せないで! 次行くわよ!」
そして、その岩室を出た所だった。
「姉ちゃん! 来てくれ、人質はここだ!」
カイヴァーンが上から叫んだ。良かった!まだ連れ去られてなかったんだ。
私は父と頷き合い、通路を駆け上る。
「この中だ。でも皆、気が立ってる」
カイヴァーンは無表情で言った。元海賊の彼はもしかするとこういう事に慣れているのかもしれない。
でもやっぱり人質に話し掛けるなら私かな。女の方が安心して貰えるかもしれないし。第一、私、船長だもん。
あと、私の視界の隅で父が服を脱ぎ始めた。もう何も知りたくない。
「マリー。どうしてもあのおじさんの服が嫌なら、この、父さんの服を着なさい。父さんがあのおじさんの服を着ればいいんだろう?」
どんな罵声を浴びせようか迷ったけれど。いきなりバニーガールが現れたら、囚われの女子供は恐怖するかもしれない。ここは大人しく、父の服を着るべきか……
作者も色んな意味で、色んなタイミングで後悔はしているよ




