アルバトロス「な、なんでこんな所にバニーガール?? 海賊の仲間なの?? ……うふふ、近づいて顔見ちゃお。でもこの後姿、なーんか見覚えが……」
幽霊船で楽しげに踊る所まで、どこかの船乗りに見られていたという。
アイリさんが怒るのも仕方ないよ。
船牢はハマーム行きの航海をしている間、カルメロ君やカメリアちゃんの遊び場になっていたらしい。
今は勿論その時に置いてあった物は全部無くなっていて、代わりに備品として新品の手桶が一つ置いてある。これは本来は何に使う手桶なのか? それは考えたら負けだ。
昨日も徹夜だったし、少し眠い。まあその前の昼間は寝てたんだけど。私は熟睡しないよう、牢の隅に座ったままで仮眠をとる。
当たり前だけど、私は目を覚ましても牢の中に居た。
外の動きはここではよく解らなかった。牢にはひとつだけ小さな板窓がある。これは普段は閉じられていて、甲板からでないと開かない。
私がここに放り込まれてどのくらい時間が経ったのだろう。もう正午は過ぎたんじゃないのか。
カイヴァーンの時は私を含む全員が差し入れに来たというのに。何故私に差し入れをしてくれるのはぶち君だけなのか。
酷いよ。私が何をしたっていうの。レイヴンの軍艦かっぱらった挙句、サメだらけの入り江にパン一で飛び込んだ訳でもないのに。
私はやや寝不足の頭で考える。
まさかみんな幽霊船の話を信じているのだろうか?幽霊船なんてほんとに居る訳ないじゃん。ハハハッ。
仮に幽霊船が本当に居たとして。私が幽霊船に乗って逃亡したとでも思っているのか。そんな事をする15歳の女がどこに居ると言うのか。考え過ぎだよ皆。
仮にそんな15歳の女が本当に居たとして、逃亡防止の為に与えられたバニーガールの服を着て普通に逃亡を謀ったりするものか。
私は板窓をとんとん叩く。
「ねーここ開けてよ、暗くて気持ち悪い」
少し間があったが……板窓は開いた。ぎりぎり、手桶を外に出せる程度の大きさの窓ですね。外は? まだ出航してないのね? さっきの入り江なのね?
さて。私は石鹸に水筒の水を少しかけ、泡立て、肩とか、お尻の辺りに塗り込む。海軍さんが作った船牢の窓は、私のような貧弱な小娘を閉じ込めておく事を想定していなかったのだろう。大の男なら通れないだろうけど、私ならギリギリ通れるんじゃないですかね。
さあ出発だ。さっきアイリから受け取った筆記用具を使い、書置きは別に作ってあったのでこれは残して行く。パルキア石鹸は……持って行こうか。ぶち君に類が及んだら悪いし証拠隠滅しないと。
手桶も持って行こう。ちょっと使うのだ。これが未使用品で本当に良かった。
私は窓によじ登り、最初に慎重に足を出す……甲板からは見えてないよね?それから……お尻さえ通ればっ……後は多分大丈夫っ……でも石鹸がなかったら無理だったかな、ありがとうぶち君。
窓から水面までは1mくらいですね。私は窓にぶらさがったまま、慎重に海に入る……あんまり大きな音を立てたくないもんね……最後に窓から手桶を出して……
本当にすみません。脱獄させていただきます。
――トプン。
桶は私のような者が泳ぐ時の助けになる。前に海に落ちた泳げない海賊に、アレクが投げてやったのを見た事があるのだ。
私はフォルコン号の影に隠れ、入り江の様子を覗う。父のボートと物資もまだそこにある。遠くにオランジュ少尉の背中が見える……一旦偵察を出したのかな。人質奪還作戦はまだ始まらないらしい。私の情報だけですぐに作戦を始めたりはしない、慎重なゴリラですね。
私は何故、アイリさんを怒らせてまで、こんな事をするのだろう。
父との冒険をここで中断したくなかったのか?それもあるのかなあ。
それ以上に、私は巻き込んでしまったトゥーヴァーさん達の事をそのままにしたくなかったのだ。
あの人達が何故、そしてどんな力でお化けをやっているのかは知らないが、あの人達にも生きている人間と同じ、気持ちや願いがあるように見えるのだ。
トゥーヴァーさんは奴隷商人を憎んでいるし、ガイコツの皆さんもぐうたらなフリをしているけど、本当はこの戦いに臨む理由に共感し、参加する事を楽しみにしている。私にはそう見えた。
バニーガールの格好、わりと泳ぎ易いわね。少なくともお姫マリーよりずっと。水の抵抗も少ないしスイスイ進みますよ……耳がちょっと邪魔だけど、手桶のおかげで海面に顔を出すのは訳が無い。
船陰から岩陰へ。そして砂利だらけの海岸へ私は這い上がる。
これも船酔い知らずの魔法の効果だろうか。私が砂利を踏んでもあまり音がしない。そういえばお姫マリーで砂漠を走った時も、少し走りにくいとは思ったけど、走れたわね。
今何時だろう。ちょうど太陽が南中してるくらいか……ハバリーナ号を起こせるまで、あと六時間という所か。
オランジュ少尉達が無事人質を救出出来たら、トゥーヴァーさん達の仕事は無くなるんだけど、そうなったらなったで、ちゃんとお礼を言ってお別れしたい。
とうの昔に死んだ身で、現世の世直しに一肌脱ごうという人達に。
それから……アイリさんに後でどう謝るか……まあ、後の事は後で考えよう。
私は海岸線を歩いて移動する。足元は粒の大きな砂や岩だが、歩くのに差し支えは無い。誰かに追い掛けられたらこの地形に逃げ込んだらいいのね。
岩陰を乗り越え、海岸を行く。そろそろ例の入り江の外の岬が見えるかしら……
次の瞬間、私は慌てて岩陰に戻った。それからもう一度、慎重に顔を出す。
行く手に見張りが立ってる。今朝不審者が出たばかりだもんね。
海賊っぽい感じの、禿げ上がった頭を丸出しにしている、マスケット銃を持ったおじさんが一人……じゃあちょっと、運試しでもしますかね。
「ねー、おじさん」
私は普通に岩陰の向こうから声を掛ける。
「だっ、誰だっ!?」
おじさんは見張りの為に立っていた岩から、こっちへとやって来て、岩陰の角を回って……私が見える所までやって来た。
「ヒエッ!? な、なんじゃこりゃ??」
「この島の日差しは強いから、頭に何か巻いた方がいいよ、手拭いとか」
「えっ……?」
「大丈夫? もしかして何か幻覚でも見えてるの? こんな無人島の海岸にバニーガールなんか居るわけないよねー?」
おじさんは目をパチクリさせていたが。
「ちょっと……こっちにおいで。おいで」
そう言ってにんまり笑って手招きを始めたが、私が黙って佇んでいるので、銃を持ったまま自分から近づいて来る。
「とにかく、こっちへ……」
次におじさんは、私がパルキア石鹸を塗りたくっておいた岩の上に軽く飛び降りようとして、
「ぴゃっ!?」
――ツル。ゴチン。
派手にひっくり返って頭を打ってノビてしまった。
上手く行くもんですね……運を無駄遣いしたような気がしないでもないけど。おじさん?生きてはいるかしら?
おじさんはマスケット銃と短剣を持っていたが……だめだめ、人の物を盗ったら泥棒でゴザル。私は気絶したおじさんをそのままにして進む。
私は入り江を袋状に囲む高い崖の麓を周り、そっと入り江の中を覗きこむ。
ほんとに凄い地形ですね。水深も結構ある。湾内には外洋の波は直接入らないし。
崖の高さは低い所でも30m以上かな……反対側の岬も鋭く長く高い。
上から見た時ははっきり見えなかったけれど。これは思った以上に秘密基地ですね……湾内の水深は結構あって、キャラック船がそのまま入れるくらいありそうだ。そして海面近くの岩は雑にではあるが削られていて、波止場のようになっている。
崖の途中にも岩室が彫られていて、粗末な階段や通路で結ばれている……一番海面に近い岩室が特に大きいようだ。人質はあの奥だろうか。
他の海賊は……入り江の中の、階段や通路の途中に、三人くらい……あっ!?
まずいや、さっきの禿げ頭のおじさん、他の見張りから見える位置に居たんだ。あのおじさんが居なくなった事に気付いて……
「おい、ホビンの奴が戻って来ねえぞ!」
「ああ? お前見に行けよ!」
「お前の方が近いだろ! お前が行けよ!」
「ああもう! 二人で行くぞ!」
そんな事を言い合い出したよ……どうしよう、こっち来ますね……海賊おじさんが二人……どうするか。むしろ囮になってあげようか。私はこんな格好だけどこんな格好なので岩場で追いかけっこしたら負ける気がしない。ふふん。
そう、私が調子に乗った事を考えた瞬間。
「お前!!」
突然。すぐ後ろから男に声を掛けられた私は、一瞬にして血の気を失った。
ぎゃあああぁぁああ!?
活動報告などでもお知らせさせていただきましたが! 天竜風雅様より、めちゃめちゃかっこいいマリーのイラストをいただいてしまいました!! 資料集ページに飾らせていただきましてので、是非是非!御覧下さい!!




