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マリー・パスファインダー船長の七変化  作者: 堂道形人
泰西洋の白波

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猫「拙者が居ないと何も出来ぬようだな……ふふん。世話の焼ける奴め」

 作戦の準備が出来た所に現れたフォルコン号。そして消えるフォルコン。

 消えたフォルコンに憤るマリー。

 だけどフォルコン号の人々は消えたマリーに憤っていた。

 似た者親子の海賊退治作戦、どうなるの。

 確かに私は心配を掛けたとは思う。だけどこの扱いは酷くないか。


 どうしても先に汚れた服をよこせというから、泥だらけのお姫ドレスを脱いで先に渡したら、降って来たのはバニースーツだった。


「今これ着れないよ! 海兵隊の人ビックリするよ!」

「貴女は今回はそこから出ないからそれでいいのッ!! それも船酔い知らずだから楽でしょう!?」


 食べ物も固パンだけだ。船内には野菜をコンソメで煮込むいい匂いが漂っているというのに。


「アイリさん、私も会食室でシチューをいただきたいです。あと、オランジュ少尉と話したいんで別の服を下さい」


「船長のシチューはちゃんととっておくわ、貴女から反省の色が見えたら出してあげる。外部との接触は全部私を通してね」


 アイリさんはそう言って笑顔で手を振り、どこかへ行ってしまった。



「オランジュさーん! 話があるんですけどー!」


 仕方なくバニースーツを着て呼び掛けてみるものの。


「マリー船長! 俺達はあんたの航海魔術師に船牢への接近を禁止されている! 俺も聞きたい事がたくさんあるんだ、何とかならないかー!」

「少尉!! だいたい貴方達が船長を連れ出したからでしょう!? こんな事になったのは!!」アイリ。

「ごめんよ……それを言われたら何も言えないよもう……」


 ゴリラなのに押し弱過ぎ! いや、ゴリラ関係無いか……とにかくそんな事言ってる場合じゃないよ!


「奴隷商人の事なんです! すぐ近くに拠点があったんです、囚われてる人も80人くらい居て、だけど今なら」


 今なら……海兵隊17人とフォルコン号なら、あの拠点に普通に乗り込んで制圧出来るんじゃないだろうか。


「とにかく、皆が戻って来るまで待ちなさい! 皆が揃ったら話を聞いてあげるから!」アイリ。



 しかし……確かに私、二晩留守にしましたよ。フォルコン号に居ませんでしたよ。だけどわざとじゃないもん、たまたまそういう事になっただけだもん。


「やっと帰って来たのか。それでどういうつもりだったって?」


 あの声は不精ひげ……姿は見えないけど、捜索から戻って来たらしい。


「言わないのよ! わざとらしく泣きながら抱き着こうとして来るのよ? その手は食わないんだから」アイリ。


「ちょっと待って下さいよ! 何か酷い言われようじゃないですか、私が何をしたっていうんですか!」


 船牢と甲板で怒鳴り合っているので、お互い少し聞き取り辛い。


「それはこっちの台詞だぞ。何で昨日対岸の洞窟の中で引っくり返って沈んでいたボートが、今ここに浮かんでるんだ?」不精ひげ。


 ええー?? そ、それは……他人の、いや他船の空似じゃないですか……だめ? ぐうたらのくせに、そういう所はプロか……よく見てるのね……


「食べ物も水もあるみたいだし。何をするつもりだったんだ? 俺達を撒いて」


 ボートというのは勿論、父のボートだ。この入り江に降ろしておいてもらえるよう、トゥーヴァーさんに頼んでおいたのだ。食料と水の樽も。


「もっとちゃんと叱ってよ、不精ひげ」

「勘弁してくれ。船長は小さなフォルコンだから仕方ないんだ」

「私はそのフォルコンって人の事は知らないけど……今回マリーちゃんがどんだけ心配を掛けたと思ってるの!」

「参ったなあ……アイリさんはそう言うけど、俺達は……」


 どうも不精ひげの声はモゴモゴしてて聞き取り辛い。



 よし、マリー、状況を整理しよう。


 幽霊船に乗ってしまったのは偶然ですよ。私のせいじゃないもん。海賊探しの途中であんなもんが出て来るなんて、誰も想像してなかったでしょ。


 トゥーヴァーさんと仲間達の話は、今してもいいけど……信じて貰えるか。あと、少し嘘を混ぜないといけないのよね。何故フォルコン号を待たなかったのかと聞かれると困る。


 それから南大陸で、とうとう父に会ってしまった。最初は、これでおしまい、ハッピーエンド、全ては丸く収まったと思ったのだが……これは後悔の始まりに過ぎなかった……


 父について。もし船にアイリが乗っていなかったら……さっきの場所で父が忽然と消える事も無かったのだろう。今頃四人の水夫とも再会して宴会でもしていただろうか。


 いや……アイリとの出会いが無かったら、私がここまで船で来る事は無かったと思う。フォルコン号があって、船酔い知らずがバニースーツ以外にもあって、様々な経験をしたからこそ、ここまで来れたのだ。


 それに今更アイリの居ない航海なんて考えたくない。本人が望んで陸に戻りたがるならともかく、一緒に居てくれるというものを、こっちから突き放すなんて有り得ない。魔法使いだからとか関係なく、私はアイリさんが好きだ。

 私は父かアイリかどちらか、フォルコン号に乗せる方を選べと言われたら、迷わずアイリを選ぶ。


 父をアイリの前に引きずり出して詫びさせたいか。それとも父を見つけた事を隠しておきたいか。これは半々だ。

 正義、という意味では引きずり出したい。私も一緒に謝るから。死ねと言われたら? まあ……私も一緒に死ぬしかないが……

 人情、という意味では隠しておきたい。あんな男でも父は父だし、アイリだって今更十年前の嫌な出来事を蒸し返されたくないだろう。しかも今の職場の人間は、全員ラーク船長の関係者なのだ。



 ふと気が付くと。腕組みをして考え込んでいる私の目の前に、腕組みをして私を見ているアイリさんが立っていた。


「ひゃあああ!?」

「随分考え込んでいるわね……何を考えているのかしらね……この頭の中を……覗いて見れたらいいのにね……」


 私は目を逸らす。アイリは私のうさぎの方の耳を掴む。


「聞いて? 面白いの。私達、貴女を乗せたおんぼろキャラックを探しててね、それらしいのを見つけたから、近づいて見たら船違いだったのね。それはいいんだけど……その船の乗組員が、さっき幽霊船を見たって言って大騒ぎしてたのよ……」


 ヒッ!?


「ううん、ものすごーく、バカバカしい話なのよ……その船は灯りをたくさんつけて、太鼓を鳴らしながら賑やかに航行してたから、楽しそうな船だと思って望遠鏡で覗いたら……船員がみんなガイコツだったんだって……一人を除いて……」


 アイリさん顔が近い……そして怖い……


「動くガイコツで一杯の船の上に、一人だけ…白いブラウスに赤いワンピースの女の子が居て……ガイコツ達の太鼓に合わせて、南大陸の呪術士がするような不思議な踊りを踊ってたんですって……ね? あり得ない話よねー、そんなの……」



「あの」


 私が父と出会った事を含め、洗いざらい白状しようとした、その瞬間。


「貴女の気持ちは解るのよ? お父さんかもしれないアルバトロス船長が、近くにいるかもしれないって。でもね、ロイ爺から聞いたわ。お父さん、いつも貴女の話ばかりしてたんですってね。そのせいで、ロイ爺も初めて会った瞬間、貴女がマリーちゃんだって解るほど。そんな素敵なお父さんが……心配すると思わない? マリーちゃんがあんまり無茶な事をしてたら。ね?」



 残念ながらアイリさんの、この方向からの泣き落とし作戦は完全に逆効果だった。

 挫けかけた私の心の中に、遁走した腐れ外道への怒りの炎が巻き起こり、全てを白状して正直に生きるのですと泣いて訴える天使マリーを駆逐する。



「私、船長なんです。船長の私には人に言いたくない事や説明出来ない事だってあるんです」



 私はアイリに背中を向け、横たわる。私は不貞腐れたらしつこいぞ。


「紙とペンを下さい! 私がお知らせしたい事を書いて渡しますから! 後はそっちで判断して下さい!」

「マリーちゃん……」


 アイリが困ったように呟く。ああもう! 私が誰の為に葛藤してると思ってるんですか!

 私は野良マリーになっても生きていけるけど、このお姉さんは誰かと一緒じゃないと生きられないタイプの人だと思う。何だってあんな親父に惚れた!

 そんな親父のした事に、娘の私が胸を痛めて、痛めてだよ……ああ面倒くせえ。


「はい! これだけはオランジェさんに見せてよ!」


 私は、あの海賊の秘密基地の位置と、現在の戦力、捕虜の人数、それからだいたいの地形について書いた物を、アイリに向けて背中越しに放り出す。

 アイリさんはそれを見て、溜息をついた。


「やっぱり、今回はここから出す訳には行かないわね……私だって奴隷商人は許せないと思うけど、こういうのは軍隊の仕事よ。これ以上マリーちゃんが危険に晒されるような選択肢は絶対に取らせないからね!」



 アイリさんは行ってしまった。



 奴隷商人のアジト……どうなるだろう。

 今なら向こうは船も無いし少人数だ。閉じ込められているのが女子供なら、さすがに海賊側について襲って来るという事も無いのではないか。


 では海賊の本隊はどうするか?残りの囚われた人は?

 それは元々無理筋だったよなあ。戦力差があり過ぎるし、船も足りない。


 80人助けられるだけでも十分、奇跡の大戦果だよ。フォルコン号に乗れる限界の人数って気もするし。それでダルフィーンまで行って、後はコルジア海軍に任せて、それでいいじゃない。それ以上欲張ろうとしたら、その80人だって助からなくなる。



 ん?落とし戸の上にぶち君が居る。何かにじゃれて遊んでいるようですが。

 危ないよ、こんな所に落ちて来ないでよ……まあ猫という生き物はそんなドジ踏む連中ではないと思いますが……あれ、ポトンと。遊んでいた玩具か何かを落としちゃったよ。

 何で遊んでたの?……石鹸じゃん。これはパルキア石鹸。


 ぶち君がこっちを見てる。もしかして、これで体でも洗えって事? まあ……しばらく体洗う余裕なんか無かったけど……もしかして臭かったんだろうか、私。

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ご来場誠にありがとうございます。
この作品は完結作品となっておりますが、シリーズ作品は現在も連載が続いております。
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マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
・「何をするつもりだったんだ? 俺達を撒いて」 不精ひげさんがマリーさんを問い詰めるとは珍しい… とはいえ詰められている本人でさえ「人間のやることじゃない」と言うような行為がバレたのですから当然も当然…
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