オランジュ「ただのおんぼろキャラックじゃないか!紛らわしい!」カイヴァーン「姉ちゃんはどこだああああ」おんぼろキャラックの船長「すみません……」
パスファインダー親子の冒険は続く。
マリーは複雑みたいだけど、お父さんも複雑だよ。
娘と一緒に居るのは幸せだけど、娘を危険な目には遭わせたくないよね。
「安心していいよ。ありゃ海賊だ、あたしらと同じ海のクズ共だね。遠慮せずぶちのめしていいけど」
戻って来たトゥーヴァーさんは続ける。
「ただ、今いるのはやはり少人数の見張りだけだね。本隊は別に居ると思う。それからその……海賊の捕虜になった人が80人くらい居るよ」
「あいつらとトゥーヴァーさん達は違いますよ。一緒の海賊なんかじゃないです」
「よしてくれよマリー船長。いい海賊だの悪い海賊だの、あたしは言いたくないんだよ、海賊はみんな海賊さ」
トゥーヴァーさんの言ってる意味も……少し解る。
「じゃあ私も海賊です、他人の船を奪った事もありますから。みんな海賊なら遠慮はいらないよ」
「ハハハ、そうか、マリーも海賊か」
父が笑う。多分、冗談だと思っているんだと思う。
「それなら父さんも間違いなく海賊だ!聞いて驚け、父さんレイヴンでは賞金」
「シッ!今そんな下らない話しないで!それで捕虜の様子は?」
トゥーヴァーさんは目を伏せる。何かちょっと……辛そう。
「女子供だけ分けて、そいつを残してあるんだ。男達は余所に置いてるか、船の中かな……昔から変わらないね、奴らのやり方は。捕虜の男達から見たら女子供は人質だ。そして人買いから見たら……女子供は半額商品だ。そういう風に分けてあるんだよ」
何となく……だけど。トゥーヴァーさん自身、そんな人質にされていた事があるんじゃないかという気がする。
自分も奴隷として扱われ、そして自分が居る事で誰か他の人も奴隷にならざるを得なかったとか、そういう状況がかつてあったんじゃないだろうか。
父かもしれないし、兄かもしれない。或いは他の大事な人か……
「見張りはあと何人くらい居るかな?」父。
「全員見たかどうかは解らないけど、7人は見た。皆さっきの奴よりは強そうに見えるよ」
7人……今オランジュ少尉達が居れば良かったけど、居ないものは仕方ない。
トゥーヴァーさんは戦えないし、あの銃が無い私はただの置物だ。父一人で7人の海賊の後頭部に石をぶつける事が出来るのだろうか……無理だと思う。
今ならハバリーナ号で強襲してもいいような気もするけど、夜明け前に間に合うだろうか。
「トゥーヴァーさん、この入り江のすぐ近く……あの、陸から泳いでいけるくらい近くにですね、ハバリーナ号が沈んでいられるくらい深い場所はありますか?」
「あるよ、わりと。あっ、そうか、そこに沈めておいて、明日の夜ハバリーナ号で突っ込んで助けるんだな?80人くらいならハバリーナ号で運べるしな……女子供がガイコツに耐えられればだけど」
夜明けが近づき、東の空が色づいて来る……
私は再び崖の上に居た。
ハバリーナ号がかなり大胆に入り江の外側の崖に近づいて行く。勿論、トゥーヴァーさんが船に戻って指揮を執っている。
かなり寄せているけれど、もう少し寄せていただきたい……
私の仕事は、船が沈む場所を見届ける事だ。なるべく正確に……私は明日の夜、そこまで泳いで行かないといけないのだ。
昼間は水泳の特訓かしら……しかもこの服を着たままで泳ぐのか……アイリさんが折角作ってくれた、どこかのお嬢様みたいな素敵な服なのに……そういやその事をまだ父に、あの腐れ外道に話してなかったわね。
そうそう、その腐れ、いや父に合図を送らなきゃ。これがもう一つの仕事だ。
私は、行くのよー! という感じに、全身で彼方を指差す……入り江を見下ろす岩棚の一つの上に居る、父に向かって。
「ワーッハッハッハッハ!!!! 私はー!!キャプテン・アルバトロス!! この!! マリキータ島の!! 王であーる!!」
始まった……高い崖に囲まれた入り江に、アホみたいな声が響く……
この作戦の肝要である、ハバリーナ号が沈む所を相手に見せないようにする為に。
「お前達は何者だ!! なぜこの島に居ながら、私に挨拶に来ない!! 王である私を侮辱するなら、お前達の住民税を三倍にする書類にサインするぞ!!」
父親が大真面目に働いているのだ。笑ってはいけない。お父さんが、家族を養う為に働いているのだ……私は強引にそういうイメージを心の中に作る。
「だがその税金を回避する方法が一つだけある! 教えてやろう! アルバトロス王を称える王様ダンスだ!! ただし振り付けを飛ばした奴は税が五倍になるから気をつけろ!!」
高い岩棚の上で踊り出す父。棚の上は入り残りの満月に照らされ、父の姿は入り江中から丸見えだと思う。
――ターン。
――ターン。
銃声が鳴り出した……私も娘なので心配である。どうかお父さんに当たりませんように。
ところでハバリーナ号、近づき過ぎじゃないですかね?どこまで行く気?もう帆は畳んで、オールで動かしている……
曙光が差した。
ハバリーナ号が沈んで行く……お父さん、もう少しだけ頑張って! 沈んだ場所は覚えた! 今夜あそこまで泳いで行くのが、私の仕事になる……大丈夫かしら。
「鉄砲はやめて!! 鉄砲はだめだよ!! 私は王だよ!? やい!! この男を見ろ! お前らの仲間だぞ!?」
父はさっき殴り倒しておいた男を軽く縛っていた。それを引き寄せて盾にしようとするが。
――ターン。
普通に銃弾が飛んで来たようなので、慌ててそれを突き飛ばした。男の方ももう意識を取り戻していたので、
「ふふはー!! ふふはー!!」
猿轡をされているのではっきりと聞こえないが、撃つなーなどと言っているようだ……あっ、ハバリーナ号が完全に沈んだ。もういいかしら。
私は再び父から見える位置に移動し、全身で、もう帰るわよという仕草をする。
「うひょおおおおおおおお!」
「ぴゃあああああああああ!」
逃げろや逃げろ。
私達は奇声を上げながら、不毛なマリキータ島の大地を駆ける。
別に頭がおかしくなった訳ではない。お互いの姿を見る余裕が無いので、時々奇声を上げて位置確認をしているのだ。
しばらくして。私達は岩陰で呼吸を整えていた。
「ハァ、ハァ……こんなに必死で逃げる必要無かったな……」
「……たぶん、私もお父さんも……足が速い方なんだと思う……」
「マリーは何でそんなに足速くなったんだ?昔から速かったっけ?お前、どちらかっていうと本ばかり読んでたよなぁ」
あんたが帰って来ないから、年中風紀兵団に追われてたんだよ……
さて。あとは今夜までどこかに身を隠して……夜になったら戻って来て、何とかしてハバリーナ号を起こして、ガイコツでビックリさせてる間に、80人の女子供の皆さんを助ける……そういう計画だよね。
残りの人達はどうするのか?それは今の段階では解らないけど。一番の問題はか弱い女子供の皆さんをどう説得して幽霊船に乗せるかだ。
「なあマリー……この戦いが終わったら……父さん、一度故郷へ帰ろうと思う。おふくろ……ばあちゃんの墓参りくらい、しないとまずいだろ?」
戦いの前に死亡フラグ立てないでよ。
岩の隙間から覗き込むと……海賊はかなり遠くで追跡を諦めたみたいだ。私の姿も見られただろうか。見たかもね。この服、遠くからでも目立つし。
だけど私、この服でハバリーナ号のマストまで泳げるんだろうか……溺れそうになって必死に陸へ向かうのと違う。私はしっかりと目を開けて、マストに向かって泳がないといけないのだ。
「お父さんって……泳ぐの得意なの?」
「父さんの事をペンギン・パスファインダーって呼ぶ人も居るくらいだぞ! 実際父さんはなんと、海の中でペンギンを捕まえた事がある!」
何の自慢なんだろう。ペンギンは辞典で項目を読んだ事がある。凄く動きが遅い海鳥だって書いてた気がする。あと、見た目が可愛いとも。船乗りをしていたらいつか出会えるだろうか。
「だがな、もっと凄い話もあるんだ! 聞いてくれ、ある所にサメだらけの入り江があって」
「そんな事より! 早くハバリーナ号で上陸した場所に戻らなきゃ。いろいろ準備があるんでしょ!」




