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マリー・パスファインダー船長の七変化  作者: 堂道形人
泰西洋の白波

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ロヤー「まんまるお月様……マリーちゃんがお父さんに会えますように……」

あれほど必死で呼んだ助けの手を隠れてやり過ごしてしまったマリー。

二人は父フォルコンのボートで海へと漕ぎ出す……思えば二人で船に乗るのは初めてだ。

マリーには、海を渡る手段にもう一つ心当たりがあった。

「ぎゃぁぁぁああああああああ!! お化け! お化け! お化け! おーばーけー!!」


 甲板をフナムシのように這い回る父。こんな所からも私達が親子だという事が良く解る。

 何体かのガイコツさんが私に抗議する仕草をしている。父のボートの下に仲間が何体か下敷きになっているようだ。


「すみません今どけます……だけど何でハバリーナ号はボート積んで無いのよ。私今朝溺れ死ぬ所だったのよ? 貴方はもう溺れ死んだ? すみません……」


 私はガイコツ達がボートにテークルをつけて釣り上げようとしているのを手伝う。


「おいマリー、こいつは誰だい?」


 トゥーヴァー船長もやって来た……でも幽霊お姉さんが指差しているのは甲板を這い回る生きた男ではなく、袋の中から這い出して来たガイコツだった。

 ええ……まさかとは思ったけどやっぱりそんな仕組みなのか……


「あの砂浜の洞窟の上に居たんです、何か知らないかと思って」


 私が袋に集めて持って来たガイコツが動き出したらしい。

 他のガイコツも何体かその新入りガイコツの周りに集まって来る……新入りガイコツは慌てて袋の中を探り一緒に入っていた服を着る。


「あんな所に置き去りにされるとは気の毒だね……うん? マリー、この男危ない所を助けていただきありがとうございますって言ってるよ」


 いや、助けたのかこれ……?


「マ、マリー……この方達は……一体……」


 いつの間にか、父が私の足にすがりついている。

 自分が平気な事に対して、父が脂汗をかいているというのはちょっと面白い。


「この人がハバリーナ号の船長のトゥーヴァーさん。周りは乗組員の皆さん」

「おいおい、アタシは航海長だって言ってるじゃないか。マリーが乗ってる間はね。それでマリー、こっちの面白いのは誰だい? 彼氏にしちゃくたびれてないか」

「父です」

「へ?」

「父」

「あの浜に落ちてたのか? 父親が? 何の話だい、あの浜で何があったんだい? 義理の父でも貰ったのかね」

「本当に何も無いんです、たまたまあそこに居たんです、正真正銘私と血が繋がった本物の父が。名前はフォルコン、フォルコン・パスファインダーです」

「すげえ親子だな……トゥーヴァーだよ、宜しく」

「ああ……取り乱して失礼。娘が御世話になったようで」


 トゥーヴァーさんが手を差し出すと、途端に父のパニックは止まった……美人と見るやすぐに顔を決めるアホな父……しかし握手しようと差し出した手は宙を切る。


「あっはは、アタシ幽霊だったわ」

「ヒッ……し、しかし……なんか活気のある幽霊だね……」



 父のボートはきちんとハバリーナ号の装備として固定された。


「今夜は満月だね! 日は沈んだばかりだしたくさん働けそうだよ! 良かったなお前等!」


 ガイコツの皆さんがまばらに手を挙げる。相変わらず士気は低いな。


「マリー……お前一体海で何をしてたんだ……」

「お父さんがしてた通りにしてただけだよ。オリーブ油や小麦を運んだり海軍文書を押し付けられたり……」

「それで何でこういうお友達が出来るんだ……?」

「あ、お父さん!」


 私はとびきりの笑顔を父に向けてやる。父の顔もパッと輝く。


「な、なんだいマリー?」

「ハマームのアンリの店、私も行ったわよ!」

「ア……」


 たちまち絶句する父。私は低く殺意の篭った声で続ける。


「アンタろくに水夫に給料も払えないくせに何あんな高い店で遊んでんの?」

「そ、それは……船長たるもの社会勉強も必要だし、各地の紳士達との交流も大事でな……」



 昨日と違い今日は父が持っていた水と食料がある。私と父は甲板で保存食を食べる。

 固パンと塩漬け肉に油漬けの野菜が少し。別段美味いものではない。

 時折通りかかるガイコツの皆さんが羨ましそうに見ている。食べ物が羨ましいのではなく食べるという行為が羨ましいのだろう。

 父もだいぶこの状況に慣れたのか、時折キョロキョロはするものの、何とか食事を腹に詰め込める程度には落ち着いたようだ。


「マリー船長! 大変だよ!」


 そこへトゥーヴァーさんが慌てた、でも嬉しそうな様子でやって来る……私船長じゃないってば。ほら……父が眼を丸くして私を見てるし。


「アンタが拾って来たあの男! 元はそのゲス何とかって奴の子分だったんだって! で、仲間への裏切りの罪であの場所に放置されたらしいけど……マリキータ島のアジトの場所なら心当たりがあるってよ!」


 嘘ぉぉお!? と私も勿論思ったのだけど、ここは意味ありげに腕組みをして不敵に笑い、うなずくだけにとどめておく。


「すげえなアンタの娘。このアタシらを蘇らせて戦力にするだけじゃなく、次の日には神出鬼没の奴隷商人の尻尾を掴んじまったぞ。ハハハ」

「ええ、私が手塩に掛けて育てた娘ですからね」


 父は親指を立てて見せる。


「場所はマリキータ島の東岸だ、そこに向かっていいね? お前ら! 行き先が決まったよ!」



「よく走る船じゃないか! 見た感じ型が古いと思ったがなかなかどうして。風も味方してるしな。夜は砂漠から吹く風は弱まるもんだが。ハハハ!」


 父はそれから30分もするとこの状況に完全に慣れてしまった。こういう所も誰かにそっくりだな。


「本当に丸一年会ってない国では死んだと思われてた父親が、あの浜に居たってのかい。そんな事ってあるのかねしかし」


 トゥーヴァーさんはそう言うけれど、私は幽霊船に乗り合わせる事の方がずっと大事件だと思う。


 私が浜から連れて来てしまったガイコツさんは元々船乗りだったという事で、この船の新しい仲間になったそうだ。

 これも私が父を見つけた事以上の大事件ではないのだろうか。私の目の前でガイコツさん達が仲間のガイコツ達に新しいガイコツ仲間を紹介して周ってるんですけど……握手したり肩甲骨を叩いたり皆さんなかなかフレンドリーだ。



 満月の明かりの下、幽霊船ハバリーナ号は堂々と泰西洋の海峡を行く。

 何人かのガイコツさんが船室から色々な形の太鼓を持って来て叩き出した。何とも軽妙で楽しくなってしまうリズムだ……ていうか上手いなこの人達。


「わはは、こりゃいいぞマリー、お前もどうだ!」


 お調子者の父が早速踊り出す。ああそう。父も踊るならこっちも気兼ねなく踊れるわね。


――トントントトン、トントトントトン!

――タムタムポコポコ、タムタムポコポコ……


「わははは、うまいもんじゃないかマリー」

「あははは、マリー船長やるじゃないのさ」


 父が一口だけだぞと言って分けてくれたワインの酔いも手伝い、ステップも軽くなる……ああ、船酔い知らずの魔法、こんな所にも効果があったのかしら。

 いつの間にか私だけ踊って皆が見てるだけになったのが少し腹立たしいが、とても楽しく躍らせていただく……こんな事でもしてないと、やっぱり冷静になったら怖いもの、この船と乗組員の皆さん。


――トントントトン、トントトントトン!

――タムタムポコポコ、タムタムポコポコ……


 満月、幽霊船、幽霊、ガイコツ、実の父。

 私はこんな所で何をしているのだろう。




 マリキータ島の海岸線が見えて来たのは夜半過ぎだった。


「あと四時間くらいは探せそうだね……だけどマリー船長、あたしらが手伝えるのは多分明日までだよ」


 えっ!? そうなんですか? という台詞を私は飲み込み黙って頷く。そうなのか……この魔法は満月とその前後の夜しか使えないのか。


「ただベネロフ……ああ、あんたが拾って来た男の名前だけど、今の船足なら奴の言うアジトには辿りつけるかもしれない。ギリギリね」


「マリー、ちょっと、ちょっと待った」


 私とトゥーヴァーさんが話していると、近くでガイコツの皆さんとカードゲームを囲んでいた父がやって来る。


「父さん何となくこの船に乗せてもらって、何となく楽しませて貰ってるけど、ちょっと待ってくれよ? まさかお前この船でこのまま奴隷商人のアジトに突っ込むつもりじゃないだろうな?」


 父のその言葉を合図に……周り中のガイコツの皆さんがこっちを向いた。ひゃあああやっぱり怖いぃぃ!

 なんか皆興奮してる、何、何ですか? あっ、また塗炭板に何か書いてる……


『私達がタダ働きなの忘れないで下さい!』

『なんで一回死んだのにまた死なないとならないんですか!』

『こっちは50人も居ませんよ400人とか無理です!』


「やかましいわお前ら!! お前らがする事を決めるのはマリー船長だよ! だいたい何だい、一回死ぬのも二回死ぬのも一緒だろう!」


 トゥーヴァーさんが叫ぶとガイコツの皆さんは怯み、二、三歩下がる……

 あ、またガイコツさんが何か書いて……私に見せる。


『鬼』

「ちょっと待ってよ!!」


 私は叫ぶ。

 そこへ。私とガイコツの皆さんとの間に父が割って入る。


「そう、ちょっと待って。何も馬鹿正直に正面から行く事は無いじゃないか。なあみんな、白骨死体になったって命は惜しいもんだろ?」


 白骨死体の皆さんが頷く。

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