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マリー・パスファインダー船長の七変化  作者: 堂道形人
泰西洋の白波

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82/97

ベネロフ「へっ? あっしも連れて行っていただけるんで? 随分奇特な娘さんでやんすね……」

ヒロインのお父さんだよ、そんなにクズなわけないじゃないか。

それに冒険家みたいな事もしてたんでしょ?

きっと皆を守る為なら火山の噴火口にだって飛び込む、自己犠牲精神の塊みたいな人に違いないよ……

違いないよ……

「マリーちゃん!! そこに居ないの!?」

「マリー船長ー!!」「マリー!!」


 アイリさんが……ウラドが、アレクが呼ぶ声が聞こえる……


「本当に居ないのね!? マリー! どこに行ったのよ! いつも心配ばかりかけてもう……何でも一人で頑張ろうとするんだから……!」

「人が居たような形跡もあるけど……こんだけ呼んで出て来ないんだから姉ちゃんじゃないのかな……ああ、ガイコツだ」

「きゃっ!? こ、この人も……ここで助けを待っている間にこんな姿になったのかしら……マリーちゃん!! 本当に居ないの!?」

「旗を立てたのはこの人か……仕方無い。アイリさん、カイヴァーン、ここじゃないならとにかく急ごう」



 フォルコン号はちゃんと見ていてくれた。逆光の中私が振り回したワンピースか父が立てた旗か。そしてちゃんと近づいてボートを降ろして見に来てくれたのだ。


 それなのに。

 それなのに……



 フォルコン号の人々が浜を去って行く……



「何で! 何でやり過ごさなきゃならないんだよ! こんなの人間のやる事じゃないよ! こんな事を思いつく奴の……親の顔が見てみたいよ!!」


 私と腐れ外道は洞窟の中で、父のボートをひっくり返し物資と共にその中に潜んで、仲間達の救援の手をやり過ごしてしまった。

 発案者は私である。

 今この場で父とアイリを会わせるという選択肢を、私は選べなかった。


「全部……本当だったんだね……父さんもちろんマリーの事は信じたかったけど話があまりにも出来過ぎているから……すぐには信じられなかったよ……」


 私達はボートを元通りひっくり返し直し、物資を岩棚の上に引き上げて行く。


「あの声は忘れもしない……まさか彼女が船乗りになっていただなんて……彼女は本当にいい所のお嬢さんだったんだよ、大きなお屋敷に住んでいてねえ……彼女の部屋は二階で父さんは足を骨折してたから、木によじ登って彼女のバルコニーまで行くのは大変だったなあ」


 何と言う悪い虫だ……なぜフェヌグリークさんは知らない男を見たらすぐ噛む凶暴な犬を庭に放しておかなかったのだろう。

 私はとにかく聞こえないふりをしながら岩棚に上がり、スカートの裾を絞る……あーあ……この服痛むかしら……痛むよな。


「ウラド……アレク……ニックも居たな……みんな元気そうだったな。声だけでも聞けて父さん本当に良かった。ロイは船かな? そうだろうな、頼れる人だもの……もう一人少年の声もしたな? 彼も仲間か?」

「あれは私の弟であんたの息子だよ」

「そうか……あれは息子か」


 私はそっと洞窟の外を見る……ああああ……フォルコン号は海岸線に沿って北東へ向かって行く……


「良かったのかマリー? 皆と一緒に行かなくて」

「良い訳ないでしょ。皆があんなに心配してるのに身を隠すなんて。私今死んだら間違いなく地獄行きだよ」

「そんな事はない。マリーはいい子だからちゃんと天国に行けるとも。父さんには解るよ。それこそ皆があんなに心配するくらい、いい子なんだからさ」


 父が服を脱ぎ出す。


「年頃の娘の前でパンツ一丁になるのやめてよ!」

「ハハハ、船乗りなんてもんはなマリー、いつでも好きな時に裸になって海に飛び込むもんだ、そうそう、父さんがレイヴンの軍艦を一人でかっぱらった時の事なんだが」

「どうでもいい話でごまかさないで! とにかくあんたのおかげで船に戻れなくなったんだから! ちゃんとこれからどうするのか考えてよ!」


 キレっぱなしの私の前で、パンツ一丁になった父は服を絞っていたが、突然。


「マリー!!」


 土下座した。


「ごめん! 本当にごめん! だけど息子は無い、息子は心当たりが無い! 信じてくれ、いくらなんでもお前に弟は居ない!」


 この男の土下座は全く信用出来ないんですけどね……芸としてやってるだけだから。


「あの子は訳あって私の弟分になったの。私の弟だからお父さんから見ても義理の息子ってだけだから。他の心当たりの事は存じませんけど」

「なんだあ、そういう事か……マリーがおかしな事言うから父さんドキドキしたじゃないか……」


 父は立ち上がり絞った服を着直す。



   ◇◇◇



 長い昼が始まった。


 一年ぶりに会った父。行方不明になる前は三、四か月、少なくとも半年に一度はヴィタリスに帰って来て会っていた。


 ヴィタリスのマリーは父が帰って来たらそれはそれは喜んで、父の土産話をねだり、父が居ない間の出来事を聞かせ、祖母と三人の食卓を囲み、夜も一緒に……寝たのは10歳くらいまでだな。まあ狭い家だから一緒じゃなくても一緒みたいなものだけど。とにかく翌朝居なくなるまで父にまとわりついて過ごした。


 だけど最後に会ってから一年が過ぎてその間色々あって、そしてこんな風にヴィタリスではない場所でばったりと父と再会してみると……もう話す事が無くなってしまった。


 父のボートの帆は洞窟の入り口を塞ぐ日除けに変わった。外は殺人的な暑さ、いや熱さだ。これでも水辺が近いので内陸部よりはマシなのかもしれない。

 こんな場所で難破した船乗りはどうなるんだろう。水を求めて歩き出すかひたすら助けを待つかの二つに一つを選ぶ訳だが……多分どちらも絶望的だ。


 私は父から離れ岩肌に彫り込まれた石室の隅に転がっている。多分今の私からは近づくな話し掛けんなというオーラが出ている。

 父はボートの近くで水に足を突っ込んでいる。多分その方が少しは快適だろう。そう思うと腹が立つ。

 父の視線は感じる。時々何か話し掛けようとしているのも。だけど私は腹を立てていたし疲れていた。昨夜は一睡もしてなかったのだ。



 いつしか眠っていた私の夢の中では、父フォルコンと母ニーナが仲良く川で洗濯をしていた。私は娘である自分も洗濯に混ぜて欲しいと哀願したが、早く山に柴刈りに行けと冷たくあしらわれた。

 お前ら仲悪かったんじゃないのかよと突っ込んだら、大人の事情に口を挟むなと笑われた。自分で見た夢なんだろうけど腹が立つ。



 岩室の中に居るのでどのくらい時間が過ぎたのかは解らないが、私が目を覚ましても父はまだそこに居た。こんな場所に娘を置いては出航しない程度には人間らしさが残っているのだろうか。


「おはよう、マリー!」


 父は努めて平静を装いヴィタリスの我が家で目覚めた時と同じような挨拶をかまして来る。私は眠る前に起きた出来事を忘れていなかったのでボソッと挨拶を返すに止めた。


「さあ、そろそろ出航しよう。父さんとにかくお前をダルフィーンに送るよ、食料も水も十分あるから大船に乗ったつもりでいるといい」


「奴隷商人はどうすんの」


「うん。当然考えたけど……まさかお前を巻き込んで戦う訳にも行かないからな。フォルコン号と海兵隊に任せようかなと」


「それでいいの? アイリもあの船に乗ってるんだけど」


 私は帆布をどけて海を見つめる。太陽は西の水平線へと向かっている……私、結構な時間眠ってたのね。


「それを言われると辛い……そりゃあ出来る事ならみんなが笑顔になれる選択をしたい……いやいや、やっぱり駄目だよ、マリーを危険には晒せない」


「解った。じゃあ最後に一つだけこの浜でやってみたい事があるから、それだけ付き合ってもらっていい?」



 私は父と出航準備をする。ボートに水や食料の樽を積みなおしひっくり返っても落ちないようにしっかりと固定する。オールや帆布、ロープ、工具、そういう物もボートから落ちないように工夫する。


「マリー? 何してるんだ」

「この人も連れてってあげようと思って」


 私は岩の上の白骨死体を空いていた袋に収納する。


「沖に出たら海に撒いてやるか。ここよりはいいはずだ」


 父も特に反対しなかった。



 父は海に浸かりボートを手で押して行く。この後ボートに上がってまたパンツ一丁になるんですかね。

 私は舳先で海に目を凝らす……フォルコン号は今回は気づかなかったのかな。

 だけどだいたいの場所の目星をつけていた私にはすぐに見つかった……ハバリーナ号のメンマストの先端だ。


「お父さん、あの柱に寄せて」

「ん? 何だありゃ。父さんあんなの気づかなかったなあ」


 この浜には父の方が先に来ていたからね。ハバリーナ号が来た時には岩室で居眠りでもしていたのかしら。



 柱の辺りまで来ても、太陽はまだ完全には沈んでいなかった。


「沈没船じゃないか……こんなの知らなかったぞ。よし! 父さん見て来る!」

「待って!」


 さっそくパンツ一丁で飛び込もうとする父を、私は船首から飛びついて止める。


「マリーお前随分身軽だな……今ボートの上を飛んで来なかったか」

「潜らなくていいから! それより服をちゃんと着て! 恥ずかしいから!」

「恥ずかしいからってお前……ハハハ、マリーもお年頃だなそういや」


 いちいち腹が立つが、今からびっくり仰天させてやんよ。

 さあ早く沈め太陽。


「マリー?」

「いいから! もうちょっと待って! いいかな……うん」


 これで何も起きなかったらかなり恥ずかしいと思うけど大丈夫ですかね。

 私は両腕を広げ天を仰ぐ。


「古の海の勇者達よ! ワカットラン王と満月の盟約によりその使者マリーがここに汝等に仮初めの命を与えん! 風に乗れ! 波を切り裂け! 王の敵を討ちこの地に平和をもたらす為今一度……起きて働け! 業務の時間は今来たれり!」


 私は適当な事を言ってから、単にマストに手を触れる。

 ボートが揺れ出す……多分。私には解らないけど揺れていると思う。


「な……何? 何が始まったの? マ、マリー! 危ない!」

「ちゃんとボートを操って! 甲板に上手く乗り上げて!」


 良かった。合ってた。多分この船は太陽が出ている間は沈没船に戻るのだ。何故私が動かせるのかは解らないけど、とにかく御伽噺の幽霊船そのものだなあ。

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