ラーク「もちろんだよ! 俺は君の言う事ならもう、なんだって聞いちゃうんだから!」
えっ? 生き別れのお父さん、もう出て来ちゃったの!?
もしかしてこの小説、もうすぐ終わるの?
「心配したって? そりゃすまんな」
「軽い! 軽いよバカ親父!! みんなどれだけ迷惑したと思ってるの!? 私だって色んな事があったんだよ! ここに来るまで!! 解ってんの!? ふざけてんの!?」
とりあえず、年頃の私は父親の前でパンツまるだしでいるのは嫌なので、ワンピースを着なおす。
「あの船が見える!? あの船にみんな乗ってるよ!! ロイ爺も、ウラドも、アレクも、ええと……ニックも! みんなどんだけアンタの事探してたと思ってんの! 借金して苦労してまで探してたんだよ、アイビスではアンタ死んだ事になってるんだからね! それでリトルマリー号は出航出来なくなるし……そしたらあの人達! 船を叩き売ってそのお金、私に渡そうとしたんだから!!」
私はここまでのあらすじを一気に父に伝える。息が切れる……喉がカラカラなのに……そう思ったら。
「あっ、もしかしてマリー喉渇いてるんじゃないか? よく冷えたミントティーがあるんだ、ご馳走してあげよう」
「あげようじゃねえよ!!」
思わず言葉が乱暴になる。
「何か!! 無いのかよ! アンタを心配して散々探してくれた、居なくなったアンタの代わりにアンタの娘にお金を渡そうとしてくれた、アンタの代わりに! 今! 娘の面倒を見てくれている四人の仲間達に! 言うべき事は無いのかよ!」
父はやれやれ、という風に肩をすくめる。
「マリー、いつも言ってるじゃないか、謝罪は本人にしないと意味が無いんだ。今この場に四人は居ない、だから謝罪しても仕方無い。解ってないなあ」
茫然自失の私はこないだ見たガイコツさんのように下顎を2cm落下させた。
「それにマリー、お前あの船に置き去りにされたんじゃないのか? 事情は解らないけどさっき必死に助けてーとか言ってたじゃないか。父さん少し残念だなあ、若い娘さんを助けるヒーローになれると思ってたのにまさか自分の娘とは、ハハハ」
死ねばいいのに。
私は思わず心の中で呟いた。
この岩山は沖からは砂浜に低い岩山があるようにしか見えなかったし、私が打ち上げられた場所からも砂浜の途中に岩山があるようにしか見えなかった。
実際には岩山の向こうは小さな砂の入り江になっていた。そしてそちら側の岩山の麓には小さな洞窟があった。トゥーヴァーさんの言った通りだ。洞窟はボートならそのまま入れるようになっている……人工的に作られた物だろうか。
先程の岩山のてっぺんには父が旗を立てた。あれで気づかなければ仕方ない。
「それにしても一年ぶりだなあ。いやー大きくなったなマリー、つい最近まで赤ちゃんだったのになあ、ま、俺も手塩にかけて育てた甲斐があるってもんだ、ハハハハ! 勿論冗談だぞ、本当に久しぶりだ、ハハハ……」
洞窟の中には、話に聞いていた父のボートもあった。水も食料も積んであり、父の言う海水で少し冷やしたミントティーもいただく事が出来た。
「……ばあちゃん。死んじゃったよ」
一個しかないコップでミントティーをいただきながら、私は言った。
「えっ……」
「冬の話。だから……お父さんが行方不明になったって知らせは、ばあちゃん、聞かずに済んだんだけどね」
「さ……最後に会ったの去年の今頃だろ……元気そうだったのに、どうして」
「お腹が痛いって言い出してから二週間くらいだった。最後まで仕事してた……可哀想だよ。ばあちゃん働く為に生きてたみたいじゃん。私がやっとお金稼げるようになって、少しは楽させてあげられると思った途端だよ」
「そんな……だって本当に元気そうだったのに……嘘だろ……はあ……」
ようやく父が人間らしい表情をした。さすがに自分の母親が死んだという話は堪えたようだ。
洞窟の中には10m四方程の入り江があり、その脇に3m四方程の部屋が掘り込まれていた。やっぱり人工物なんだな。
「お父さんはここで何をしてるの?」
「……うん。父さん仕事で人を探していてね。ああ、父さんがここに来たのは四時間くらい前だぞ、別にここに住んでる訳じゃない。それでもう夜が明けるから昼はここでやり過ごして、夜また出ようかと思ってたんだけど」
「……アルバトロス船長って、お父さんの事?」
「ああ。でも何でそんな事知ってるんだ?」
私は溜息をついた。聞きたい事も言いたい事も山ほどあったんだけどな……なんでだろう。忘れちゃった。時間が経てばだんだん出て来るかな……
急ぐ事は無いし。時間はいくらでもあるんだから。
私は普通の娘さんのように微笑む。
「お父さん……奴隷商人をやっつけるって本当?」
「おいおい、どこで聞いたんだよ」
「さっき沖に見えた船……あっ! ねえお父さん、私お父さんに話したい事いっぱいあるんだけど、一番言いたい事忘れてた! あの船フォルコン号っていうんだよ!」
父の顔がぱっと明るくなった。
「うんうん、それで?」
「……それでって。自分の名前のついた船だよ?」
「え……それだけ?」
「それだけって……」
それだけですか……ええと……
「……じゃあお父さん、幽霊船って見た事ある?」
「幽霊船……ふ……ハーッハッハッハ!!」
突然、大笑いする父。
「そうそう! 五年くらい前だったな? 父さんが幽霊船の話したらお前、すっかり眠れなくなって! パパー眠れないよーパパのせいだよーとか言って、ずーっと父さんの事引っ張ったり叩いたり、一晩中寝かせてくれなかったよな! ハッハッハ」
今、そんな話してるんじゃないんだけどな……
「それで……幽霊船なんだけど」
「勘弁してくれ、悪かったったら、もう何度も謝ったじゃないか、あの時も。居ないよ、居ない、幽霊船なんてこの世に居ないから! 全く、何でもよく覚えてるなあマリーは」
すごいむかつくから今出て来てくれないかなトゥーヴァーさん……
「全く……久しぶりに父さんに会って聞きたい事がそれかあ。ハッハッハ、いつまでも子供なんだから。それよりどうだ? 父さんがレイヴン王国の軍艦を一人でかっぱらった話を聞きたくないか?」
「聞きたくないわ。それより奴隷商人の話しなきゃ。何で話が逸れたんだっけ。そうよフォルコン号よ。あの船には今アイビス海兵隊も乗ってるの。アルバトロス船長の走り書きを信じて、この海域に出動したのよ」
父の顔色が変わる。
「そんな大事な話を、何でお前が……いや、知ってる限りの事を教えてくれ」
「お父さんの手紙に書いてあった以外の事でね? もう一度言うけどフォルコン号に海兵隊が17人乗ってる。フォルコン号自体は民間船よ、今はロイ爺が船長代理をしてると思う。海兵隊に協力してこの海峡を捜索中よ」
「他に戦力は?」
「……まだ解らない」
「そうか……うん。まあいいや」
この親父、私が今何をしているのかは聞かないのね。
そこはどうでもいいのかしら。
「お父さんはどうやって海賊を止めるつもりだったの?」
「ん? 父さん強いからね! 何なら一人で! 悪い奴らを全員ボコボコにして捕まった人達を全員助けてみせるよ! ハハハ」
私は今自分の悪い所を強制的に見せつけられているような気がする。私も他人から見るとこんな感じなんだろうか。
まあ……父も本気で言ってる訳じゃないし、私が本気にするとも思っていないだろう。私は普通の娘さんのように笑ってみせる。
「そっか! やっぱりお父さんは世界一のヒーローだね!」
「ハハハハ」
「うふふふ」
父が先程から焚き火で軽く炙っていた串付きの塩漬け肉を渡してくれた。別段美味しそうではないけれど腹には溜まりそうだ。
「ねえお父さん」
「なんだい?」
「アイリ・フェヌグリークさんって知ってる?」
私は笑顔で言った。
父はその名前を耳にした途端真っ青になった。
「な……な何の事だだかわかわか解らないな」
嘘でしょ?
嘘だよ。嘘。
「じゃあいいや。うふふ。うーんと、次は……そうね、リトルマリー号の事聞きたいんじゃない? お父さんの城だもんね!」
私は空になったカップに、瓶に入れて海水で冷やしているミントティーを注ぎ、父に渡す。
「あ、あ、ありがと……」
こぼれてる。手が震え過ぎて全部こぼれてる。一滴も飲めてない。
「ね、お父さん!」
私は笑顔で身を乗り出し、父の伸び放題の顎鬚を掴む。
「アイリに何をした?」
私は殺意の篭った低い声で呟いた。
「凄いな……世の中広いようで狭いんだね……あの子がマリーの友達になっていたのか……うん……父さんその話をしてあげよう」
◇◇◇
昔々。内海でヒーローとして活動していた父はある時、巨大な悪との戦いに勝利したものの、足を怪我してしまった。治療には一か月ばかりかかる見込みだったので、その間自分は船を降り仲間だけで商売を続けて貰う事にしたという。
ヒーローである父には悪党である敵が多く居て、自分が怪我をして陸に居るなんて話が広まったら命を狙いに来るかもしれない。そうなったら周りの人に迷惑がかかるので、父は陸に居る間ラーク船長という偽名を名乗る事にした。
「アイリにはいつ会った? 今でも美しかったか? しかもとても優しくて、すごく人懐っこいんじゃないのか? そうだろうなあ……父さんが出会った時には、その上18歳だったんだ……どんなに眩しかったか解るだろうか……」
アイリ・フェヌグリークはある港街のとても裕福な家の深窓の令嬢だったという。そんなアイリと父が出会ったのは運命のいたずらだったと。30絡みの海の男と18歳の純真無垢なお嬢様。そしてそれはアイリにとっては初恋だったらしい。
「とにかく彼女がね……いつでも父さんと一緒に居たがって、毎日のように父さんが療養している宿を訪ねて来て……毎日リハビリを手伝ってくれて、お喋りをして……ご飯も一緒、散歩も一緒、それはそれは仲良くしてくれたんだ……」
父とアイリの交際はすぐに街中に知れ渡った。アイリの事を心配する者もたくさん居たが、アイリは正々堂々と反対者に立ち向かい、自分とラーク船長との交際を認めさせていったという。
「幸せだったなあ……父さんね、毎日毎日、こんなに幸せでいいのかなって思って。だから毎日にこにこしてたんだ。彼女もね、毎日にこにこしてた。父さん彼女が話す事には何でもね、にこにこして、うんうんって頷いてたんだ」
その結果父とアイリは父の怪我が治り次第結婚式を挙げる事になったという。父がただニコニコして頷いている間にアイリの実家や親戚の間で話は進み、多くの招待客を招く盛大なパーティの準備が進められたそうだ。
「だけど、ほら、マリーなら解るだろう? 当時の父さんにはニーナという大切な人とその間に生まれたマリーという可愛い女の子が居たから……父さんアイリと結婚する訳にはいかなかったんだよ。困ったねえ……あの時は本当に困った」
ここで再び運命のいたずらが起こる。ちょうど一か月間得意先の港を一回りして来たリトルマリー号が戻って来たのだ。結婚式を明後日に控えた夜に。
にこにこしているアイリを泣かせる事もあるまい、この幸せを今台無しにする事もあるまいと考えたラーク船長は夜の町を忍び足で走り、懐かしい船に飛び乗ると、仲間達には町の衛兵に追われていると言って急いで出港させたという。
この港には二度と来ないという誓いと共に。
◇◇◇
私は何故フォルコン号に銃を置いて来てしまったのだろう。
今なら自信があるのに。
目の前で実の娘を相手に、姿勢は美しいが全く心の篭っていない土下座をかますこの腐れ外道の後頭部に、銃口を押し当て、引き金を引く自信があるのに。
酷い。
「最低だ……想像以上に最低だよ……」
私は泣いていた。ボロ泣きしていた。最近涙もろくなった私だがこんなに涙が止まらないのはレッドポーチで不精ひげにブチ切れて以来である。
父はまだ土下座をしていたが。
「そろそろ……顔を上げていいかな? でもな、父さんだって辛かったんだぞ、結局その後ヴィタリスに帰ったら、ちょうどニーナが出て行った所でさ、そりゃもうショックだったぞ、こんな事なら……いや、コホン」
「死ねばいいのに」今度はそれを口に出す私。
「マ……」絶句する父。
「それどころじゃないよ、くそ親父! フォルコン号にはそのアイリ・フェヌグリークが乗ってんだよ、どうすんのあの船がこっちに来たら、アイリは! 今では私の大事な仲間なんだから! 今頃私の事必死で探してるんだから! まさかマリーの父親フォルコンこそがあの腐れ外道のラーク船長だとは知らずに!」
「え……ええええ!? そ、そもそもマリー、何でお前ここに居るんだ? 何でアイリがあの船に乗ってるって知ってるんだ?」
「あの船はフォルコン号、パスファインダー商会がアイビス海軍から借りたスループ艦、アイリはその船の航海魔術師兼料理長で、私は! フォルコン号船長、マリー・パスファインダーだよ!!」




