トゥーヴァー「明日も呼んどくれよ! 何? 残業手当? 知らないよマリーに聞きなよ」
ゴリラは見た目と違って、とっても繊細でストレスに弱いよ。動物園の飼育下でも、奥さんと別れさせられたショックでたった6日で亡くなったゴリラも居るそうだ。
オランジュ「ごめんよ……ごめんよ……俺一緒に居たのに何も出来なくて役立たずで……」メソメソ
アイリ「ごめんなさい酷い事言って本当にごめんなさい貴方は人間だし本当に貴方のせいじゃないから!」
ハバリーナ号は南大陸沿岸を海岸線に沿い北東方向に進む。
海岸は延々砂浜が連なりたまに小さな砂岩の山がある……その程度にしか見えなかったのだが。
「遠くからだと砂浜にしか見えないだろ? 近づかないと見えない入り江がある」
単調な海岸線を沖合いから正確に見分けるのは意外と難しい。トゥーヴァーさんが教えてくれなかったら気づかなかったろうなあ。
「もしかしてマリキータ島の方も、私きちんと探せてなかったんでしょうか」
「そうだねぇ……まあ今夜はこっち一帯を捜したらいいんじゃないか」
この辺りの南大陸沿岸は所々の砂浜が遠浅になっている危険地帯らしい。
だけどその危険な海を、ハバリーナ号はまるで頓着せず、総帆を上げたまま進む。
フォルコン号は大丈夫かしら……ついて来れるのか。
ハバリーナ号の高い船尾楼の上で私は時間を過ごす……
満月に近い月が照らしてくれているから、夜でもとても捗る。
すごく不思議な感覚だ。私はやっぱり白骨死体は怖いとは思ってるんだけど……でも今この動く白骨死体の皆さんは私の為に働いてくれているのだ。
私が海岸を捜索したくてその為にガイコツの皆さんが船を動かしてくれて私に海岸を見せてくれる……同じ目的の為に。
そう考えると。こんな異常な状況なのに心温まるものを感じてしまう。
「あの! 皆本当にありがとう! 奴隷商人の追跡に手を貸してくれて!」
ガイコツが塗炭板に白墨で何か書く……
『タダ働きなの忘れないで下さいね』
いくつかの入り江、潮だまり、岩山……それらを巡り時が過ぎて行く。
やがて東の空が色づいて来た……
「マリー船長。アンタそろそろ降りた方がいいんじゃないの」
「えっ……そうなんですか?」
「違うのかい?」
「ええと、いえ、そうですね……どうしましょうかね」
「ちょうど近くに小さな洞窟があるポイントがあるから。間に合うかな……間に合わなかったらごめんよ。だけどアンタも海の女だろ?」
どういう事でしょう?
トゥーヴァーさんの指示で船は小さな岩山のある場所に近づいて行く……なんか水深があまり深くなさそうだけど大丈夫なんだろうか。
東の空がだいぶ明るくなって来た。
「まずいねちょっと、皆オール出せ! 早く!」
トゥーヴァーさんがそう言うとガイコツの皆さんが……ガイコツなんで表情は変わらないんですけど露骨に「えーっ」って言ってるような態度を示す。
「やかましい! 急ぎな!」
帆船にはガレー船でなくても何かの時の為にオールが備えられてたりするけど。こんな船、大きいとはいえ四本ばかりのオールで漕いで進むんだろうか。
「何を急いでるんですか?」
「何をって……あっ、時間切れだわ。ごめんねマリー船長、じゃまたな」
はい? トゥーヴァーさんが……フッと消えた……
あれ……周りのガイコツの皆さんがパタパタと倒れて行きますよ!? 大丈夫なの!? 働き過ぎとか!? あと何か甲板が低くなって行ってるような……
「ぎゃ……ぎゃあああああああ!?」
見上げれば帆布も幽霊のようにスーッと消えて行き、船は真っ直ぐに沈下し甲板はたちまち水に浸かり……
「ぎゃぎゃっ!? ぎゃぎゃっ!? ぎゃあああああああ!!」
どうやらこの船は沈没船に戻ろうとしているらしい……どうするの!?
それで私は泳げるのか? いいえ。山育ちの私は泳ごうとした事も無い。膝が浸かるくらいの小川で遊んでいた程度だ。
「ぎゃぎゃごぼごぼごぼぼ゛ほ゛」
船乗りになって114日目の朝。私は始めて自分の乗艦が沈没するという事態に遭遇した……マリー・パスファインダーもこれまでか。齢15歳、儚き生涯であった。
人間もがいてみるものだ。どうやったのかは自分でもよく解らない。
陸まで100m以上あったと思う。私はそれをどうにか泳ぎきり浜辺に打ち上げられていた。
あたりはすっかり明るくなっていた。もう太陽も昇り出している。
疲れた。よく考えたら昨夜は一睡もしてないし一晩中何も食べてないし……喉も渇いた……水は……ある訳無い……
だけどこうしていられない。フォルコン号は!? フォルコン号はついて来てたよね!? でももしフォルコン号が私に気づかずに通り過ぎてしまったら!
「わあああ!?」
私は慌てて立ち上がり、砂浜を走るっ……! 目の前に見えてるのに、岩山超遠い……!
「わーっ! わーっ! ぎゃっ! ぎゃっ! ぎゃーっ!!」
私は妙な叫び声を上げながら岩山に駆け上る……ひっ!? 先客が居る!? 白骨死体の先客が……この辺りで難破して生き延びた人の成れの果てだろうか? ここで助けを待ちながら朽ち果てた……ひえええええええ!?
「わーっ! ぎゃーっ! わーっ!」
恥ずかしいとか言ってられるか! 私は真っ赤なお姫ワンピースを脱ぎ旗のように振り回す! だって……だって……フォルコン号、すごい遠くに居る!! 御願い!! 見えて!! 見えてー!!
「たすけてー!! たーすーけーてー!!」
しかも……フォルコン号は私から見て西に居る、つまり私はフォルコン号から見ると昇る朝日を背にしているのかもしれない……
そして今フォルコン号は……必死で……先行するキャラック船を捜しているのではないだろうか?
「たす……けて……」
ここは人里離れた砂漠の只中の海岸……
私はまだ、ワンピースを振り回してはいたけれど。
甘かった。色々甘かった。先の見通し、物の考え方、それから……
……
何故私はフォルコン号にもっと近づいて貰わなかったのか?
ハバリーナ号をあまりに近くで見て、余計なパニックを起こして欲しくないと思ってたんだ。
私はあの幽霊船の船乗り達を何でか信用していた。
それでフォルコン号の皆に余計な心配をかけるより、このまま勢いで行っちゃおうと思っていたんだ。
私何でそんな自分のしてる事に自信持ってるの? トゥーヴァーさんにも言われたな……トライダーの事とかも馬鹿に出来ないよ……どうして私ってこう自分を疑う事が出来ないの……
「たーすーけーてー!!」
私が一際大きく叫んだ。
その時。
「お嬢さん! 一体何があったのですか! あの船に置き去りにされたのですか!?」
心臓が口から飛び出すかと思った。
私は、後ろから……はっきりと、そう、呼びかけられたのだ。
アイビス語で。
う、うそでしょ……さっきの……白骨死体が……喋ってるの!?
私は恐る恐る振り向いた。
そこに居たのは。髪も髭も茫々に伸びた中年男だった。
決め顔を作り、決めポーズをとって……自分が白馬の王子様のつもりのような。
ボロボロの服で。
だけど。
私の目はたちまち……涙で何も見えなくなった……
「……お父さん」
「へ?」
えっ……違うの?
違わないでしょ? 髪も髭もそんなに伸びててもボロボロの服で汚い顔してても間違いようもない、だいたいそのヴィタリスの森のフクロウの羽根みたいな色の髪の毛は私と同じで、その声は何度も何度も夢に見ている私の……私の!!
「お父さぁぁん!!」
私はもう涙も鼻水も涎も振り撒きながら……父に向かって、走り出していた。
「マ……マリー!? お前!!」
私の手が、父の……父の手に……届いて……
「何ちゅう……はしたない……」
海が空を飛び……空が地面になる……あっ、私が飛んでいるのか……
岩山を駆け下り、父に飛びつこうとした私は、その勢いのまま、父に……ぶん投げられたらしい……
「格好……しとる……」
砂地が迫る……迫る……
「んじゃああああああ!!」
父の声を背に私はうつ伏せに柔らかい砂の上にダイブして……5mばかり滑って……止まった……
「ここはお前の家の中じゃないぞ、なのにお前ッ!! そんな、そんなパンツ丸見えの格好して、何を楽しそうに踊ってるんだッ、見つけたのがお父さんだったからいいものの、知らない他所の男だったらどーするんだッ!? 父さんお前をそんな風に育てた覚えはありません!! あれ……なんでマリーがここに居るんだ?」




