アイリ「だから言ったじゃないの!! どうしてくれるのこの類人猿!!」
海洋ロマンのお約束!
幽霊船!
動くガイコツ!
無茶苦茶である。
何が起きたのか何てぜんっぜん解らない。今見ている光景全部が単なる悪い夢だって言われた方がずっと納得出来る。
私が多分ジェラルドとのやりとりの経験から得た食われる前に食う作戦が、覿面の効果を挙げたとでも言うのだろうか。
私は未知の存在、ていうかはっきり言ってお化け、それも海で死んだといういかにもこの世に恨みの一つもありそうな、そして生きてる時でさえ海賊であったという怖い怖いその集団に対して……奴隷商人退治を押し付ける事で一命を取り留めたようである……
いやいやいやいや! 絶対おかしい、何で沈没船が浮上してガイコツが動き出して色っぽいお姉さん幽霊が居て、それで私が甲板で堂々と海図を指差してるんですか!? 有り得ないよ!!
「マリキータ島の東岸を昨日の昼間一日掛けて捜したんです。古い集落跡や河口の辺りなんかは念入りに探したつもりなんですが」
奴隷商人と動くガイコツが乗った幽霊船って、どっちが大物なんだろう。
「あたしらが死んでから随分経つみたいだから、多少様子も変わってるね。あんた今集落跡って言ったろ? あたしの頃には小さな村が二つあったよ」
「あの……トゥーヴァーさん達はこの辺りで身を隠す時はどうしてたんですか?」
「ふふん。アンタそこに目をつけてあたしらを蘇らせたって訳かい。なかなか賢明じゃないか。そうさ。あたしらはさんざんこの海峡を利用して船を襲ったし海軍が来た時は隠れてやり過ごしたんだ。南大陸側にだって隠れ場所はいくつもあるよ」
私は力なく微笑んでみせる。私これからどうなるんだろう。
トゥーヴァーさん達を蘇らせたのは私というハッタリを……今の所皆さん信じて下さっているような感じではあるが。
「あたしらよりこの海峡に詳しい船乗りは居ないね。じゃあ手近なポイントから順番に見て行こうじゃないか。ふふ、久しぶりにワクワクするねェ」
そして……この船は浮上するや否や展帆して走り出してしまっていた。
私が恐る恐る物陰からそっと覗いてみたら、フォルコン号は大慌てでボートと海兵隊を回収していた。
あちらでは私がこの船に乗る所を見ていただろうか? アイリさんは見てたと思うんだけど大丈夫かしら。
私がマストの影でこっそりフォルコン号を見ているとトゥーヴァーさんがまた近づいて来る。
「何だかハイカラな船だね。あれがフォルコン号だろ?」
「ええ。私とうちの水夫と船は海軍じゃないんです。だから砲撃戦とかは出来ないんですけど……乗っている海兵隊に協力して、何とか人身売買だけは阻止したいなって」
「あんた、奴隷商人と戦った経験は?」
「……ありません」
「ちょいとこっちを向きな」
私が向き直ると。トゥーヴァーさんは険しい表情で言った。
「いいかい? 奴隷を解放するんだから奴隷は味方になってくれると普通思うだろ? だけど……奴隷商人を攻撃した時最初に反撃して来るのは奴隷だったりするんだよ……人質を取られている奴、単に他の奴隷より良い扱いを求めてる奴……酷い時は奴隷商人を神の使いだと信じ込まされてる事まである」
「そんな……」
「まあ御託はいいや。どうすればいいと思う? 船長とその取り巻きを手早く一掃するんだ。部下や奴隷を恐怖で支配しているピラミッドの頂点を叩くんだよ……それが出来ない場合はどうなると思う?」
トゥーヴァーさんはそこまで言うと私の返事を聞かずに向こうに行ってしまった。
「おらおら、甲板掃除をしっかりやんな! 今やらないと次は何十年後に出来るかわかんないよ!」
この船はハバリーナ号というそうだ……困った事に私は船長室に招かれてしまった。
「船はあたしが仕切った方が早いだろ? そうさせてもらうよ。さしずめあたしは航海長だね。それであんたが……」
「いやちょっと待って下さいよ、私は外部の者ですから!」
トゥーヴァーさんの何気ない一言に私は震え上がる……やめてやめてやめて怖い怖い怖いでも来ると思った、お願いします、私は貴女達の仲間になるには早過ぎるんです助けてー!!
「いいや! あんたが船長だよ! ここは譲れないね! 理由を知りたいかい?」
トゥーヴァーさんが笑う……理由としては知りたいけど運命としては知りたくない、解決方法を考える為には知りたいけど絶望するだけなら知りたくない……助けて助けて助けて助けて……
トゥーヴァーさんが笑うのをやめる……
「海軍の手伝いなんか真っ平御免だからだよ。でもあんたが船長であたしらに無理強いしてるなら仕方ないじゃないか」
トゥーヴァーさんが、船長室の執務机の反対側のスツールに座った……私はつい出来心で肘掛付きの椅子の方に座ってしまった。
幽霊船の椅子とは思えない座り心地である。海の中にあったはずなのに濡れてもいない……そして広いなキャラックの船長室。ファウストさんちと同じくらい広い。
「あたしが言うのもなんだけど、あんたも剛毅な奴だよ……よくこんな幽霊船に一人で乗り込んで来て指揮なんか執ろうと思ったね」
「あの。さっきから少し気になってたんですが。トゥーヴァーさんはよく奴隷商人と戦ってたんですね?」
「別に。あたしら見境無しの海賊だったから襲った相手の中には奴隷商人も居たさね、そりゃ」
私はトゥーヴァーさんをじっと見ていた。
「な、何だよ……」
「マリキータ島にあった小さな村とかは襲わなかったんでしょ」
「そ、そんなのあたしらの勝手だろ」
「トゥーヴァーさんこの海峡の事は誰よりも知ってるって言ってましたよ。村人とは仲が良かったんじゃないですか」
マリキータ島の集落跡なら私も見た。あれが無人になったのはダルフィーンが発達してその周辺が住み易くなったから皆そっちに移住しただけだと、オランジュ少尉が言っていた。
「へいへい……まあ今さら海賊としてのメンツでも無いやね」
このお姉さん何か照れてるよ。ちょっと可愛い。
「そうだよ。あたしらの主な獲物は奴隷商人だった。だって奴ら羽振りがいいのさ、船の金庫に唸るほど溜め込んでたりしてね。それでいて意外と脆いんだ、人が多い割にね。頭だけ片付ければ大抵降参するし」
カイヴァーンも言ってたけど金貨なんて奪っても使う場所無いじゃない。当時はダルフィーンもまだ発達してないし。お金が欲しかったなんて嘘だよ。
この人は奴隷商人と戦ってたんだ。だけど当時は国や教会が奴隷の取引を認めていたのだ。
「トゥーヴァーさん、時代は変わったんです、今はコルジアもアイビスももちろんニスル朝とその同盟国もみんな奴隷取引を認めていないんです。今の海軍は決してトゥーヴァーさんの敵ではないんです」
トゥーヴァーさんは……私から目を逸らした。
「真っ直ぐだねぇ……あたしゃ幽霊だから昨今の事情は知らないけどね。いつの世にも本音と建前、光と影ってもんはつきまとうんだよ、力のある所にはね……正義を信じて突き進んだ結果、幽霊船の船長室にまで一人で来ちまう女の子に言っても聞きやしないんだろうけどさ」
いや別に私そんな正義とか信じるとかそんなつもりは無いよ、ここに居るのはただ色々あって巻き込まれただけで私は全然そんな……ってトゥーヴァーさん、何ニヤニヤしてるんですか。




