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マリー・パスファインダー船長の七変化  作者: 堂道形人
泰西洋の白波

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漁師「おい外国船がこっち来るぞ、水夫狩りじゃねえのか」漁師「でも何か女の子が手を振ってるぞ」

突然降って沸く海賊の宝の噂。

ヤシュムに根を張って行くパスファインダー商会。

やっぱり気になる父フォルコンの行方。


 時間的な問題でヤシュムに一泊する事になった。明日からシハーブ諸島を目指そうと思う。ヤシュムから南西に1000kmの彼方、南大陸から200km沖合の複数の島からなる地域だ。そこは新世界への航路上にあり補給港として賑わっているという。


 ロングストーンから南西のシハーブまでが1300km、シハーブから南のタルカシュコーンが1500km。そこから西へ5000km、貿易風と呼ばれるほぼ東から吹く風に乗って泰西洋を進めば新世界、という事である。我がパスファインダー商会は新世界を目指すのかと言われると、今の所目指さない。


 ヤシュムより南西の南大陸沿岸部にも村や小さな港はあるけれど、外国船と交易してるような所は無いという。

 そしてそういう集落がある海岸線もあと300kmくらいで、その先はタルカシュコーンまで岩と砂漠の海岸線が続くと……


 父に関して。タルカシュコーンから北東側で、外国人の船乗りがコソコソ生きて行くならヤシュムしか無いと思ったんだけどなあ。



 翌朝。


「また沿岸を行くんか?」


 私はまた、大洋を一気に走る今時の航路ではなく、海岸線を見ながら進む昔からの航路を選択した。


「積荷もモロコシばっかりなんだけど、これで本当に合ってる? どこへ売るの?」


 アレクも少し困惑している。北大陸ではモロコシは人気がないし、もうすぐ小麦が収穫期を迎えるし、今買う理由が解らないですよね。私も解りません。


「抜錨ー!!」


 私は景気良く叫んでキャプスタンを回しにかかる。するとやはり不精ひげが抵抗する。


「船長! 縁起担ぎなんだよ、解ってくれよ、ばつびょおー」

「どうせそんな事だろうと思ったよ! 何なの! 元気良く言ったら船が沈むの!?」

「いや、博打のツキが落ちるんだ」

「抜錨!! 抜錨!! 抜錨ー!!」



 出航して、ヤシュムの町が見えなくなって来た辺りで。私は艦首楼の上で土下座をかます。


「やっぱりもう少しだけ父を探させてください」

「いちいち土下座せんでくれ。沿岸を行くというから、そんな事じゃないかと思ったわい」

「安いモロコシはともかく、砂糖やアルガン油は高いのに何で買うのかなって。もしかして小さな港を周りたいのかなあとは思ったよ」


 ロイ爺やアレクが言う。別に正直に言ったら反対されると思ってた訳じゃないし、フォルコン元船長を探すというのは、四人の水夫にとっても興味の無い話ではないと思う。

 だけど……最近の私、ちょっと身勝手が過ぎるんじゃないかなあ。

 急にヤシュムを盛り上げたいと言い出したり地元の零細海賊を説得して回ったりして、定期航路を創設して真面目に稼ぐのかと思えば、今度は南西へ行くと言い出す、しかも何かにつけて行き先や目的を言わずに始める。


「本当の事言うと、ヤシュムは父の航海日誌に何度も出て来るから気になってたんです。丘の上の宿屋街で見る泰西洋がいいとか、町の雰囲気が好きとか……」

「うーん……フォルコンはどこの町でも似たような事言ってたような」


 私が恐る恐るそういうと、不精ひげが首をひねる。


「実際、リトルマリー号は毎年ヤシュムに寄ってましたよね?」

「小船向きの小商いが多いからだぞ、珍しい事じゃない」

「泰西洋の入り口にある! そのスケール感とロマンがきっと父の琴線に触れて」

「それなら北大陸南西端のサフィーラの方が……海洋商人の憧れの町だぞ」

「片っ端から生えた芽踏み潰さないでよ」

「すまない、続けてくれ」


 私は正座をやめて、普通に甲板に座る。


「……あと。こないだ風邪引いて寝込んだ時に、父が行方不明になったのと同じ頃に亡くなった、祖母の事を思い出してました。フォルコンの母ですよ。私の心配ばかりしてた祖母だけど、父の事もきっと心配してたろうと思って」


 私はちらっとカイヴァーンを見る……この子の前でやたらと家族愛みたいな話していいのかどうか解らないんだよな……でも何か熱心に聞いてるな。


「あの父が生きていて、タルカシュコーンからどっちかに行って生活してるなら、この辺りかと思って。レイヴンの追っ手が来なくて、船乗りをして生活出来る場所……あの父に船乗り以外の仕事が出来ると思えないし……せっかく近くに来た時だから、ちょっとだけ探させて下さい」




 それから。沿岸を南西へ向かう……小さな集落、小さな港。そういうのはたまに見つかる。周りに漁船が何艘か出ていたり、リトルマリーより小さいバルシャ船が居たり……

 お姫マリーに着替えた私は、ニスル語で呼び掛ける。


「おじさまー! おさかなとモロコシを交換しませんかー?」


 多くの場合、目を逸らされてしまうか、逃げられてしまうのだが、時には相手をして貰える。


「いいよー! いくついるんだ」


 勿論、お魚はアイリに美味しく料理していただく。モロコシや砂糖は景気よく振る舞い、足掛かりが出来たらボートで港にも押し掛ける。


「アイビスから来たんだと」

「物好きな商人だねえ」

「モロコシが余ってますのよ! 色々な物と交換しますのよ! あと、アイビス人の船乗り御存知ない? 名前はフォルコン」


 それから、地元の船主や商人に宣伝して回る。


「ヤシュムはこれから景気がよくなりますのよ! 是非商品を売りに来て下さいませ! この砂糖はマリーちゃんからの賄賂ですのよ! 皆さんでどうぞ!」

「ず……随分はっきり物を言う子だね……」



 旅の一座よろしく、フォルコン号は小さな港や町を見掛けては似たような接近遭遇を繰り返す。



「おじさまー! 今日はおさかな獲れますかー!」

「ハハハ、今日は大漁だぞー!」

「おじさまのおさかなと、私の船のアルガン油を交換しませんかー!」


 時には贈り物の形を、時には取引の形を取りながら、私……いや、パスファインダー商会は景気良く商品をばら撒いて行く……皆が稼いだお金をこんな事に使ってごめんなさい。


「フォルコンと言うアイビス人を知りませんか! 私の父なんです! ずっと探しているんです……あ、あとヤシュムの町の市場もよろしく! 最近景気がいいんだよ! お金を儲けるなら今だよお父さん達!」

「何だか……健気で逞しい複雑なお嬢さんだね……」


 あと、ウラドはいつも「自分は見た目が怖くて悪いから無駄に人前に出るのは避けたい」みたいな事を言うんだけど。どこで上陸してもすぐ子供に囲まれる。


「おじちゃん鬼なの!? ほんとに鬼なの?」

「鬼ごっこしようよ、おじちゃんほんとの鬼やって!」

「おじちゃん」「おじちゃん」

「いや……私はその、仕事が……」


 やってあげて下さいよ、おじちゃん。



 海辺に住む人々にとって、沖からやって来る船は良い物ばかりを運んで来るとは限らない。この辺りでも、海からやって来た海賊に散々荒らされた歴史などもあるらしい。

 突然やって来たアイビス商人に向けられる視線は決して好意的なものばかりではない……そう聞いていたのだが。



「出来たぞー! ラクダのタジン鍋だ、さあさ客人! 遠慮せずやってくれ!」

「うひゃー! 大きな土鍋ですね! こんなの初めて見ましたよ!」

「わはは、村の自慢だ! キビ酒も飲んでくれ! モロコシの礼だ!」


 ヤシュムを出て三日目の午後に立ち寄ったファラアラという漁村では、そのまま夜まで引き止められてしまった。だって……飯くらい奢らせてくれって言うからありがとうって返事したら、食用ラクダを〆たから食べて行けと……そのままみんな村祭りみたいな事始めるから、帰れなくなってしまった。ニスル朝の地域は調子良くて親切な人多いよな……

 村の人口は二百人くらいかしら。ちょっとラクダを一頭食べきるのは無理でしょう……タジン鍋にケバブにクスクス……そして、パイ生地でアーモンドとアーモンドミルクを幾重にも包んだ焼き菓子みたいなのが香ばしくも甘くめちゃくちゃ美味いっ……けど満腹で少ししか食べられなくて悔しい。これも郷土料理か。アーモンドも特産品なんですかね?



 その夜。


 水夫マリーの私は、村の網元の家の庭での大宴会からどうにか抜け出し、仲良くなった貝取りで生計を立てていると言う女の子の家に避難させてもらった。


「大丈夫? 食べ過ぎ、あはは。皆喜び過ぎ。遠くからのいいお客さん、珍しいから」

「マリーちゃんもこんな歓迎してもらえるの初めて、ファラアラ良い村」


 彼女のニスル語とちょっと違う言葉、私のアイビス訛りのニスル語、少し通じにくい所もあるけれど。


「マリーは船長さんでしょ。私の家狭いでしょ」

「あはは、船はもっと狭い、ここはのびのび出来る」


 ロヤーちゃんというその子は私と同じ年生まれで、今は孤児だと言う。家の大きさも同じくらい。

 ロヤーちゃんはミント茶をご馳走してくれた。もちろん高価なお茶の葉などは使っていない、地元で採れるハーブを混ぜ合わせて作られた物だという。とても気持ちが落ち着く。そして……食べ過ぎのお腹に心地いい……

 でも何より嬉しいのは、自分が今同じ年の女の子と話しているという事……世間では当たり前の事かもしれないけど、私にはずっと手の届かない幸せだったのだ。


「……それで、その二人から求婚されて、今ちょっと困ってる」

「そうなんだー。二人は困るよね、一人だけ断るの大変だよね」


 ロヤーちゃんは両親を亡くしているけど、もう結婚するらしい。ただ求婚者が二人居て、どっちも同じくらい仲良しだけど、断った片方とも友達でいられるか心配だと。


「三人から二人断るなら楽なのに。あはは」

「あはは、何か解る」


 異邦人相手の気安さというか。ロヤーちゃんは何でも話してくれる。楽しい……たちまち親友が出来たような心地だ。

 いいなあ。私も同性同世代の友達が欲しい。ふわふわお姉さんのアイリも好きだし、犬みたいな弟カイヴァーンも可愛いけど、私の関係者はその二人以外はおじさんばかりですよ……おまけしてお兄さん……


「ねえマリー……貴女のお父さん、フォルコンさん? もしかしてアルバトロスさんの事かも」


「えっ!? ア……アルバトロス?」


「うん。アルバトロスさんの事は、この辺では秘密なの。半年くらい前にやって来た船乗りで、自分ではターミガン人だって言ってるけど、本当はアイビス人なんじゃないかって、大人達は言ってるの。親切で勇気のある人なのよ」


「あのっ、ちょっと、待って。その人……土下座はする?」


「そう! 前に徴税人が来た時に、村が納める麻布が足りなくて、それでお金で納めるように言われたんだけど、アルバトロスさんが徴税人に土下座して期日を伸ばして貰って……その間に船で麻布を集めて来てくれたの」

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