ホドリゴ「どうだ俺の勘は! あの姉さんについてったら飯が食えただろ!? 最高だぜ親分ヒャッハー」
コンスタンス「船乗りだけは駄目、船乗りだけは……」
マリー「もう千回聞いたよばあちゃん」
コンスタンス「船乗りとだけは! 結婚しては駄目よ!」
マリー「解った、解ったってば」
マリー「……船乗りになるなとは言ってなかったなあ……」
私は友達が少ない。特に同性で同世代の友達が全然居ない。だから船乗りとして各地を旅していて、様々な文化の私と同世代の女の子同士が仲良く楽しそうにしているのを見ると、いつも羨ましく思う。
ヴィタリスの近所では同世代は男ばっかで、女で年が近いのは8つ下のアドリーヌちゃんか9つ上のロザリーさんしか居なかった。ロザリーさんは16で結婚してたしアドリーヌちゃんはいいとこのお嬢様だし……つまるところ、幼い日の私と遊んでくれたのは男の子達だけだった。
男の子達は探検と宝探しが大好きなので、私もそれに付き合いよく野原で探検宝探しごっこをしていた。
「トゥーヴァー船長って? どういう話なの?」
「ヤシュムからずっと南西に行くと、ソヘイラ砂漠の海岸線が始まる……タルカシュコーン辺りまで2000kmくらいずーっと砂漠と岩の海岸線……トゥーヴァー船長はそのどこかに隠し砦を持っていた。新世界もまだ発見されてない頃に、南大陸沿岸を周る船を襲って生活していた海賊」
カイヴァーンはモップで甲板を磨きながら言った。
「へえ……」
「そんな場所だから金はいくら奪ってもなかなか使い時がなく溜まる一方。金はあるのに食糧を奪う為に襲撃を続け、隠し砦は金貨の山に……」
「う……うん! それで!?」
私は息を呑む。
「まあ、トゥーヴァー船長は最後はコルジア軍に襲撃されて捕まったんだけど」
「隠し砦は見つからなかった!?」
「見つかった、金貨の山も」
「……そうなんだぁ」
私はちょっと肩を落とす。
「だけど発見された金貨はトゥーヴァー船長が略奪した金貨の10分の1も無く、アシュラフの光と呼ばれる宝石も見つからなかった」
私は興奮を取り戻す。
「じゃあ、まだ全部は見つかってないんだ!」
「カイヴァーン、船長に妙な話を吹き込まんでくれ」
ロイ爺がやって来る…眉をハの字にして。
「何で! ただのお伽噺だよ、聞いたっていいでしょう!」
「いや船長……船長のその目の輝きは、ただのお伽噺を聞いている人間の目の輝きでは無さそうじゃが……」
「カイヴァーン、続きよッ!」
「さっきので終わり」
「嘘でしょお! 残り10分の9の金貨は!? 何とかって宝石は!?」
ロイ爺が私とカイヴァーンの間に入る。私はロイ爺を避けてカイヴァーンを捕まえようとするが……カイヴァーンは私に捕まる前に向こうへ飛んで行ってしまった。
「だから船長、お伽噺じゃ。トゥーヴァーは実在した海賊じゃが宝なんてものは後世の人が盛った作り話じゃよ。事実は単純じゃ。この辺りに昔そういう女海賊が居て、コルジア軍の復讐を受け捕らえられた。で、内海の海賊と違って、ここらの海賊は金貨を奪っても使う機会が少なく持て余していたもんじゃから、コルジア軍は奪われた金貨の大部分を回収する事が出来た。そういう話じゃ」
ロイ爺の言っている事は解った。事実はただ犯罪者が捕まって奪われた金も押収出来たという単純な案件なのだと。
残り10分の9の金なんて最初から無いのかもしれないし、当時のコルジア軍が押収した金を上には過少申告して仲間で山分けにしたのかもしれない。
海賊が女だったというのも伝説に尾ひれをつけるエッセンスになってるのかもしれない。
だけど宝探しって理屈じゃないんだよなぁ。そんな話を聞いてしまっては。私の頭の中は海賊の秘密基地やら宝の地図やら金貨の山やらで一杯になってしまった。
ヤシュムへの航海も、最初は白波立つ泰西洋に挑む大航海に見えたものだが。今はただ肥やしを届ける為のお使いにしか見えない。
「突く可し、突く可し、払う可し! びょ」
いつも通りの船酔い、眩暈、吐き気、そんなものと仲良くしながら水夫マリー姿で剣の稽古をするという、ひたすらにいつも通りの日々が続く。
船乗りが能天気に見えるのは、こういう生活の中で日々を妄想に費やすからだろうか。だってヒマだったら夢でも見てるしかないじゃん。
砂漠の女海賊……どんな服を着ていたのだろう……やはりハマームで見たベリーダンサーのお姉さんみたいなむちむちぷりんで……うーん、バカなのか私は。
私、もしかして船酔い以外は立派な船乗りになってしまったのだろうか。海賊の宝の話を聞く前に、何かの事で悩んでいたような気がするんだけど、何を悩んでいたのかを全く思いだせなくなってしまった。
私の知らないフォルコン・パスファインダーも、きっとこんな男だったのだろう。
今回も念の為沿岸近くを航海したけれど、もう素人私掠船を襲う素人海賊は現れなかった。シケた海ですわよ。そして二晩の航海の後、フォルコン号は再びヤシュムに到着した。
到着は昼頃になったのだけど、今回は既に買い手が居る荷物を持って来たので、荷降ろしは港に入るなり始まった。
「申し訳ありません。私が風邪を引いて一日遅れてしまいました」
「いえいえ、十分早いですよ」
本来の予定では四隻で出航して三晩で来るつもりだったのだ。そういうあいつらは……ジャマル号もサアラブ号もテシューゴ号も、ちゃんと港に居るわね。
港に下りた私は、ヤシュムの商人ナーセルさんと話していた。ナーセルさんは友人を連れて来ていた。
「貴女がマリー・パスファインダーさんですね、聞いていた通りの美しい方だ」
「ナーセルさん、私の弱点をお友達に話しましたね?」
その人は港に係留されている古い大型船をいくつか持っている、船主だった。
「もうすぐ小麦の積み出しで使うんですけど、その後はまたずっとここに泊める事になるんです、経費ばかり掛かってね……積み出しの時だけ水夫を雇うのも頭の痛い問題でして」
「全部は難しいですが、何かのお役には立てそうですね。臨時の船員の手配はお任せ下さい、船に関しては……今後航路が賑わえば、船を売りたい気持ちも無くなってしまうかもしれませんよ」
「ははは、なんとも心強いお言葉ですなあ」
少なくとも船長や水夫を貸すくらいは出来るかな。船の買い取りまではまだ厳しいか……そんな話をしていると、いつの間にか例の三人が近くに来ていた。
「親分、普段と雰囲気違うな……」サッタル船長。
「そりゃあ姉さんも堅気相手の時は猫を被るさ」ハリブ船長。
「シーッ、また怒られますぞ」ホドリゴ船長……
今日は真面目の商会長である。言葉も念の為アイビス語で話してロイ爺に訳してもらっている。やっぱり私のニスル語は怪しい気がするので……
まあこの三人の相手は、もう私のニスル語でいいけど。
「しっかりやんなさいよ。マリーちゃんどこからでも見てるわよ。ふざけてたら、またぶちのめすわよ(皆さん気をつけて仕事を続けて下さい、私はどこからでも皆さんの安全を祈っています。何かの時には私がきっと助けます)」
「ハイ! マリー親分万歳! 親分のおかげで飯が食えるっス!」
「勿論サボらずしっかり働かせていただきます!」
「親分について来れて良かったです! マリー船長万歳!」
三人の船長と三隻の船はもう次の荷物を積み終わっていたので、すぐに出航して行った……ていうか私への挨拶待ちだったのね、あの人達……本当にすみません。
私はカイヴァーンを連れて場外市場の辺りをうろうろしていた。グルメ探索ではない……今日はアレク、不精ひげ、ロイ爺には別行動を御願いしている。ウラドまでもが私の動きを察して、一人で出掛けてくれた。
「私は残ってていいの?」
「ぶち君もです、御願いします」
アイリは留守番……だってほら! アイリは私の父、フォルコンの事なんて知らないはずだから! 絶対そうに決まってるから! ねえ!
場外市場の辺り、港の上の宿屋街、手近な農村までも足を伸ばし、夕方近くまで私は方々で聞いて周ったが……やはり、父の痕跡は無かった。
もし、この近くに潜伏していたら、マリー・パスファインダーの噂を聞きつけてくれてたら、この辺りに現れたりはしないかと……ごく小さな希望を持って、探してはみたんだけど。
「大丈夫だ! 皆もフォルコンは生きてるって言ってたんだろ!? 姉ちゃんも生きてるって思うんだよな!? じゃあフォルコンは絶対生きてる! 俺も探すの手伝う!」
途中で私のしている事に気付いたカイヴァーン君は、めちゃくちゃ私を気遣ってくれるようになった……嬉しいけどあんまり気を遣われても困るので、何なら気づかないでいて欲しかった気もする。




