アイリ「誰かが来年の話をしたら、みんなで笑ったりするの!?」ウラド「……いや……まあ」
海賊の襲撃だ! どっちが海賊だ!
翌日は朝早くから、対向方向から現れたダウ船が一隻、フォルコン号の進路を遮ろうと急旋回して来た。
向こうは多分、大砲は無いと聞いて来たんだと思う。まあ、無いんですけど……昨日お預かりした3ポンド砲の他には。しかも実弾は入れていない。
ダウ船の帆の後ろや舷側の波除け板の影に隠れていた男共が姿を現す。
「そこの姉ちゃん! 船長に言って船を止めてもらいな!!」
艦首で手を振るお姫マリーの私に、向こうの男が叫ぶ。私は甲板に掛けていた布を取り払う。布の下には砲身1m程の大砲と、耳に詰め物をした不精ひげが隠れていた。私は耳を塞ぐ……うう、怖いっ!
ドカーン!!
ひええっ!? 凄い音と衝撃だけどこれで小さい方なの!? 火薬も少なめ?普通の軍艦の大砲だとどんだけ音大きいんだろう……
至近距離で発砲されて、向こうの船はパニックになってるわね……まあ大砲があるとは聞いてなかったんだから仕方ない。大丈夫、空砲ですわよ。
あ、ぶつかる。斜めだけど少し固めにぶつかるかしら……そう思ったらロイ爺がいい感じに舵を切った、
どーん! と行った! けど例によって私は揺れないからよく解らない。最後の空砲のせいで向こうの船は一瞬操船不能になっていたらしく、まともに衝撃を受けたようだ。帆の裏から水夫がぼとぼと落ちて来る……
「マリー・パスファインダーですわ!」
私はダウ船の波除け板に飛び乗りながら、短銃を撃ちまくる。船長っぽい人の足元へ、操舵手の頭上へ、マスケット銃の銃身へ……
「フォルコンの息子でマリーの弟カイヴァーンだ!! まとめてかかって来い!!」
のりのりカイヴァーンがまた行った。ようやく立ち上がったような海賊の皆さんをぽいぽいと海に放り込む。昨日より要領を得てるようで安心した。
不精ひげは舵を、ウラドは船長を素早く制圧してくれた。
「命までは取りませんわ! 武器を捨てて投降なさい!」
私の声だけだと説得力が無いので、短銃を空に向けてもう一度撃つ。
アイリが腕組みをしてこっち見てる……すごく怒ってて怖い……
「おかしいじゃねえか!! 汚ねえよ! 女の子船長のか弱い船だって聞いたから出て来たのに、最初からやる気満々じゃねえか! 罠に掛けやがったな畜生め!!」
ダウ船の船長らしき人が甲板をばんばん叩いて抗議する。
「だから俺は反対したんだ! あんな新造艦がカモな訳無いって!」
「どうすんだよォ、海賊罪で捕まったら俺達もう国に帰れ無ェよぉ……」
水揚げされた水夫達も揉めている。面倒なので、
「やかましー!!」
ドン!!と。私は短銃をもう一度空に向けて撃ち、皆さんにお静まりいただく。
「想像以上のボロ船でびっくりだよ! これヤシュムまで行けるの!? 何で壊れた所修理しないのよあんた達は! お金掛けれないなら手間は掛けろよ!」
ダウ船はフォルコン号を襲う前からボロボロだった。帆は継ぎ目も綻んでるし、ギシギシ言う壊れかけの滑車をそのまま使ってるし、甲板に開いた穴もそのままだ。
「あ、あのな姉さん、直したって仕方ねえんだよ、昔は貿易に使ってたんだ……だけどもう貿易じゃ儲からねぇし、漁船にゃ不便だしたまにこうして海賊ごっこに使うくらいだから……」
「自分で海賊ごっことか言うな! とにかくあんた達! 司直に突き出されたくなかったらヤシュムまで来なさい! アレク!手付金配って! いい? ヤシュムまで来れば残りの金も貰えるのよ? きっと来て下さるわね? お待ちしてますわよ? おじ様」
私はダウ船の船長……私より倍以上年上のおじさん達に銃口をつきつけ、くねくねしながら話す。自分でも自分にちょっとむかつく。
「海賊を続けるなら、次は私も鬼になるぞ?」
ウラドが恥ずかしそうに言い添えた。オーク族の伝統的ジョークだろうか。
「こっちも零細商社だけど、あっちも零細海賊だったわね……」
「ヤシュムには百年前には立派な海賊の基地があったそうじゃ。新世界から戻って来た黄金を積んだ船を襲ったり、コルジアの沿岸部を襲ったり……やりたい放題の時期もあったそうじゃ」
百年前の話なのでロイ爺も見て来た訳ではないだろう。結局その時の海賊は、ぶち切れたコルジアが派遣した大艦隊に徹底的にやられ、ヤシュムの町も一度焦土にされたのだそうだ。
そういう歴史もあるので、今では海賊は懲り懲りという風潮もあるのだろうか。
「単純に獲物が少ないんだと思う。あの船にあの腕じゃ沖合を行く立派な商船には追いつく事も出来ないだろうし。姉ちゃんが言う通り堅気になればいいのさ」
ぶち君と遊ぶニコニコカイヴァーン。
「だけどもうちょっとまともな方法は無いの? 何でいちいち、一度引っ叩いてから言う事聞かせる、みたいな事しなきゃならないのよ」
ぷんぷんアイリ……あっ、カイヴァーンが萎れる!
「……仕方ないんだ。でも姉ちゃんのやり方が一番手っ取り早いし確実だと思う。海賊は意外と決断力が無いんだ。よほど船長が強い船じゃない限り、何事も皆で相談して決めるから……上手く言えねェけど」
「だけど危ないじゃない……毎回こんな事してたら」
「危ないのは本当。人は撃たれたら死ぬ。だから撃たれる前に撃たないと。なのに姉ちゃんは人を撃てない。本当は後ろに隠れてて欲しい」
私が反論しようとすると……不精ひげが先に言った。
「カイヴァーンもだぞ。お前は強過ぎて目立つから銃を向けられやすい。もう少し用心して欲しい」
「……解ったよ、不精ひげの兄貴」
「カイヴァーンまで不精ひげかよ……」
そして夕方。行く手に、船体をわざと傾けて白々しく救難旗を振るバルシャ船が見えた時には、さすがにもう無視しようかとも思った。
「大丈夫ですのー!? 何かお役に立てますかー!」
私はまたお姫マリーで一人、艦首に立ち手を振っていた。うちは劇団か何かですかね。
「助けてくださーい!」
向こうで手を振るおじさん……いいのよ?本当にただ困ってるだけのおじさんでもいいのよ?
フォルコン号はゆっくりと近づいて行く……今、接舷……コツンと。ロイ爺の舵取りも上手いものね。
「それじゃあお嬢さん……こっちへ来て貰おうか!!」
バルシャ船の舷側やマストなどの物陰から、武器を手にワッと立ち上がる男共。ちょっとウケる。
「マリー・パスファインダーですわよ!」
私は男共の足元に短銃を向け、引き金を引いた。
……
これ、キャプテンマリーを封印した意味が無いんじゃ……?




