サッタル「あの女は俺の! お……お嫁さんになってくれないかな……頼んでみようかな……」
とうとう私掠免許状を押し付けられたマリー。
まあ、まさか海賊の真似事まではしないと思うよ!
再びロングストーンを出港するフォルコン号。ここから南西へ向かう船自体は少なくない、むしろ多い、ヤシュム沖を通過する船も多い……寄らないだけで。
ここは南大陸沿岸を行く船や、新世界へ行く船が数多く通る航路だ。彼らは皆航続距離が長く、旅路を急いでいる……不景気なヤシュムに寄る理由が無いのだ。
では小型船は来ないのか? うちみたいな零細商社はどこ行った? やはり、利鞘が少ない上海賊が出るという事で近寄らない。内海へ行けばいくらでも小さいが景気のいい港があるのだ。何故わざわざ白波高き外洋の不景気な港へ行くのか。
では何故、私はこの港にこだわるのか。
「突く可し、突く可し、払う可し。ゲコ」
「またカエル混ざってるぞ姉ちゃん……なあ。何で姉ちゃんは剣の稽古の時は船酔い知らず着ないの」
「船酔い知らず着てない時用の剣術なの。突く可し、突く可し、払う可し! ゲヨ」
ロングストーンを離れて6時間くらい……西の水平線に夕日が沈むかなという頃。沿岸を航海していたフォルコン号の行く手の岬の向こうから、一隻の小さなガレー船が現れる……
「まずいな、船首砲が見えるぞ!」
見張り台の不精ひげが叫ぶ。
「ロイ爺! 取舵! 陸側に詰まったフリをして、あとは任せるわ!」
私は最低限の指示をして艦長室に飛び込む。水夫マリーでは戦えないので……
さあ、変身! マリー・パスファインダーはなんと! 僅か二分で変身を完了するのだ! えーとブラウスはどこ……あっ……ちょっと袖にシミが……焼き野菜パスタ食べた時のかしら……とれるかなこれ。
リボンなどアクセサリーもちゃんとつけないと魔法の効果が半減……めんどくさいアイリが掛けてくれた、めんどくさい魔法なのだ。
最後に鏡を見てチェック……なんか私って服装で性格変わるよな……キャプテンマリーの時は鏡もろくに見ないのに。
よし出来た。三分かかったわね。
着替える間にも、外では何度か銃声が鳴っていた。
「遅いぞキャプテン! 勘弁してくれ!」
不精ひげが見張り台で踊っている……鉄砲は勿論ガレーから撃って来てるようだが、音を聞く限りではせいぜい二丁だし、この距離で海の上なら余程運が悪くない限り当たるまい……とは言え撃たれる本人は気が気じゃないと思う。
向こうのガレーから見ると不精ひげだけ見えるんだろうな。向こうにとって、脅しにはちょうどいいという具合だろうか。
ガレーはどんどん近づいて来る。あんまり近くなると当たるかもしれない。
「撃つのはやめて!」
私は艦首楼に登り、ニスル語で叫んで手を振る。
「撃たないでー!!」
元々30秒に一発くらいしか撃って来ないので、聞いてるのかどうかは解らない。
今の所大砲は撃たれてない……必要ないと判断していただけたのか。
ガレー船はどんどん近づいて来る……漕ぎ手は12人、結構居るわね。他に何人居るかしら。
「姉ちゃん、俺が先に行くからな」
甲板に伏せたカイヴァーンが言う。
「それだと貴方撃たれるかもしれないじゃん! 私が行くまで待ちなさい!」
「何で姉ちゃんが一人で先に行くんだ! 俺に行かせてくれよ!」
「カイヴァーン、悪いけどお姉ちゃん命令よ。私が呼ぶまで待ちなさい」
ガレー船が目と鼻の先まで迫る。もう向こうはこっちが降伏してると思っているらしい。
「あー、俺達は近在の徴税官だ、この水路を通る船を臨検する、禁止された商品があった場合は没収するのでそのつもりでいろ」
ガレー船の船首に8人ばかりの男が居る。漕ぎ手と併せて最低20人ですか。
大砲は……小さいけど本物みたいね。どうやら発射準備を解除した模様……じゃ後は接舷するのを待つだけか。
「ところで、船に女の子とは珍しいな、ヤシュムで聞いた通り……ゴホ、ゴホ……あー。船に女の子とは怪しいので調べる、こっちに来い!」
ガレー船とフォルコン号の艦首が、同じ方向を向いて接舷する……
アレクが全速力でロープを手繰り、フォルコン号のマストをアイビス軍旗がするすると登って行く。
「マリー・パスファインダーですのよ!」
私は背中側に持っていた短銃を突き出し、そこらじゅう撃ちまくる。マスケット銃を持っていた二人のおじさんの足元。舵を握ってるおじさんの足元。マストの上の金具。船首砲の周り。
「ぎゃあああ!?」「ひぃいいい!」
銃を放り出すおじさん達。甲板に降り注ぐ金具……轟音を立てて落ちるヤード……えっ、何に当たった…? ガレー船の帆が一枚まるごと落ちた。
「もういいだろ!? 行くからな!!」
「ちょっと! 待ってカイヴァーン!」
飛び出して行くカイヴァーン、待てってば! 私はカイヴァーンを追ってガレー船の甲板に飛び乗る。
「ナームヴァル育ち、パンイチフォルコンの息子カイヴァーンだ! 死にてぇ奴から出て来い!!」
ちょ、ちょっと何それ! だけど多分これふざけてない……この子は家族という言葉に関してはマジなので、マジで私を義姉として、私の恥ずかしい父を義父として、その名を堂々と名乗りたいらしい。
ガレー船の人々は……やはり暴力で飯を食う暴力の専門家ではないんだと思う。カイヴァーンの野生のエネルギーにただ圧倒され蹂躙されている……
おっと、ぼんやりしてるヒマは無かった。
「やめーっ!! 戦闘やめ!! あんた達降伏しなさい!! カイヴァーン! ハウス! ハウス!」
暴力は嫌いなはずのウラドまで、カイヴァーンと同時に飛び込み、たちまち何人かねじ伏せてしまった……武器ではなく網でという所がやっぱりウラドだけど。まだ何か負い目を感じているのかしら、この紳士は。
ロイ爺とアレクが、カイヴァーンが海に放り込んだ男達を一人一人掬い上げて行く。泳げずに沈んで行きそうだった人も居たので、不精ひげが飛び込んで助けた。
ウラドは筋骨隆々の体を誇示するように腕組みをし、ガレー船の人々が変な気を起こさないように、目を配っている。ガレー船の皆さんもウラドを大変怖がっているようだが、今ウラドは内心大変恥ずかしがっている。
漕ぎ手の人達は誰も乱闘に参加しなかった。嫌々乗せられたという人も居るんだろうなあ。漕ぎ手はかつては奴隷の仕事で、今でも犯罪者や捕虜が強制されてやる事も多いとか。苦労の割に取り分は少ないとも聞く。
死人は出ていないが怪我人は出ている……ただ、一番重傷だったのは私が撃ち落としたヤードが頭に当たり昏倒した、ガレー船の船長格の人だった。
鼻血を出してピクリとも動かないのでこっちも青くなったし、目を開けてくれた時はとても嬉しかった。
「そこに一列に並んで下さるかしら」
短銃を持ったお姫マリーが夕日の船上で、一列に並んだ海賊達の前に立つ。
「あの……命ばかりは……」
「大砲と銃は押収させていただきますわ。漕ぎ手は船酔いしてる人も多いみたいね。あんた達、どんだけ海の男か知らないけど、船酔いを軽く見ないで下さいよ。辛いんですよ本当に」
「は……はぁ……」
「とりあえず今日働いた分の駄賃は私が払ってあげるから、乗りたくないのに乗ってる人は陸に返しなさい!」
「は?」
「ここからが本題よ! 本職の船乗りだけ乗せてヤシュムに来なさい! ヤシュムまで来たらパスファインダー商会が給料を払うわ。いやならここで海賊を続けてもいいけど、次に見掛けたら地獄行きですわよ」
「放すの!? そのまま!?」
「アイビスの港まで連れて行けば金になるのに……」
放すどころか、もう船は懲り懲りと言った人には駄賃まで渡して、私は彼等を解放した。
「いいじゃないですか。大砲一門と銃が二丁、手に入りましたよ」
「入りましたよじゃないわよ!」
アレクが驚き、不精ひげが勿体ながり、アイリが抗議するが、ここは船長の気まぐれでやらせていただきます。
「遊びでやってるんじゃないんだから! 海賊も私達も!」
「私だって遊んでる訳じゃないですよ」
カイヴァーン君は何となく、私のやってる事に賛成みたいだ。ていうか機嫌いいな彼。珍しく鼻歌なんか歌いながら、ぶち君と遊んでる。
ナームヴァルのカイヴァーンは昔、こういう事がしたかったんでしょ? ねえ。




