海軍「海賊狩りのマリー。存分にやっていただいて結構ですよ」
南大陸北西部、外洋に面した町ヤシュム。
そこにちょっとこだわるマリー。
食事の後で、市場に戻って。
「何か無いですかね! ロングストーンに持って行ける商品! ほら、乳香とか!」
「船長、大声でそういうのやめようよ……」
「いいじゃないですか! こんにちは! パスファインダー商会のマリーと申します! お勧めの商品などありませんか!」
私、ちょっとオーガンさんっぽくなって来たな。パーム油、貝の干物、麻糸……行先はロングストーンだけど生鮮野菜も捌けるかしら。
「これで船倉は八割かな……だけど本当にただロングストーンに戻るの? この積荷なら南西のシハーブ諸島に行っても面白いと思うけど」
「それもいいですね! 次はそうしようかな! 今回は思う所ありますので! 一度ロングストーンに戻りたいと思います!」
「だから、何で大声なの……」
慌ただしい出入りになってしまったけれど、余所の商船ならこのくらいが普通なんじゃないだろうか。うちは私のせいで、いつも少しのんびりしてると思う。
「不精ひげ! たまにはビシッと! ビシッと言って下さいよ!」
「抜~錨~」
昼前に商品を積み終えたフォルコン号は、今朝来た海路を引き返して行く。
またすぐ来ますよ。次はあの丘の上の方にあるという宿屋街にも行けるだろうか。
「沿岸近くを行きたいと? しかし、浅瀬の用心も必要になるし、船足も鈍ると思うのだが……」
「うちはこの艦影じゃし海賊は来ないとは思うが、用心に越した事は無いじゃろ」
「あんまり急ぐとまた夜中に着いちゃうから! 見張りを立ててゆっくり行けば大丈夫です!」
私の提案はやはり、ウラドやロイ爺にやんわりと抵抗される。しかしそうしないと出来ない事もあるので、私はやってもらう事にする。
アレクは私の意図に気づきつつあるようだ。
「アイリさんに知られたら怒られるよ船長……」
そんな事はあるまい。クマはクマの都合でその辺りをうろついている訳で、私が山菜を採りたいという気持ちを察してそこに居た訳ではない。
その見張り。大変なので私は夜直の見張りを買って出る。バニーガールはこの仕事にちょうどいいのだ。私はまだキャプテンマリーは出さないぞ。
昼間眠って、夕方は船酔いしつつ稽古して、夜はバニーガールが見張りで、二晩が過ぎ。フォルコン号は何事もなく、ロングストーンに戻って来た。
◇◇◇
「何も起きませんわ」
今度はウラドを連れて降りようと思ったのに、ウラドはまだ降りないという。私はお姫マリーに着替え、アレク、カイヴァーンと共に上陸する。
「何か起こす気だったんだ……」
「だって勿体ないじゃん、あんなの」
「あんなの?」
物資を待っている人が居る、船もある、船乗りも居る。お金は無い。お金か……
「とりあえず生鮮野菜をパーッと売っちゃわないと……」
そんな話をしながら、ロングストーンの市場通りを歩いて行くと。誰かが向こうで私の事を指差している。
絵本で見た事がある、あれはゴリラだ、広い額、大きな鼻の穴、丸く張り出した口元、頭から顎までが短い毛で覆われた……
でもその横に居るアイビス海軍の軍服を着た人は、最近どこかで見たような?
いやいや、よく見るとゴリラもアイビスの軍服を着てますよ、あの色は確か海兵隊ですね。
あっ。こっちに向かって走って来ますね。うーん、私一人だったら指差された時点で逃げてたと思うけど、アレクとカイヴァーンも居るし今更逃げるのも何ですし……いや逃げれば良かった、どうしよう、来る来る来る!
「居ましたね!! 目に痛い女!!」「こんな所に居たのか!! 探した……いやわりとすぐ見つけたぞ!!」
あっ、そうだ……レッドポーチに居た、ポンドスケーター号のエルゲラ艦長だ。ゴリラの方は全然知らないけど、もしかしてカイヴァーンが投げた網のせいで下層甲板に閉じ込められてた人?
とにかく、逃げるのに失敗した以上は、開き直るしか無い。
「きゃっ……大きな声を出さないで……私怖い……」
少し体を小さくして、眩暈を起こしたようにふらりと後ずさる私。自分でやっててちょっと驚いた。私、こんな機能もあったのか。
周囲の視線が集まりましたね……ここ、アイビスじゃないですし、ここではどんな国の軍人も暴れる事は許されませんのよ。ほほほ。
「ちっ、違います皆さん、私達はこの女に文書を渡しに来ただけです!」
エルゲラさんが周りで見ている人達に弁明している……文書?
次の瞬間、目の前が真っ暗になる……顔に何か大きな封筒のような物を突き付けられているらしい。なんですか、これ……
私が封筒を受け取ると、エルゲラさんとゴリラはするすると後ずさりして行く。
「確かにお渡ししましたぞ! 受け取っていないと言い張っても無駄ですぞ!」
「ハーッハッハッハ、お前その封筒から逃げ回ってたんだろう! パルキアでそう聞いたぞ!」
二人はそのまま走り去ってしまった。何なんですか一体。海軍艦長も色んな人が居るわね。
私はその大きな封筒を見つめる……紺色に染めた厚手の紙で出来ていて、王国の刻印が押してある……封蝋もしっかり……
私はそれをアレクに渡そうとする。アレクは一歩下がってよけた。
次に私はそれをカイヴァーンに渡そうとしたが、カイヴァーンはもう五歩くらい離れていた。
とりあえず私はそれを小脇に抱えたまま、市場へと歩いて行く。
アレクとカイヴァーンは私の五歩くらい後ろをついて来た。
ヤシュムの特産品は商売が揮わなかった。パーム油は等級が低いと言われた。干物や麻糸も今一つである。結構仕入れ値が張った割に売値が良くない。
むしろ生鮮野菜に良い値がつく。ロングストーンでは外洋と内海の様々な商品が交換されているが、ロングストーンの人々の為の生鮮食品が不足気味なんじゃないだろうか。
町の北にはコルジアとの国境があるが、その辺りは風が強く土地が痩せていて農業に向かないというし、ロングストーンに来るような投機根性の強い海洋商人は、安くて事故の多い生鮮食品をやりたがらないのかもしれない。
とりあえず、向こうで需要がある物を買って行こう。小麦と干鰯がいいかな……
船に戻ると、甲板でアイリさんが待っている。
「マリーちゃ~ん。ちょっといらっしゃ~い」
すっごくニコニコしてるアイリさん。これは大目玉に繋がるパターンですねぇ。
甲板に戻った私の左腕が、アイリさんに固くホールドされた。
「貴女、海賊釣ろうとしてるって本当?」
「そんなわけ無いじゃないですか。私が海賊を誘い出してどうするんですか。何のメリットもありませんよ」
水夫の皆はロングストーンで仕入れた品物の船積み作業を始めた。全員でやるような作業でもないのに、こっちに関わらないで済むようにと思ってか、皆でチームワークよくダラダラやっている。
「じゃあ何でこことヤシュムだけ往復するの?」
「ロングストーンは一応うちの本拠地ですよ。父も水夫共も気にしてなかったけど私はもう少しロングストーンを大事にしたいんです。事務所も酷いもんですよ」
私は艦長室の中に引きずりこまれる。
「ヤシュムの市場でも聞こえよがしにお金あるフリして……ナルゲスで似たような事あったわね? それで海賊が寄って来て……」
「違います、ヤシュムは悪い循環に落ちてると思うんです。補給基地としての人気を沖の離島の港に奪われて、景気が悪いから購買力が無い、商人が来ないから輸出もし辛くなって、食えないから海賊になる人が居てますます航路が寂れて。もったいない。賑わいが必要なんですよ、私はあの港を賑やかにしたくなったんです」
私が一気にそこまで言うと……アイリさんの腕が離れた。
「潜在的に力のある特産品もあるんじゃないですかね、市場が賑わえばそういう品物も力をつけて」
「ちょっと……待って? どうしちゃったの船長!?」
私のおでこに手を当てるアイリさん。失礼な。
「私は真面目な海洋商人ですよ……」
私はそう言いながら、海軍……エルゲラ艦長とゴリラに押し付けられた紺色の封筒の封蝋を切る。これが何だと言うんですか……
中身は、手紙が二枚……
『私掠免許状 フォルコン号艦長マリー・パスファインダー殿』
アイリが私の首根っこを掴んだ。
「何よこれ!! やっぱり暴れる気満々じゃない!!」
「ちがっ!! 違います!! これは今さっき海軍さんに押し付けられたんです!! 知らないよ、知らないッ、私こんなの頼んだ覚えないですよ!!」




