アレク「船長、その小さい方のステーキをくれたりは……」マリー「あげる訳ないでしょう!?」
剣術の稽古をしてみたり、父の昔の航海日誌を持って来たり。
次の冒険の準備をするマリー。
フォルコン号の会食室は一度に8人まで食事が出来る。我々は7人なので一席だけ余る……余らなかった。そこにはさも当然のようにぶち猫君が座っていた。
航海中は食事も順番になるし、寄港地では誰かしら出掛けている事が多く、こうして全員で席を囲む事は滅多に無い。
その為アイリもいつも以上に腕によりを掛けて夕食を作ってくれたようだ。これは美味しくいただくべきなので、私はお姫マリーに着替えて席についていた。
今日のメイン料理はフェザントで買った新型挽肉機を使ったステーキだという。こんがり焼かれた表面からは香ばしい匂いが漂い、中からは肉汁が溢れて来そうな予感がする。
私は正面に座っているアレクの分の皿を、じっと見つめる。
「太っちょのやつ少し大きくない?」
「船長の皿二個乗ってるじゃん」
「いいわよ? 交換しても」
確かに私の皿には小さめの挽肉ステーキが二個乗っている。だけど何となく、総重量ではアレクのステーキの方が大きいような気がする。
アレクも私の皿を見てそう思ったらしい。アイリはただ、苦笑いをしていた。
「……じゃあ、交換する?」
「……いいわよ」
だけどお互いの皿同士を近づけてみると、やっぱり二個の方が総重量が上のような気がする……アレクも自分の大型ハンバーグの方がいいような気がして来たらしい。アレクは自分の皿を引き下げる。
「やめとこうかな……」
「そうね……」
私も皿を引っ込めながら、周囲に目を配る。
「……不精ひげの皿の方が大きいかも」
「うわっ、こわいこわい」
私の呟きを聞いた不精ひげは、慌てて匙をつけ、ステーキを一口食べてしまった。
「えええ……まだ皆でいただきますしてないのに」
「いいから船長も自分の食べなさい……」
アイリに言われて観念した私は、自分の皿のステーキに匙をつける。
肉を細かくするって、手間の割りに報われない食べ方だと思っていたけど、こんな柔らかく肉汁たっぷりでいただけるようになるのね。すごいな挽肉機。洗うのが手間だけど。
肉以外にも色々入ってるみたいだけど、タマネギしか解らない……でも多分色んなハーブも入ってると思う。これなら胡椒なしでも美味しい。
食事の後は皆思い思いの飲み物をいただく。私も少しだけ赤ワインをいただく。
「船長、さっきの話だけど……本当に外洋に出るんだね? それで南大陸沿岸を行くって」
「南大陸沿岸を行くというか……どこまでタルカシュコーンに近づくかという話ですよね」
アレクの問いに私が答えると、ロイ爺とウラドと不精ひげが同時に私を見た。
アイリとカイヴァーンは、私を含めた五人の感情の機微が解らず、お互いの顔を見合わせていた。
「入国禁止はリトルマリー号であってフォルコン号じゃ無いんでしょ?」
「フォルコンの娘がフォルコンという名前の船に乗り、かつてのフォルコンの部下を連れて堂々と入港するのか……」
不精ひげが頭を抱える。
「冗談ですよ、タルカシュコーンには行きません! でも今後外洋に出ないっていうのも寂しい話でしょ。レイヴンにだって父の事件前はお得意さんがたくさん居たのに」
リトルマリー組の四人は一様に下を向く。後でアイリとカイヴァーンにも説明しないとね。
南大陸の外洋沿岸部には、ニスル朝とそれに協力する首長達の国々が連なっている。ターミガン朝と同じ宗教、違う宗派の国々だ。
北大陸の方はここから近い順に……コルジアがあって、アイビスの外洋沿岸があって、向かいの島国がレイヴン、大陸に戻ってクラッセ、ファルケ……その北にペール海があってさらに北にあるのがストーク、他にも色々な国がある。
その中で一際存在感があるのはやはりレイヴンだ。海に囲まれた海洋国で海外進出意欲は旺盛、近年は急速に工業を発展させている勢いのある国。
そんな国からの覚えがめでたくないというのは、困った話である。仲直り出来たらいいのになあ。ランベロウ氏? フォルコン号とは関係がありません。
「まあ南大陸外洋を父の影を踏まない範囲で回って、北大陸外洋を冬の嵐が来ないうちに挨拶して回って、寒くなる前に戻りましょう。何事も、穏便に」
それから。私とカイヴァーンで皿やカップを洗いつつ、アイリにも聞いてもらい、私に父が居た事とその顛末を説明する……ぶち君も聞いているようだ。
「俺少し聞いてた」
カイヴァーンが言った。
「タルカシュコーンでそんな奴が居たらしいって、海賊の間でも噂になってた。すげえ。つまり俺もそのパンツ一丁のフォルコンの義理の息子でいいのか」
やめて欲しいと思うんだけど、この子の場合家族絡みの発言は本気で言っている可能性もあるので、私は軽く頷くに留める。
問題はアイリさんだ。私はあまりアイリさんに父の話をしたくはなかった。
「そう……それでマリーちゃんは、船酔いをする船長になったのね」
アイリはそう言って、ちょっと気の毒そうな顔で私を見た……と次の瞬間には、私はアイリにがっちり捕獲されていた。
「それでまだ15歳なのに海に出て! 貴女だってよっぽど怖くて寂しかったんじゃないの!? それなのに貴女は他人の心配ばかりして」
「ぐるぢいでずお姉さん゛」
「どうして! 私とカイヴァーンは貴女が居なかったら死んでたかもしれないのよ! なんで? なんでバニーコートも平気だと思ったの?」
『なんで』の意味が解りません、話ごちゃごちゃになってませんか。むぎゅ。
それに私は別に寂しくも怖くもなかったな。むしろ何か急に家族が出来たみたいな気分だった。バニーガールもまあ、ヘンタイの所業とも思ったけど、これがあれば船に乗れるじゃん、くらいのノリだったな。
不安だった事と言えば、私が船長を名乗る事について、皆がどう思ってるのかという事くらいだった。
ところで、ちょっと助けて、カイヴァーン。
「死んでた」
カイヴァーンは目を閉じて頷くだけだった。じゃあ助けてぶち君……寝てるし。
◇◇◇
翌朝。
「突く可し、突く可し、払う可し……」
船酔い覚ましの稽古を済ませ、朝食をどうにか腹に入れて、私はアレク、カイヴァーンと市場に行く。今日は商会長の服で行こうか。
最近、やっと船と仲間達に馴染みつつあるカイヴァーン。いきなり萎れる事も少なくなって来た。だけどやっぱり、気を遣う話題もあるのよね。
人の事は言えないが、この子はこの若さで船長だった事もあるはずなのだ。
カイヴァーンの船長生活は私と真逆だったんだと思う。
私には父の船を継ぐか継がないか選ぶ権利があった。カイヴァーンには多分選択の余地が無かった。
私には助けてくれる4人の水夫が居た。カイヴァーンには養わなくてはならない100人以上の水夫が居た。
私は大変幸運に恵まれたが、カイヴァーンはどちらかと言うと不運だったと思う。
そして私は商船として始める準備が出来ていた。カイヴァーンは海賊をやめる所から始めようとした。
そういえば、この子、何で海賊をやめようと思ったんだろう。
「今、ヤシュムに持って行くなら何がいいだろう?」
「うーん……アレクの兄貴、俺は船長の才能は無かったから思いつかないよ。あのへんはあんまり豊かじゃないから、腹空かせた人は多いけど」
「やっぱり干し鱈かなあ」
船長の才能か……戦う船長の才能ならカイヴァーンの方が私の百倍ありそうだけど。
「太っちょ、小麦はどうかしら」
「今? まだ新物は無いし買うには高い時だよ……でもロングストーンで仕入れるなら面白いかも」
ロングストーンは様々な商品が交差する場所でもある。昨年産のファルケ産小麦なんてのが安く出ていたり……要は売れ残りですね。数量も中途半端だけどフォルコン号にはちょうど良い感じだ。
「これで儲かる予感がするの? 船長」
「儲かんないけど喜ばれるでしょ、ねえカイヴァーン? 今回はカイヴァーンの勘に従いますよ!」
「ま、待てよ姉ちゃん、俺自信無いったら」
いよいよ外洋デビューですよ。外洋は波が高いらしいけど、私大丈夫ですかね。




