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マリー・パスファインダー船長の七変化  作者: 堂道形人
泰西洋の白波

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吟遊詩人「その男~まさに~パンツ~一丁! サメ共を~睨みつけ~飛び、込んだ♪」

船長になって三ヶ月……やる事が手慣れて来たマリー。

こういう時が、一番危ないよ。

「突くし、突くし、払うし……」


 軍艦生まれのフォルコン号の物置には、航海中の暇つぶし用と思われる訓練人形や木の剣なども積まれている。

 9時方向の風を受け順調な航海を続ける甲板の上、私は新しい服で軽く汗を流していた。海松色の七分丈ズボンに、余り物の薄灰色の生地で作った水夫らしいデザインのシャツ。首には青いスカーフの、見習い水夫マリーだ。船酔い知らずではないから、時々眩暈や吐き気が混じる。


「何で急にそんな事始めようと思ったのかしら」

「体動かしてた方が船酔いにいいんです」


 アイリさんが見ている。いざという時の為とか言ったらまた怒られそうだしなあ。いざという時か……既にたくさんのいざという時があったような気もする。


「突くし、突くし、払うし……はぁ……突くし、突くし、払うし……うぇ」

「元気がいいのか悪いのか解らんのう」


 ロイ爺も帆の張りを調整しながら、苦笑いしている。


 自分がそんなに強くなれるとは思っていない。私の体格では、いくら頑張っても訓練を積んだ普通の男性兵士には勝てない。

 ただ何か、自分に出来る事があった時に、それがちゃんと出来るような自分でありたいと、私は今考えていた。例えばヴィタリスの郊外で遭遇したような、あのくらいの危機に際した時に、ちゃんと自分や周りの人を守れる人に、私はなりたい。

 カイヴァーンも私を見ている……そうだ、この子にだって格好悪い所は見せられませんよ。


「突くし、突くし、払うし! ぐえっ……突くし、突くし、払うし! ぐぇ」

「変な鳥が混じってる」



   ◇◇◇



 風よし、日和よし、波低し……途中二度ダウンしてやむなくお姫着で過ごした他は、船酔い知らず無しで行けた!

 三泊四日の強行軍の中、フォルコン号は内海の西の果て、外洋への出口の港、ロングストーンに到着した。


 今回の航程では私の他にもう一人、萎れている人が居た。


「ウラドもここでは降りるよね? 前に来たの二か月以上前でしょ」

「いや……私は暫く、船で大人しくしていようと思う」


 レッドポーチで水夫狩りをしていたアイビス海軍ポンドスケーター号の連中に誘拐されそうになった、というかされたウラドは、私がやらかした再強奪劇の事を悔やんでいた。ウラドは何一つ悪くないのにね。


「とりあえず仕事を片付けましょ。ジェンツィアーナの商品はここなら売れるよね? 私は海軍文書を届けて来るから」


 取引所はいつも通りアレクに任せる。カイヴァーンもついて行くようだ……あの二人仲いいな。差し詰め食いしん坊コンビか。

 私はロイ爺に付き添いを頼もうかと思ったが、一計を案じそれをやめにする。



 ここロングストーンは海の要衝にある中立都市国家で、基本的にどんな国の軍隊の駐留も認めていない。軍艦にも短い寄航は認められているが、排水量や滞在日数で制限がある。

 だけど非武装の事務要員は制限されておらず、たくさんの国や機関がこの街に事務所を置いている。


「ポンドスケーター号、エルゲラ艦長の海軍文書をお持ち致しました」


 私は一人で事務所を訪れた。スカーフを襟元に巻いて下げた、一介の水夫らしい姿の私を、受付の事務員さんが一瞥する。


「ああ、少し待って」


 思えばパルキアの海軍司令部に行く時、私はきちんとして見える商会長の服を着て、ロイ爺をお供に連れて行っていた。ああいう事をするから相手も偉い人を出して来てしまうのだ。

 こんな風に使い走りの水夫でござい、という姿で一人で来れば、御駄賃貰ってはいさよならとなるに違いない。


「ポンドスケーター号の書類……確かに」


 事務員さんは私の顔も見ず、封筒の宛名書きだけを見てそう答えた。ほら! うまく行った。


「ん? でもポンドスケーター号ってまだ来てないよな?」


 しかし事務員さんは何かを思い出したように天井を見上げ、それから私の顔を見た。


「ええと……レッドポーチでトラブルがありましたので、文書だけ先にお持ちしまして」

「誰が持って来たんですか?」

「フォルコン号です、アイビス海軍パルキア方面所属の船で」

「貴女は? ポンドスケーター号の代理人? フォルコン号の代理人?」


 足元が崩れて行くような心地がした。


「フォルコン号の……船長です」

「は?」

「フォルコン号船長、マリー・パスファインダーと申します……ポンドスケーター号のエルゲラ艦長の依頼で、文書を急送して参りました」

「フォルコン号って確か……民間に貸し出し中の」


 そこまで言った後で、役人さんが急に顔を輝かせた。


「そうだ! その名のついた船に後継者が乗ってるって、パスファインダー商会の! もしかして貴女のお父さんが『パンツ一丁のフォルコン』かい!? 凄いな、そんな有名人の娘さんに会えるとはねぇ!」

「あの、なるべく早く帰りたいんで速やかに検収していただければ」


 しょんぼりである。


「つれないなあ。君のお父さんの活躍、最近は吟遊詩人の歌にもなっているみたいだぞ、その辺の酒場で聴けるよ……でも女の子にはどうかな、あははは」



 とりあえず、私は既定通りのお駄賃をいただいて、事務所を出た。


 ロングストーンの活気は今までのどの街とも違う。ここは狭い都市国家で農業や工業は殆どない。

 この街の豊かさは造られた物で、土地の豊かさとは関係ない……その部分に関してはブルマリンにも似ている。しかしこことブルマリンの決定的な違いは、あっちはお金持ちの余裕の町、こっちは勤労の為の街だという事だ。

 この町では日々膨大な量の物資が出入りしているが、町の中で消費されている物資はあまりない。皆ここで中継されて余所へ行く。


 毎日大量の船が押し寄せ大量の荷物を降ろし、大量の荷物を積んで出て行く。港では物資が、市場では金が忙しく行き来する。それに関わる金融、運輸、通信、法律の様々な専門家、それから単に体一つで金を稼ぎたい労働者……とにかく働き者が集まる交差点の街、それがロングストーンかもしれない。



 さて。私はそんなロングストーンの街の中で、建物を探していた。

 錆色の煉瓦に木の鎧窓がみっちり詰まった建物……ああ、これか。三階建ての古い建物。間口の狭い入口に、様々な会社の小さな看板がみっちり取り付けてある。

 その中に「パスファインダー商会」の看板もある。船長に、いや商会長になって91日目。私は初めて、パスファインダー商会の本社事務所にやって来た。


「三階の……七号室」


 扉がたくさんある狭い廊下には誰も居なかった。そしてアレクから借りてきた鍵で開けた先にあったのは、ほんの2m四方の物置のような部屋だった。


 とりあえず私は鎧戸を開け、外の光と風を取り込む。一応家具としては小さな机と、下半分が戸棚になった幅の狭い寝台がある。戸棚には古い書類がいくらかある。元々は単身者向けの寮だったような感じだ。

 勿論ここには普段誰も居ない。ここを借りるのは、ロングストーンに籍を得る為の税金のようなものらしい。


 軽い掃除を済ませた私は、今度は少し探し物を始める……古い航海日誌はどこだろう? これかな。そうだ。

 これは何年前? 10年くらい前、母が出てった頃か……


 私は慌ててその航海日誌を捨てる。危ない。危な過ぎる。アイリの土下座術は父の土下座術にとても似ている。アイリはその土下座を10年くらい前に付き合っていた海の男から習ったと言っていた。その男にはこっ酷いフラれ方をして、以来船乗りだけには惚れないようにしているとも。

 そしてその男は名前を名乗らないか偽名を使っていたと……世の中は広いようで狭く、縁は人と人を引き寄せるという……

 怖い。この10年前の航海日誌だけは開けられない。


 私は別の航海日誌を探す。4年前の物、7年前の物……この二冊でいいか。私はそれを背負い袋に入れる。帰ってから船長室でゆっくり読もう。

 最後に誘惑に負けた私は10年前の航海日誌も荷物にしまい、扉に鍵を掛け、パスファインダー商会本社を去り、船に帰る。いや、他の人の目に触れたら困るから、娘の私が責任を持って処分しないと、はい。



 アレクの取り引きにはもう少し時間がかかるという


「今度こそ南に行くんだよね船長? 前回はそのつもりで干し鱈仕入れて軽く損したんだけど、あ……すみません、アイリさんが悪い訳じゃなくて」

「いいのよ。私がパルキアに呼び出されたからじゃない……」


 フォルコン号はここで停泊する事になったのだが、今日は珍しく誰も降りないという。

 日没後のフォルコン号の会食室には、久々に乗組員全員が集まる事となった。

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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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