ヴィタリスの人々「ええええええええーっ!?!?」小切手「ええ」
風紀兵団に動物として捕えられたマリー。
私は網に包まれたまま、地面にぐったりと横たわっていた。出来るだけ、死んでいるかのように装って。
「風紀兵団の皆さん! 何という事をなさるんですか!? 貴方達は国王陛下の為に働いているのではないのですか!?」
あの声はジスカール神父だ、ジスカール神父が来てくれたのだ、助けて下さい、御願いします。
「小さな女の子に網を掛けて地面に転がして! それが国王陛下の名を預かる貴方達のする事ですか!?」
「違うのです神父様! 過去にも同じ事が二度あって、一度目は網から出した途端に逃げられまして、二度目は絶対に逃げないと誓うので網から出したら、やはり逃げられまして……我々がそういう事をしていたせいで! 彼女は一度、船乗りに誘拐されたのです!」
風紀兵団は憤る神父にそう反論する。ああ。私の日頃の行いが悪いとおっしゃるのですか。
「彼女は昨日、食べる物が無いと言って父親以外の男性に連れられ村の酒場に現れたという! 彼女は昨日、随分暗くなってからやっと家に帰って来たという! このままではマリーさんは不良少女になってしまいます!」
私は一瞬、サーベルと銃を構えバルシャ船を強奪する自分の姿を思い出す。
「彼女には清廉な環境が必要なのです! 今度ばかりは心を鬼にして、絶対に王立養育院にお連れします!」
ジスカール神父は沈黙している……ちょっと神父さん、神父さん何か言って!
「し、しかし彼女は傷付いているのでは」
「死んだふりをしているのです、前にも同じ手を使われました、我々は彼女の上から網を掛けただけです。それ以外の事は何もしていません」
「……解りました。ですが、こんな場所で罪人のように晒し者にするのは見過ごせません。せめて彼女を教会に運んでいただけませんか」
「それは……有難うございます、とても助かります、護送用の馬車が来るまで礼拝堂で待たせていただけませんか」
ああ……駄目な方に話がまとまってしまった。
私は網に包まれたまま、四方から持ち上げられ教会へと運ばれて行く。
「マリーさん……勘弁していただけませんか、その、皆さんの視線が」
知るか。私は網の中で死んだように青い顔をしながら微動だにせずに居た。
風紀兵団は五人。トライダーは居ない……前にレッドポーチで話をした二人も居ないっぽい。
「おい、可哀想な事するなよ」
「衛兵、やめさせなくていいのか」
村には、控え目に非難の声を上げる人も居るが……
「やっぱり養育院に行った方がいいわよ」
「こうなる前に、自分から行けば良かったんじゃ」
風紀兵団を支持する人も居るようだった。
とにかく私は風紀兵団の手で、村の中心通りを、罠にかかった猪のように運ばれて行く。
一人くらい居ても良くない? 一人くらい、白馬に乗った王子様になって助けてくれる人が居ても良くない? 私昨日、皆に御土産配ったばかりだよ?
ていうか助けてフレデリク……やっぱり田舎者なんて誰一人頼りにならない。皆風紀兵団のバックには国王陛下が居る事を知っていて、恐れているのだ。
そして礼拝堂の床の上。普段神父が結構なお説教をなさられる講壇の前に、私は転がっていた。
私は戦術を変更し、か細い声で訴える。
「おなかがすいた……朝から何も食べてない……」
「勘弁して下さいマリーさん……どうしてそこまでして逃げてようとなさるのですか……貴女の為にトライダーさんは自らの降格を願い出たのです」
しかし風紀兵団の返事はそんなものだった。そんなん聞かされてもイラッと来るだけだよ! 私には全く関係ないじゃん!
「だいたい貴方達のする事は中途半端なんですよ! 私を無理やり連れて行くというのなら、手縄をかけて簀巻きにして鉄格子の箱に詰めればいいじゃないですか! 何かっこつけてるんですか!」
私は自棄になって叫ぶ。礼拝堂の高い天井に声が響く。
「マリーさん……」
「何なら死体にして連れて行けばいいじゃないですか! そしたらもう逃げませんよ、それで王立養育院とやらの裏庭の適当な所に植えて下さい、いつか血のような真っ赤な桜になって咲いてやりますよ!」
はあ、と、溜息をつく風紀兵団。
「本当の貴女は、そんな事を言う人じゃないんだと、トライダーさんも言っておられましたよ。本当にいい所ですから、王立養育院は……そのまま修道女になられる方も多いんですよ」
私は一瞬、夕日差すマストの天辺でファウストと斬り結ぶ自分の姿を思い出す。
「なんですか本当の貴女って、おかしな事決めつけないでよ!」
「危ないですから! 暴れてはいけません!」
「はーなーせー! はーなーしーてー!」
私は暴れようとするが、風紀兵団に網の四隅に立たれてしまうと、網の中でもほとんど動けなくなってしまった。
「助けて! たすけてー!!」
「や、やめて下さい、マリーさん!」
「たーすーけーてー! たーすーけーてー! 誰かーたーすーけーてー!」
私は声の限りに叫び続けた。
「たーすーけーてー!! たーすーけーてー!!」
―― バーン!
礼拝堂の正面扉が開いた。
「マリーを放せ!!」「うわああああああ!!」
あれは……エミールとニコラの声だ!
「やめなさい君達!」
「放せ! マリーを放せ!!」
私は何とか顔を上げる、やっぱりエミールとニコラだ、助けに来てくれたの!? だけどたちまち、風紀兵団の奴に別々に捕まってしまった……
「放せええ!!」「やめろ! 悪戯では済まないぞ!」
「ああああ!!」「やめないか! お前達は……」
次の瞬間。
「うおおおおおおお!!」
真逆の方向から、雄叫びを上げて、誰かが……私の網を抑えている風紀兵団に体当りを仕掛けた!?
「痛い! 潰れる!」
ああ、私は今礼拝堂で嘘をついた。でもそれで網を抑えていた風紀兵団が慌てて飛び退いた……今だとばかり、私は網から出ようと這い出す!
「マリーさん、逃げては駄目です!」
しかしすぐに見つかってしまった、私は網の上から肩を手で抑えつけられる。
「触んなあああ! マリーに触んなああ!!」
サロモン!? エミールとニコラに正面から行かせて、礼拝堂の裏口から忍び寄って風紀兵団に奇襲を食わせたのはサロモンだったの!?
私の肩を掴んでいた誰かの手が離れる……逃げなきゃ! ってまた抑えつけられた……また外れた! 何が起きてるの!?
見えない、見えないけど逃げなきゃ、逃げ、網の出口、出口見えた!
「出入り口を固めろ!」
風紀兵団の誰かが叫ぶ、私は、網から這い出して立ち上がった!
風紀兵団は五人。うち一人はニコラとエミールを両脇に抱え込んで抑えようとしている。サロモンはどうにか一人で風紀兵団を二人抑えようと、一人に抱きつき一人を足で挟んでいるが、今にも振り払われそうだ。残る二人は……礼拝堂の出口と裏口を固めに行った!
サロモンの体が講壇の方に放り投げられる。二人の風紀兵団が、私を挟み討ちにしようと回り込む。私はベンチの間に居て、動き辛い。
どうしよう!? ああ、船酔い知らずだったらベンチの背もたれの上を飛んで歩けたかも、
「うおおお!!」
そこに立ち上がったサロモンが、片方の風紀兵団に思いっきりタックルを仕掛ける。大して大きくないサロモンだが、十六歳の男の体当りは鎧武者を少しだけ動かす事が出来た! 今しかない! 私はサロモンが作ってくれた僅かな隙から逃げる!
「で、出口は無いぞ!」
「マリー! こっちだ!」「マリー!」
出口を固める風紀兵団が叫ぶ。しかし。ちょうど同時に、別の風紀兵団の手から離れたエミールとニコラが、正面入り口に向かって走る。
私は二人を追う。さっきまで二人を捕まえていた風紀兵団が私に手を伸ばすが……私はその手をすりぬける……そして、正面入り口を守る風紀兵団に、ニコラが、エミールが、最後に私が、タックルを掛ける……!
「うわあああ!」「ぐふっ!」「うおおお!」「ぎゃぎゃぎゃっ!?」
―― ガラガラバターン!
眩しい……! 四人は絡みあいもつれたまま、礼拝堂の入り口を外へと押し開けて転がり出した。
「お前なんか……お前なんか何処へでも行っちまえ!!」
背後で叫ぶサロモン……泣いてる……何で?
「行けよマリー!」「行けって! 早く!!」
エミール、ニコラ……何よこれ……
「行っては駄目だ! マリーさん!」
迫る風紀兵団の手……!
「わあああああああ!!」
私は駆け出していた。九月の朝日が照らす、ヴィタリスの村の中心通りを。
後ろから追って来る風紀兵団……だけど風紀兵団じゃない誰かも追って来る。
「マリーさん! 待って下さい、この封筒!」
あれはジスカール神父、今頃中身を見たんですか。
「この小切手は違いますマリーさん! こんなの受け取れません!」
「合ってますッ、村のみんなの為に使ってー!」
私は叫びながら走る。風紀兵団が体制を建て直して追って来るのもチラッと見えた、しつこいほんとに!
「マリー! お前なんかどこにでも行っちまえ、行っちまえーッ!!」
サロモンが泣き叫んでいる……何ですかそれ……こっちも泣きそうになるからやめてよ。とにかく、ありがとうサロモン、ニコラ、エミール! 今危なかった! 私今人生で一番危なかったかもしれないよ!
「マリーさん! 待って下さい、何故……何故貴女は逃げるのですかー!」
「マリーさん! こんな金額受け取れません、お待ちなさいマリーさん!」
走れば鎧武者や運動不足の神父さんに捕まるマリーちゃんではない。私はレッドポーチへと続く道を手ぶらで走って行く……ああ、家の中に干し牛肉とチーズを置いて来てしまった……あれ、誰か食べといてくれるといいんだけど。
ヴィタリスのマリー編、終わり




