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マリー・パスファインダー船長の七変化  作者: 堂道形人
歴史ある海

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猫「信じていたぞ! きっと戻って来てくれると!」

ランベロウをガレオン船から連れ出す事に成功したマリー。

一人称に戻ります。

 東の空が明るくなって来た。靄もどこかへ行ったようで、色々な物が全部いっぺんに見えるようになった。

 私はハーミットクラブ号の船長室を出た所だった。ほんの三時間くらいだが、どうにか眠る時間を貰えた事は有難い。


 ジェラルドは見事に船を操り、あのガレオン船の後ろにピタリとつけていてくれた。おかげでサイクロプス号の仕事は大変捗ったし、私もこうしてすぐにこちらに戻る事が出来た。

 だけど、この船には私がすっかり計算外にしていた人が残っていた。ファルク王子が乗ったままだったのだ。


「殿下! 申し訳ありません、いらっしゃると解っていればせめて船長室をお使いいただいたのですが」

「何の問題も無いよ。昨日は大変だったのだろう。君が休む為に使えて良かったじゃないか」

「しかし、まさかこちらにお越しでしたとは……何とも危険な賭けに巻き込んでしまいました」

「おかしな事を言うね? 君が私をここに導いてくれたんだよ。こんな素敵な朝日を迎えるのはいつ以来だろう。海はいいねえ……それにこれは、勝利の朝なのだろう」


 そういえば殿下、どうしちゃったんでしょう? 生命力が10倍になっているような。元々が今にも死にそうな人だったけど、今はそんじょそこらの人よりずっと元気そうに見えますよ。


「病の方は宜しかったのでしょうか?」

「病? 記憶に無いね、それは」


 目を逸らして舌を出す殿下。こうしているとやはり少しマフムード陛下に似てらっしゃる。


「さて、教えてくれ。私はフラヴィアや子供達の為に戦えたのだろうか」

「それは間違いありません。この戦いの勝利によって、全ての元凶はあのサイクロプス号の船牢に閉じ込められました。彼らは海賊ですので、人質の買い取りには金貨が必要になりますが」

「そうだな。君にもう一つ御足労を御願い出来ないか。私はハマームを代表して、その人質の買取に金貨五万枚を提示したいのだが」

「結構な金額ですね……大丈夫でしょうか」

「勿論、あとでレイヴンにはその10倍請求するとも。これは人道的措置であるし、重大な賠償請求でもある。ふふ、父も喜ぶかもしれないね」



 それから私はボートでサイクロプス号に向かった。


「何だか、鼻が高いのが来ましたよ」


 ファウストは引きつった笑みで迎えてくれた。サイクロプス号の乗員達も、何となく皆にやけている。

 私はボートの上から呼び掛ける。


「えー、悪名高き海賊の皆さん。貴方達が捕えた人質はハマームの古い友人であり、とある事件の重要参考人でもあります。ハマーム王家はレイヴンのランベロウ氏の身柄に、金貨五万枚の身代金を提示致します。後ほど代表団を小型船で派遣致しますので、どうか宜しく御検討下さい」


「これきりにして下さいよ……本当に」


 ファウストは眼鏡を抑えて背を向ける。ありがとう、ニコニコめがね爆弾おじさん。貴方もどうかお達者で。



「やったな、フレデリク! 完璧に仕事をしたぜ!」


 船に戻るなりジェラルドに飛びつかれそうになった私は、慌ててそれを避ける。


「待ってくれ、まだ終わってないんだ」


 いや、本当は全部終わったけど、抱き着いて来られるのはちょっと……そりゃ男同士でもこんだけ物事が上手く行った後はそうしたくなるのかもしれないけど! 私もあんたが女だったらそうしてたし……


「何!? まだ何かあんのか?」

「僕は少し深入りが過ぎた。明日には、いや下手をすると今日にもハマームにやって来る……その人物に見つかったらね、僕は殺されるんだよ」

「何だと?」


 はい。針を千本飲まされるんです。


「シーッ、秘密にしてくれよ頼むから、僕の命を心配してくれるなら協力してくれないか? その前にどうしてもやらなければならない仕事がある。これがハマームでの最後の仕事だ」



 ハーミットクラブ号はハマーム港に戻る。港では近衛兵の一団が待っていた。ハマームの軍船も何隻か出航準備をしている。

 ここはファルク殿下に御願いしないと……そう思っていたら。


「私はファルク・ヤナルダウ! ハマーム海軍の皆共よ、一時的に出港を停止せよ! 沖合の海賊船に、ハマームの友人(・・)が人質として乗っているのだ。彼等を刺激するな」


 素早く、用意してあった白馬に跨った殿下はそう叫んだ。近衛兵達もすぐさまその周りに集まって行く……全く、あなたは本当にあのファルク王子ですか?

 ジェラルドが耳元に近づき、囁いて来る。


「フレデリクよう。お前がどうしても急ぐってんなら、もう後はファルクに任せてこのまま立ち去ってもいいとは思うんだが」

「君はマフムード陛下からの褒美に興味は無いのか? 借金なんか全部吹き飛ぶくらい貰えるだろう」

「だってお前も受け取らねえんだろ……俺は自分が金に縁が無ェの知ってるんだ」

「ここでたもとを分かってもいいんだぞ」

「いいから次に何をするのか教えてくれよ。トリスタンって奴をまだ探すのか?」

「あれはもういいよ……行先は王宮だ」

「おいおい……マフムードに見つかったら暫く帰してもらえないかもしれないぜ」


 そうなると困るのだ。だからここからは殿下にも私の意図を知られないようにしないといけない。


「どうしたんだい? フレデリク卿。さあ、一緒に王宮に行こう。父に全て話そうじゃないか……勿論、ジェラルド君も」


 そこで私はやっと思い出す……ファルク殿下とジェラルドの、いやジェラルドの一方的な殿下に対する感情の機微を。


「ああ。あの……殿下。あんた、中々の男だぜ」


 ちょ、ジェラルド、王子様に何て口を利くんですか。


「君のような人を男の中の男と言うのだろうね。そんな男にそう認められるのは光栄の限りだ。本当にありがとう」


 あ。握手したよ……うん。

 ファルク殿下も何か知ってたのかな……ジェラルドも、煮え切らない、なよなよしたファルク殿下には業を煮やしていたんだろうけど、あんな小船でのランベロウ追跡に付き合ったファルク殿下を見て、少しは気が晴れたんだろうか。



 王宮の正門が見えて来た。もしかすると今回ハマームに来て起こった事の中で、一番難しい局面になるかもしれない。

 王宮の建物全体が……何か、固唾を飲んでこちらを見守っているような気がする。皆昨夜何かが起きたのを知っていて、結果を待ち侘びているのだ。


「準備はいいかい? ジェラルド」

「ああ、お前も上手くやれよ? 始めるぜ」


 私の呟きにジェラルドは答え、乗っていた馬をファルク殿下の馬に近づける。


「殿下、一つ御願いがございます。王宮の皆は何が起きたかを知りたがっております。ここは一つ、私めが先に行って知らせてやりたいと思うのですが。それで皆も殿下を歓喜で迎え入れる心構えが出来ましょう」


「おお、勿論だ、そもそも今回の事を成したのは君とフレデリク卿なのだ、先触れの名誉は君達の物であるべきだよ……ふふ、父の歓迎は少々手荒な物になるかもしれないね」


 怖い。それが怖い。大宴会になって三日三晩離して貰えないとか、そんな事になったら困るのだ。

 ジェラルドは私に向かって頷く。



 私とジェラルドは先に駒を走らせ、王宮の正門をそのままくぐる。衛兵さん達が続々と集まって来る……


「フレデリク殿!」「何が起こりましたか! フレデリク殿!」


 私は馬を降り、綱を衛兵の一人に預ける。ジェラルドが騎乗のまま叫ぶ。


「そいつは俺から説明しよう! 昨夜、殿下を狙う化け物は性懲りもなく王宮に現れた! だが今度は我々も準備が出来ていた、我らが殿下は、御自ら化け物を銃で撃ち、撃退した!」


 私はジェラルドに注目し喝采を挙げる衛兵さん達の間をすり抜ける。


「さらに殿下と俺達は逃亡を図る化け物を追跡、そいつをある屋敷に追い詰めて倒した! お前達も知ってるな、あの外国商人の屋敷だ!」


 話の内容はハマームの人々向けに脚色してある。歓喜の声を挙げる衛兵さん達を後目に、私はホールから二階へ、そしてバルコニー廊下を駆けて行く。


「この化け物は本当にとんでもない奴だった、何しろ撃たれるとコウモリに化けて逃げるんだ、普通の剣では斬る事も出来ねえし、こいつのせいで命を落とした近衛兵の事を、その家族の事を、ファルク殿下は決して忘れず……」



 外ではジェラルドの名演説が続いている。ファルク殿下の部屋の前の近衛兵さんもそれを聞きに行ったようだ。


「セレンギル!」


 私は部屋に飛び込み、そこに居た影武者となったセレンギルに呼び掛けた。


「あっ、船長、じゃなくて、えー、その」

「我々は急遽出港する事になった! 君はどうする!?」


 ぶち猫ちゃんもここに居た。こっちはまるで迷わず私の肩に飛び乗って来る。いいの? 君もここに居たらこのまま宮殿の猫になれそうだよ? 一生贅沢出来るかもよ? 明日をも知れぬ船乗り猫に戻るのでいいの?


「えっ……」

「ここに残ってもいいんだぞ、これだけの大事を成した仲間だ、無碍にされる事は無いだろう、衛士に取り立てられるかもしれないし、これからも影武者として贅沢を許されるかも」

「嫌ですよ、あっしは海に帰りたいっす! 正直、殆ど諦めてたんスけど、まさか船長、それだけの為にここに!?」


 外の喝采が激しくなった。ファルク殿下が正門をくぐったのだろう。


「後で後悔するなよ! 住むならバルシャ船より王宮の方がお勧めだよ、絶対」

「御願いします、あっしを海に帰して下さい!」

「じゃあついて来い、チャンスは一瞬だぞ!」



 本当に用事はこれだけだ。後は逃げるだけである。


「ファルク王子万歳!」

「皆もよくやった!」


 私はにせファルク姿のままのセレンギルを誘導し、歓喜に沸き立つ中庭からの脱出を図る。誰かに捕まれでもしたら終わりだ。とにかく姿を低くして、目立たないように……そう言っても元々この姿目立つし、あああ、皆集まって来る……


「フレデリク殿! フレデリク殿万歳!」

「ありがとう君達のおかげだ」

「ハマームの英雄!」

「君も英雄だ」

「これからもずっとハマームに居て下さい!」

「貴方こそハマームを守る盾だ」


 皆のお世辞に適当にお世辞を返しながら正門を目指す私……だんだん前に進み辛くなって来たッ、まずい……ここまでかも……


「フレデリク!」


 その声はジェラルド……ぎゃあああ手を掴んで引っ張るのやめてッ! でもこれで助かったかも!? セレンギル、あんたも早くッ!



 私達三人は、ようやく歓喜に沸き立つ王宮の正門から飛び出した。


「フレデリク様! どこへ行かれます!」

「ああ、その、連れて来るから!」


 誰を? 解んないけど、最後に私に声を掛けた衛兵さんは、それで納得してくれた。


「おせえよフレデリク! お前が逃げるって言い出したんだろうが!」

「これでも全速力だったんだよ! セレンギルも早く!」

「あっしもッ……全力ですッ!」


 朝の涼しさがまだ少し残る町を、私達三人は港へと走る。八月二十五日午前、ハーミットクラブ号船長、フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストはハマームを離れる……この町には当分来ない方が良さそうだ。

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