テレンス「よし! 俺達も新世界に向かおう! きっと大冒険と財宝が待っているぜ!」
さりげなく死亡フラグみたいな事を言って終わった前回。
今話はそれと関係なく三人称で進みます。
ガレオン船グレイバロン号の船長テレンスは、自分の船長室から追い出され、部下の士官室の一つを奪ってそこに寝転んでいた。
彼は自分の仕事に満足していた。完璧にやり通せた。緊急に出国したいと言って来た外交官を、僅か一時間で出港させたのだ。急な出港にはなったが、水も食料も問題無い。
ハマーム側にも特に動きは無かった。自分はレイヴンにスポンサーを持つ私掠船長だが、ターミガンとの関係も悪くはない。もう危険は無いだろう。
ただ、そのスポンサーである高等外務官ランベロウは、一つ面倒な事を言っている。この沿岸航路を向こうから一隻の船がやって来るはずだと。
その船の名はフォルコン号、その船を見つけ出して確実に拿捕又は撃沈するようにと……テレンスは厳命されていた。
「気持ち悪りぃ話だよなあ……」
当直には副船長を当ててあるし、厄介な客も眠ったようなので、自分は甲板に居なくていいはずだ。
狭い士官室の寝台に寝そべり、テレンスは一人呟き、母国の名産品となりつつあるウイスキーを一口飲む。香りもパンチ力も最高だ……他の酒など相手にもならない。テレンスはそう思った。
テレンスはフォルコン号の姿を知っていた。ランベロウが見せたのだ。小さな水晶玉の中に浮かぶ、一隻の帆船の姿を。勿論テレンスはそんな物を見るのは初めてだった。魔法の水晶玉。そんな物、お伽話の中にしか無いと思っていたのだが。
『この船に乗っている女子供を消せ。確実にだ。最低でも殺せ……せめてそれだけでも成し遂げなくては気が済まん!』
『同じ航路を向こうから来るからと言って、出会えるとは限りませんよ。ましてこんな闇夜にすれ違ったら無理です、100m先だって見えないんですから』
『解っている! だがこの船に出会うとすれば明日の日中だ! 少なくとも水晶玉はそう言っている……これを寄越した無能の木偶の坊のクズ魔術師は爆発して消えたから、信用は出来んがね。全く、世の中には無能が多過ぎる』
ランベロウはそう言っていた。テレンスは問題を起こして夜逃げする外交官というのも十分無能だとは思ったが、口には出さなかった。
靄のかかった新月の闇夜を行くグレイバロン号の左舷の向こうで、鐘の音が鳴った。もう数十メートル先だろうか? 船につけるマリンベルの音だ。
「何だ!? おい」「檣楼員、見えるか!」
「誰か、明かりをつけろ」「馬鹿、管制中だぞ、」
グレイバロン号の水夫達が口々に叫ぶ……左舷の靄の中から、ぼんやりと灯るいくつかの明かりが急接近して来る。
「退避ー! 退避ー! 揺れに注意! 当船は回避行動中ー!!」
靄の向こうから誰かが叫ぶ。
グレイバロン号はこんな闇夜に灯火管制をして東へ急いでいた。この辺りは海上交通量の多い海域だし、こんな接近事故が起きても文句は言えない。
しかし相手は明かりをつけていて、こちらに気づいていて、回避行動を取っているという。
「面舵! 面舵!」
グレイバロン号の檣楼で誰かが叫ぶ。操舵手は念の為右に舵を切って避けるだろう。この話はこれで終わりだ……乗組員達がそう思った、数秒後。
靄の中から、隻眼の巨人像をあしらった船首が現れた。ほとんどのグレイバロン号の水夫にそれが見えたのは、それが10メートル程まで迫った所だった。
「うわああ!」「何だ!?」「回避ー!」「落ち着け!」
真っ直ぐにバウスプリットを向けた船が闇夜から現れるのを見た、グレイバロン号の混乱は小さくはなかったが。現れた船は寸前で回頭し、グレイバロンと並行するように……接舷した。
「すみません! 誠にすみません!」
闇の中に、少女のような、甲高い声が響いた。その声は闇から現れた船の方から発せられていた。次の瞬間。
―― ドォドドドォドォン! ドドドォォン!!
グレイバロン号の甲板で複数の小規模な爆発音が、立て続けに鳴り響いた。
「うわああああっ!」「何だ!? なんだこれは!」「見えない、何も!」
続いて巻き起こった黒煙が、グレイバロン号の甲板を包み、ただでさえ暗い甲板を完全な闇に染める。
「これは一体、何の騒ぎだ!?」
レイヴン王国の高等外務官、ランベロウは騒ぎに気づき、寝台から起き上がって扉に向かう。
艦長室の外で誰かが叫ぶ。
「閣下! 火災です! ボートを降ろすので一度避難して下さい」
「貴様らは船一つ満足に動かせないのか! 私は要人だぞ!」
しかしランベロウは用心の為、扉を開けずそう怒鳴り返す。
「失礼致しました、ではそこから決して出ないで下さい、外も見ないで下さい!」
すると外の人物はそう言い直す。
高慢なランベロウは状況を確認し相手を叱責しようと、慌ただしく鍵を開け艦長室の扉を押し開く。
「ええい、責任者は誰だ!」
次の瞬間。扉から顔を出したランベロウは、自分の耳元で銃の撃鉄が起きる音を聞いた。
視線だけをそちらに向けるランベロウ。銃口は目の前にあった。それを突き付けていたのは、あの小柄な、ふざけたアイマスクをつけ羽根付きの帽子を被った、仇敵……
「き……貴様が何故ここに」
「すみません、一緒に来ていただけませんか閣下」
「なんのインチキだこれは、テレンスだ、奴の裏切りだろうそうに違いない!」
「あの、立ち話も何ですから向こうに」
「私は悪くない! こんなのはどうしようもない!」
―― ゴッ。
半ば錯乱するランベロウの後頭部に、真上から拳が叩きつけられた。自らを要人と呼ぶその男の意識はそこで途絶える。
「こういう事は手際よくやって下さい!」
扉の真上から降って来た自称ヴィオラジーリョの学者、ファウスト・フラビオ・イノセンツィは、崩れ落ちようとするランベロウをサッと小脇に抱え、甲板を駆けだす。
「すみません! えーと……火を消せー。火を消せー」
その後をストークのフレデリク・ヨアキム・グランクヴィストが追う。
―― ドォォォォン!!
―― ゴワァァァアア!!
甲板の別の場所で、再び爆発が起き、黒煙が舞う。
「消せッ……火を消せッ……」
「見えない! 何も見えない!」
「船長ーッ! テレンス船長! 衝突事故です!」
「違う、襲撃だ! 船長、襲撃です!」
「海兵! 起きろーッ、海兵ー!」
黒煙が晴れ、甲板に海兵が並び、テレンス船長と航海士達が集合した頃には。隻眼の巨人の姿は靄の中に消えていた。
あれだけの爆発がありながら、船の損害は軽微だった。甲板に多少の焦げ跡がついた程度だ。怪我人はだいぶ出たが、全部乗組員同士でぶつかって怪我をしたものらしい。
「何だったんだ、全く……」
テレンス船長は呟く。
「船長、ずっと後ろについてたバルシャ船が見当たりません」
「まさか……あいつが何かしたのか?」
「あの客人には何て伝えますかね」
「……今、どこに居るんだ」
「船長室と思いますが」
グレイバロン号の船長と航海士達がそんな話をしていると、水夫の一人がおずおずと声を掛けて来た。
「あの気難しい御仁でしたら……何者かが殴り倒して連れて行きやした」
テレンスはそれを聞いて、目を点にしていたが。
「そうかい。そりゃあ助かるな」
思わず、そう呟いてしまった。




