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マリー・パスファインダー船長の七変化  作者: 堂道形人
歴史ある海

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ファルク「嫌だ。私も、ついて行く」ジェラルド「こいつはどうするんだよフレデリク……」

ハマーム港からガレオン船で逃げようとしているランベロウ。

これで終わりかと思われた所で見つかった、たまたま眼鏡屋さんから出て来たニコニコめがね爆弾おじさん。

 サイクロプス号はハマームの近くの小さな港に居た。レイヴンの旗なんか掲げて、商船のホワイトアロー号を名乗っているんだとか。船長の偽名はロビンクラフトさんですと。


「貴女を見送ったのはついこの前ですよ、行く先々にいちいち現れないで下さい! こっちも商売があるんです、貴女と遊んでる暇は無い!」

「どうか話を聞いて下さい! 二週間前です! 二週間前、ドナテッラ号の舷側から、砲丸と一緒に麻袋に詰め込まれて」

「ああああ、聞こえない、ああああ」

「ドナテッラ号の! 舷側から! 砲丸と一緒に麻袋に詰め込まれて海に投げ込まれた貴方を救った! 私に免じてどうか話だけでも聞いて下さい!」


 ファウスト氏は掌で顔を覆って俯いていた。


「貴女が……貴女が言ったんでしょう……偶然助けた事にすがりついてるみたいで気分が良くないと……それで私の船のペナントを奪い私の眼鏡を壊しておいて、今度は何ですか!」

「申し訳ありません! 申し訳ありません!」

「貴女と絡む度に眼鏡が割れているような気がしますよ! 私があの店から出て来るのを見たでしょう、やっと新しいのに換えたんですよ、こっちはお尋ね者で、眼鏡を換えるのも一苦労なんです!」

「悪い話ではありません! 一儲け出来るチャンスなんです!」

「一番信用出来ない! この世で一番信用出来ない台詞ですよそれは!」


 ファウストは肘かけ付きの艦長の椅子に座り込む。私は土下座から顔を上げる。今日はミント茶とお菓子が出て来た、ここはホワイトアロー号という偽名を名乗るサイクロプス号の、艦長室。


「第一もう夜ですよ、今からなんて出れません」

「この船は既に抜錨するだけで出航出来るよう、準備を終えているとお見受け致します、さすがはファウスト艦長の御上船、私共の船などとは乗組員の皆様の出来が違います」

「見え透いた御世辞は辞めなさい! そもそも何故私が貴女の為に戦わないといけないんですか!」


 私は再び土下座に戻る。


「私などの為ではありません! 千里の海を乗り越えて、船体軋む甲板に、船酔い苦し幼子の、白波洗うゲロ模様、我が身の父の恋しさも、堪えて母に手を添える、お母さん、お母さんどうか泣くんじゃあない、この白波の彼方に、水平線の向こうに父が居る。か弱き手に手に綱を引き、水夫の真似も勇ましく、マストに登るは七歳児、その指差すは入道雲、お母さん、お母さんあれを御覧、あの水平線の向こうに居る父の所まで、僕が連れて行ってあげるからねと」


「いつまでやってるんですか! 何なんだ貴女は、売れない講釈師ですか!」


 ファウスト氏は椅子から立ち上がり背を向け、艦長室の壁をばんばん叩く。


「御願い致します! 小さくは、父母を思うが故に幾千里の海を越えて来た、フェザント人の幼い兄妹の為! 大きくは、ハマームに災いを為し戦乱を引き起こそうと企む、人の世の悪を取り除く為! ファウスト様には! 最低でも! 最低でも金貨一万枚の利益をもたらす為! どうか御願い致します」

「何を御願いするというのですか!」

「先程ハマーム港で大急ぎで出港準備をしていたガレオン船。私を何とかしてあの船上に送り届けて頂きたい!」


 私が顔を少し上げた瞬間、何かが飛んで来て、ぺしっと当たり……私の視界を塞いだ。大きなクッキーですかね。私はそれを拾い、頂戴する。


「最近焼いたやつですね? 美味しく焼けてますよ。艦長が焼かれたのですか」

「拾って食うな! だから貴女は一体何なんだ、本当は胃薬の押し売りですか、そういえば胃が痛くなって来ましたよ!」

「いいえ、私は貴方に言われた通り、海賊なんだと思います」

「開き直るな! だけど……第一……ああああ……」


 私の顔にクッキーを投げつけたファウスト氏は、そう言ってから、ほんの五秒ほど沈思黙考した。


「こんな事を一応聞いてみようという、自分の愚直さには吐き気がしますよ……一応伺いますが。貴女は一体何をしようとしているのですか?」


 行け、フレデリク。


「出来れば、あの船に乗っているランベロウという男を生け捕りにしたいと……」

「ふざけてるんですか?」


 フレデリク? フレデリクが出て来ない。マリーの気弱な物言いではこのおじさんを説得出来ないんです! 出て来いフレデリク!


「ランベロウという男は、策を用いてハマームの王太子ファルクの、離縁された妻を呼び寄せた! フェザント人のフラヴィア、長男カルメロ、長女カメリア。七歳と四歳の子供を連れ、フラヴィアはジェンツィアーナからハマームまでの旅をしている、八月末までに辿り着くという期限付きで。彼女達はフォルコン号に乗っていて、沿岸航路でここに向かっている、そこに大変な陰謀が待ち受けているとも知らずに」


 私は拳を振り回してそう語りながら、真顔でファウストを見つめる。ファウストの表情から感情が消える。


「ランベロウはファルク王子を暗殺するつもりだった。それは余裕で達成されるはずだった。そして呼ばれもしないのにハマームに戻った、カルメロ達が関与を疑われた勢力諸共仕置きを受ける、そういう段取りだったのです。当代の王の息子が殺され孫が仕置きを受ける悲劇、ヤナルダウ王家は崩壊、ハマームは次代の王位を巡る戦乱に包まれると!」


 ファウストが、静かに口を開きかける。


「それが私と……」

「確かに関わりはない、だけどフォルコン号は今フラヴィアさん達を運んでいて、八月末までにハマームにつけば金貨一万枚を受け取る事が出来るんです、少なくともその金貨は全て貴方に渡す事が出来ます、資金は何にだって使えるはずです、貴方にとっても」

「ですからそれが私と」

「解っています! だからあの船と戦えなんて言っていません、何とかしてあの船に僕一人を届けて欲しいと言ってるんです!」


―― ダァン!


 いきなりファウストが壁を蹴った。優しげなおじさんではあるけれど、大男でもあるので。その音の威力は私を黙らせるには十分だった。


「私と貴女に何の関係があるのか聞いてるんですよ! 王家の危機とか息子とか孫とか、貴女はハマームの王ですか!? 貴女アイビスの商人じゃないんですか、貴女を本当に待っている人はどこに居るんです、貴女が帰るべき場所はどこですか!?」


 ファウストが……怒っている。


「ガレオン船に乗り込んでどうするんですか、そいつを殺して自分も死ねればマシな方でしょう、貴女をそんな所に放り込む、私の気持ちはどうなるんです!?」


 そこまで言ってから、ファウストは魂が抜けたようにふらつき……崩れるように椅子に座る。その表情からは、すべての感情が消えていた。


「帰れと言っても帰らない貴女……このまま時間が過ぎればいいですねェ。ガレオンは出て行き貴女は行かずに済む。私も小さな女の子を死地に追いやってしまったと気に病む事もない、この船を危険に晒す事もなく誰も傷つかない……」

「……それは」


 次の瞬間、ファウストは立ち上がり、私の横を駆け抜け、艦長室を飛び出して行った。


「ファウスト!」


 私はそれを追い掛ける……そんな……これで終わりなんて……!



 サイクロプス号の乗員は、全ての配置で準備を終え待機していた。


「ホワイトアロー抜錨! 北へ東へ、ハマーム港を出港する船を追跡する! これは狩猟だリゲル、鳴り物や大声の禁止を通達してくれ。ドルトンは灯火管制の指揮を。観測班は休みなしだロゼッタ、全部配置してくれ」


 どういう事ですか、ファウストさん……? 行ってくれるの? 行かないの? どっちなの!


「そんな目で見ないで下さいよ」


 そんな目……あっ、アイマスクをしたままだった。取らなきゃ。


「そういう意味ではありません! 全く。今度はこのフリゲートを巻き上げる気かと、私は以前貴女に伺いましたね。まさか本当に巻き上げられるとは」


「あの、それはつまり、私をあのガレオンに連れて行ってくれるって……!」


「だからそういう目で見ないで下さいよ! それと、私が何でも貴女の思い通りになるだなんて思わないで下さいよ! これは、私のやり方でやります!」


 そんな目とかそういう目って何だろうと思ったら、どうも私は涙目になっていたらしい。かっこつかないなあ。

 ファウストさんが何を怒ってるのかは……よく解らないや。

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ご来場誠にありがとうございます。
この作品は完結作品となっておりますが、シリーズ作品は現在も連載が続いております。
宜しければ是非、続きも御覧下さい。


シリーズ全体の目次ページはこちら
マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
[一言] 本当に堂道先生ってば何でもお出来になるのですね… この作品であたしが一番好きな場面はフレデリクとファウストのこの掛け合いの場面です! というか勢いのある講談師のシーンはもう笑いが止まらない…
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