ベリーダンサー「アイマスクのチビと同じ席の背ぇ高い男、ちょっとかっこよくなかった?」
王様もなかなか本当の事は言えないよ。
色々背負ってるからね。
「元フェザント海軍士官、ジェラルド・ヴェラルディ、今はその小さい奴の子分をやってます……陛下には御前で楯突いた小僧で御記憶いただいてたら光栄でございますが」
不躾にも程がある口上を述べながら、ジェラルドは、土下座というより玉座の間の床にガツンと頭突きをかます。そういう流儀もあるのね。
「忘れもせぬわ小僧……面倒だ、顔を上げよ」
「御無礼をお許し下さい。あの時の話が済んでませんでした、俺は確かに三人を大事にジェンツィアーナまで送り届けました。その旅路では、カルメロ坊ちゃんは船酔いで苦労されましてね」
ジェラルドはパッと立ち上がり、その後は普通に友人に話すみたいに話している。こういう所は羨ましいなあ。男の子だからだろうか。
「まあ……船に不慣れな者は仕方なかろう」
「ところがね。今度はハマーム行きの航海ですよ。俺は途中から坊ちゃんと同じ船、フォルコン号に乗り組んでね……ああその時点でフェザント海軍士官ではなくなったんですが。驚いたんですよ。俺が連れてったハマームからの航海では船室で大人しくしてるだけだった坊ちゃんがね、今じゃサルみてえにスルスルとマストに登って、高い見張り台で堂々と望遠鏡構えてんですよ」
ちょっと! サルは失礼だよジェラルド、この王様その子のおじいちゃんだよ!?
「ふん、サルのようにか、まあ男の子は大概サルのようだな、ファルクはそうでもなかったが」
マフムード陛下が、何だかそわそわとして辺りを見回している。どうしたんだろう。
「しかしその船の船長……マリーとかいったか? その男は七歳の子供に高い所の見張りをやらせるのか……随分冷酷な奴だな」
「マリーは女名前ですぜ、実際女船長です、青い顔して船尾にぶらさがってる妙な奴ですが……やらされてるんじゃなく、やりたいんですよカルメロは。役に立ちてえんです。本当は俺の船でジェンツィアーナに帰る時だってそうだったが、船酔いで出来なかっただけなんだ、泣いてばかりいる母親の役に立ちたかったんです。で、今フォルコン号に乗っているカルメロにはそれが出来る。そういう話です」
陛下は……後ろに手を組み、二歩下がり、ジェラルドに背中を向けた。なんだろう。
あとマリーいきなり悪印象ですね、色んな意味で。
「そうか……」
短く呟く陛下……それだけ? それだけですか!
何か言うんだよねジェラルド、そこで食ってかかるの? いいよ行けジェラルド、私も応援するよ! 心の中で、そっと。
「そんじゃ失礼いたします。行こうぜフレデリク、やる事は一杯あるだろ」
お前もそれだけか! わかんねぇよ!
◇◇◇
「お前、あれ言うの俺にとっといてくれたろ?」
「知らないよ、そんな事まで。それよりあれだけで良かったのか? 他に言いたい事は無かったのか」
「あれだけで十分だろ、言い過ぎたぐらいだ」
玉座の間から退出した私達はそんな話をしながら、今は偽ファルク王子が居る離れの部屋にやって来た。
「あー……フレデリク、その、父には会ったのか」
「いい調子ですね殿下。さて、あんまりボロが出ないうちにどんどん動こうと思うんだけど」
「賛成だな、フォルコン号が来ちまっちゃ意味がねぇ。状況はだいぶ良くなったと思うけどな」
さて。ますます地獄行きが早まりそうだけど……何せこの芝居の間はハマームのお金で好きな事が出来てしまうらしい。
お父さん、悪いのはあんたって事にさせて下さい。
ファルク王子のお出掛けだ。王子は馬車で、少しお忍び風に……私とジェラルドは騎馬で護衛風に。
ぶち猫ちゃんは何気に馬車の御者席に乗り込み、せわしなくあたりを見回している……気のせいだと思うんだけど、何となく頼もしく見えて来た。
商店街の横を通り過ぎた馬車は、賑やかな歓楽街のような場所へ向かう。
「こういう店に興味があるとは知らなかったぜ。お前も男だなフレデリク」
「君は興味が無さそうだな、いいよ、外で甘いものでも食べているといい」
「冗談がキツいぜフレデリク、好物だよ、好物」
周囲にはもっと大きく立派な店もあるようで、王侯貴族なら普通はそちらに行くのかもしれないが……私には行ってみたい店があった。ここも決して安い店ではないようで、周りには用心棒風の男達もちらほらみられる。悪の臭いがしますねェ。
宮殿の衛兵さん達に聞いたら、ベリーダンスのあるアンリの店と言えばここの事らしい。入り口の前には入店を待たされているらしい人々が居る。
私は入り口の脇に控える、立派な髭を整えた支配人らしい紳士に話し掛ける。
「貴人に便宜を図っていただけると助かります」
少なくない一包みを渡した私達は、すぐに別の入り口から奥へと通された。
中は広く、幸いそこまで下品な場所ではないようで……ステージのある高級レストランというくらいの按配だろうか。ただ客席のテーブル周りはかなり暗い。これじゃ何食べても味解らなそうですよ。
それは用意された一際立派でステージが見やすい席も一緒だった。食事にも期待している私としては、蝋燭一本でもいいからテーブルに置いていただきたい。
まあ、ジェラルド君とにせファルク君にはどうでもいい事のようだが。
「おいおい、ちょうどステージの最中じゃねェの、最初から見たかったぜ」
「俺……私は夢でも見ているのか。こんな店にまで連れて来て貰えるのか」
裸ではない。大事な所はちゃんと隠してる。だけどこれはレベルが高い、大変色気のあるお姉様がステージでとても情熱的な踊りを披露されている。これ気をつけないと私でもよだれ出るかも。父よ、貴方もこれを見たのですね。
「ああ……ほら終わっちまった。次のステージはいつだよ、まさか一時間後とかじゃねえだろうな」
「どうやらすぐらしいぞ。良かったなジェラルド」
「お前も嬉しいんだろフレデリク」
ステージは次から次へと続くようだ。こうなると逆に、いつ飯を食えというのか。串焼きのケバブ、ひき肉を焼いたキョフテ、ヨーグルトやタマネギが多少添えられているようだが基本的に茶色い料理が運ばれて来る。
私は食べますよ。ジェラルドも殿下も食えよ。ワインは……ちょっとやめておくか。
「フレデリクよう、この店でアイマスクはずるいんじゃないか」
「僕は別に……! まあ……好きなように言ってくれ」
いかんいかん。食うか食われるか。食われたら負けだ。
殿下もほら! ガラベーヤに汁がこぼれるから食う時くらいステージから目を離しなさい! これだから男共は……だめだ、フレデリクに徹さないと。
ああ。私くらいの年の踊り子さんが出て来た。ていうか背丈も私くらいで……体も正直ボリュームに欠ける……私のように……ちょっと!? 男共! 思い出したように飯を食い出すな!
ステージ見ろよ! あああ……雑談を始める奴、ウエイターを呼ぶ奴……酷い……酷くない!? さっきまで色っぽいお姉さんのステージを食い入るように見つめていた男共が、ステージから目を離し……ああっ、トイレに立つ奴まで居る!?
私は何だか、自分がステージに立っているような気分になってしまった。私の番が来た途端、他の用事を始める男共……なんという屈辱……
ステージの女の子はそんな事を思っている様子も見せず。素敵な微笑みを浮かべて踊っている……可愛い子じゃないか。どんなドラマがあって、ここで踊る事を選んだのだろう。或いは選ぶ事が出来ずここに居るのか。
世界には様々な国があり様々な文化があり、様々な人々が生活している……何だか気が遠くなりそうだ。私は生きている間にどれだけ多くの人々に出会えるだろう。
少し幼い踊り子さんのほとんど揺れないお乳を見ながら、私はそう思っていた。
「ジェラルド。君も僕はバカだと思うだろう?」
「何だよ急に」
◇◇◇
だいぶ長居をした。外は少し日が暮れ始めていた。
「結局、ベリーダンスを見に来ただけか。何も起きねぇってのも困ったもんだぜ」
「君も楽しんでるように見えたけどね」
「あっし……コホン、私はとにかく、こうして君達について行けば良いのだね?」
お店にはハマームのお金で御支払いをさせていただいて、私は裏口から、ジェラルドは正面から店を出て、辺りを警戒する。
しかし。周囲は人通りも多く賑わっていて、怪しい者も居らず……これじゃ本当にベリーダンスを見て御馳走を食べただけじゃないか……
刺客の皆さん。来るなら早く来て下さい。




