お人好しの廷臣「近々王子が避難するのか。叔父のエルゲン様にも知らせなきゃ」
とうとう一国の王子を海賊おじさんと摩り替えてしまった。
違うもん。やったのはフレデリクだもん。マリーじゃないもん。
宮殿へ戻る道。私はその相棒に白馬を選んだ。
「今度はファルクは居ねえんだ、その栗毛でもいいんじゃねえの」
「いいんだ。こいつ気に入ったから」
だって白馬だよ、たまんないよ! ねえフレデリク、やっぱり貴公子と言えば白馬でしょ! 最初はどうかと思ったけど乗ってみたらたまらん。目立つから狙われ易い? うーん……でも白馬……素敵……ああいけない、よだれが出てた。
馬を借りられて良かった。こういう往復の時にその威力が解る。
「なあフレデリク、何で一度ファルクを船に送ってからだったんだ?」
「君もそう思うよな……先に事実にしておきたかったんだ、殿下が城を出た事を」
「お前は俺に考えろなんて言うけどよ……俺にはお前の思案の意図すら解んねェ」
ああ、僕も解らないから心配するな。
私はそう思いながら、再び宮殿の正門を通過する。
「フレデリク殿、如何なさいましたか」
「陛下に取り次いでくれ」
私は衛兵に事もなく言ってやった。ふふふ。陛下に取り次いでくれだって。凄い台詞だよね。陛下に取り次いでくれ。いつ、どんな人が言う台詞なんだろう。
白馬の鞍袋に入れて港に戻り、一緒に船に戻り、また一緒にボートで船を降りて、また白馬の鞍袋に入り、そして今ここまで一緒に来たぶち猫が、私を見上げて一言、にゃあごと鳴いた……この子あんまりこういう風に鳴かないよね。
私は密かに周囲に目を配る……何かがあるのか。
……
一匹のコウモリが……建物の彫刻の影から飛び出し、飛んで行く。
まさか……まさかね。
「あれが何か?」
私はぶち猫に尋ねる……猫はただ、目を細めただけだった。人の目には見えない何かが、この子の目には見えたとでも言うのか。
「どうした、フレデリク」
「昨日コウモリに化ける魔術師を見たせいで、コウモリがみんな敵に見える」
「そういや、すげえ数で飛んで行ったな、昨日……あれがそうだったのか」
「そこまでは見ていたのか」
「ああ。何か変だと思って軽く追い掛けてみたのよ。途中で見失ったから諦めて……それでアンドレウの事を思い出した」
どこまで本気で言ってるか解らないジェラルドを連れ、私は宮殿の中へ進む。
◇◇◇
今日は二人で来たからだろうか。或いは連れているのがかつてフラヴィアさん達を引き渡したフェザントの海軍士官だと解ったからだろう。私達は広い玉座の間に通された。
広間には多くの近衛兵が居り、王の周辺には十人ばかりの廷臣も居る。いかにも王の御前という雰囲気だ。
私は恭しく膝をつく。フレデリク君はこういう礼儀作法をどこで学んだんだろう。そしてよく実践出来るものだ。マリーはそれを凄いと思う。
「フレデリク卿……昨日の今日でもう宮殿の空気を換えてしまったようだな……随分と仕事の早い男だ。そして……その男には見覚えがある」
「予め申し上げます、彼は今フェザント軍士官ではなく、一人の男として御前に罷り越しております。何卒御理解を賜りますよう」
フェザント軍士官のジェラルドはここに居る時点で既に密入国である事がはっきりしている。他人事だと思ってよくこんな賭けに出たな私。なんて酷い奴だ。
だけど、フラヴィアさんに関わる事なんだ、陛下も解ってくれるはず。
「まずは、親しくお知らせしたい事が」
私は作っておいた封書を取り出す。
すると王の表情が、不興に歪む。
「ここに居るのは皆信用のおける者のみだ。構わぬからそのまま申せ」
「話は陛下の御家族の事でございます。王としてではなく父としてお聞きいただきたい事でございます」
「構わぬと言っておろう!」
きゃああああ怖い怖い怖い、この王様眼力も凄いんだよ文字通りギロリと睨むんですよ怖い怖い、私、アイマスクしてなかったら気絶してたかも……
だけど困ったな、ここだけは親しく内密に聞いて欲しかった。陛下は強がっているけど、この廷臣の中にはスパイが居るとフレデリク君が言っている。
でも、言えってんだから仕方ないか。言いたくないが、嘘を言おう。
「王子は宮殿の警備状態に不安を持っており、陛下の気が変わるまで、海外に逃れたいと仰せられ、私に船の手配を命じられました」
ぎゃあああ! 何て嘘ついてんのフレデリクさんっ!?
ほら陛下が血相を変えた! 玉座を降りて真っ直ぐこっちに来る、ジェラルドも訳わからんって顔してる、助けてジェラルド! あああ私、陛下に腕を捕まれた、痛い痛い痛い、どこへ連れて行くの、処刑ですか、私ついに処刑ですか、助けてぇ!
「移動にはハマームの軍船ではなく民間船を使いたいと、今、殿下の御上船に相応しい船を探しておりますが」
尚もマフムード陛下を怒らせるような嘘をつくフレデリク。引きずられて行く私。
私は声を他の者に聞かれる事のなさそうな、窓際まで引きずって行かれた。
「本気で言っているのか、貴様!」
「本気な訳がありません。親書を見て下さらないので」
「おのれ小癪な、ただでは済まさぬぞ……」
王様って結構大変な仕事なんだなと思う。家臣が信用出来なくても、それを顔に出す訳に行かないのだ。忠実な家臣まで浮き足立つから。
「ファルク殿下は自ら敵を討つ為、既に城を出られました。部屋には今、身代わりを置いてあります」
陛下の握力が緩む。
「御手を離されませぬよう」
「フレデリク卿! お前は一体何を……何をした」
「殿下は気付いたのです。敵の目的はヤナルダウ家の直系を絶やす事だと。自分の次はカルメロ、カメリア、そのような事は決してさせるまいと、父として剣を取り、立ち上がりました。今は敵を炙り出し討ち果たす為に、兵を伏せておられます」
陛下の手が、乱暴に私の腕を振り回す……手持ち無沙汰なのだろうか。何かを計っているのか。
「敵も王家に手を掛けようとするくらいの準備をしていました、そう簡単には引けません。今もファルク王子を狙っているでしょう」
「フレデリク卿、それで私はどうすればいい、兵が要るのだろう?武官は誰をつけた? ファルクは本当に大丈夫なのか」
「陛下。今のファルク王子は決して脆弱ではございません。必要な物があれば殿下の方から御申し出があるでしょう」
陛下は私の腕を掴んだまま、溜息をついた。その握力はほとんど無くなっている。
「全く……解らん。卿程の人物が、何が気に入ってそこまで我が愚息の肩入れをしてくれるのだろうな。予が息子の人物一つ見抜けていなかったとでも言うのか」
「殿下には陛下と気性の違う部分もございますが……慈愛のある立派な方ですよ。本質的には陛下によく似てらっしゃいます」
私がそこまで言った所で……ようやく陛下は私の腕から手を離す。
「もうよいか……卿はそんなに我が宮殿には聞き耳が多いと思うのか」
「善意の聞き耳から話が漏れる事もございます。用心に越した事はありません、そもそも、陛下さえ御存知であれば良い事ですから」
「卿よ、何故話す前に人払いをさせなかったのだ?」
それは陛下が! 私がそう言いかけて見上げると、陛下は他所を向き、ペロリと舌を出していた。ちょっとギャップにやられる。これが人心掌握術というものか。
「フレデリク卿……卿はカルメロやカメリアを呼び寄せた者が、敵だと思うか」
「それは私も是非知りたい。フラヴィアさん達の旅行を計画した者は、何故到着は八月一杯という、難しい期限をつけたのか。あれがなければフォルコン号とマリー・パスファインダーがこの件に首を突っ込む事もありませんでした」




