セレンギル「御願いしますよ親分」ジェラルド「おいさすがに親分はよせ」
ジェラルド「猫ってよう。自分だけは解ってる、みたいな顔するよな」
フレデリク「朝食べた魚の事でも思い出してるんだと思うけどね……」
アンドレウ「おや? それを聞いて気を悪くしたみたいだよ」
「あっしが馬にですか? こんな上等な馬、跨った事もありませんや」
「ジェラルドが綱を取るから問題無いよ。それから、新しいガラベーヤとクーフィーヤを買ったからこれに着替えてくれ」
私達はまた港に戻り、セレンギルを連れ出していた。
「似てるね。似てると思うよ。私に任せてくれたらもう少し似せてみせるよ」
フェザントの男であるジェラルドは、一見ワイルドに見えて身だしなみにうるさく、髭や髪を整える為の剃刀を持ち歩いている。一緒に来てくれていたアンドレウさんは、それを借りてセレンギルの髭や髪に仕上げを施す。
「一体何の話です?」
「まあ、来てくれたら解るから」
そして私達はセレンギル様を馬上に頂き、宮殿への道を行く。
「大丈夫、話はしてあるから」
「だから一体何の御話しで……」
私が先頭で道を行く。キャプテンマリーの上からガラベーヤとクーフィーヤを着ているので少々暑いが、最近こういう事をしてもほとんど汗が出ないようになった。
ジェラルドは馬を引いている。こちらも黒のガラベーヤを着せてある。私達一行はきちんとハマームの街に溶け込んでいるはずだ。
「船の方で待っているよ。気をつけて行くんだよ」
アンドレウさんはそう言って見送ってくれた。私はジェラルドに耳打ちする。
「最初からあの人を紹介してくれていれば、僕が唐揚げのレシピで通用口を突破する必要も無かったんだぞ」
「すまねェ。一度一緒に仕事をしただけの奴だから、信用していいのか、お前を紹介して大丈夫か、確認に時間をかけた」
ほら見ろ。この男はただの馬鹿ではないし、だから厄介なんだ。
なあ、ぶち猫ちゃん……で、君今日はついて来るのね……
「フレデリク殿……えっ! そちらは!?」
「似てるだろう?」
「驚きました! こ、こんな……一晩でこんな準備が出来るものなのですか」
私は驚愕の溜息を漏らす衛兵達に迎えられた。
「偶然さ、偶然……さあ、普通に王子を見た時と同じように対応してくれ、そうじゃないと用意した意味が無いからな」
「そ、そうでした! 皆、本物の殿下と同じように扱うのだ!」「心得ました!」
セレンギル殿下は辺りを不安そうにきょろきょろと見回す。
「殿下、堂々としていて下さい」
「い、い、一体何の話なんです、船長、教えて下さいよ!」
「フレデリクと呼び捨てで御願いします、船長ではありません」
私は正門から堂々と、ファルク殿下に扮したセレンギルを連れ、宮殿に入った。
◇◇◇
「そんなに似てるかね? 私はそうは思わないがね……」
ファルク殿下は苦笑していた。こちらも準備が整っている。
普段セレンギルが着ているようなチュニックに長ズボン、甲板用の靴。これで殿下がセレンギルに見えるかどうかは微妙な所だが、少なくともどこかの王子様には見えまい。
「勘弁して下さいよ……別に、船長の頼みなら影武者くらい喜んでやりますけど、相手が王子様は無いでしょう……このあっしが王子様って、いくら何でも殺生な」
さすがに私の意図に気づいたセレンギルさんは、頭を抱えていた。
「これはその魔術師が持っていた銃だ。君に預けるけど決して誰かに奪われたり、どこかに置き忘れたりしないように。そして必要だと思えばいつでも撃て」
トリスタンの銃は最初ファルク殿下に渡そうとしたのだが、殿下は触るのも嫌だというのでセレンギルに渡す事にする。
「それで……これからどうなるのだね?」
私はファルク殿下にはフラヴィアさん達を迎えに行くと言っていて、マフムード陛下にはフラヴィアさん達を遠ざけると言ってある。
衛兵さん達は、これからファルク殿下は自らトリスタン達を追い詰め成敗する為の指揮を執ると思っている。
私はなるべく自分の言った事が嘘にならなければいいなと思っている。
「密かに出発する事になるでしょう。陛下も、衛兵達も事情は飲み込んでいるはず、説明は無用です」
門出には通用口が選ばれた。そうそう……ついでにあれを返してもらおう。私は通用口の衛兵に尋ねる。
「僕が置いていったカラマリのレシピはまだあるかい?」
「は、はい。自分はトリスタンを素通りさせた罪で罰せられる所だったかもしれません、フレデリク殿のこの策が無ければ、今頃命があったかどうかも……このメモは記念にいただく訳には行かないでしょうか?」
策ってなんですか、ただただ、この宮殿の警備に問題があるだけですよ。
「光栄な話だが、大事な物でね。すまない」
私はメモを懐にしまう。本筋とは何の関係も無い心残りが一つ片付いた。
さて、ガラベーヤはもういいので、荷物にしまって。
馬は宮殿から少し離れた所に待たせておいてもらった。これが三頭になっているのはいい。黒鹿毛と栗毛はいい。でも白馬は駄目でしょ……目立つじゃん。
「お前、それな」
ジェラルドはサラッと私に白馬を回して来た。まあ何でもいいや、せっかく影武者と取り替えて目立たなくした王子に、白馬を回すわけにも行かないし。
ぶち猫には白馬の鞍袋に潜ってもらう。
「馬なんて久しぶりだよ。乗り方を覚えているかどうか」
殿下は憂鬱そうに言った。見た目はセレンギルなんだけど、どうしても言葉遣いに気品が出てしまうな。とりあえず私は殿下が栗毛の馬に乗るまで轡を取る……へえ。私こういう事も出来るのね。
さて、反撃開始……という程の事が出来る訳でもなく。とりあえず今出来る事と言えば、新たなセレンギルさんをハーミットクラブ号にご案内する事くらいだ。
港の厩舎に馬を入れ、ボートでバルシャ船、ハーミットクラブ号に移る。
◇◇◇
「おお……アンドレウ、元気そうで何よりだ。すまない。君がまた私に会ってくれるとは思わなかったよ」
ファルク殿下は船で待っていてくれたアンドレウ老の姿を見つけると、駆け寄って、自分が臣下であるかのように深く頭を下げながらその手を取った。
「勿体のうございます、旦那様。アンドレウはいつも貴方様の事を心配申し上げておりました」
話はあのテラスでアンドレウ老から聞いていた。当時屋敷の執事だった彼は、フェザントへ送り返されるフラヴィアさん達を見送りに行くよう、ぎりぎりまでファルクを説得し続けていたらしい。
しかしファルクは結局行かず、ジェラルドは怒り、アンドレウもファルクの元を去ったと。
さて、これで王子を守り易くなった。しかも体裁として王子は城を離れ出陣した事になる。まあ、ほぼマフムード陛下用の体裁ではあるけれど。次はそれに取り掛からないと……でもその前に。
私は、意味もなく舵輪を睨んでいるジェラルドに近づく。うわ、目か怖い……この男ファルク殿下には色々と言いたい事があるはずなんだけど、最初に会った時から一言も口を聞こうとしない。
だからファルク殿下が馬に乗る時も、私が轡を取らないとならなかったのだ。
ファルク殿下の方は舷側でアンドレウ老と昔話に花を咲かせているようだが、ジェラルドは氷の形相で、腕組みをしたまま横目で舵輪を睨んでいる。
私はジェラルドがフラヴィアさんに惚れているというのは作り話じゃないかと思っていた。だって話が出来過ぎてるから。だけど今ジェラルドから出ている怒りのオーラを見ると、本当の事なのかもしれない。
ジェラルドをどうするのか。
一、ファルク殿下の守備に残す。まだこの警備体制が万全かどうか解らないし。だけどジェラルドの感情を考えるとどうなのか。
二、マフムード陛下への連絡に行って貰う。だけどこれはちょっと難しい話になるし、陛下を殴りたかったとか言っちゃう男に任せていいものか。
三、私と一緒に居てもらう。私が安心する。心強い。
三しかない。究極的に言って私は自分の身が可愛い。私が居ない所で何が起きようと、私が死ぬよりマシである。
「次はマフムード陛下だ。一緒に来てもらうぞ、ジェラルド」
「勘弁してくれ。あの野郎とは啖呵切って別れた仲なんだ」
「だから来いと言ってるんだ。君の因縁も今回の事件の一部なんだよ」
フレデリクが何か言ってるけど、私にはさっぱり何の事か解んねえ。
誰か私の頭脳になって下さい、ほんとに。




