ロイ爺「副船長の…ロイです!(キラリン)」アイリ「良かったわねおじいちゃん」
いざ航海へ! (その前にフォルコン号の案内回)
勇んで港を出たものの……
性能の良過ぎる道具は旅を退屈にする。
スループ艦フォルコン号での航海は、順風だとやる事が本気で全く無かった。
二日酔いの不精ひげ、アレク、ロイ爺は日陰に座り込んでうたた寝をしている。
アイリもする事が見つからず、やはり日陰に帆布のハンモックまで結んで昼寝をしている。
ウラドは最後まで舵を握っていたが、その必要すら無いようだと観念し舵を固定してしまった。彼はさすがにまだ休む気にならないらしく、船内を見て回っている。
私も何となくついて行く。
船員室は二つある。一つの船員室にハンモックが四つ。満員の船だとこれを三交代などで使うらしいが、我が船は最小限の人数で航海している。
リトルマリー号も四人で一部屋の船員室を使っていたが、部屋自体もこれよりだいぶ狭かった。
よく見ると使っていないハンモック用フックがまだ四組ある。最大では一部屋八組入るのか。それが二部屋で三交代だと……48人……海軍だとそのくらい乗るのだろうか……何だか想像も出来ない。
「二部屋あるのに、片方は全然使わないの?」
「我々四人はそうするつもりだ……船長。アイリに部屋を割り当ててやった方が良いのではないか?」
あ……そうか。まだ何も言ってなかった。
この船には調理室がある。幅2m、奥行き1mのくらいの狭い空間だが20人分ぐらいの食事を一度に作れるように工夫されている。
海軍のコックは寝る時もここで寝るんだろうか。壁にハンモックを掛ける為のフックがついている。
会食室もある。リトルマリー号の会食室は5人入ったらぎゅうぎゅう詰めのテントのような空間だったが、フォルコン号のは普通に8人くらい入れる。竈も別の場所になったし。
船尾側へ行くと、艦長室や士官室、海図室などがある。ウラドは遠慮していたが、艦長室も見ておいてもらう事にする。
「艦長室だけ壁が薄いよね?」
「これは海軍の船なので……海戦時に艦長室は壁を取り外して甲板になるようになっている。本来はそこにも大砲が据付けられていたという訳だ」
「そうなんだ……本来は軍艦になるはずだった船だもんね」
すると艦長室、とっちゃってもいいんだな……その分も甲板になって荷物も積めるし……なんちゃって。これは私の城です。私のものです。
広さは縦横3mくらい。船尾窓の下に折りたたみ式の寝台。部屋の真ん中には小さいけどちゃんとした執務机が! 椅子だけはビロード張りでいやに豪華!
それから船長用の大きな鍵付きの木箱が二つ、低い衣装タンス、サイドチェスト……それが全て。まあ……陸の建物と比べたら貧相ですよ、私のヴィタリスのあばら屋だってこの三倍は広い。だけどここは海の上。
宮殿です。ここは私の宮殿。
上下二つ重ねの士官室は、艦長室の下で海図室などと向かい合わせの小さな部屋だ。部屋というより大きな棺桶に近いような。リトルマリー号の船長室をもっと小さくした感じだ。艦長室、船員室と違い中で立つ事も出来ない。
「アイリにはここを使って貰おうかと思ってたけど……納得するかしら?」
「うむ……どうだろう」
下層甲板より下の船底部艦首側には、小さな鉄格子窓のついた空間まである。
「これは……いわゆる牢獄」
「こんな所を使いたくはないものだな」
思わず無言になってしまう……さすが軍艦生まれ。
甲板に戻って来ても、状況は変わっていなかった。いや、まあ……昨日、リトルマリー号でパルキアに着くまでは9日間連続で向かい風が吹きみんな操船でへとへとだったから、たまにはいいんだけど。
こうも気持ち良く怠けられると、向かい風とまでは言わないけど10時くらいの風でも吹けばいいと思ってしまう。
バタバタと、帆が音を立てて裏を打つ。
「風が変わった!」「9時、いや10時じゃこれは」「タックを変えるぞ!」
座り込んで居眠りをしていた水夫達が起き上がる。
「ようやく仕事だ」
ウラドも操舵輪に戻る。
「あら船長、また風を変えたの?」
アイリさんまで言う。だから、私がやってるんじゃないってば。
「10時の風でも本当によく走るね……このペースなら7日以内に着くよ」
午後7時の測量を終えたアレクが言った。
「凪以外は怖くない感じじゃな……まあこの季節に凪は無いじゃろ」
夜になると風が8時方向に変わったので、ウラドは舵を固定した。アレクとウラドは先に休むようだ。
「それで、アイリさんの部屋なんですけど」
「それでって? 私船長が居ない時は船長室で寝ていいんじゃないの?」
「……この船、部屋余ってますから……空いてる方の船員室でも、二つある士官室のどちらかでも好きなのを」
「どちらでもいいなら船長室で寝たいわねー」
「解りました! 航海魔術師のアイリさんは士官室を使用して下さい!」
「えー……あんな所で寝てたら私……人肌恋しさに何をしでかすか」
「御願いしますよ! 風紀ある船内! 風紀ある船内!」
「ええー、なにそれ……」
新しい船には当番表まで備え付けられていた。ただ、水夫達は今までそのあたりは雰囲気で回していたようだ。素人の私が無理にいじらない方がいいかも。
でも折角あるのだから何かに使いたい。せめて船員名簿になるように、一人一人の名前を書いた板を作っておこう。
まず船長はマリー、と。それから水夫を年齢順に……ウラドは不精ひげより少し若いと思う。その不精ひげをどうする……名前が無いと不便だから、ここに書くのはニックでいいか。
水夫で最年少はアレクだよな……アレクは28歳と確定しているアイリより年下らしい。本人がそう匂わせている。
アレクって私が生まれた時にはもう船に乗ってたんだよね……じゃあ少なくとも12歳の時にはもう乗ってたのか。
でも水夫の世界にはよくある事なのかな。港でも他の船に少年水夫が乗ってるのをよく見掛ける。本当に船の上には国王陛下の魔の手も届かないのね。
そうだ。一つはっきりさせておこう。口で言うのは面倒なんでこの当番表で既成事実にしてしまおう。私が居ない場合、代理の船の代表者はロイ爺で。
全く。父もこれをはっきりさせておけば、皆が困る事も無かったんだ。
翌朝。風はぐるりと回り、2時方向になった。何のことはない。これがこの季節に普通に吹いているはずの、南からの季節風だ。
風速は十分。トップマストの吹流しは激しくはためいている。
「こりゃあ、腕の見せ所じゃの」
「俺は順風がいいのになあ……」
「ぶつくさ言わないの……不精ひげ!」
「太っちょまでその呼び方かよ……」
まさにフォルコン号の面目躍如という所か。この日は進路に対しほぼ2時方向の強風が一日中吹き続けた。
水夫達は船が上手く風に乗るよう一日中進路と帆を調整し続けた。それに応えたフォルコン号は、白波を立てる勢いで走り続けた。
「年寄りにこの風はきついわ! またこの船、手を掛ければ掛ける程走るからのう、ついつい張り切り過ぎてしまう」
「本当に腹ペコだ! 何か食わせてくれよーアイリさん」
「チーズとベーコンとブロッコリのリゾットが今出来るわよー……不精ひげ!」
「アイリさんまでその呼び方かよ……」
「船長! ウラドが休憩するから舵代わってよ!」
「すまない太っちょ」
「はいはい、舵代わるから休んで! 食べて!」
航海はチームワークだ。一人が自分の役割を果たし、仲間を支える。そして仲間がそんな頑張る一人を支える。
楽しいな。
私は今している事が楽しい。この朝が、この夜が。