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マリー・パスファインダー船長の七変化  作者: 堂道形人
歴史ある海

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38/97

マリー「それで、あのレシピを返してもらうにはどうしたらいいのか……」

とうとう見つかった! これで万事窮すか!?

それ以上に悪い事が起きる事もある。

「曲者……!」「ぐわっ!?」


 この部屋の入り口の方で声がした……え、今の悲鳴、さっきの近衛兵の人!?

 次の瞬間には実際にその近衛兵が入り口に倒れて来た! う、嘘、一体何!?


「殿下! 下がって!」


 私はソファベッドに戻っていたファルク氏を背にして立つ、いやこんな時まで謎の貴公子の真似やらなくていいから!

 そして入り口に現れたのは、トリスタン、あの男!



 信じ難い事が起きた。


―― ドォン!


 トリスタンが短銃のような物を私に向けた時には、私はガラベーヤを跳ね上げ、隠し持っていた短銃の引き金を……引いていた。

 自分のした事が全く信じられなかった。


「ぐはっ……貴様はブルマリンの……」


 な、何、何に当たったの!?

 トリスタンが構えてた短銃のような物が床に落ちた。不自然な程音も無く。

 そしてトリスタンの右肩の辺りからは、黒い煙のようなものが立ち昇っていた……そこに当たったの!? じゃあ私、人を撃ったの!?


 トリスタンの後ろから衛兵が数人現れる。トリスタンは肩口を抑えうずくまりながら、呪いの言葉を吐く。


「くっ……ただでは済まさぬぞ……」


 信じられない事が、次々起きた。

 トリスタンの肩から立ち昇っていた黒い煙のような物が、大量の小さなコウモリへと変化して行き、トリスタンの体を真っ黒に覆い、包み込むように飛び回って……一斉に入り口の外へと飛び去った。

 後に残されていたのは、トリスタンが着ていた服だけだった。それはやはり音もなく床に落ちた。



 恐ろしい出来事。そういう他なかった。


 ファルク氏の居室の入り口を守っていた二人の近衛兵さんの片方は、命を落としていた。勿論面識があった訳ではないけれど……私がほんの少し前に、会話を交わした人だった。


 奴が使っていた銃は魔法の銃だった。そして私が使っている物よりさらに優れていた。全く音がしないのだ、発砲しても、地面に落としても。


「……奴は内海で最も恐ろしい魔術師と言っていい……お前達も見たであろう……最後は無数のコウモリに化けて逃げた……あれは最早、人間ではない」


 バルコニー廊下ではデミレル師という老人も倒れていた。彼はトリスタンという男が自分の名前を利用して宮殿に侵入した事を知り、慌てて駆けつけて来たそうだ。確かにかつては知人であったが、今では危険人物として注意していたという。


「よせ、あまり喋らない方がいい」

「いや……儂は死ぬかもしれん……今言わせてくれ」


 師は衛生兵の処置を受けていたが、高齢という事もありかなり衰弱していた……彼もトリスタンに撃たれたのだ。


「……君が誰で……何故ファルク様を守ってくれたのかは知らぬ……今……ファルク様をお守り出来る者は本当に少ない……王は……意地になっておられる……ファルク様の他に、王子は居ないというのに……仲が……宜しく無いのだ……元々ジャミレフ様やネシャート様にばかり愛情を注がれていたが……」


 まずい、私は今息も絶え絶えのデミレル師の口元に耳を近づけ、この話を聞いている、つまり私以外誰もこの話を聞いていない……一応、デミレル師は私がアイビス語で話しかけたらアイビス語で答えてくれているのだが……


「故に! あのような者を使い! ハマーム王家を、転覆させようという輩がッ……ツルナクシュ……エルゲン……ハマームの直系が絶えれば奴らは必ず……!」

「興奮してはいけない、頼むからじっとしていてくれ」


 頼むから私にしか聞こえない声で難しい話をしないでください! 私覚えらんないから! せめて紙とペンでもあればいいのに、でもこういうの、メモをするのもかっこわるい気もする……


 デミレル師の顔色はますます悪くなって来た……私は一度立ち上がる。デミレル師がこれ以上話さずに済むように。


「あの……我々はこれからどうするべきなのでしょうか。こんな事を貴方に聞くのはおかしいと思いますが……我々は今、貴方が誰なのかも知りません……しかし我々は事態を把握出来ずにいます、貴方が居なければ王子は守れませんでした。御指導をいただく訳には行きませんか?」


 衛兵さんの一人が何か言っている……私に? すみません、ターミガン語はあまりよく解りません。どうしよう。ファルクさんに翻訳をお願いしようか? 王子様に? 有り得ない。でも大事な事だと困るな……


「一緒に来て下さい」


 アイビス語だけど身振りで解るだろう……私はファルクさんの部屋の方を指示し、自分も歩いて行く。

 周りに集まっていた、十人くらいの衛兵さん達がついて来る。何だろう、いきなり私を逮捕するつもりでもなさそうだけど。


「どうすればいいんでしょうね」


 私が何か言う前に。部屋の入り口で倒された近衛兵の手を握っていたファルク氏が言った。


「この兵士は私のせいで殺されたのだ。彼にも父と母が、妻が、子供が居るのに……私のせいで命を落とした」


 ファルク氏は多分それを、二度言った。アイビス語と、ターミガン語で。


「教えて欲しい。高貴な人よ。私はどうすればいい?」


 ファルク氏は私にそう言ってから、衛兵達にもターミガン語で何か言った。


「君達はどうする……? こんな事が起きるなんて……全て私のせいだろう?」

「王子、そのような事はありません、御願いします、今はしっかりなさって下さい、我々は戸惑っているのです、この襲撃者は何だったのでしょうか……王子には心当たりは無いのですか?」

「心当たりなど無限にあるさ、だけどあの襲撃者の顔を見たのは初めてで、私には何も解らないよ」


 彼らが何の話をしているのかは、私には解らなかった。私を牢に連れて行くかどうするかって話かな? いやさすがにもう味方だとは思ってくれてるはず……だけど不法侵入は不法侵入……うーん……


「やはり貴方以外事情を知らない」


 衛兵さんの一人が、アイビス語で話し掛けてきた。


「あの恐ろしい襲撃者は何者なのですか? 誰が奴を寄越したのですか? 狙われていたのは王子ですか? 我々は今、何をすべきなのでしょうか……どうか教えて下さい」


 は?

 私に対する質問とかではないんですか? ていうか貴方達私を誰だと思ってるんですか? いや偉そうな意味ではなく……イカの唐揚げのレシピを渡して宮殿に侵入した不審者なんですけど……


「ここの警備は、何故こんなに手薄なんだ?」


 私は本音を漏らしてしまう。いや手薄じゃないならさっさと私を捕まえろみたいな話になってしまうんですが。


「王の命令です。ファルク王子だけ宮殿の離れのこの場所に、近衛兵も二人だけと、王がそう命じられたのです」

「姉妹のジャミレフ様やネシャート様は宮殿の奥に居らっしゃって、警備の者もたくさん居るのです」

「ファルク様だけが、八百屋や魚屋も通るような通用口の真上の離れで暮らされているのです。王の命令で……教えて下さい、何故こうなったのですか?」


 衛兵達はアイビス語でそう言ってからターミガン語で仲間達にも話してる。

 ファルク氏は……何も言おうとしなかった。

 仲間同士で相談し合った衛兵達も、一番の部外者で不審者の私の発言を待っている。

 どうしろと言うのか。私はもうイカの唐揚げの作り方も解らないというのに。


「襲撃者の名前はトリスタン。アイビス王国でも屈指の魔術師だったが、今は悪企みをして敗れ手配犯となり逃亡中だった。奴はアイビスで事件を起こした時も複数の人物と連携して行動していた。今回も単独犯では無いと思う。背後に居るのが誰なのかはまだ解らない」


 私、いやフレデリク君の得意技、知ってる限りの事を、さも重要な話であるかのように話す事。それは今回も衛兵の皆さんから溜息をいただく事が出来たようだ。


「恐れ入りますが……貴方の名前をお伺いしても?」


 それを聞きます? 聞きますよね。だけどこの状況でアイビス生まれのお針子ですとは言い出し辛い。


「フレデリク・ヨアキム・グランクヴィスト。ストーク王国の子爵家のしがない四男坊さ」


 私はクーフィーヤごとガラベーヤを剥ぎ取る。ガラベーヤの下は青いジュストコール、キャプテンマリーの服だ。私はさらに、隠していたアイマスクをつけ帽子も被る。


 衛兵さんの一人が、進み出て来た。


「あの、フレデリク殿……誠に恐れ入りますが」


 あ……来た?

 私も不審者だから取り調べます? そうだよね……いや待って、ファルクさん助けて! 何か言って! つーかさっきから、この場って貴方が仕切るべき場なんじゃないの!?


「陛下にお会いしてはいただけませんか……今回の惨事も出来れば、フレデリク殿の口からお伝えしていただけると……陛下は勘気の強い方なのです、ファルク殿下が行けばまた諍いになりますし、私共が行けばその者の首が飛ぶ可能性が……何卒御願い致します! 我らを助けてはいただけませんか!?」


 色々と酷い話になって来た。


 どんな理由があれ、王族は簡単に襲撃されてはいけないんじゃないだろうか。

 王家の権威が揺らぐし、民も動揺する。

 私は別に、ハマームの王家の権威を心配する立場じゃないけど……


 向かっているのだ、今ここに。


 船酔いも恐れずお母さんの為に旅立ちを決意し、誰かの役に立とうと水夫の真似事をする、健気で頑張り屋のカルメロ君が。

 臆病で怖がりなのに、青鬼ちゃんやジェラルドの為ならば怖い人にも自ら立ち向かう、小さな勇気を秘めたカメリアちゃんが。


 私は近くに落ちているトリスタンの服を眺める。肩の辺りに穴が開いている……私は銃で人を撃ったのか……だけど血痕は全くないし、当の中身は無数のコウモリに化けて逃げた。

 こんな事を絵本の中以外で目の当たりにした人間が、他に居るのだろうか?

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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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