イカの唐揚げを売るおじさん「勘弁してよ……隠し味は料理人の命だよ……」
とうとうハマームで隠密活動を始めてしまったマリー。
頼れるのか頼れないのかわかんねぇジェラルド。
どこの国でも商店街というのは賑わっているものだが、ハマームの商店街は本当に凄い。3kmくらいある大通りが延々商店と露店で埋め尽くされている。そして、人。人。人。
ブーツでズルしてやっと160cmくらいの私は何度も人波に飲まれ遭難し掛けたが、185cmのジェラルドが目印になって何とか迷子になるのは避けられた。
「こんなんで情報収集になるのか……」
「今はその準備段階だよ」
大通りだけじゃない、一本裏の小道に入ってもまだ市は続いている……だけどこっちの方がまだ落ち着いて買い物が出来るかな。
「ガラベーヤを買うのか?」
「この恰好じゃ目立ち過ぎるからな」
ガラベーヤは長袖のロングドレスのような、この辺りの民族衣装だ。過酷な日差しを遮る一方、通気性がとても良いらしい。
そして女性用のガラベーヤの何と美しい事か。大胆な色彩に華やかな模様、さらに華麗な刺繍を施した物やレース、スパンコールをあしらった物も……正直ジェラルドが邪魔だ、今マリーに戻れるなら思いっきりあれこれ合わせてみたい。
男性用は大概シンプルだ。白か、ベージュか、黒か……クーフィーヤと呼ばれる頭巾も合わせれば、我々が外国人である事を隠すのにも好都合だと思う。
「君は黒にしようか。暑いけど返り血を浴びても目立ちにくいだろうから」
「お前って意外と容赦ないよな」
私は……どうしても柄物への未練が捨て難かったのだが、それを着ると普通のマリーになってしまうので、どうにか紺地に金の刺繍の無難な物にまとめる。
クーフィーヤもそれに合わせた色にした。
「お前本当にそれでいいのか」
「おかしいか?」
「いや……別にいいけどよ」
街角では果物やジュースを売る店や屋台が目につく。今は美味い物は食うまいと心に決めていたのだが、カラマリと呼ばれるイカの揚げ物の誘惑には負けた。香りがたまらん。
ガラベーヤとクーフィーヤに身を包み、すっかりハマームの街に溶け込んだ私達は、フラヴィアさんの元夫という、ファルク・ヤナルダウ氏の住居を訪れた。住居とは言うがそれは思いきり大きな宮殿だった。
この町はターミガン朝の同盟下にあり、この町の王と言ってもそれはターミガン王に保証された立場で……よく解らないがとにかくこの宮殿の中には、ハマームという大都市で権力を世襲して来た一族が住んでいるわけだ。
もちろん宮殿の警備は厳重で、こんにちは、お邪魔しますと言って入れる物ではないだろう。ジェラルドが腕組みをして呟く。
「これ、殴り込みでもしないと入れないやつじゃねェか」
「殴り込みだと余計入れないんじゃないかな。さて……ん? あれはセレンギルじゃないか?」
「おいおい……よく見ろ、似てるけど違うぜ。だけどお前とマリーくらい似てるな」
そこに例えるか。
ともかく建物の陰から見つめる私達の前で、シンプルなガラベーヤを着た、セレンギルさんによく似たおじさんが宮殿の前に止まった馬車から降りて来た。そして宮殿の近衛兵達に軽く手を振って、中に入って行く。
「もしかしたら俺達目茶苦茶ツイてるんじゃねぇか? つまりセレンギルを連れて来たらあんな風に堂々と正門から入れるって事じゃねーか」
「無茶を言わないでくれジェラルド、僕も大抵無茶を言う方だけど」
「フレデリク、俺は今の奴が出て来たら尾行してみるわ。どこの誰だか解ったら役に立つかもしれねェ。お前は他の入り方を考えるというのはどうだ」
ジェラルドは馬鹿のふりをしている利口なんだろうか。それとも利口のふりをしている馬鹿なんだろうか。どうも、どちらでもないような気もする。多分、この男はまだ腹を割りきっていないのだ。
まあ……こっちもウソまみれだし、仕方の無い部分もあるんですけど。
でも人間、どんなに仲良くなったって、隠す所は隠すし嘘をつく時もあるよね。
そういうのは、そのままでいいんだ。きっと。
「解った。はぐれたら船で会おう。無茶はしないでくれよ」
「お前が言うなよフレデリク」
私はジェラルドから離れ、少し宮殿の周りを歩いてみる。しかし宮殿なんて物は中に大事な物をしまえるように作ってあるのだ、不審者が入り込む隙など無い。
発想の転換か。向こうから是非とも入って下さいと言われるようにすればいいんだ。実際、私達が持っている、フラヴィアさん親子がこちらに向かっているという情報は、関係者にとっては貴重な物なのではなかろうか。
だけどこの情報は明かすのが難しい。誰が敵で誰が味方かさっぱり解らないのだから。
関係者の言葉に嘘が無いのなら、カルメロ君とカメリアちゃんはファルク・ヤナルダウ氏の息子と娘という事になる。普通に考えてファルク氏は味方と思っていいのだろうか。
じゃあ敵は? よくある政争の話なら、王位継承権を持つ他の家族とか、そういうのなのかな。今は情報が無さ過ぎる……
次の瞬間。私は慌ててアイマスクを外した。
「ファルク氏に会いに来た……これが紹介状だ」
一人の男が、宮殿の側面の通用口の衛兵に、何かの書状を渡している。
衛兵はそれを開封もせず、傍らの箱の中に入れる。
長い白髪を束ね、灰色のローブを着た、ひどく痩せた熟年の男……あれはアイリの元師匠でブルマリン事件の黒幕、魔術師のトリスタンじゃないか!
何であの男がここに!?
でもそうなると私がこの街でアイリに見つかっても許される可能性が少しだけ……そんな事考えている場合じゃない! あんな人がここに居るという事、偶然な訳がない。きっとまた何か悪い事を考えているに決まってる。
どうしよう……もう行ってしまう……
自分のこういう所が、私は嫌だ。
「紹介状だ。会いに来た、ファルク氏に」
私はすたすたと通用口へ歩いて行って懐に入っていた、カラマリのレシピを書いておいた紙を折った物を、衛兵さんに渡していた。
御願い。止めて。私を通さないで。
「どうぞ」
衛兵さんは私が渡した紙を、さっきと同じように傍らの箱の中に入れた。
通すな! こんな不審者をイカの唐揚げのレシピと引き換えに通すな、ちゃんと中身見ろよ!
あーあ。片言のターミガン語を駆使して、嫌がる露店主にしつこく食い下がって、やっと聞きだしたレシピだったのに。あの香りは絶対何か知らない香辛料を使ってると思うんだ……




