猫「及ばずながら御助力仕る…何、礼には及ばぬ」
マリーを置いて出港して行くフォルコン号。
まーた自分をストーク王国の少年フレデリクだと言い出すマリー。
乗ってしまうジェラルド。
フォルコン号は本当に私を置いて次の目的地へ向かわせた。
どうという事は無い。フラヴィアさん達をハマームに送り届けたら、また戻って来て欲しいと言ったのだ。
「そんなの心配よ! 15歳の女の子を一人置いて行ける訳ないでしょ!」
「そうだよ、その役目船長じゃなくたっていいじゃん、僕でもロイ爺でも、」
アイリやアレクはそう言ったけれど。
「私は元々一人で生きてたんですよ。水夫の皆さんより陸で上手くやれるしアイリさんみたいに惚れっぽくてフワフワもしてません。お小遣いもたっぷり持って行くし何の問題もないよ」
むしろフォルコン号が心配である。ロイ爺ちゃんは船長の激務に耐えられるだろうか。カイヴァーンは寂しがって泣かないだろうか。青鬼ちゃん、不精ひげ……みんなちゃんとフラヴィアさん達を八月中にハマームまで送り届けられるだろうか。
◇◇◇
私はそんな事を思っていたのだけれど。ジェラルドの言う事が本当なら、フォルコン号が今月中にハマームに到着するのは良くない事なんだろうか。
「ファルク・ヤナルダウ……それがかつてお嬢さんの夫だった奴の名前だ。ハマームの首長の息子で跡取りだとよ。フェザント王国のジェンツィアーナ、ターミガン朝のハマーム、どちらも大きな商業都市で独立した都市国家だった事もある。近年は国同士の争いで断交していたが……出来ればお互い、商売は再開したいわけだ」
私はこういう話が苦手である。動物にでも例えてもらえないだろうか。そのまま聞いても全然頭に入って来ないのだ。
「ジェンツィアーナが政略結婚に用意したのは侯爵の三女の孫娘のフラヴィアお嬢さんだった。確かに侯爵の孫だが平民の家の娘だ。ハマーム側は怒った。人質としての価値の低い人間を送り込まれたと思ったのだろう。だがファルクの野郎は大変喜んだ。わかるな? あの別嬪さんだからな」
ターミガン朝は一夫多妻が認められているらしい。首長の息子ともなると奥さんも何人居るやら。
「美人を手に入れて喜んだのはファルクだけ、周りはプンプン、それで色々あって結局お嬢さんは難癖をつけられ離縁させられちまった。子供も母親と一緒に国に送り返された」
しかし子供達には王位継承権があり、それを必要としているグループが懸賞まで掛けて子供達を呼び出そうとしている……それはジェラルドの想像らしいが、他に金貨一万枚の懸賞がつく理由を思いつかないと。
「カルメロに王位を継がせたい連中が強くて誠実な奴らならいいけどな。あんまり期待出来ねえ気がする。味方が弱ければ敵に殺される。味方が不誠実なら財産を継いだ後に殺される。フェザント側の立場? さあ……マリー船長にこの話を持ち込んだのは誰だ? ビアヴァッシ伯爵? 陰険で冷徹な策士だ、あれは」
フラヴィアさんはどう思っているのだろう。聡明そうな人だし……カルメロ君が普通に跡取りになれると思っているのか? そういう期待をしている人には見えない。
「今月中、という但し書きも気になるぜ……あーあ、もっと早くに腹を割って話し合ってたらなあ。なんだろうな? 今月中。相続問題の期限か何かかな。何せ悪い予感しかしねえ」
私は頭の中で話を整理する。
とにかく私達はフォルコン号より先にハマームに行かないといけない。
行って何をするかは行ってから考える。
フラヴィアさん達の事情の話は、難しくてわかんなかった。
「ハマームまで内海を突っ切って航海したい! 客は二人、運賃は金貨200枚だ!」
私達は取引所に戻り、そう提示した。ただの運賃としては破格のはずだ。
敢えて期日は切っていない。なるべく多くの船主と話してその中から選びたいからだ。
「沿岸航路じゃダメなの?」ダメです。
「出港は来月だけどいいか?」ダメに決まってる……
「今は船がないが前金で貰えれば……」帰れ。
「うちのガレー船で行くか! ただし漕いでもらうぞ! ガハハ」帰れっての。
やはり内海を突っ切るのが嫌なんだろうな……まともな反応はなかなか得られなかったが。
「うちはバルシャ船だが……やってもいいぜ。本当に金貨200枚あるんだろうな?」
私は現物を見せる。
「船足には自信はあるのかい? 過去にハマームに直行した事は?」
「年に四回はやってるぜ。まあうちの船なら10日もあれば着くな……普段はオリーブオイルを運ぶが、あんた方が急いでて、金貨200枚払うってんなら空荷で出てやってもいい」
私はジェラルドの方を見る。ジェラルドは一瞬、眉間に皺を寄せた。
これは……言わなくても解るな?
「水夫は何人だい?」
「心配症だな。10人以上乗ってるぜ、ちゃんと夜も操船出来る」
男はセレンギルと名乗った。ターミガン人だがフェザントの言葉も出来るので、私とも直接話せる……お互い母国語ではないので、時々意味が解らなくなるが。
「うちの船は港に入れてないんだ。このへんにはいい入り江がいくらでもあるし、港湾使用料が勿体ないからな」
セレンギルは町を出て、山道を歩いて行く。私達はそれについて行くのだが、何故か町に居たぶち猫が一匹、ずっとついて来る。私が目の前でヒョイと塀に飛び乗ってみせた時のやつだ。
ジェラルドがセレンギルに尋ねる。
「何かついて来るぞ。お前の知り合いか?」
「さあ……知らねえなあ」
ジェラルドは肩をすくめ、今度は私に囁く。
「……いいのか? 本当に」
「まあ、船を見てから決めよう」
私は、フォルコン号の皆に想いを馳せる。
◇◇◇
「本当に、イリアンソスで大人しくしてるのね? 宿に泊まって美味しい物食べてのんびりするだけよ?」
「そりゃそうですよ、他に何するんですか」
「何でキャプテンマリーの恰好で行くの? また謎の美少年ごっこでもするつもりじゃないでしょうね?」
「男のふりしてる方が楽だからですよ、他の意図は無いです」
「ジェラルド君と行動を共にしたりしないでしょうね? 絶対に駄目よ? あの男には路銀だけやってフェザントに帰ってもらいなさいよ?」
「勿論ですってば、ああいう暑苦しい人苦手ですし」
「イリアンソスに居なさいよ? イリアンソスから動くんじゃないわよ? 指切り出来る? 嘘ついたら本気の針千本飲ませるわよ?」
「あのねアイリさん、どんだけ私が信用出来ないんですか」
◇◇◇
皆と言いながら、アイリの怖い顔しか思い出せなかった。
「あれがうちの船でさあ……ああちょっと、先に行って話をして来ます」
ああ、バルシャ船だ……大きさもリトルマリー号と同じくらいだ。
セレンギルはグースの言葉で船員達に声を掛けているようだ。この辺りになると断片的にしか解らないが、ジェラルドには解っているのかな。
「全部で12人だな。下で4人休んでると見たぜ。ちょうどいいなありゃ」
ほほう。さすが艦長。
さて。ジェラルド艦長は船乗りに多い片刃の曲刀ではなく、重量のありそうな両刃の直刀らしい鞘を提げている……腕の方はどうですかね。
「お客人! 来てくれ! 食糧なんかはもう積んであるから!」
船の名前はターミガン語、船の造りはフェザント風、船員はグース人やらターミガン人やら何やら。ごちゃ混ぜの船だな。
そのバルシャ船長はセレンギルではなかった。酒臭い大男だ。
「船長の……オズディルです……このような高貴な方に御乗船いただけるとは光栄ですな……航海の安全は私が保障しましょう」
さて。どうなりますか。
入り江を離れ出航したバルシャ船の船乗り達は、200mも行かないうちに本性を現した。彼らはジェラルドへの奇襲から事を始めようとしたが、ジェラルドはその動きを十分に読んでいた。私も既に静索を経由し、ヤードの上に飛び乗っている。
「命が惜しけりゃ有り金を……その……」
案の定海賊だったオズディル達は、呆気にとられながらもそう言った。私はアイリが護身用だと渋々持たせてくれた短銃を取り出す。
「良かった、海賊で」
「船を寄越しな」
そして良かった、ジェラルドは強かった……殺すのはやめてと言っておいた時は不満そうだったが、その通りにしていてくれている。
まさか剣も抜かず拳のみで戦うとは思わなかったが……刃物を抜いて襲い掛かって来る相手を、何の危なげもなく殴り倒し、海に投げ込んで行く。
私はと言えば、片手にカトラスを握りよろめきながら索具を登って来る奴らを一人一人料理していた。
向こうは私の左手の銃が怖い上、ロープやネットの上では剣を振るのに踏ん張りが効かない。しかし私は陸の上に立っているのと同じように動けるのだ。
赤ん坊のようによろめくおじさん達を素早く避け、後ろからサーベルの峰で叩いて索具から突き落とす。
「ひゃあああああああ!」
力なんか入れなくても、サーベルでお尻を突かれたら大抵の水夫は自分から飛び上がって落ちる。引き金を引く必要もないようだ。
「ぴょおおおおおおお!」
1分もかからなかった。甲板に残った海賊達は武器を捨て甲板にひれ伏し、海に落ちた海賊達は助けを求めている。どっちがどっちを襲撃したんですかね、これ。
どうしても納得が行かないらしいオズディルには退船していただく事にした。彼と一緒に行きたい人達が5人。彼らは泣く泣くボートで陸へ帰った。
残り6人は私達の傘下に入る事を承諾した。死人が出なかった事は誇りに思う。
意外だったのは、私達は二人では無かったという事だ。あのぶち猫はいつの間にか船に乗っていて乱闘の間中海賊達を威嚇していた。何なんだキミは。
「おみそれいたしやした」
セレンギルは土下座していた。まあ、させてあげようか。
「僕はストーク王国のフレデリク。こっちはジェラルド。この船は僕が非合法手段で接収した。君達の命と財産は保障する……僕に逆らわなければね。さっそくで悪いが、船名を書き換えてくれないか? アイビス語でハーミットクラブだ」
「やどかり、って意味か……名は体を表す、って奴だな、いいねぇ。しかしようフレデリク、俺ぁ自分が海賊になるとは思ってもみなかったぜ」
「船長室はどこだ……酷いな、ゴミ溜めだこいつは。セレンギル、掃除を頼む。さあ、出航だ、しかし水も食料もほとんど無いじゃないか、嘘つき共め」
「お前ら! 海賊でも物が買える港を知ってるな? 教えた方がいいぞ? 自分達が食う分だからな」
こうして私のハーミットクラブ号での航海は始まった。食料と水は存外近くの、小さな港で仕入れる事が出来た。
「こんなにいいんですかい、旦那」
「飯の量がオズディルの倍だ」
「エールまで貰えるんで」
「鞭も打たねえんで?」
どんな職場だったんですかね、この船は。掃除もろくにしてないし、全く。
夜になったので、私は船長室に入った。短い期間で三戸目の船長室……ん? なんか柔らかくて温かい物が……あのぶち猫、ここに居た。
ドヤ顔をしてる猫。自分は役に立ったろうと? これからも連れて行け? そう……宜しく。私はフレデリク。でも本当の名前はマリーです……握手。
さてと。
「んんんこわかったああ゛あ゛あ゛あ゛…………わだじどうなるがどおもっだああ゛」
私は寝台に突っ伏して泣いた。
アイリ「船長、ちゃんとイリアンソスで大人しくしてるかしら」
ロイ爺「ホホ。マリーもあれでしっかりした所があるからの。今頃美味い物でも食べてゆっくり休んどるじゃろ」
不精ひげ「ロイ爺が言うなら間違いないぞ」
アレク「よっ! ロイ船長!」
ロイ爺「うひょひょ」




