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マリー・パスファインダー船長の七変化  作者: 堂道形人
歴史ある海

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29/97

ジョエル「ジニアに? 帰れる訳ないだろ、提督に殺されるぞ俺」

フラヴィアさん達も何故ハマームに急いで行くのか教えてくれない。

ジェラルドも何故そんなフラヴィアさん達について行きたいのか言わない。

別に気にしなけりゃいいじゃない。船乗りが船荷の気持ちなんか考える事はない。

 翌日の朝には北大陸が見えた。だけどイリアンソスは島国なのでここからまた南東よりに進路を変え、大陸から離れなくてはならない。


「イリアンソスからが少し難しい、内海を突っ切れば800km程じゃがそこはなぎの名所なんじゃ、真夏は特にの。そうなると微風の逆風を相手に二週間で着くかどうか……沿岸航路を回ればあまり風の心配は無いが2000kmになる」


 ロイ爺が説明してくれる。私はそろばんを弾く……


「平均3.5ノットくらい出せれば、沿岸航路で間に合う!」

「フォルコン号に乗り換えて一ヶ月くらいじゃが、風があるのに3.5ノット出なかった日は無いじゃろ」

「でも突っ切るのも魅力なような。たった800kmじゃないですか」


 私が首を傾げていると、ロイ爺は腕組みをして(うつむ)く。


「大昔、そう考えて大艦隊に兵を乗せハマームに向かって出撃した将軍が居ったんじゃ。しかもガレー船なんじゃから凪なら漕げば良いとの」

「ですよね?」

「ところが櫂を漕ぐのは大変重労働じゃし、漕ぎ手がたくさん居れば水や食料もたくさん要る。当時の船で櫂だけで出せる速度はせいぜい2ノット、そして漕ぎ手達は大変な暑さの中、一日12時間櫂を漕がされ、一人、また一人と、倒れて行く……」


 腕組みを解いたロイ爺は、恨めしそうに手首を揺らす。


「将軍は水や食料を兵士に優先して与えていた。奴隷である漕ぎ手はさらに配給の水の量を減らされ、バタバタと倒れて行く。将軍が自分の愚かさに気がついた時には、全てが手遅れじゃった」

「ひえええ……」


 ひえええ……嵐より凪の方が怖いのね……


「ま、それは大昔の話じゃ、フォルコン号は当時の船とは違い、そよ風でも何とか動く。乗員も少ないしの……さあ、どうするね」


 私は迷わず答える。ここはロイ爺の勘が正しい。


「沿岸航路で行きましょう……急がば回れって言うし、余程のトラブルが無ければ間に合いますよ」



 フォルコン号は、太古から多くの船が行き交った海を行く。大きな海戦のあった場所もあり、今も海底に沈んでいる船も多いとか。

 風は三時方向に変わっていた。波も小さい。このくらいなら船酔い知らずの服でなくても耐えられる。

 そして夜が来て、朝が来る頃……陸地は南に見えて来た。これは南大陸ではなく島国の陸地ですね。島と言っても船から見る分には大陸と何ら変わりませんが。


 さて、イリアンソスに着きました……今回はどうなりますかね?



   ◇◇◇



 キャプテンマリーの服を着た私は艦長室を出て、舷門に向かう。


「行くのか、船長」

「アイリは大丈夫かのう……」

「お姉さんにも話してありますよ。大丈夫。カイヴァーン! ちゃんと朝起きたら髪の毛をとかすのよ!」

「俺の事なんかいいよ……なあ、本当に俺、ついてっちゃ駄目なのか?」


 不精ひげとロイ爺は舷門まで見送りに来た。カイヴァーンは少し離れた樽の影からこちらを覗き込んでいる。


「それじゃあ取引所に行って来ます。ジェラルド君! 君、語学はどうですか? パゴーニ島の言葉読み書き出来ます?」


 私はジェラルドに何気ないふりをして声を掛ける。私が仕事を与えないのでこの元海軍艦長は、カルメロ君、カメリアちゃんと遊ぶのを仕事にしていた。


「ここも本土のグース地域と変わらねぇ。通訳の用事があるのか? 俺はターミガン人とでもグース人とでも口喧嘩が出来るぞ。アイビス人には勝てそうも無ぇが」

「通訳をやってくれるなら、船賃から金貨30枚割引きますよ」



 イリアンソスの港町が見える。平地が殆ど無い。海岸からいきなり結構な傾斜の山になっていて、建物がぎっしりと建てられている……壁の色は全部白、屋根の色は全部青……すごいな。


 私はフォルコン号のボートに、舷側を乗り越えてヒラリと飛び乗る。


「すげえなお前……俺が最初に見たやつは何だったんだ」


 ジェラルドは普通に梯子を降りる。ロイ爺とアレクも一緒に来てボートに乗る。最後に乗った不精ひげのオールさばきで、ボートはイリアンソスの桟橋に向かう。



 やがてたどり着いた桟橋にボートから飛び移った私は、さっさと歩いて行く。


「おい待ってくれよ」


 ジェラルドは普通にボートから桟橋に移る。

 私は足を止めて振り返る。ロイ爺とアレクがボートを桟橋に繋いでる。彼らは新鮮な野菜や肉、それに保存食を買うのだろう……大急ぎで。

 そんな二人とボートの向こうに見える、フォルコン号……ウラドはジェラルドが乗って来て少しホッとしてたな。それまでずっとカメリアちゃんの相手をさせられていたし。

 楽しい我が家、フォルコン号。暫しのお別れだ。



 ロイ爺の言う通り。島は猫だらけだった。見上げれば猫。角を曲がれば猫。階段を登れば猫。みんな人間から餌を貰ってるらしく健康そうだ。

 そしてここの人々は何故こんな傾斜のきつい所に町を作ったのか。

 取引所と港の間にも階段が。これでは商品を持ち込むのも大変なのでは?


 そうしたら、取引所に商品など無かった。そこは展望レストランかと思うような見晴らしのいい場所で、商人達は食事をしたり茶を飲んだりしていて……一応壁には様々な商品や取引の情報が掲示されているようだが……あまり仕事をしているようには見えない。


「先に腹ごしらえでもしようか」


 私がそう言ってみると、ジェラルドは真顔で手の平を開いてみせて来る。


「素敵なアイデアだが、紳士としての名誉に賭けて言うぞ? 俺は今銅貨三枚しか持ってねぇ」

「食事くらい奢るよ……君は本当に艦長だったのか?」

「本当だ。なあ、俺もお前に聞きたい事があるんだが。お前本当に俺が最初に見たあのゲロゲロ言ってた奴と別人じゃねえのか?」


 私はテーブルの上のメニューを取り上げて眺めていた。

 さて、冗談でも言ってみようか。


「当たり前だろう。彼女はマリー、僕はフレデリク。似ていると良く言われるよ。この魚介のパスタが良さそうだな、君もこれでいいだろう? 注文を!」


 私はウエイターを呼んでから、人を指差して口をパクパクさせているジェラルドに言い足す。


「何だい? イカやエビがだめなのか?」

「好物だ、好物だけどサラッと流すな! 別人ってどういう事よ、お前ら」

「君だって父君そっくりだよ、年を重ねれば君もああなるんだろうな」

「いや、だからな……おい、白ワインが来たぞ、サービスって事ぁ無さそうだが」

「席代かもね、いい具合に冷えているようだ」


 ジェラルドはそれを一口で飲んでしまった。私はちびちびやらせてもらいます。というかこの男、私が言ってる事を信じているのだろうか?


「待て……そもそもお前、男?」

「勿論だ、何に見えた?」

「いや、だって……まあ……双子か何かなのか? お前ら」


 乗ってくれるというのか。君は謎の貴公子ごっこに乗ってくれるというのか……あ、アイマスクもしとけば良かったな。


「赤の他人さ。凄いだろう? 彼女の船は色々と都合が良かったんだ。追っ手に見つかっても彼女に匿って貰えるからな。その代わり僕が彼女の影として身代りになる事もある。そんな関係さ」


 やっぱり今からでもしよう。私は帽子を取り、アイマスクをつけ、帽子を被る。フレデリクになりきるなら、こうでないとね。


「追っ手だと? 誰に追われてるんだ、そもそもお前何故、」

「僕の秘密ばかり聞くのはずるいんじゃないか。マリーはフラヴィアさん達の行き先を心配していた。本当に彼女を運んでいいのかどうかもね」


 その話に到るとジェラルドは横を向いて黙ってしまった。駄目か。


「隠し事の好きな人間だと思われるのは癪なんだけどな。俺は本当は隠し事が嫌いだ。そうだな、ニンニクより嫌いだ……待て、俺は別にニンニク嫌いじゃねえ」

「じゃあ、アキュラ号が嫌いだったのかい?」

「そんな訳無えだろう。最高の仲間達だよ。パパからの大事な預かり物だしな。あの船、わざわざレイヴンの造船所で造らせたんだぜ……特別な船なんだ、例えばサイクロプスのような、厄介ですばしっこい奴を捕まえる為のな」

「サイクロプスね……あいつらとフラヴィアさん達は関係あると思うかい?」

「そんな訳ねぇだろう! イノセンツィはただのイカレた海賊で、お嬢さんはヤナルダウの……」


 そこでジェラルドは喋り過ぎたと思ったのか、一旦口を閉じた。意外とチョロそうだな、この人。


「お前人悪くね? 俺はこれでもフェザント海軍艦長だぞ……元だけど」

「なあ、君は何がしたいんだい? フラヴィアさんを助けたいのか? それでアキュラ号を手放して何をしてるんだ? 切り札を捨てておいて、何もしないのか?」


 自分が艦長をやっていた新鋭の高速船を捨て、受け入れて貰えるかどうか解らない見知らぬ船に単身乗り込み、その後は何もしない。

 ただフラヴィアさんの近くに居られればいいという風に。何なんだ。


「マリー船長も困っているぞ。彼女はフラヴィアさん達の助けになる事をしてあげたいんだけど、フラヴィアさんも君も、彼女や僕に何も教えてくれない」

「……お嬢さんは何であの船に乗ってるんだ? どこへ行くんだ?」

「自分の秘密は守りたいけど他人の秘密は欲しいんだな? 僕もそうだから良く解る。船の行き先はハマームだ。理由は僕も知らないよ。マリー船長も知らない。君も知らないんだろう? そして皆知りたいと思っている」


 ジェラルドは突然頭を抱えて床を睨む。そしてそのまま沈思黙考……

 私はワインをちびちび飲みながら待つ。やがて。


「お前の言う事は解った」

「僕には解らないぞ」

「解ったさ。人を信用しねえ奴は人にも信用されねえ。俺はお前を疑ってるけど、お前は俺を信じろって言われても困るよな……俺だって困る」


 ごめん、何を言っているか良く解らない。


「パスタが来ないな」

「俺は自分がフェザント軍人で海軍艦長だから、自分は信じて貰えて当たり前だと思っていたんだ」

「厨房を見て来ようか」

「お嬢さんは一度ターミガン人と結婚してるんだ、政略結婚で……だけど結局政治問題で離婚させられてジェンツィアーナに帰ってたんだ。子供も連れてよ。それが今度はハマームに行くという、子供も連れてよ……後は言わなくても解るな?」

「ああ! 気づかなくてすまなかった。給仕! 彼にワインのおかわりを」

「ありがとう、いや違う、お嬢さんの話だ!」


 私はもう一口、ワインを口にする。


「それで? 君は彼女が好きなんだな?」

「まあ、よくある話よ。六歳年上の近所の姉ちゃんを、いつかお嫁さんにするんだと心に誓って育ったのさ、ジェラルド少年は」


 うん。後は言わなくても解る。やれやれ……たったこれだけの事を聞きだす為に、私はこの冒険に出たのか。

 魚介のパスタも来たようだ。イカもたくさん載っている。私はこのイカが好きなのだが、前に私がイカの足を食べているのを見て、不精ひげが青ざめていた事があった。

 あれも秘密の多い奴だけど、あいつレイヴン生まれなんじゃないかなぁ。レイヴン人はイカやタコが食べられないと聞いた事がある。見た目が気持ち悪いのそうだ。

 お気の毒ですこと。こんなに美味しいのに。



「取り引きに来たんじゃなかったのか?」

「うん」


 結局の所、ただの食事を終えた私達は港に戻る。

 さて、どうなりますかね……


 ジェラルドは……海を指差して、口をパクパクさせていた。


「何で……フォルコン号が出航してるんだあ!?」


 フォルコン号はボートの回収も済ませ、帆を張ってイリアンソスを離れて行く所だった。


「君達が何も教えてくれないからだよ。はっきり言うけど、君はフラれた。フラヴィアさんは君の同行を嫌がり、マリー船長に君を船から降ろすよう依頼して来た。そしてマリー船長は僕にこの役を任せたという訳だ……おかげで僕も新しい船を探さなくてはならなくなったぞ」


 私は塀の上にヒョイと飛び乗る。近くに居たぶち猫がびっくりしている。人間のくせにやるじゃんって? ふふん。


「てめェ……何て事してくれやがんだ! いや、仕方ねェのか、俺が何も言わねェから、いや待て! でも騙し討ちは! いや勝手にフォルコン号に乗った俺に言えた義理じゃねェ、だけど!」


 怒ったり反省したり忙しい奴だなあ。私は塀の上で腕組みをし、ジェラルドを見下ろして続ける。


「フラヴィアさんも、君には幸せになって欲しいのさ。自分の為に軍籍を捨てて欲しくないんだろう。それ以上の事は、君が何も教えてくれないから解らない」


 それを聞いたジェラルドは腕組みをして道端に座り込んでしまった。

 そして何事か考え込んでいる……うーん……あと三十秒動かなかったら、もう一人で行こうか。


「フレデリクだったな……お前の言う通りだ、腹を割らねえ俺が間違っていた。力を貸してくれねえか。今俺がすべき事は一つしか無えが、それは一人じゃ出来ねえ」


 とりあえず銅貨三枚じゃ何も出来ませんな。その腰の剣でも売って、フェザント行きの旅費でも作るしか……


「ハマームに行きたい。出来ればフォルコン号より早く。頼む。お嬢さんもカルメロもカメリアも、ハマームについたら殺されるかもしれねえんだ……頼む!」

「やめろジェラルド! 違う、土下座なんかやめろと言ってるんだ。そもそも僕が何故ここまでしていると思う? 君を置き去りにしたいだけなら飯だって奢るものか。話を聞く必要もない。僕はね、君を手伝う気があるからここまでしてるんじゃないか。後は言わなくても解るな?」

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この作品は完結作品となっておりますが、シリーズ作品は現在も連載が続いております。
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マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
ジェラルドさんの中でマリー・フレデリクの関係が 「同一人物」→「双子?」→「他人の空似」へと変わっていく流れが綺麗です。 マリーさんは後出しの情報で辻褄合わせをするのが本当に得意ですね。そんなわけが…
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