ジェラルド「参ったなあ」――船に帰れないでゴザル
マリー「そういうのちゃんとしまってあるって言わないよ!」
不精ひげ「海より深く反省」
キャプテンマリーも姫ドレスも乾燥中、バニーガールはさすがにまずい。
つまり船酔い知らずが全部使えない……私は旅立ちの普段着で、コルベット艦からの訪問者を待っていた。
夜明け前、雨が止み霧が晴れ月が顔を覗かせるまで、我々は気づかなかったのだ。サイクロプス号、フォルコン号、そしてフェザントのコルベット艦は東に向かって併走していた。
フォルコン号の向こうにサイクロプス号を見つけたコルベット艦は果敢に戦闘を挑もうとしたが、間にフォルコン号が居て撃てない。サイクロプスの方はコルベット艦を相手にせず南東へ進路を変えた。
サイクロプスが逃げた。そういう形になったのかな? だけどフリゲート艦はコルベット艦よりずっと大きいし武装も乗組員数も勝っている。
フォルコン号は帆を畳んでいた。コルベット艦は迷ったか迷わなかったか知らないが、こっちの臨検を優先したのだろうか。フォルコン号の進路を塞ぐ形で停船した。
旅立ちの普段着を着て甲板に立っているので、私は気分が宜しくない。
「何してくれるんだお前等!!」
フェザント海軍の制服を着た若い男は、船に飛び乗って来るなりそう叫んだ。
「お前等が居なければ俺達はサイクロプスに挑んで! ま、7割くらいの確率でボコボコにされてたな……だが1割の確率で勝っていたかもしれねえ! 残る2割は相打ちか引き分けだ」
それは二十代半ばくらいだろうか。肩につきそうな黒髪をまとめてもいない、覇気はあるがあまり知性を感じない男だった。背格好はトライダーくらいだな……この顔、最近見た誰かに似てるような?
「おう。フェザント海軍アキュラ号艦長のヴェラルディだ、よろしくな」
突然男は居住いを正して片手を差し出して来た。あ、握手ですか、はい……
「パスファインダー商会フォルコン号、船長のマリー・パスファインダーです……」
「なんか元気無いなお前」
男の手はごつごつして固かった。人懐っこいような、警戒心の強いような、不思議な手だな。
私は男の手を放し、丁寧に申し上げる。
「とにかく、私共はただの商船です、あのフリゲート艦とは関係がありません」
「フリゲート艦とスループ艦が並んで航海してて、どちらも自分は商船だと言ってるけどどちらも商売に使うような船じゃねえ。そしてフリゲートの方には大海賊が乗ってる事が解ってる。後は言わなくても解るな?」
わかりません……
「わかりません」
「俺もわからねえ」
わかりません……
「あっ、ヴェラルディ艦長って、もしかして……」
「お前等、ジニアから出航してきたけど」
ヴェラルディ艦長が私を睨みつける……怖い。知性は感じないが、良く言えばワイルド、悪く言えば野蛮で強そうだ。
「もしかしてパパに会ったのか? 俺のパパだ。俺は似ていると良く言われる」
膝が砕けそうになった。ああ、あの提督さんもヴェラルディさんって言ってたっけ。確かに似てるよ、そうか、親子なのか……海軍一家なんですね、よくある話らしいけど。
「ヴェラルディ提督にならお会いしました。私共はサイクロプス号をその前にも見ていたので、市民の義務として当地の海軍に通報したのです」
「なァーんだぁ、そういう話かよ」
ヴェラルディ艦長は天を仰いだ。
「俺ぁサイクロプスを追ってたんだが、ジニアから見慣れねえ、怪しい船が出て来たからよ、こいつは何か関係があるかと思って追い掛けて来たんだ。水兵共はカンカンだぜ、本当はジニアで休暇のはずだったからな」
良かった。これでとりあえず疑いは解けただろう。私達はあのニコニコめがね爆弾おじさんとは関係ない。たまたま一度命を助けてしまい、たまたま二度海上で出くわしてしまっただけです……
「そんな訳でサイクロプスを追い掛けるのを手伝ってもらおうか。まだ間に合うだろ、向こうは風上に向かってるけどこの船なら追いつくよな?」
「ちょっ……待って下さい! うちは商船です! 海賊は人類の……」
敵だと思いますけど……事情があってここは大声で言えない。
「私共も出来る事なら致しますが、フリゲート艦の追跡なんて出来ませんよ! 見つけてどうするんですか、向こうがその気になれば2分で棺桶ですよこんな船」
自分の中にこんな言い回しが眠っているとは知らなかった。
「だってお前等やっぱりまだ怪しいんだもん……お前等について来たらサイクロプスに会えたしな。協力してもらえねえなら、海賊の仲間として連れて帰らなきゃ……」
なんて面倒な人だろう。職務熱心だとは思うけど……実際ウチちょっと怪しいけど……海賊の仲間ではないけど仲間に元海賊は居るけど……
「お待ち下さいジェラルドさん、何かの誤解ですわ、この船は私達を乗せて旅をしているだけなのです」
えっ、フラヴィアさん? 客室で待機されているはずのフラヴィアさんが甲板に現れた。お知り合いですか?
「オルランドのお嬢さん!? 何でこんなヤクザっぽい船に?」
「ジェラルドちゃん! このふねいいふねだもん! あおおにちゃんやさしいもん!」
カメリアちゃんまで。貴方達知り合いなんですか? それで貴方の名前はジェラルド・ヴェラルディ艦長ですか。
「待ってくれカメリアちゃん、誤解だ、俺ほら! この船長さんと友達だから!」
勝手に私の手を取り握手するジェラルドちゃん。人の船をヤクザ呼ばわりしておいて何ですか。
「事情が変わっちまった。マリー船長だっけ? この船はどこへ向かってるんだ」
「……イリアンソスですよ」
ん? 私がそう言った瞬間フラヴィアさんが、それ言っちゃだめ! みたいな顔をして……掌に顔を伏せた。何でしょう?
「イリアンソスかあ……あそこフェザントの船お断りなんだよなあ。色々あった場所だからターミガンもピリピリしてんのよ。アイビスの船は大丈夫だけどな」
ジェラルドちゃんは後ろを向き、同行していたフェザントの士官さんに向き直った。
「そういう事だ、ジョエル。解るな?」
「……解りません、艦長」
「俺もわからねえ」
私もわからねえ。
あと、私には一つ用事が出来つつあった。今日はちょっと、波が高い、雨の後だからか……
「ちょっと失礼……」
「トイレか?」
デリカシーの欠片もないジェラルドちゃんを無視し、私は艦尾に走り柵の向こうに顔を出す。
「うっ……☆△×●○! □▲おえええ○◎××★△●×~」
そして艦尾から戻った私が見たのは、在り得ない光景だった。
フェザント海軍のボートが帰って行く。ジェラルド・ヴェラルディ艦長を残して。
「すまねえ。暫く乗せて貰う事になった。元フェザント海軍アキュラ号艦長のジェラルド・ヴェラルディだ。ジェラルドでいいぞ」
うちの船に乗るなら……
「船賃を払っていただけますか! 金貨100枚ですよ!」
「たけェよ……それに俺、持ち合わせが全然、あの、甲板掃除とかするからさ」
「間に合ってます!」
私はとっくにピカピカになっている甲板を磨き続けるカイヴァーンを指差す。
「お前、子供に酷い仕事させてやんなよ」
「あの子はあれが趣味なんですッ! とにかく帰って下さいあんたの船に、何で元艦長なんですかいい加減にしなさい、無責任でしょそんなの!?」
私はこの訳の分からない男を追い払おうとその背中を押す。すると誰かが、私の服の袖を掴んだ。
「うさぎのお姉ちゃん……ジェラルドちゃんも乗せてあげて」
カメリアちゃんが、泣きそうな顔で私を見上げていた。
これじゃ私が怖い人みたいじゃないか……




