フラヴィア「あの女の子が船長さんなのですか!? い、いえ、心配とかそういう訳では……」
この船にしか運べない、この船の速さを生かした荷物……
それは旅路を急ぐ訳ありの親子だった。
「もう少し話を聞いてから引き受けようよ……今回は保証人もしっかりしてるみたいだったからいいけどさ」
アレクに叱られた。すみません、あまり深く考えてませんでした。
大変な高額契約なので水運組合で契約書も作った。少しお金を取られたけど、保険会社にまで入ってもらった。契約を履行したのにビアヴァッシ伯爵が払えなかった場合は、保険会社が払うという事だ。
ビアヴァッシ伯爵ご本人にも会う事が出来た。私は勿論、事情を尋ねた。
「一体どのような訳で、そんなに急がれるのですか?」
「……」
「それは申し上げられないのです。申し訳ない」
フェザント人の男は若い女性の前では饒舌だと聞いていたのに。私の問いに答えてくれたのは執事さんだけど、厳めしい中年の伯爵様は「ああ」と「うむ」しか喋らなかった。
船に戻ると、不精ひげとウラドが客室を完成させていた。空いている方の船員室に、ちょうど売り物として仕入れていた家具や雑貨を置いた急ごしらえのものだ。
「わざわざ申し訳ありません……旅には不慣れですので、色々とご迷惑をお掛けする事もございますが、どうか宜しくお願い申し上げます」
母親はフラヴィア・オルランドさん……多分アイリと同じくらいの年だと思うけど、あのフワフワお姉さんと比べるとずーっと大人に見える。子供は男の子がカルメロ君、女の子がカメリアちゃん。どちらもお母さん似かな。
見た目は賞金の金貨10,000枚がポンと出る程のお金持ち風ではないが、明らかに三人とも育ちが良さそうな感じが伝わって来る。
ロイ爺とアレクは艦長室で海図の検討をしていた。地図上の最短距離で行くのが正解とは限らないのだろう。
出来れば海流に乗って進むのが理想だし、なるべく風がたくさん吹く所を通りたいと。この船の場合、順風の微風よりは多少逆風でも強風の方がいいのだ。
「わしら船乗りだけなら無寄港でもええが、お客さんが三週間無寄港は辛かろう。二回は寄港するコースを考えたんじゃ」
そのあたりはロイ爺を100%信じています。たまに予想は外すけど……
「よーし! 三週間以内にハマームへ! 腕が鳴りますよ!」
私は艦尾楼の上で、出航の合図を出そうとした……が。
「船長」
不精ひげに止められた。
不精ひげが指差した先では……親子三人が……ジェンツィアーナの街並みを、じっと見つめていた。
行きたくないんだろうな。行きたくないに決まっている。
三人とも見た目は私達やフェザントの人達と同じ北大陸の人間だ。ハマームの人間には見えない。勿論、旅慣れているようにも。
そもそも何故金貨10,000枚などと、巨額の賞金をぶら下げてまで先を急ぐのか……そんなの、あまりいい理由では無いに決まっている。多分この三人にとっては。
どうしても行かなくてはいけない旅なら、もっと安全に、ゆっくり行きたいだろうに。船酔いも心配だろう。ちゃんとした客船を乗り継いだって金貨100枚もかからないと思うし。
「出港して宜しいでしょうか?」
私はフラヴィアさんに尋ねる。三人とは言うけれど、二人の子供はまだまだ母親にただついて行くしかない年頃だ。
女の子の方から見たら、私ですら「知らない大きな人」なのだろう。私が近づいて来るのを見て、お母さんの影に隠れてしまった。
「宜しくお願い致します」
「では不……」まあいいや。「不精ひげ! 抜錨!」
「結局不精ひげかよ……アイ、キャプテン! 抜錨~」
不精ひげはキャプテンまでは威勢良く、抜錨を気の抜けた声で言った。
「フラヴィアさん、航海中はこれを子供達に着せてあげて下さい、危険を防止する物ですので」
アイリは子供サイズの浮きベストを二つ、フラヴィアさんに渡した。フラヴィアさんはさっそくそれを女の子……カメリアちゃんに着せる。アイリは横で着せ方の指導をしつつ……密かに私に親指を上に立ててみせる。
そういうのなら作れるって事!? じゃあ私にもそれ作ってよ! それならどの服の上にも着れるし見た目も……いいや……この件に関してのアイリはかなり面倒臭い……
カルメロ君の方はさすがお兄さん。アイリがちょっと手伝ったけど自分でベストを着れた。そのカルメロ君にアイリが何か囁いている。数分後。
「お母さん! きもちわるいのなおった!」
カルメロ君は元気になった。本当に良かったですねぇ、お母さんが見つけたのがこの船で。
きもちわるいのなおったカルメロ君はいいのだが、商会長服の私は気持ち悪くなって来たので、艦長室で着替えをしていると。
「ちょっといい? 船長……って真夏にそれ?」
私はキャプテンマリーの制服に着替えていた。
「じゃあキャプテンマリーの夏服作って下さいよ……」
「そんな事より船長! 臨時の水兵見習いを紹介するわね」
そんな事よりですか……
「あの……カルメロです……よ、よろしくおねがいします!」
おっ、後半は元気に言えたねっ。
アイリが囁いていたのはこういう事か。そうね、男の子はそのくらいの気持ちで過ごす方が楽しいかも。船の上、ヒマでしょうし。
「私が船長のマリーです。よろしくね」
私は艦長室の執務机に広げてある海図の写しをカルメロ君に見せてあげる。
「地図の見方は解るかな……私達は今ここ。ジェンツィアーナね。それからフェザントの国のほとんどの……長靴型の半島の先を周って、内海の東南の端近く……ここがハマーム。ここまで行かないといけないの!」
そうは言われても、7歳の子供にはそれがどのくらい掛かるのか解らないだろう……三週間と言われても三週間の時間の長さもピンと来ないかもしれない。
「そこまで行けば……」
カルメロ君は顔を上げて真っ直ぐに私を見た。ふむ。私の顔には慣れましたか?
「お母さんは泣かないで暮らせるようになるの?」
不意討ちはやめていただきたい。ある意味カイヴァーンに似てるな……男の子だしな……それはともかく、何か言わないと……
「私はまだ、君のお母さんがどうして困っているのかを知りません。だけど君がしっかり、お母さんを守ってあげる気持ちを持ち続けていれば、きっとお母さんは泣かないで暮らせるようになると思います」




