ロイ爺「パスタっぽいものばかり仕入れて来たのう」不精ひげ「何食って来たか解るな」
「すげえ。俺の親父のダーリウシュが30年真面目に海賊やって300隻以上の船を襲ってやっと賞金5,000枚」
カイヴァーンが説得力のある話をしてくれた。
「何をしたら賞金25,000枚になるかのう」
「食い逃げ250,000件とか……」
「そんな大物なら、サインくらい貰えば良かった」
ジェンツィアーナでの仕入れはこの日には終わらなかった。あれこれ買ってはみたが、船倉はまだ半分くらい空いている。
フォルコン号は貨物桟橋の方へ移動して投錨し、今日はここで停泊になる……私は真面目の商会長服に着替えていたが、湾内なので波もほとんどないし大丈夫だ。
「まあいいや、商売の話しましょ。とりあえずフェザントでは雑貨を中心に掻き集めようと思うんだけど」
「雑貨は目利きがなあ……太っちょはともかく船長は大丈夫か」
「繊維や織物は僕より利くんじゃない?」
私は乗組員全員を会食室に集めていた。話を仕切る船長が一番の素人というのはどうかと思うが、不精ひげもアレクも、ちゃんと意見は言ってくれる。
「フェザントの工芸品なら、どこへ持ち込んでも良い値段で売れるじゃろ」
「骨董だけはやめておいた方がいい、素人は怪我をする」
「私、ウラドにはもう少し早くに会いたかったわねえ……」
フォルコン号の会食室は広く、七人で座ってもゆとりがある。全員集まれるというのは楽しい……航海を始めた頃、リトルマリーの会食室に皆を無理やり集めた事を思い出す。
「それで南東に進んで……南大陸の大きな都市で雑貨を売って、帰りは香辛料や原料を積んでフェザントかもっと東の国へ、最終的には内海の北東の果てのパレアン=カレに行きます!」
「そこ、諦めてないのね」
「でもね船長、ここから東ではどこまで自由に商売出来るか解らないよ……パレアン=カレはもちろん、東には東の商人が居て、縄張りがあるから」
「多分、うちが持ち込む品物次第だよね? オレンジもそうだけど、他所が持って来ない品物を持って行けば、向こうも買ってくれるんじゃない? それで取引が出来れば、向こうからも売って貰えるんじゃない?」
「そうだけど……オレンジみたいなの、あるかなあ」
パレアン=カレへ行ってみたいという私の興味本位の指針にはなかなかみんな頷いてはくれなかったが、表立って反対するという者も居なかった。
「うちの船の速さを生かした、うちじゃないと運べない物! そういう物が見つかるわよきっと!」
◇◇◇
翌日。アレクと私はもう一度取引所へ行く。今日はロイ爺には昨日頼んだ品物の受け取りなどの為、船に残って貰った。
そうしたら、意外にもカイヴァーンがついて来ると言う。
「フェザントのパスタ! 世界一美味いって」
「いいよ期待して、もちっとしてるんだ、もちっと」
「もちっと……わかる……この街のパスタは、オリーブ香るバジルたっぷりの」
「そこにチーズを削って掛けるんだ、同じソースを掛けたチキンを添えて」
「たまらない……腹減ったよアレクの兄貴ィ」
「たまらないよね……さあ、もうすぐ食べれるぞ」
仲良くそんな話をしているかと思えば、そのまま二人でパスタを茹でている露店に入って行ってしまった。
「この町のバジルパスタ!」「僕も!」「あっ俺大盛り!」「僕は特盛!」「やっぱ俺も特盛!」
「君達……仕入れはどうしたんですか……」
結局私も席につく。真夏の太陽の下で食べる茹でたてパスタ……さすがの私も真面目の商会長服の上着を脱いだ。椅子に背もたれは無いので膝にでも置くしかない。
「こればっかりは食べるしかないよ船長。全然違うでしょ?」
まあ……違うけど……もっちり、としかいいようのない粘り腰、それなのにつるんとした舌触り、どうすればこうなるの。噛んだ時の味わいがまた違う。これが同じ小麦で出来た食べ物だろうか。
ソースは……思った程の驚きは無い……ああ、バジルのペーストがオリーブ油に漬かっているなあという感じ……それはアレクもカイヴァーンも同感のようで、たいした事ないじゃん、普通……くらいに思っていたら。
隣の客に全然別物のバジルパスタが出て来たぞ!? 刻みバジルに鶏のささみも添えて、プラムのジャムみたいなのも載ってるけど……アレクが聞いてくれた……別売りのトッピングですって!? 先に言ってよ!
追加料金を払ってトッピングを載せてもらうと、化けた! 化けたよ! 新鮮なバジルを添える事でオリーブオイルの香りが更に引き立ち、パスタ全体に爽やかさと甘さが絡み付いて何という夢心地。
さっぱりした鶏のささみと謎のジャム。やっぱりプラムかしら。バジルと別の爽やかさ、オリーブオイルと別の甘さ、引っ張り合う四つの個性によって広がって行く皿の上の宇宙を漂う力強いパスタの銀河……ちょっと大げさか。とにかく美味い麺だ。腹減ってたら無限に食えそうな麺だ。
私もせめて大盛りにするべきだった。でも朝ごはんもちゃんと食べたんだよ? 私もアレクもカイヴァーンも……
しまった、超満腹だ……仕入れの事が考えられない……
「俺、一緒に飯食ってて良かったの……? よく考えたら……だめかなって」
またかぼさぼさ……突然萎れるのやめて欲しい……
でも解った。私解って来た。君は幸せを感じると怖くなって萎れるんだ。
私はアレクをちらりと見る。アレクは「ね?」という顔をした。ああ、アレクは気付いていたのか。
カイヴァーン、さっきアレクを一度兄貴って言ってたな。じゃあアレクが兄貴で私が姉ちゃんだ。ふふっ。
結局、内陸産のチーズや小麦粉、沿岸産のオリーブオイル、そして町の特産品、バジルのオリーブオイル漬けなど……どこでもそれなりに売れそうな差し障りのない物を仕入れ、運搬の手配をして、私達は船に帰る。
「うちの船足を生かした、うちにしか運べない物じゃないよね……」
「仕方ないよ、いつも美味しい商売が出来るわけじゃないから」
そんな事を言いながらフォルコン号に戻ると、昨日の港湾役人さんがまた甲板に来ている。
「今日は普通ですな」
「何ですか普通って」
「いや、お待ちしていたのですマリー船長」
役人さんと一緒に……親子連れだろうか? 綺麗なご婦人と7歳くらいの男の子、それに4歳くらいの女の子。
「こちらの御婦人が、大変お急ぎで海を渡りたいとおっしゃるのですが……」
役人さんはそう言いながら、親子連れから離れ艦首方向に歩いて行く。ああ。何か聞かれたくない話があるんですかね。私はそれについて行く。
十分に親子連れと離れると、役人さんは声を落として言った。
「相当な訳ありですよ、あれは。私もビアヴァッシ伯爵の口利きでなければ関わり合いになりたくなかった。あの親子連れを八月中にハマームまで安全にお届け出来れば、金貨10,000枚の報酬を支払うと」
うちの船足を生かした、うちにしか運べない物。それがまさかこんな形で転がり込んで来ようとは。
「ですが無理でしょう? 今、ジェンツィアーナには二百隻を超える船がありますが、恐らくこの中で一番速そうで暇そうなのは貴艦と思います」
「暇そうは余計ですが速いですよ」
「それで一応ここにご案内しましたが、正直、私自身はこれで伯爵への義理は果たしたと考えております。八月はあと三週間ありますが、それで4,000km彼方のハマーム港は無理でしょう。おまけにね、見て下さいあの男の子。こんな港の中で、もう船酔いしてるんですよ。船旅などとてもとても」
見ると。ああ……7歳くらいの男の子は、舷側の手摺りにもたれて気持ち悪そうにしている。何だか一気に親近感が湧いてしまった。
私はアイリをちらりと見る。アイリは親指を上に立てた。
「ちなみに、通常の船賃として別途金貨100枚は前金でいただけるそうですが。私からお断りしておきましょうか?」
「お断りする理由がありません。我がフォルコン号に巡り合ったのは幸運でしたね。お任せ下さい、船酔いも含めて」




