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アイリ「500倍凄い人に偉そうな事言っちゃった」

「それで……貴方は何者なんですか」


 不精ひげとぼさぼさに何とか引き上げられ、甲板に水揚げされた麻袋の男は、相変わらずの満面の笑顔で答えた。


「助けていただいて本当にありがとうございます! だけど大丈夫なんですか、ドナテッラ号から来たお客さんは、怒ってるんじゃないですか!」


「こう見えてもこの船は私の船で、私は船長です。そして貴方は私の捕虜なのでそんな事は気にしないで下さい。それで名前は?」


「ありがとうございます! おかげさまで命が助かりました、ありがとうございます、貴方の航海に神の恵みがありますように!」


 つまり、喋る気無しという事……また面倒臭い物を拾ってしまった。


「牢に入れといて……ジェンツィアーナに着いたら司直に引渡しましょう」



 ドナテッラ号と我々は、お互い気まずくなったというか、挨拶もせずそのまま別れた。

 乗客達も皆、麻袋についてはそれ以上何も言わなかった。


 この事件は勿論、あまり気持ちのいい事件ではなかったけれど、一つだけいい事があった。


「今はお客さんも乗せてるから……これに着替えなさい、カイヴァーン」

「いいよ……ぼさぼさで……」

「あんた私がぼさぼさって言うから、ぼさぼさにしてるのかもしれないじゃない?」

「そんな事ない……」


 ついにカイヴァーンを真水で洗ってタオルで拭いて、頭の包帯も変えて新しい服を着せる事が出来たのだ。カイヴァーンの左目は目蓋に大きな傷があるものの、まるっきり潰れている訳ではなく、明るいか暗いかくらいは解るそうだ。


「ほら、こうして綺麗にしたら、なかなか可愛いじゃない貴方」

「やめてくれ……」




 ジェンツィアーナは古い石垣と新しい漆喰が調和した見事な街だった。フェザントは芸術の国でもあるという。この国では全ての建築は芸術だとも言うとか。

 ここは実際にはヴィタリスからそんなに離れてなくて、陸路で何日か旅をすれば辿り着ける場所だったんだけど……船乗りにならなかったら来れなかっただろうな。


 そしてこの港町は大きい……パルキアより大きいかも。港に停泊している船の数も半端無い……全長50mを超えるような船も何隻も居る。


「太……アレク君、旗信号、援助求むでお願いします」

「了解ー。要援助で旗信号」


 お客さんが一杯居るので、いつものあだ名はやめとこう。

 アレクは援助を求める旗を振る。大袈裟なようだが港内ならこのくらいでいいらしい、ロイ爺の知恵だ。

 さっそく港役人がボートを近づけて来てくれた。


「何かトラブルかー?」

「当船は炎上した客船の乗客を引き継いでまーす! 旅客桟橋に誘導お願いしまーす!」


 アレクがそう答えると、すぐに大勢の漕ぎ手を乗せた四艘のタグボートがやって来てくれた。フォルコン号は跳ね上げブリッジのある旅客桟橋へ牽引されて行く。さすがはフェザントでも一、二を争う海洋都市だ、これは楽ちんですね。



 やがてフォルコン号は旅客桟橋にきっちりと横付けさせてもらい、ブリッジを架けられた。


「一時はどうなる事かと思ったわ」

「無事に着いて本当に良かった……」


 お客さん達にはお気の毒だったと思う。一応私達にお礼を言ってくれる人も居たが、船旅はもう懲り懲りという声もちらほら聞こえる。

 私は甲板で港湾役人の訪問を受けていた。


「アイビス船籍のスループ艦フォルコン号で、船長はお嬢さん……マリー・パスファインダー……」

「桟橋への牽引に感謝致しますわ」


 ポカンと口を開けている役人さんに、私はうやうやしく挨拶してやる。この格好で船長名乗るのが何かちょっと面白くなって来たよ。



 役人さんは船を降りて行った。さて。


「やっぱり、そうするんだ……」


 アレクがそう言う……やっぱり、と来ますか。昔から絞首刑の時にロープが切れたら無罪、なんて言いますもんねェ。いや、改めて司直に引き渡すかもしれないけど、一応事情くらい聞いてから決めようかと。



「先程は失礼致しました。ドナテッラ号の乗客の皆さんの目があるうちは、ああするしかないと考えました。ファウスト・フラビオ・イノセンツィと申します。フェザントはヴィオラジーリョ出身の学者です」


 麻袋の男……船牢から引き出されたイノセンツィ氏は、ドナテッラ号の乗客が居なくなった甲板でひざまずき、そう言った。


「それで。何故手榴弾なんか投げたんですか」

「私が悪いのです。乗客の小さな子供がとても暇そうにしていたので、私、ねずみ花火を作ってあげたのです」

「ねずみ花火?」

「手持ちの導火線に少し細工をしまして……火をつけると輪になってくるくる回るんですよ。それを見せてあげたまではいいんですが。その子供、私がコートの内側に入れていた手榴弾の導火線にも火をつけてしまいまして。ハハハ、大きくて綺麗な花火が見れると思ったんでしょうねぇ」


 イノセンツィ氏は顔を上げ、屈託なく笑った。

 やっぱり引き渡した方が良かったかも、この人。


「それで慌てて船外に捨てようとしたんですけど、投げたら運悪く船の帆に当たってしまいまして、あのような事に、それはもう皆さんお怒りで」


 どうしよう。色々と問題のある人だけど、麻袋に詰められて砲丸付で海に投げ込まれたというのは、既に一度死刑になったと考える事も出来る。

 だけど法律というのは厳格に運用しなくてはならないのだ、法律があるから人間は文明を持つ事が出来るのである。ここは一度、専門家に相談して……


「しかし、私への刑罰は麻袋に詰められて砲丸付で海に投げ込まれた事で既に執行されたと考える事も出来るのではないでしょうか? つきましてはその論拠となる物としてこれを御覧いただきたいと」


 イノセンツィ氏は皮袋を一つ差し出して来た。論拠?

 私は袋を開けて覗く。金貨がおおよそ100枚……


「そうですね、刑は執行済みと考えるのが妥当かなと」


 そう言いながら皮袋を懐にしまおうとした私は、後ろから多分スリッパか何かで頭を叩かれ、皮袋を奪われた。


「うちの船長にこんなもの差し出すのやめて! いいからとっとと船を降りなさい、どうせこの子そうするんだから!」



 アイリさんに突き返された皮袋を懐に収め、イノセンツィ氏は何度も何度もペコペコ頭を下げながら、こそこそと船を降りて行った。

 あの人も顔は良かったと思うんだけど。アイリさん別に顔が良ければ何でもいい訳ではないのね。


「さっ! 商売商売! せっかくパルキアから来たのに殆ど稼げなかったんだから!」


 アレクが切り替えを提案してくれた。

 私はドナテッラ号の乗客から乗船料を取らなかったが、アレクと不精ひげは彼等に船内で水夫用のエールやワインを売って小銭を稼いだようである。



 時刻は午後……街の時計台を見ると、アイビスの時間に合わせている私の懐中時計とは1時間ずれている。すぐ隣だけどやはり異国なんだな。


「その格好でええんか?」

「ロイ爺もそんな事言う! そんなに似合わない?」

「いや、とても良く似合うよ」

「良かった、ありがと、ロイ爺」


 似合うといいつつ、お供のロイ爺はまだ何か変な顔をして首を傾げる。私何かおかしな事言った?

 今日はアレクもアイリも一緒だ。というか私達がアレクについて行ってるんだな、ジェンツィアーナには大きな商品取引所があるらしい。


「うちは小口だし大きな取引は午前でだいたい終わってるから、取引所の場外市場が舞台かな。船長、本当にうんと東を目指すの?」

「ええ、パレアン=カレまで行きますよ!」


 私の何気ない一言で、皆が一瞬静かになった。最初に振り向いたのはアイリだった。


「あの街アイビス人立入禁止なの知ってるわよね?」

「でも、戦争は20年前に終わったんですよね?」

「アイビス人だけじゃなくフェザント人も入れないよ。うちで入れるのはカイヴァーンだけだと思う」


 アレクもそう言って小さく首を振る。

 パレアン=カレはターミガンの首都で世界の文化の見本市……のはずなのに。


「何とかして入る方法はないの?」

「どうかなあ……難しいと思うけど」


 長年、一部の国との商取引を停止したままにしている。ターミガンの人はそれでいいんですかね? 世界の文化の見本市じゃなくなっちゃうじゃん。



 ジェンツィアーナ市公設商品取引所の周りは広場になっていた……らしいのだが現在は取引所の周りを取り囲むように形成された場外市場へと変容し、広場ではなくなっていた。

 アレクによれば、これ全部不法占拠らしい。法と文明とは?

 活気はすごい。小売から仲卸まで様々な露店が乱立し、生鮮から美術品まで様々な物を売っている。


 このような人が集まる場所には付き物の高札もある。手配書も貼ってある。

 それが手配書と知るなりアイリは一瞬目を背ける……いやいや、お姉さんのはもう無いから!

 知ってる名前はあったけど……


『ファウスト・フラビオ・イノセンツィ

 【背教者にして爆弾魔。海賊】

 剣、槍、銃器の扱いに慣れ極めて危険

 賞金:金貨25,000枚 生死問わず』


 その似顔絵の版画は、別人のような極悪顔に描かれていた。

 これじゃ目の前で本人を見てもわかんなくない?

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マリー・パスファインダーの冒険と航海
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