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一人歩きする噂話「とことことことこ(笑)」

 ナルゲスの町の一角。レイブン王国の商人、マクベスはこの地に移り住んで20年のベテラン商人だった。


「最悪の結果という訳ですな」


 彼の屋敷は並の現地人より伝統を重んじた、完全なターミガン様式の建物だ。

 ナルゲス市民よりナルゲス市民らしく、ターミガン人よりターミガン人らしいマクベスだが、レイブン人としての名前は捨てていない。そして今でもレイブンの国王に固く忠誠を誓っており、その事を忘れた事が無い。


 彼の前には母国から来た外務官、ランベロウが居た。


「私はそうは思いません。結果的にナルゲス周辺を根城にしていた海賊が大打撃を受けたのだから、良いではありませんか。彼らは彼らで目障りでした」


 ランベロウは砕いた氷をたっぷり入れた甘いワインを、スプーンで口に入れた。


「……彼らにも生活があるのだがね」

「勿論そうでしょうとも! それを尊重する気にはなれませんがね……海賊になどなるのが悪い。それ以上に、」


 もう一口。ランベロウは砕いた氷を口に含む。夏のナルゲスで、これは何よりの贅沢だ。


「無能なのが悪い……三対一で挑んで負けるなど。そもそも海賊という時点で下の下の存在だというのに、暴力に訴えてすら、弱いとは」


 マクベスは溜息をつく。


「三対一ではない、三対二だ。いや、もしかしたら三対四かもしれん」

「お戯れを」


 移住して以来、マクベスは酒を飲まない。今も飲んでいるのはミント茶だ。


「フォルコン号、と聞いて何も思わないのかね」

「さあ……サメに食われた間抜けな海賊の名前としか」

「その名を名乗る船がナルゲスに現れた理由も? 何とも思わないのかね?」

「……どういう事ですかな?」


 マクベスはテーブルの上に置かれた、二つの書類を指差した。


「ブルマリンに現れたストーク王国のフレデリク、そして先日ナルゲス近海でフォルコン号船上に現れた人物、この二人の外見的特徴はほぼ一致している」


 ランベロウは、もう一口、砕いた氷と甘いワインを、スプーンを使い口に運ぶ。


「他人の空似では?」

「極めて特徴的な姿なのだ。身長は160cm程度、奇抜な紺の軍服にスカーフ、羽根付きの帽子……恐ろしく身軽で強いと」

「そのぐらいでは……何とも言えませんな」

「そんな事を言っていていいのか? この男はブルマリンでトリスタンの企みを暴き、アイビスの裁判所でアルベルト卿の失脚を決定的にし、そして先日は貴公によるアイビスとターミガンを離間させる為の、海賊を使った作戦を粉砕してしまった」


 マクベスは一旦そこで言葉を切った。


「どういう事だと思う? フレデリクという男は我らの企みを全て知っているのだ」

「ははは。考え過ぎでしょう……」


 ランベロウはそう言って笑うと、残りの砕いた氷と甘いワインを一度に口の中に流し込んだ。


「呑気な事を……アイビスの正規海軍はともかく、スループ艦に乗った厄介な冒険商人、バッテン船長が敗北した戦いではナームヴァル海賊の大物が敵に回ったという情報もある。その上にストーク王国の危険極まりない刺客。このままではジリ貧ですぞ。敵方にこんな戦力があるとは聞いていなかった」

「臆病が過ぎますぞ。敵にそんな戦力などない」


 ランベロウは笑った。

 彼は敵を侮っている訳ではない。ただ、弱気な事を口に出しても何もいい事は無いという信条を持っているだけだ。

 実際には彼の心は、タルカシュコーンで彼の策略を台無しにしたフォルコンという男、その名をつけて、ナルゲスでふたたび彼の妨害をした船フォルコン号、ブルマリンで、ナルゲスで彼の策を打ち破ったフレデリクという男、それらへの怒りでふつふつと煮えたぎっていた。



   ◇◇◇



 同じ頃。


 ヒューゴ・ベルヘリアルはナルゲス港で拿捕した船の修理の指揮に当たっていた。

 彼の部下のユリウスは海賊の振り分けをしている。犯罪歴の少ない働き盛りの男には、海軍艦の乗組員になってもらう。ただ、多くの場合牢獄は軍艦の乗組員になるよりはマシな場所で、その為捕虜の中には、自分の犯罪歴を盛る者まで居た。


「例によってそういう者も居ますので……どこまで信用していいかは解りませんが。海賊になる前にブルマリンの私刑団に参加していたという男が居りまして」


 ヒューゴ艦長とロットワイラー号は東方艦隊に属しており、外洋艦隊のミゲル艦長などと比べると、タルカシュコーン事件やブルマリン事件への関心は、これまでの所薄かった。


「ストーク王国のフレデリクという男を?」

「はい。間違いなく見たと言うのです。フォルコン号に乗っていたと」



 海戦の後、ロットワイラー号が三隻の海賊船を曳航してナルゲスに戻った翌日。損傷を受けたカラベル船が、ダウ船と共に入港して来た。

 このダウ船を海上の治安を守る者としてアイビス海軍が検収したのだが、その中に居た捕虜の一人が、そう説明して来たのである。



「ブルマリンで……あっしは別に狂信者って訳じゃなかったんですけど、簡単に金が貰えるってんで、鎧を借りて襲撃に加わったんでさあ。そこで見たんです。チビなのに恐ろしく強い野郎でした。あっしも簡単に水路に突き落とされまして」


 男は水の中で慌てて鎧を脱いで、その後は橋の陰に隠れて衛兵を撒いて、木材を曳くガレー船の漕ぎ手に志願してバトラへ脱出。

 やはり漕ぎ手をしながらナルゲスまで来た所で、同僚から海賊への参加を誘われ、カラベル船を襲っていた所を、フォルコン号に襲われたという。


「野郎はあっしら海賊に囲まれて、ヤードの上に堂々と立ってました。相変わらずおかしな服を着てました。訳わかんねえ強さも同じでした……野郎が見えたのは一瞬で……あっしは気づいたらひっくり返って、縄を掛けられてました。あんな恐ろしい奴がこの世に二人、別々に居るとは思えねえです」


 実際にはこの男の頭を叩いて気絶させたのはウラドだったのだが、男の記憶はその打撃で混濁していた。



「フレデリクという男の事は証拠不足で判断しかねますが、少なくともカラベル船を襲っていた海賊船を襲ったのは、フォルコン号で間違いないようですな。カラベル船の乗組員も含め、複数の証言が一致しております」


「マリー船長が海軍を名乗っていた理由は解らず終いだがな……フフ、フ……恐らく何か深い訳があっての事なのだろう。次に会う時に尋ねるのが楽しみだよ」


「彼女の戦果としては二隻半、という事になりますか」


 ユリウスは拿捕した船を見つめる。


「怠らず努めなくては、我等も追いつかれてしまうかもしれんな」


 ヒューゴは笑いもせず呟く。ヒューゴ艦長は新たな報告書を書いていた。つい先日、三隻の海賊との戦いでフォルコン号が大きな役割を果たしてくれた事を報告書に書いたばかりだったのだが。


「その報告書は急送にされるのですか? 幸い、小型船の手持ちは増えましたが」

「何かのついでがある時で良かろう。フフ……あのような英傑の活躍をその都度報告していてはきりが無いからな」

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この作品は完結作品となっておりますが、シリーズ作品は現在も連載が続いております。
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マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
[良い点] 民間商船にして準海軍扱いになっていくマリー・パスファインダーであった。
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