カイヴァーン「俺、犬じゃない……」マリー「あ、戻って来た」
ついに! 迫力の海戦シーンが!(棒読み)
三人称で参ります。
「きやがったぞ! 極上の獲物だちきしょうめ!」
海賊バッテンは舌なめずりをしていた。フォルコン号の襲撃に誘われたのは昨日の午後。
バッテンは行くという返事をしたが、ガレー船のハリド船長の指示に従うというのが嫌だったので、約束の場所よりずっと北で待っていた。
ハリド達が上手くやったらそれはそれで仕方ない。ハリド達がしくじれば自分達がいただき。そしてもしロットワイラー号が出て来ても、自分達は無事。そう構えていた。
そうしたら、別の獲物が、カラベル船が掛かったのである。
北大陸からの商船は、フェザント王国産の絹織物をたっぷりと積んでいた。護衛も乗せていたそのカラベル船との戦いは少々てこずったが、後は船倉に篭っている奴等を引きずり出すだけだ……
そう思っていた所に、例のフォルコン号が現れた。しかも白々しく王国軍旗など揚げて突っ込んで来るではないか。
何というバカだと、バッテンは思った。フォルコン号は聞いていた以上に速い船だった。向こうから突っ込んで来るのでなければ、絶対に捕まえられなかっただろう。
「いいか! 絶対にしくじるなよ! チャンスは一度しか無え! あの船は5人しか乗ってねえし船長は女の子だとよ! 奴等は絶対に俺達の目の前で回頭する! その時に確実に銛を当てるんだ!」
海賊達にとっても賭けである。せっかく捕まえたカラベルを一旦放すのだ。もし逃げられたら大損である。
フォルコン号が近づいたら帆を張る。行く手を塞いでロープと返しのついた銛を何本も打ち込む。そうして絡め取って接収する。そして出来ればその後、逃げようとしているだろうカラベルも改めて捕獲する。
何ならあのスループ艦に乗り換えて追えばいいのか。バッテンはそう思った。そう思うと夢が広がった。スループ艦に乗った海賊か……それならもうハリドみたいな奴に顎で使われる事も無くなる。このへんで一番の海賊になれる。
あとは、その少女船長とやらがいい女だったら完璧だな。バッテンは鼻の下を伸ばし、そう思った。
「もうすぐだぞ、しくじんなよ!」
海賊達は自分達がやろうとしてる事を悟られないよう、身を隠していた。銛を投げる準備、帆を上げる準備、全て整っている。
フォルコン号が、次第に近づいて来る。真っ直ぐに。
「どっちへ避ける? 右か? 左か?」
フォルコン号は動かない……ただ真っ直ぐに向かって来る……
そろそろ帆を上げて動き出さないと、逃げられてしまうかもしれない。
「くそ! 当てずっぽうだ、もう帆を上げしまえ!」
ダウ船の帆が開く……風を受けた帆がパンと鳴り、船体が揺れ、動き出す……
「ええい、どっちだ……」
バッテンは苛立ちながら呟く。
傍らの子分が言った。
「親分……もしかして、逃げる気ねぇんじゃ」
「何?」
慌てて衝突を避けようとしたダウ船はフォルコン号に腹を見せてしまった。大砲の用意も一応していたが、予定の行動で無かった上、急旋回中でもあった。
片舷三門の大砲はまちまちに火を吹いたが……近距離だというのに一発も当たらない。その数秒後。
「嘘だろォォォオ!!」「馬鹿野郎ーッ!!」
―― ズドォォォォォオン!!
どうにかギリギリで、横っ腹からまともに衝突される事は避けたものの……結構な勢いで衝突されたダウ船は激しく揺れ、海賊達は皆そこら中に転げ回った。
次の瞬間、二つの影が空を飛んだ……
「何だ……?」
バッテンは顔を上げ、そして、見た。
女だ。それも凄くいい女だ。完璧だ……ただ、少女というのは少し盛り過ぎじゃないのか? 少女ではないよな? バッテンはそう思った。
サーベルを手にしたその女は、激しい揺れを物ともせず、起き上がる事も出来ない手下共の頭を殴りつけて行く……まずい、凄腕だ、女と油断する訳に行かない……
しかし何故柄や峰で殴るんだ? そうか、人を斬った事がないな?
「あそこにもう一人居るぞ……!」
手下が指差す。バッテンが見上げると……そこはヤードの上だった。こんなに激しく揺れる船の、さらにヤードの上に……少年が事も無げに立っている。羽根付きの帽子に金モールのついたおかしな服を着た、どこかの貴族の小僧のような出で立ちだ。
「くそっ!」
火縄銃を持っていた手下が、何とか狙いをつけようとそれを構えたが。
―― ドンッ!!
小僧が構えた短銃が先に火を吹いた。弾は甲板に当たったようだが、手下はそれで火縄銃を放してしまった。
だが、ああいう短銃は一発撃てば終わり……
そう思った次の瞬間。バッテンは信じられない物を見た。
甲板に突き刺さった弾丸が跳ね、小僧の方へ飛んで行く……というより、短銃の銃口へと戻って行く!
「はあああ!? 何だそりゃぁぁきたねえぞ!!」
動転したバッテンは意味不明の叫びを上げる。
「確かに下品かもしれない……」
小僧は目を細め、呟いた。
小僧は引き金を引いた。二度、三度。銃口から炎と煙が吹き出すが、弾は毎回、当たった所から戻って来て銃口に収まる。
ヤードの上からあんな物を撃たれたら打つ手がない。揺れるダウ船の中を、海賊達は転げ回って逃げる。
「あ、あの野郎下手糞だぞ、一発も当たらねえじゃねえか! ひるむな、ぶちのめせ!」
バッテンが叫んだ次の瞬間。
―― ドンッ!!
「えっ……」
バッテンの帽子が吹き飛び、剥げ頭が露になる。
「船長、揺れが収まるわよ、戻りなさい!」
サーベルを手にした女が叫ぶ。船長はあの女ではなかったのか。
「くそっ……!」
バッテンはようやく、カトラスを手に立ち上がる。
いつの間にか、その目の前には少年が居た……あのヤードの上のとは別の少年が。
バッテンはその少年を知っていた。
「これはこれは……おぼっちゃま!」
バッテンはそううやうやしく言いながら手摺りを掴み、少年……カイヴァーンの横腹を激しく蹴りつけた。
「うぐっ……」
少年は吹き飛ばされ、舷側に叩きつけられた。
「何だてめえ、裏切りやがったのか!? 復讐のつもりかクソガキが!」
バッテンは倒れているカイヴァーンを追い掛け、更に蹴りつける。
「何してんのよぼさぼさ! 立って!」
ヤードの上の小僧……どうもこっちが少女だったらしい……が叫ぶ。
少女、マリーはバッテンに銃口を向けた。
「その子に手を出すなら容赦しないわよ、頭でも心臓でも撃ち抜いてやるわ!」
マリーはピタリと、狙いをつける。
周りの喧騒が、不意に収まる。
「待ってくれ……家族なんだ」
カイヴァーンは、つぶやくように言った。
「……嘘よ」
「家族なんだよ! お前にゃわかんねえよ、お前にゃお前の家族が居るんだろ、俺にも俺の家族が居んだよ!」
「いい加減にしなさいよ! 貴方をあんな海の上に放り出す奴らの何が家族なのよ!」
バッテンは、両手を小さく上げながら嘯く。
「勿論、俺は迎えに行こうと思ってたさ。なあカイヴァーン? 俺達家族だよな?」
「だ、黙りなさい!!」
マリーは、引き金を引けなかった。
「ああ!? 俺達が貧乏になったのは誰のせいだっけなあ!? ダーリウシュが死んじまって誰かさんが跡取りになって、俺達に何をしてくれた!?」
カイヴァーンは顔を上げなかった。肩を震わせ、泣いているようにも見える。
「盗むな! 殺すな! 奪うな! どこの導師様のつもりだ、役立たずのボンボンが! 真面目に商売をして綺麗な金で飯を食えだと? そんなまどろっこしい事やってらんねえんだよ!」
周りの海賊達も、怒りの声を上げる。
「遊びでやってんじゃねえぞ! 俺たちゃ海賊やって家族食わせてかなきゃなんねえんだ! 家族の居ねえてめえにはわかんねえだろうな!」
「お前なんかが家族なわけねえだろ! ウワハハハ!!」
そして海賊達は声を合わせて笑う。
傍で聞いていればどうという事のないその言葉は、カイヴァーンの心の傷を深く抉っていた。
「ううう……あぁ……ああああ!!」
カイヴァーンは甲板にうずくまり、号泣し出した。
「立ちなさい!! ぼさぼさ!!」
マリーはヤードから飛び降りてカイヴァーンに駆け寄った。
「何よ家族家族って! そんなに家族が欲しいならうちの家族になればいいじゃない、私がお姉ちゃんであんたが弟だからね! 立ちなさいよ、立って!!」
バッテンが素早く忍び寄った。その腕がマリーが手にしていた短銃の銃身を掴む。
「へへへ……少女ってのはこっちだったか」
次の瞬間。バッテンが、飛んだ。
いや飛ばされた。真下から激しく顎を蹴り上げられ、空を飛び舷側を越えて……
―― ドボォォォン!
海に落ちた。
カイヴァーンは、立ち上がっていた。
「姉ちゃんに触るな」
嵐が吹き荒れた。
背後から切りかかった海賊から、指ごとという勢いでカトラスをもぎ取ると、カイヴァーンは電光雷鳴のような勢いでそれを振るった。
それは人間よりも獣に近い強さだった。体はまだ小さく軽量なのに、その瞬発力は、怪力は、大の大人のそれを大きく凌駕していた。狼や猟犬の強さだ。
それでいてカイヴァーンはただの獣でもなかった。相手の動きを的確に読んで処理する技術にも長けていた。彼にとっては一対多数も全く苦ではないようだった。
たちまち及び腰になった海賊達が次々と薙ぎ倒されて行く。斬りつけ、蹴りつけ、時には拳で……たちまちのうちにカイヴァーンは10人の海賊をねじ伏せた。
「ま、待て!」
海賊の一人がカトラスを捨てて手を上げたが間に合わず、真下から垂直に蹴り上げられ宙を舞った。
「ぎゃあああ!」
海賊の一人が悲鳴を上げる。カイヴァーンが投げつけたカトラスがその火縄銃を弾き飛ばしたのだ。銃は空に向かい暴発した。
「く、くそっ! 悪魔め!」
「ぼ、ぼっちゃん! 家族の俺らを、家族の俺らを傷つけるんですかい!?」
海賊達は口々に叫んだ。
「知らねえ」
カイヴァーンは無表情で呟いた。
カイヴァーンは素手でも恐ろしく強かった。自分の倍の体重がありそうな男の首根っこを掴み、軽々と投げ飛ばす。蹴り一つで大人の男を何mも吹き飛ばす。
最早海賊達にも戦意は残っていなかった。
彼らはカイヴァーンの本当の強さも知っていた。
ただ海賊達はこの少年の脆さも知っていた。ある部分においてはとても繊細で弱いこの少年を、海賊達は長年恐れ、利用し、虐待して来たのだ。
この少年を、手に負えなくなる前に捨てようと提案したのはバッテンだった。彼が適当な事を言って少年を騙し、あの船の中に置いて来たのである。
「かっこつけそびれた」
「私は正直ホッとした……本当に暴力は嫌いなのだ……」
不精ひげとウラドも海賊をよく抑えていたが、どうやら仕事はもう無いらしいと悟り、マリーの所へやって来た。
「船長ー! そろそろ止めた方がいいんじゃないのー!?」
フォルコン号からアレクが叫ぶ。
マリーは頷き、ダウ船の索具に登り呼び掛けた。
「降伏しなさい! うちは命までは取らないわよ!」
マリーはそこまで言って考えた。カイヴァーンを止めないといけないんだけど、何と言って止めればいいんだろう? なんだかこの少年、何かに似てる気がする。何かに……
「カイ……ぼさぼさ! ハウス! ハウス!!」
マリーは叫んだ。
バルシャ船の海賊「船長ぉぉぉぉ! あれ! あれ!」
バルシャ船の船長「バ……バニーガールぅぅぅ!?」
海賊「バーニーィ! バーニーィ!」
海賊「船長ッ!! 海軍とバニーガールとどっちが好きなんだッ!!」
船長「むむむむぅ、むむむむ」
海賊「バーニーィ! バーニーィ!」
船長「バ……バニーガールゥゥゥ!! バニーガールを追うぞ!! 転進!!」
海賊「うおおおおおおお!!」
取り調べ中のユリウス「……それで……後悔はしているのかね?」
バルシャ船の船長「いえ……はい……いえ……」