ウラド「うおおお! 鬼だぞ! 私は鬼だ!(赤面)」
海賊も退治した! ヒューゴ艦長にも褒められた!
カイヴァーンも連れて行かれなかった! めでたしめでたし……
北北西に進路を戻し、フォルコン号は通常の航海を再開した。
「また海軍文書も貰ったし、レッドポーチよりパルキアに直行しちゃおうかしら?」
「乳香を売るなら、少しでも大きな町の方がいいかもね」
風は南風、風力は十分……帰りはもうどうという事は無いはず。
「船長、行く手に船影が二つ……」
午前10時くらいの事だ。見張り台のアイリが言った。お姉さんは最近よく見張り台についてくれる。お姉さん用の船酔い知らずの服には、さすがに短いズボンを合わせたようだが。
「変ね、船が二隻くっついてるわ」
くっついてる? 何かトラブルでしょうか。
私も見張り台に登ってみる。
二隻の船……どちらも小型だけど……片方はマストが二本、カラベル船だっけ。もう一方はダウ船か……どちらも帆は降りている。
……えっ?
「カラベル船が……救難旗を振ってる!」
望遠鏡の視界の中、カラベル船の船尾で誰かが救難旗を振っていたが……すぐに消えた。誰かに気付かれて、殴り倒されたかのように……
「海賊に襲われてるのよ!!」
水夫が全員集まる。ぼさぼさも甲板に出て来た。
「あのカラベル、海賊に襲われてて、フォルコン号を見て海軍が来たと思って、救難旗を振ったのよ! それで海賊に気付かれて殴り倒されて……」
私は酷く動揺していた。
カラベル船の乗組員は、スループ艦が真っ直ぐ向かって来るのを見て、海軍が助けに来たんだと思ったのだ。もしかしたら今頃、海軍が来るまでの間と、必死で抵抗しているかもしれない。
この船の姿が、彼らの状況判断を狂わせてしまったかもしれないのだ。
「船長、でももしかしたらそれも海賊の芝居で、両方海賊船って可能性も……」
アレクがそう言うと、ぼさぼさが遠慮がちに手を挙げた。
「この辺りの海賊、カラベルなんか持ってないと思う」
「どうするの、今回はどう考えてもロットワイラー号は来ないわ」
アイリが言った。不精ひげはマストに登って行った。
ウラドは舵を手に、ロイ爺は手庇をして行く手の船を見つめている。
「……このままの風なら20分程であの二隻の所まで着くだろう」
「あのダウ船は海賊なら4、50人は乗っとるな……カラベルはあの大きさで商船なら多くても20人じゃ」
「ニック! 降りておいでよ!!」
アレクがマストの上に呼び掛ける。不精ひげはフォルコン号の備品の方の望遠鏡で、二隻の船を見ていた。
私は必死で考えていた……素通りするのは簡単だ。それで何も起きない。だけど……私はそれに耐えられるのだろうか?
では何が出来ると? フォルコン号は狼の皮を被った羊で、戦闘員なんか乗せていないし大砲も無い。礼砲用の手筒すらない。
戦おうにも戦えないし、はっきり言って海賊の獲物が増えるだけだ。そしてフォルコン号が海賊船になってしまったら、今後、犠牲者はもっと増えるだろう。
「……王国軍旗を揚げて」
「船長!? 何考えてるのよ!!」
「不精ひげ! 早く降りて来なさいよ!」
正気か私……いや正気だ。これ以外何が出来るんだ。
「舵はアイリが持って! 船をまっすぐあのダウ船に向けて! 私と男共は全員艦首に集合! 棒でも何でもいいから振り回して!!」
王国軍旗はフォルコン号の備品にあった。大丈夫か。こんなもん勝手に揚げる事は何かの法に触れはしないか。
私もサーベルを抜いて頭上で振りかざす……重い。疲れる。
「どうするんじゃ、これ」
ロイ爺は半笑いで長い熊手を振り回していた。遠くから荷物を引っ掛けるのに便利なやつだ。
不精ひげはカトラス、アレクは工作用の斧を振り回している。
ウラドは……上半身裸になって、丸太を振りかざしている……筋肉は凄い、筋肉は凄いが……とても恥ずかしそうな顔をしている……気の毒に……
ぼさぼさも長い棒を持って参加してくれた。
「こんなので引っ掛かるかな……」
「引っ掛かってもらわないと困るの! 海軍だぞー! 海軍が来たぞー! 失せろ海賊共ー!」
艦首を向けているのは勿論、他に乗員が居ないのを見られない為だ。一応向こうから見たら、艦首は戦士で一杯に見えるはず……
どうするのか? 海賊が逃げなかったらどうするのか? その場合は……本当にごめんなさい……横を素通りしてそのまま逃げさせていただきます……
「船長はそこより、索具の上に立ってくれないか。その方が得体が知れなくていいかもしれないぞ」
不精ひげが言う。なるほど、私はマストに向けて張られているネットの上に駆け上る。こんな所を手放しで走り回れる水夫は海賊にも居るまい……ズルだけど。
海賊ども。御願いだからどっかへ行って。
……
だんだん近づいて来るなあ……
「……お金を出して許してもらうのはどうかしら」
「身包み剥がない理由は無いじゃろうのう……」
……だめだ。
肉眼でも見えて来た。やっぱりこの海賊も、フォルコン号の内情を知っていた一味なのだろうか。
じやあカラベルの方も海賊? それなら話は早い、逃げればいいだけだ。カラベルも海賊なんでしょ? そうなんでしょ?
……
涙が出て来る……
だんだん見えて来た。カラベルの船上は酷い有様だった。何人も人が倒れている。砲撃もあったのだろう、甲板の一部が破損している……生存者は居るんだろうか……居る、居るよ、海賊に囲まれながら、必死で手を振ってる人が居る……!
勘弁してよ……私達、ヒーローじゃないよ。
こんなの……どうすればいいの……
「やれるよ」
え……今誰が?
「このくらいなら何とかなるんじゃないか? 海賊も結構やられてるみたいだぞ。俺とウラドが飛び移る。船長も行くか? 索具の上でなら一人前以上なんだろ? そこのぼさぼさも当てにしていいか? 結構な金額の賞金首だそうじゃないか」
不精ひげ……?
「太っちょとロイ爺は操船を頼む。アイリさんは隠れててくれよ」
「ちょっと、本気なの!?」
「うーん、出来れば船長も引っ込めておきたいけど、言ったって大人しく引っ込まないだろ、この船長。ウロチョロされるくらいなら見える所に居て欲しいし」
「ま、待って……」
そう言ったのはぼさぼさだった。
「俺、無理だよ……戦えねえ」
私はそれを聞いて、何故だか少し安心した。
そうか。やっぱり普通の子供なんだ。
「じゃあ貴方は船に居てね」
「そ……それも嫌だ! 何でお前、船長が行くのに俺が、」
「じゃあ好きにしなさい」
「そ、そうじゃなく! そうだ、俺を鞭で打て!」
まったく意味が解らない事を言い出した!
やっぱり普通じゃないのか……
「俺に命令しろ! そしたら俺、嫌々なら何でも出来るから!」
「ごめん、本当ごめん、今貴方の事情に関わってる時間無いわ、今日は自分で考えて! やりたい事を自分で決めなさい!」
海賊船が近づいて来る。
準備の時間は向こうにもかなりあったはず。鉄砲玉も飛んで来るかな……当たったら痛いよな……嫌だなあ。
私は何が出来るのか? 人は切れないよな……自分が振ったサーベルが人の肌に当たって血が出る所を想像するだけで寒気がする。ブルマリンの私刑団の人達は鎧を着ててくれてたし、あの時は水路に突き落とすだけで良かったけど。
かと言って切られるのも嫌だ。あの時の私、よく立っていられたな、自分に剣を向けている人の前で。
なりきってたんだ。トライダーのせいで。あの時の私は変装ではなく、ストーク王国の少年貴族フレデリク君になりきっていた。今はどうか? 無理だ。フレデリク君を呼び出すには、トライダーのようなノリのいい相方が必要だ。
「船長。そのサーベルを貸しなさい」
え?
「貴女にやらせるくらいなら私がやるわよ! 私も船酔い知らず着てるし貴女よりは力持ちよ! ニック! いいでしょう? 私も行くわよ!」
アイリさん? あっ……ちょっと!
サーベルを奪われた……
「返して! アイリは戦争嫌いなんでしょ!」
「船長は銃でも撃てばいいじゃない!!」
そう言いながらアイリは素早く、私の短銃まで取り上げてしまった!?
「戦争も、こんな下品な魔法も大ッ嫌いよ! でもマリーちゃんは……ああいう人を助けずに逃げたら、頭おかしくなっちゃうんでしょ。知ってるわよ……」
しかしアイリはすぐに短銃を返してくれた。どういう事?
「人を撃つんじゃないわよ?」
私に顔を近づけ、アイリはそう言った。は……はい? お姉さん、ちょっと目が怖い。