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マリー・パスファインダー船長の七変化  作者: 堂道形人
ナルゲスの海賊

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先端に松明がついた5mくらいの棒を持たされたおじさん「あー……」

海賊を振り切るのではなく、時間稼ぎをしてロットワイラー号に引き渡す作戦を選ぶマリー。

意外にもあっさり承諾する水夫達。納得行かないアイリ。

落ち着かないカイヴァーン。

 三日月がまだ見えている。時刻は午後8時……あと2、3時間くらいで月も沈む。襲って来るのはその前だろう。

 風は7時方向から穏やかに吹いている。海賊はガレー船を使うので、風がないと困る……などと思っていたら、少し吹き募って来た。


 不精ひげが甲板に海図の写しを置いて見せてくれた。


「相手は多分挟み討ちを掛けて来る……こっちが少人数なのは知ってるからあまり砲撃はしないだろう、出来れば無傷で欲しいだろうから」


 いい機会なので、私は常日頃抱いていた疑問をぶつけてみる。


「不精ひげはいつから船に乗ってるの?」

「……何だよ急に」

「あなた軍艦に乗ってたんでしょ? 士官候補生だったの?」


 案の定、不精ひげは黙り込む。

 父はよく私の話を水夫達に聞かせていたという。だけど私も少しだけ水夫達の話を聞いていたのだ……年に三、四日しか家に居ないくそ親父から。

 父が水夫の名前だとか素性だとかの話をした事は無い。ただ、父が私に聞かせてくれた冒険譚が創作でなければ、この船には一人くらい退役軍人が居ていいはずなのだ。


「今言わないと命取りになるわよ? これから海賊が出るのに私が操船の指示なんかしていいの? 元海軍なら指揮を執って欲しいんだけど」

「勘弁してくれよ……俺にだってあんまり言いたくない事もあるんだ」

「言いたくない事ばっかじゃん不精ひげは……じゃあ、思いついた事は言ってね」



 わざと風を逃がすように操帆しながら、フォルコン号は減速する。まずは先に相手を見つける事だ。

 ある程度の予想通り。暗がりの中で最初に見つかったのは正面のガレー船だった。ナルゲスから北西を目指す航路を塞ぐように、フォルコン号に腹を見せている。

 左右からも挟み討ちに来るのだろうか? それとも後ろからも来てるのか? ここまでもかなり減速して来ていたのに、後方に船影は無かった。


 やがて。10時方向に灯火とアレクが、4時方向に船影とロイ爺が言った。


「これ、振り切ろうと思えば余裕で振り切れるぞ?」


 不精ひげが呟いた。そう? そうしてもいいけど。そう出来るという事はもう少し欲張ってもいいという事か。

 風は……9時方向かな? これなら2時方向に向けて全開にすれば普通に逃げられそうだ。相手がそっちで待ち伏せをしていなければ。


「じゃあ敢えて10時方向に突っ込みましょうか」


 私は冗談でそう言い、不精ひげの反応を待つ。


「進路10時方向! タッキング始めるぞ」


 不精ひげ……ちょっと!


「取り舵、了解」


 ウラドも!


「帆を張りなおすんじゃ」

「了解!」


 ロイ爺も!? アレクも!!


「何で言われた通りにするのよ! 思いついた事は言ってって言ってるじゃん」


 私の抗議を無視し、不精ひげは操帆に向かってしまった。


「船長……さっきの10時方向の灯火、船じゃないわ、ボートよ、ハッタリよ」


 結局見張り役を買ってくれたアイリが控え目に叫ぶ。

 えええ? 結果的に当たり?



 フォルコン号が風上に切れ上がって行く。正面のガレー船はオールを出し、漕ぎ始めた……結構速い。このままのコースだと、ガレー船に追いつかれるかもしれない。


 背後の船影はどうか。あっちは追いついて来れないと思う。同じ進路で風上に向かう形になったが、向かい風ならこっちの方が速いだろう。



 月が少しずつ落ちて来た……最初の発見から30分くらい経ったろうか。

 海戦って意外と時間かかって暇なのね。前に見た時もそうだったけど。

 風上に切り上がって行くので、水夫達は忙しい。操舵もこういう時は私では出来ない。

 一度ガレー船から発砲があった時はさすがに震えたけど……水柱はかなり遠くで立った。単に脅しだったんだろうか。


 さっきのボートには海賊らしいおじさんが二人乗っていた。先端に松明がついた5mくらいの棒を持たされていて、フォルコン号が目の前を通過するのを呆然と見ていた。何だか可哀想だった。

 あんな役をやらされるんだから、船内での立場が低いんだろう。



「船長、このままだと振り切ってしまうぞ」


 不精ひげが言った。私は追いつかれるかもと思ったのに。所詮素人船長である。

 アイリには進路方向を見張ってもらっているけれど……今の所何も見えないようだ。こっちには待ち伏せは居なかったのね。


「何でだんだん離れて行くのかしら、あのガレー船遅くなってない? 最初は追いつかれるかと思ったのに」

「オールを漕いだ事ないだろ、船長……」

「あー……」


 そりゃあ、30分も全力でオール漕いだら疲れますな……


「じゃあ向こうが頑張ったら追いつくかも、って思えるくらいまで減速して」


 私の中の悪魔が、そう言った。



 さらに30分後。月がまた大きくなった。

 ガレー船は先ほどよりは近づいて来ている。二回、発砲もあった。二発目は100m手前くらいまでは届いた。当たるか? と言われれば、あまり当たる気がしない。


「そろそろ転進しましょう。北へ行って元の進路を目指すのが普通でしょうけど」

「ナルゲスの方向に誘導するのか? 乗って来るかな」


 さっき不精ひげが広げてくれた地図の上には、四つの簡素な模型が置かれていた。一つがフォルコン、一つがガレー船、後二つは仮に居るとする海賊の仲間。

 そこにアレクが五個目の模型を持って来る。これはロットワイラー号。

 


「一旦南へ向かうのはどう? その後で東に……残り二隻も見つけておきたいし」

「進路9時方向! 加速して距離を取るぞ!」


 不精ひげはまた、私がこうしたらどうかと尋ねた事をそのまま仲間に伝えてしまった。



 5分後には東に転進して、さらに30分後。ガレー船の方は三発撃って来たがもう届かない。

 他の船の位置も解った。10時方向から一隻、11時方向から一隻……11時方向の船はまだ遠い。10時方向から来る船はリトルマリー号に少し似てるな……バルシャ船だ。あの船じゃそんなにたくさん乗れないよね、いくら海賊だって。

 ガレー船はもう7時方向、かなり離れた。


「不精ひげ、あのバルシャ船とガレー船の間を通れるかしら?」

「進路」「待て待て待って! 私相談してるの! 命令してないの!」「進路9時方向! 全速力!」

「だから! 私の指示通りにするのやめてよ!」

「その指示はさすがに意味がわからない」


 檣楼のアイリが声を落として叫ぶ。


「船長、南に艦影よ、これが海賊だったらどうなるの?」

「その場合でも北へ全速力で逃げ切れる、大丈夫じゃ……そうじゃな?」


 ロイ爺がそう答えて、私に頷いてみせる。



 海域には疲れ果てたガレー船、南を向いてしまったバルシャ船とダウ船が居る。三隻とも視認出来る距離に居て、ガレー船とバルシャ船の間はやや広い。

 あとはフォルコン号がここを抜けられれば大丈夫……かな?


「南の船が旗を揚げてるけど私意味知らない……」

「……アイリさん降りて……私が見るから」


 アイリと交代に私はマストに登る。静索(シュラウド)を登るのも楽々だよ船酔い知らずは。


「ロットワイラー号だ! 旗は王国軍旗、ぶちのめすぞ、って意味だよ!」


 良かった。私は間違っていなかった。ヒューゴ艦長はちゃんと来てくれた。


「ん……?」


 ガレー船が旋回しようとしてる……オールが出てる船は解り易いな。

 ロットワイラー号と戦う気なのか?

 まあ三対一だもんな……人数は海賊の方がかなり多いのかもしれない。

 それに今日の海賊は反乱を起こして逃げている船ではない。襲撃の為に出て来た船なのだ。獲物は大金を持っていると踏んで、大勢で出て来たのだ。

 手ぶらで帰る訳には行かない、という所だろうか。


「……」


 眩暈がする……私は最悪な事を思いついてしまった。



 私ははしごを降り……面倒なので途中から甲板に飛び降りる。やっぱり、この服だと5mくらい飛び降りても何ともない。


「船長が平気なのは解るが、私が驚くからそういう事はやめてくれないか……」


 だけど舵を取っていたウラドに怒られた。すみません。

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ご来場誠にありがとうございます。
この作品は完結作品となっておりますが、シリーズ作品は現在も連載が続いております。
宜しければ是非、続きも御覧下さい。


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マリー・パスファインダーの冒険と航海
― 新着の感想 ―
[良い点] 三段櫂船が海軍の主力艦として頑張ってた時代って……本当に大変だったんだなって思いました(ガレー船を見ながら)
[気になる点] 「結局見張り台を買ってくれたアイリが叫ぶ。」 というのは、 「結局見張り役を買って出てくれたアイリが叫ぶ。」 ということでしょうか。細かくてすみません汗 [一言] 最新作まで追いついた…
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