アレク「わりと僕のせいだよね」ロイ爺「いやー船長のせいじゃろ」ニック「船長のせいにしよう」ウラド「ある意味そうだが……」
海賊の罠にはまっている事に気付いたマリー。
どうする? 逃げるの? 戦うの?
私はキャプテンマリーの制服に着替え、みんなに甲板に集まってもらう。
「皆聞いて。今夜は海賊が出て来るかもしれない。出航に手間取ったのも、向こうの協力者達が何か工作して、わざと時間を掛けさせたのかも」
アイリが口元を押さえる。四人の水夫達は一瞬互いの顔を見合わせたが、すぐにまたこちらを向いた。
「ナルゲス周辺の海賊は何らかの理由で活発化しているそうよ。近海にはターミガン海軍は居ない……アイビス海軍が治安を守るという協定を結んでるから。アイビス海軍が治安維持に失敗すれば、ここにターミガン海軍が配置されて両国の緊張が増す……まあ私達は海軍じゃないし、そこは知らないけど」
ロイ爺も、アレクも、操船の手を止めて私を見ている……ウラドは舵を持ったまま見ている。
「だからって逃げる事だけ考える事が本当にいい事かしら。命や財産を賭けるのは御免ですけど、今出来る事が多分あると思う。ベルヘリアル艦長は海賊がフォルコン号にかけた罠を必ず逆手に取るはず」
いいの? このまま私に喋らせていいの? 私またとんでもない事言ってるはずよ?
「だから罠にかかったふりをして時間を稼ぎましょう。風上を取り続け罠に落とし返すの。この船と皆なら出来るわ」
「ちょっと待って!」
良かった、止めてくれる人が居た。アイリだ。
「船長、ナルゲスに引き返せばいいのよ、貴女の見立てならあの艦長さん、今頃出航してこちらに向かってるはずなんでしょう? 海軍の船と合流出来れば危険な近海を安全に脱出出来るんじゃないの!?」
「ロットワイラー号には前にも一度世話になっているの。私達を護衛してくれた……今回もヒューゴ艦長に頼るのは簡単だけど、それだと海賊は隠れてしまう。ロットワイラー号はまた一から一人で戦わないといけない」
「それは海軍の仕事じゃない! 貴女は軍人じゃないのよ!」
「勿論。だから戦わないんだってば、うちは商船だから。だけど海賊が私達の事捕まえて身包み剥ごうって企んでいるなら、こっちも打てる手は打つって話ですよ! 私達に気を取られてるうちに近づかれたロットワイラー号に、ぶちのめされればいいんだわ」
「……みんなはどうなの!? また船長がこんな事言ってるけどいいの!? ウラド! 貴方なんて船長が幽霊船を見に行く事になった時泣いてたじゃない!」
ちょっとお姉さん、お手柔らかに……そんな事言われてウラドは大丈夫か?
「……船長が気まぐれに危険を冒そうとしているのに、皆がそれを止めない……かく言う私も、船長命令に逆らってまで止めようという勇気も無い……私はあの時、そんな自分が情けなくなり、確かに泣いた……だが今回の事は違う」
「違うって……どう違うの……?」
「これは気まぐれの冒険ではない。船に危機が、船長の故国に不利益が近づいている。船長の、そして船の友人が、助けを必要としている。我々に出来る事は限られてはいるものの、その中で船長がこうすべきだという決断をして、それを説明してくれた。それに逆らうのは、優しさや思いやりなどと呼ばれる物ではない。ああ、上手くは言えないが……なあ、アレク」
ウラドは、水夫の中では自分同様の慎重派のアレクに話を振った。
「うーん……今僕は、自分が気付けば良かったと思う事が一杯あって、反省中……派手にオレンジを売ってる所も、乳香を山ほど仕入れた所も、最新鋭艦のフォルコン号の乗員が少ない事も、海賊の手先に見られてたんだなって……ごめんなさい。だけど……こんなに勝った事なかったからなあ、フォルコンさんの時は……今回は勝ち方を知らなかったせいで失敗しちゃったね」
ロイ爺が、不精ひげが笑った。
「そりゃそうじゃ、わしら海賊にも同情されるような貧乏商船じゃったからのう」
「ははは、フォルコンの話はずるいぞ」
「とにかく僕の気持ちはウラドと一緒。僕らはマリー船長の保護者じゃない、家臣だ。船長のする事が意味もなく無謀だと思ったら止めるけど、必要な決断だと思ったら力を尽くすよ」
「……私は保護者よ!」
アイリは引かない。
「申し訳ないけれど私にとってこの船はみんなの家以上の意味を持たないの! 私は私を助けてくれたマリーちゃんとその仲間に仕えてるの! だから……」
そこまで言いかけて、アイリは急にため息をついた。
「……私は船長が何て言おうと、皆の命を守る事以外、何もしないからね? 船がこれから何をするのかは解ったわ……でも私、本当に本当に本当に戦争は嫌いだしそこには絶対に絶対に手を貸さないわよ?」
「だったらヒューゴさんは諦めた方が……」
黙ってればいいのに、私は余所見をしつつ呟いてしまった。
「あら何船長? 実はヒューゴ艦長を狙っていた? 貴方はちょっと年下過ぎるんじゃない? それでも立ちはだかるの、私の前に」
「ないっ! ないない、あのね、言っておくけどあの人賄賂に超弱いよ、知らないで後で文句言わないでよ!」
「失礼な事言わないで、ヒューゴさんがそんな人な訳ないでしょ!」
皆に笑顔が広がる。
解っている。アイリも冗談でおしまいにしてくれたんだと。
四人の水夫の反応は、本当に意外だった。だけど……今度こそ解った。私は船長なんだなって。四人はそう認めてくれて、そう扱ってくれてるんだなって。
私はブルマリンでの冒険とか、キャプテンマリーの制服に魔法がかかった事とかが、自分を真の船長にしてくれたんだと思っていたけれど。
私、この四人が認めてくれた瞬間から船長だったんだな。それはバニーガール姿でリトルマリー号の船上に初めて現れた、あの時だったのかもしれない。
「……俺を牢に入れてくれ」
ぼさぼさは……私達のやりとりを傍らで見ていた。何だか殊更元気がない、まあ飯を食っている時以外はだいたい萎れてる子なんだけど。
「これから出て来る海賊、俺の家族だったやつかもしれないから……それとも、俺を鞭で打って海に投げ込むか?」
いきなり怖いこと言わないで欲しい。こっちも萎れてしまう。
なんかこの子、虐待されてたっぽいよね……この傷も身内につけられたんじゃないだろうか……歴戦の勇士なんて年でも、柄でもなさそうだし。
でも不思議と、それで人間不信になったという風にも見えない。
「本当はまだかなり辛いんでしょ? 体。あんなに衰弱してたのに、そんなにすぐ元気になる訳ないわ。皆の差し入れを持って、空いてる方の士官室に入って、そこで休んでなさい」
「それは変」
「船の上では船長の私に従ってもらいます!」
面倒なので私はぼさぼさの手首を掴んで士官室の方へ引っ張って行く。素直について来たぼさぼさを、誰も使ってない下段の士官室に押し込む。
「誰か、ぼさぼさの差し入れ、こっち持って来て!」
「こんないい部屋に入っていいのか」
いい部屋かな……? ここよりは牢獄の方がずっと広いけどね。だけどこの部屋なら出入りが自由だ。
私はぼさぼさの額に触れる。
「よしてくれ……」
ぼさぼさは手を払いのけ、士官室の奥に引っ込む。
「やっぱりちょっと熱いわ。貴方まだ全然本調子じゃないし弱ってる。ちゃんと休んで! まず体を治しなさい。その後の事はその後で考えたらいいでしょ。まず寝て!」
素直じゃない所も多いんだけど、変に素直な所もある。ぼさぼさは、私に言われた通り、寝台に横になった。
私は扉を閉め、甲板に戻る。