バッテン「ずいぶん太ったカモがえらい立派なネギ背負ってやって来たな」
ヒューゴ「私は……賄賂が好きだ……」
長身痩躯の有能イケメンだけど賄賂にとっても弱い軍人さん、ヒューゴ船長だ!
前作では唯一の海戦シーン(遠目)を演じたよ!
「マリー・パスファインダー船長。ほんの一月程の御無沙汰でしたな」
船に戻ると、ヒューゴ・ベルヘリアル艦長は既にそこに居た。私より40cm背が高いので、握手をするとその手が殆ど私の目の前に来る。
でもこの人の握手や儀礼はかっこいい。私の方までちょっと偉くなったような気がしてしまう。
「新造のスループ艦をナルゲス方面に派遣していただけるとは聞いていたが。まさか貴公が艦長だったとは」
そのヒューゴ艦長は、いきなりとんでもない事を言い出した。冗談かな? 多分冗談だろう、そう思う事にしよう。
「ナルゲス周辺では海賊の動きが活発になっている……奴らは小型のガレー船やダウ船、バルシャ船などを用いて普段は良民のふりをしており、無防備な小型商船を見つけると身ぐるみ剥いでしまう」
「なるほど……私共も用心するように致します」
私がそう答えると……ヒューゴ艦長は妙な間を取り……それから。
「ははは……」
意味深な含み笑いをした。あの? 私別に冗談とか言ってないですよ? 真面目に海賊が怖いんですよ?
とにかく、立ち話も何なので。私はヒューゴ艦長を艦長室に招く。私は上座として船長用の椅子を勧めたのだが、ヒューゴ艦長は折り畳み椅子の方に座ってしまった。仕方ないので私は船長用の椅子に座る。
「アイビスとターミガンとの講和は薄氷のように脆い。海賊の行動一つでも様々な疑心暗鬼が沸き起こる。私は自分の使命は短期的にはこの海域の治安を維持する事で、長期的にはターミガンとの講和を維持する事だと考えている」
立派過ぎて溜息しか出ない。なのに何故この人は賄賂に弱いんだろう……
「しかし恥ずかしながらたいした事は出来ていない。辞令を受けて二週間、ナルゲスに移って海賊を探したが……小型のガレー船を三隻鹵獲した程度で、問題解決の糸口も見えない有様だ」
めちゃめちゃたいした事してるように聞こえますが……
「失礼致します」
艦長室の扉が開き……アイリが入って来た。お茶を持って来たようだけど……アイリさん? その服見た事ありませんよ?清楚さの中に色気を感じる上品なモノトーンのツーピース……化粧も一見薄化粧風実は超気合メイク……! アイリさん!?
「かたじけない」
ヒューゴ艦長、大丈夫だよね……? その人魔女ですよ、お気をつけて……
「恐らく我々はやはりアイビス人なのだ。海賊は地域の産業で結局の所、陸では彼等に味方する者も多い……相手が軍人なら尚の事。ロットワイラー号の行動は、彼等に筒抜けになっている……協力者の手によって」
良かった……のかな? ヒューゴ艦長は全くアイリに気を取られていないようだ。
ちょっと待て。そんな事考えてる場合じゃなかった。
話を総合すると、ヒューゴ艦長はフォルコン号を海軍がこの地に派遣した増援だと思っているのだろうか?これ、海軍の船だし、そう考えられても仕方がない。
でもうちは商船ですよ? 乗員も見ての通りこれだけですよ?
「この船は確かにアイビス海軍からの預かり物ですが、我々は民間企業のパスファインダー商会です。それだけは申し上げなくてはなりません」
「勿論理解している。そうでなくては意味が無い」
ヒューゴ艦長が何を言ってるのかが全く解らない。
「……我々はこの海域でごく普通の商船として活動します」
「本当にかたじけない……ターミガンとの和平の維持は、新世界の開拓に影響する大きな前提条件だ。我々の行動には間違いなくアイビスの命運がかかっていると思う……この海域の治安維持を、ターミガンは我々に押し付けて来た。我々がそれをしくじれば、ナルゲスにはターミガンの艦隊が配置されるだろう……それは両国にとって不幸な出来事となる」
何故私が海軍のスループ艦で商業活動をする事が、かたじけないになってしまうのか。謎は明かされぬまま、ヒューゴ艦長は帰って行った。
私は会食室に居た。ぼさぼさにも来るように言って、鉄格子を外して縄橋子を投げた。彼は素直に牢を出て来た。
「御土産よ。そこに座って食べて」
私はそう言って、会食室のテーブルの上の皿に四個だけ置いてみたブリックを指差す。
「ブリック……」
ぼさぼさはそう呟き、フォークをつける……私より上手に食べているな、この料理を。もう熱くはないだろうけど……食べ慣れていると見える。
彼がこの辺りで育った事は間違いなさそうだ。ついでに割と好物のようだ……
いや……
何か好物どころじゃないようだ……何故。ぼさぼさは開いている方の目からぽろぽろ涙を零しだした。
「何てもの食わせるんだよ」
「あ……あと四個あるから……後でまた食べる?」
「皆で食え……皆も食え」
そう。じゃあアイリとロイ爺とウラドと不精ひげに。私とアレクはもう食べた。
ともかく……ナルゲスの味は好きなのか。でも降りたくないんだな。
ロイ爺も言ってたけど、私はこの少年をどうしたいのか……
「ちょっといい? 船長」
私が腕組みをして考えていると、アイリさんが背後から忍び寄って来て囁く。
「すみません、今考え事をしているので」
「つれないわね、いいでしょ?」
「駄目です」
「ねえねえ、さっきの艦長さん! あの人どういう人? いつから知り合いなの?」
「知らないっ! 私は何も知らないっ!」
「御願い! 船長、教えて! 独身!? 彼女居るのかしら!? ねえ!?」
私とアイリのくだらない掛け合いを、ぼさぼさはぼんやりと見つめていた。
「……白銀の悪魔」
「えっ?」
「二年前からこの辺りやもっと東の方に時々現れる。あいつに海賊が何人捕まったか解らないらしい。大概の海賊船は緒戦からマストをへし折られる……恐ろしいが、相手が海賊でも約束したら守る男。俺が知ってるベルヘリアルって名前の奴なら、そういう奴」
ぼさぼさは真顔でそう言った。
「あいつと対等なのか?」
私が? いや、それはさすがに無い……というかはっきり言って贈賄側と収賄側で……そういう意味では対等か……
「凄い船長」
褒めても何も出ない! 褒めても何も出ないよぼさぼさ君! 君への餞別を金貨20枚にする程度だよ!
◇◇◇
「出航! 行き先はレッドポーチ!」
真面目の商会長服のまま、私は舵を取っていた。少し気持ち悪いけど港を出るくらいまでは頑張ってみる。
「結構遅くなっちゃったね」
アレクが言う。確かに……早朝に入港したのに出航は夕方になってしまった。頼んだ商品がなかなか来なかったりして捗らなかったそうだ。
港を離れ北北西に進路が決まる。私は舵をロイ爺に渡す。
そろそろ船酔いが酷くなるかもしれない……着替えようか。
キャプテンマリーの制服、朝洗ったけど乾いたかな。乾いたよね、これだけ暑くして乾燥してたら。
その前にもう一仕事しておこうか。今日は商売も上手く行きヒューゴ艦長にも何でか感謝され気分がいいのだ。こういう日は船酔いになりにくいのかも。
「ぼさぼさ、ちょっと来てくれない?」
私が縄梯子を降ろすと、ぼさぼさはすぐに登って来た。艦長室で話そうか……まあ会食室でいいか。
「さっきはアイリも聞いてたから。念の為一人で聞いておきたいんだけど。貴方は海賊の事を私に話す気はあるのかしら?」
そんなもの、素直に話す訳ないだろうなあと思いきや。
「話したら仲間?」
ぼさぼさは真顔で言った。
そこまでは……約束し辛い……犬を飼うのとは訳が違うし……
「一つ言いたい事がある。海賊はアイビス軍艦だぞーアイビス軍人だぞーと言う奴が大勢来たら、逃げる。陸には海賊に危険を知らせる奴もいっぱい居る」
海賊の仕事はおっかない海軍と戦う事ではないだろう。弱くて金を持ってる奴を探して捕まえる事だ。
「同じように、いい獲物を見つけたら海賊に知らせる。いい情報くれた奴には後でお礼が出る……金持ちの商船が護衛もなく少人数で航海してるとか……」
やっぱりそういうものだろうか。海賊行為は人類の敵なんだけどなあ。それにナルゲスの海賊の被害を一番受けているのはナルゲスの人々だろうに。
「さらにこの船自体大変な値打ち物。海賊は皆こんな船が欲しい。海軍に見つかっても逃げられる速い船」
あっ……
ヒューゴ艦長。こういう事ですか!?
「ナルゲスで何を買った?」
この船には高額商品の乳香がたっぷり積まれていて、オレンジをたっぷりと売った売上金も積んでいて、船自体も新造の高性能スループ艦、船長は女の子で船員は五名……そして怖いロットワイラー号はナルゲスに停泊していて、海には居ない。
なるほど、お膳立ては全部出来ていたのか。
……どうしよう。




