部活外記録No.1 〈紅蘭高校、卒業式〉
この作品は『ダスト』のアナザーストーリーです。
まだ読んでいない人は先に『ダスト』を呼んでください。https://ncode.syosetu.com/n6064eb/
朝、目が覚める。
いつもと何ら変わりのない朝だったが、今日は私が通う紅蘭高校の卒業式だ。
けれども、私には仲のいい三年生なんていないし、部活にも入っていないから全く関係ないただの行事に過ぎない。
だからと言ってさぼるわけでもなくいつも通りに学校へ行き、茫然と時間を過ごす。
何が楽しいのかと尋ねられると答えることはできない。
それでも高校生としてやらねばならない。
リビングには誰もいない。
誰もいない家に「いってきます」と告げ、鍵をかけた。
歩道には袴や制服に身を包み、胸元には赤い花に紅蘭高校と書かれている。
もちろん誰一人として知り合いはいない。
温かい春風が吹いてくるが道には雪がちらついている。
校門には『第10回紅蘭高校卒業証書授与式』と筆で達筆に書かれてある。
そこで写真を撮る卒業生と保護者は感動のあまり式前に泣いていたり、笑顔で思い出話に花咲かせていたりと様々だった。
その間を通って校内に入った。
丁寧で煌びやかな装飾、色鮮やかな生け花が並んであった。
それに見向きもしなかった。
そしてしばらく廊下を歩いた。
私自身がどこに向かっているのかわかっていなかった。
なのに自然と足が動いていた。
そして今はもう使われていない教室の前で止まった。
扉に手をかけた。
すぐに開けられるはずなのに重く冷たかった。
誰かの助けがなければ開けられないほどに重かった。
やっとの思いで開けたがそこにはなんにもなかった。
ただ、誰も使ってない机と椅子が2セットあるだけだった。
心にぽっかりと穴が空いたようだった。
教室から出るとうつりがいた。
「うつりも来たんだ。」
小さく頷くもやはり何故ここに来たのか分からないようだった。
「あれ?1年生だよね?」
そこには見覚えのない3年生がいた。
「あなたは?」
「僕は青柳充。見ての通りこれから卒業する3年生だよ。君たちは?」
頭を掻きながら状況が読めていない様子だった。
「私が瀬川コロンで、こちらが鹿島うつり。1年生です。」
私が頭を下げると、続いてうつりも頭を下げた。
辺りを青柳さんが見渡す。
卒業式の行われる体育館から結構離れているため、誰一人としていなかった。
それどころか人気すらもなかった。
なぜ来たのかすらわからない教室の前に友達と知らない先輩の3人。
廊下に冷気が吹き抜け、微かに卒業を楽しみにしている生徒達の声が聞こえてくる。
「そろそろ僕は行くね。君たちに会えたのも何かの縁だ、またね」
こちらを向きながら体育館へと向かっていく。
その表情はなにか物足りないようだった。
「・・・・・・私達も・・・」
袖を引っ張り、急かすように言う。
扉を閉め、その教室をあとにした。
誰もいない教室。
その教室の窓は開き、古びたカーテンが風でなびく。
「やっぱり誰も覚えてないようだね」
その少年は手紙をひとつ、置いて去っていった。
その中身は誰も知らない、ある1人の男子生徒とある部活に当てられたものだった。
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体育館。
保護者もぞくぞく入ってきて、1、2年生が全員着席をし終えていた。
「これより、第10回紅蘭高校卒業証書授与式を行います。」
教頭のセリフを合図に吹奏楽部による合奏が始まった。
拍手が鳴り、参列者が一斉に入口の方を向く。
着飾って来た3年生達が1歩ずつ噛み締めるように入場してくる。
その1歩が卒業までのカウントダウンと思うと、その場の空気が重々しいものだった。
その中にはもちろん先程会った青柳先輩の姿もあった。
入場し終えて校長の言葉、在校生代表の言葉そして卒業生代表の言葉と続いた。
「次に、昨年卒業されました元生徒会長『國木田剛』さん、お願いします」
観覧席から一人の男が立ち上がり、壇上に上がる。
「卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。昨年、生徒会長を務めさせて頂いた國木田です。」
堂々たる姿勢で話を続ける。
「僕も体験したその心情はもう二度と味わうことはできません。卒業した僕としてはもう一度味わいたいと心底思います。ですが、時間というものはそう簡単にそれを許してくれません。後戻りは出来ません。」
卒業生と在校生はもちろん、その場にいる大人達までもを引き込んでいった。
そして、さらに引き込ませる話をした。
「僕は卒業するはずなのに、出来なかった生徒を2名も知っています。ですが、その人のことをきっとこの会場にいる誰もが覚えてないでしょう。その生徒達は全校生徒から慕われ、信頼される人達でした。」
話しながら涙を零していた。
私の視界も潤んでいき、隣にいるコロンも同じく涙を溜めていた。
周りを見ると青柳先輩と生徒会長の里中さん、教員の宮野先生も泣いていた。
「彼らの為にも、君たちは人生を楽しむ義務があります。決して権利と思わないでください。最後に一言、人生は自由です。高校から少し出るだけで様々な色が見えてきます。その色を使って綺麗な絵を描くのか、汚く仕上げるのかは君たち次第です。後悔しないようにしてください。長い間ありがとうございました。」
生徒達がスタンディング・オベーションを始め、それに保護者達がつられて始めた。
拍手に包まれながら國木田さんが壇上から降りた。
その演説はまさに紅蘭高校の生徒会長というのに相応しいものだった。
「國木田さん、ありがとうございました。」
卒業式もいよいよ終盤、卒業生のほとんどは涙を流している。
「卒業生、退場」
校長の深みのある声で卒業生が一斉に立ち上がった。
吹奏楽部の演奏にそって退場を始めた。
保護者はシャッターをたくさん切っている。
退場を終え、在校生もぞくぞくと退場を始めた。
先程まで喜びと切なさに満ちていたこの体育館も今は静けさが走っている。
足音が反響し、頭の中に響いてくる。
窓から見える空はとても澄んでいた。
そこから移動し、またさっきの教室の前にいた。
何を期待したのか分からないまま扉を開けた。
そこに國木田さんがいた。
椅子に座り、こちらを向き待っていたようだった。
「君も覚えてないんだね」
残念そうにこちらを見る。
「覚えてないって、なんのことですか?」
2枚の写真と1つの手紙を渡してきた。
「もし、明日になっても思い出せなかったらそれを見てね。確かに渡したから」
そう言い残して出て行った。
私はただ、呆然と時が過ぎるのを感じた。
翌日。
目を覚ました私は昨日託された冊子と写真を見た。
写真には男子生徒と女子生徒が映っていた。
二人とも紅蘭高校の制服を着てこちらに微笑んでいる。
手紙には『ハートドロップ』と書いてあった。
「ここに僕はもう居ないでしょう。ですが、『ハートドロップ』のみんなには存在だけでも知って欲しいので國木田先輩に託しました。僕は偽騰影、もう1人は西木戸光。もうこの世界にはいないけど、知っててほしい。それが最後の願いです。じゃあね、コロン」
何かを思い出しそうでも思い出せない。
もどかしい気持ちと自己嫌悪で自分が嫌になっていく。
そしてやっとの思いで思い出し、泣いた。
楽しかった日々、辛かった日々、そして好きな人が消えて本気で泣いたあの日。
それから私は2人のことを思い出すことは無かった。
それが2人の願いだと思ったから。




