勇者行商人編 -鶴の恩返し-
「あんなに繁盛してるのにつぶれるんですか?」
俺はノエルの店舗の方へ向く。
店の前は人でごった返しているが、あまり話し声は聞こえてこない。あそこにいるのは冒険者たちだ。ここに来てわかったことは、冒険者のパーティってのはギルドで即席で作られたもので友達同士で組むというわけではないようだった。つまりあまり仲が良くない。だから世間話はしない。
ここでマオに話のタネを明かすとノエルに聞かれそうだった。
「人ごみから離れたい」
俺が人差し指を唇に当てると、マオは不思議そうな顔をした。
「なんですか? その指?」
あっ、そうか異世界だとこのジェスチャーわからないんだな。
「俺の地元でよく使われてる二人っきりになりたいというジェスチャーだ。とにかくこっちきて」
俺は少女の細い腕を強引に引っ張ってダンジョン前の洞窟の裏手側にある崖に連れてきた。
ちょうどここは木陰になっていて通りからは木々で隠れていて見えなかった。
マオはなんだか顔を赤くして崖を背中にして俺と目線をそらしていた。
暑いのかと思ったが、どちらかというとここは涼しげな場所だった。
何だか指をもじもじして何かを待っているようだった。
まあいい。
俺は疲れたのでマオの背中にある崖に手を当てながら、事情の説明を開始した。
「あの店がつぶれると言ったのはな。あの店が顧客を選別せずに、なんでもかんでも貸してるから、回収できなくなってつぶれるだろうと思うからだ」
マオはぼーっと虚ろげな表情で下を向いていたが、俺が話し始めると、ハッとしたように俺の方を向いた。
「え?」
「え、じゃねぇよ。ちゃんと話聞けって」
「あ、あ、あ……ごめんなさい」
マオは今朝からどうも俺に対する態度がおかしいような気がする。なんだろう。疲れてるのか?
ただ、今はマオの体調を気にしてる場合じゃない。
時間がないのだ。
「保証金から回収するにしても、高額商品の代金を保証金から出すのは困難だ。何故って保証金はあくまでギルドに雇われている人物が不手際を起こした時に、その弁償をするためのもんだ。
冒険者の銀行預金じゃないし、使いこんだら当然後で補填しなければならないはずだ。
回復ポーションのような小銭ならともかく、武具や防具のような高価な商品を保証金の中から出してくれって申し出の場合、後で補填できるのか心配になって、ギルドマスターがその申し出を受けるとは思えない」
「そう……ですか」
俺は上の空のマオに少しイラッとしたが、話を続ける。
「それに”信用情報”というのがある。冒険者がお金をどのくらい借りていたり、その借りたお金をきちんと返せているかという情報だ。昨日、借金の回収のついでにギルドマスターに聞いたんだが、どいつもこいつも酒場で借金してるそうだ。だから大金の返却なんてできない」
「……それはよかったですね」
「それはよかったって、自分のライバルがつぶれるんだぞ。うれしくないのかよ」
「なんという、そんな話ですか、みたいな。そりゃまあ商売がまた閑散になるのは嫌ですけど」
マオのさっきから歯切れの悪いセリフにイライラが募る。
理由がよくわからない。
マオは金づるになりそうな俺のことを必死で引き留めたのになんでこの話にはあまり食いつかないんだろう。自分の店のことは一番興味を持っていい話なはずなんだし、大体朝から俺への態度が妙に変な気がするし。
「それだけじゃないんだって、今なら良いもうけ話があるんだって」
俺の興奮とは対照的に、マオは興味なさげだった。
「私としては、売れなくなったらこの場所から離れればいいだけです。前からそうしてきましたから」
今度はつっけんどんな返しをされる。
行商人という立場から考えると、商売敵に場所を取られて移動するのはよくあることなのか?
とにかく何かよくわからないが、マオはイライラしているようだった。
しかし、今はマオのよくわからない気持ちを察している場合ではないというか。時間がないのだ。
俺は計画の初動段階を始めることにした。
「なぁ、誰かからお金を借りるツテないか?」
「は?」
マオは露骨に警戒するように一歩後ずさりして身構えた。
話の段取りを間違えたかもしれない。
いきなりお金を借りる話は唐突すぎたか。
マオだって行商人なのだから、お金を借りるツテの一つや二つは持ってるはずだ。少なくとも、異世界に来てまもない俺と違って信用がまるで違う。
通行証もあるだろうし、身分証みたいなものもあるんじゃないだろうか。例えば商人組合なんかに所属している可能性もある。まあその可能性はないにしても、旅をして色々顔を出しているなら、知りあいの一人や二人くらいいるはずである。
この計画にはお金が必要なのだ。それもかなりの額のだ。到底俺では借りられないのだ。
「普通、こんな子供にお金貸してなんて言わないですよ。いい大人が」
「そりゃまあそうだけども……俺、文無しなんで」
「こんなとこに連れ込んで言うことがそれですか……はぁ、昨日、今日付き合って解りましたが、あなた本当にお金のことにしか興味ないですね」
「それは違うな。俺は大いなる目標のためにお金が必要なんだよ」
「そのセリフは博打打ちの定型句ですよ。ポーカーで全額すって俺は第3魔法軍団所属の政所執事になるための金なんだー……ってね」
やれやれとマオは肩をすくめる。
なんだダメなのか?
俺は落胆した。
せっかく大金稼げそうなのに、マオだってその方がいいはずだろうが……
まあこんな子供一人説得できなきゃ、この計画達成できるわけがないのかな。
そのままマオはにやけ顔になると、くすくすと笑いながらこう言った。
「いいですけど、一つ貸しですよ」
「まじか」
「まじですよ。私にもリスクあるんですからね」
「それでそれでどこに行くんだ? 商人ギルドか? それとも教会とか? 行商人仲間とか?」
マオは真剣な表情になると、俺の言葉を制止した。
「そうですね。私からお金を借りたいというなら、誰にお金を借りているかについては考えないこと、そして私がこれから行くところにもついてこないでください」
「なんだそれ」
まるで鶴の恩返しみたいなこと言うな。
あれは障子の先は見ないでーとか言ってた鶴が機織ってるとこを知ったら鶴がいなくなる話だったけども。
マオの正体は鶴だってか? いやまあ異世界だと別にそれ驚くべきことでもなんでもないけど。さっき狐に化けた人と会ったし。
「そうしないと、あなたと一緒にいられなくなります」
ますます、鶴の恩返しだなこれは。
まあだからどうしたの?って気持ちは変わらんが。
「何をもったいぶってるんだか知らないが、別に詮索しねぇよ。別にお前が何者でも金貸してくれりゃいい」
「そうですか」
そう言うと、マオはすっと俺の手をくぐって、通りの方へ戻っていった。
てっきり俺はそのまま通りを進んで町の方に戻ると思った。
しかし、である。
マオは”ダンジョン”へ行く方向へ歩いて行き、そして”ダンジョン”の洞窟の中に入っていった。
え? そっち?
洞窟の中には冒険者くらいしかいないはずだが、そいつらから借りるのか? いや待て待て戦闘中の冒険者が大金持ってるか? 普通?
後は、洞窟の中の行商人くらいだろうけど、昨日見てたが、洞窟内で商売する奴なんて一人も見てない。
じゃあ一体誰から借りるんだよ。マオは。
”モンスターから金を借りるしかないじゃん”
という言葉がよぎった。
いや、モンスターから金を借りるって、モンスターが金を貯めこむのか?
骸骨戦士やゾンビーが金を溜めるなんてありえないだろう。
もし、借りられるとしたら、
そいつらを統率する。
ある程度知性のある。
”魔王軍幹部”……
「はい」
俺がそんな思案を重ねていると、いつの間にか目の前にずしりと重い革の巾着袋をマオが片手でぶら下げていた。
中身はひぃふぅみぃ……5,60程度の金貨がざっくばらんに詰まっていた。
金貨には角の生えた爺さんの顔が映っている。
「ここで見たことない金貨だな」
「北国で使われてる金貨ですからね。北国では広く使われてる金貨ですので、為替取引所に行けば、交換してくれます。聖堂前が一番レートいいと思いますよ」
その北国の金貨は最近発行されたものとは言い難く、金属はくすんでおり、土まみれだった。ただ、悪貨とは言い難いのは事実であり、悪貨ならば、この爺さんの顔もへちゃむくれみたいになるはずだ。俺が今持ってる銅貨なんかひどいもので、人間の顔を彫っているはずなのに、どう見てもモンスターだった。
まるでこの金貨を誰かが長いことダンジョンの中に隠していたみたいだなと思った。
「こっち側の金貨に直せば300万シーゲルですね。十分ですよね?」
「ああ、そうだな。一端換金のために町に戻ろう。で、夕方くらいにここに戻ってくる」
「為替手数料安くすめばいいですねぇ」
「その前に昼でも食べよう。ただ、あんまり高いのは勘弁してくれよ」
「携帯食の肉団子屋があるんですのでそれが食べたいですねぇ」
詮索するなと言ってるわけだから。詮索しない方がいい。
今はあんまり鶴に戻したくないな。
お勧めの肉団子は結構おいしかった。
金属がくすんでるのは不純物が混じってるせいです