勇者行商人編 -ダンジョン前売り場-
『シーゲル家前地下宮殿』
つい先日、農夫のシーゲルがマンドラゴラの段々畑を作ろうと斜面に鍬を入れたところ地面に穴が開いて発見されたことからこの名前がついたダンジョンである。
王宮内にいる聖職者が古代の文献を書庫から引っ張りだしたところ、1000年前に築造された今は滅んださる魔王軍貴族の宮殿であることが判明した。
何故滅んだかについては諸説ある。
勇者によって攻略されたとか、土砂崩れや水害等による自然災害によって出入り口がふさがれてしまったとか、魔王軍の同士討ちの末放棄されたとか、ともかく1000年前であり、よくわからない。
しかし、聖職者によれば、ゾンビーや骸骨戦士等の不死系魔物が未だ闊歩し、1000年前の宝が埋まっているということが解った。
冒険者たちはすぐさま陰気臭い冒険者ギルドから飛び出てお宝目当てにダンジョンへと殺到した。
となれば、当然こうなるわけである。
「はい、3時に待ち合わせをしていた冒険者の方はここにお並びくださーい」
整列係をやってるシーゲルおじさんが冒険者の一団の前で声を張り上げる。
その両脇の道には商人の屋台が立ち並んでいた。
「らっしゃいらっしゃい。うちの武具はピッカピカの純正品! 骸骨戦士の骨すら砕くダマスカス鋼だよ!」
「ダンジョンに入るならこれ。保存食でしょ。なんとスライムの日干し飯。たったの10セット100シリングで提供だよ!」
俺は商人どもの喧噪に耳を傷めながらも、アオリオ商店で買いこんだマンドレイクと光キノコをすり鉢でゴリゴリ擦っていた。
「なんていうかお祭りの屋台だなこれ」
「……無駄口言ってないで手を動かしてください」
マオは口を尖らせてビーカーに入った紫色の液体をガラス棒でグルグル回している。
俺は
『ポーション売ります』
と書かれたボロ板の位置を直すとまたマオの隣に座った。
マオはこういう薬品アイテムを売って行商人生活をしているようだった。
「しかしまあ……売れないな」
「……うるさいですね」
マオはビーカーの中の回復ポーションを山もりに積まれた丸底フラスコに手荒くぶち込んで、俺の足に蹴りをぶち込んだ。
全く売れない。
それもそのはずである。
出店数が多すぎるのだ。
うちのような薬品店がすでに3つあり、武具屋は5つ。雑貨屋は6つである。
それに対して、冒険者は1時間に2グループ10人やそこらだ。
当然ながら街で十分にアイテムを買いこんでダンジョンに行くものも多い。その10人が全員買うことは稀で、せいぜい購入者は2,3人程度である。
「値下げしないのか?」
「バカですね。材料費が9シリングなのに、これ以上どうやって下げろというんですかあなたは?」
マオは10シリングと書かれた値札を指ではじく。
まあ別に俺はアルバイトだから店の売り上げがどうなろうとどうでもいいけどな。
いや、むしろ暇な方がいいね。
とか考えているとマオは不意にとんでもないことを言った。
「このまま売れなかったらあなたの朝飯はなしになりそうですね」
「はぁ!?」
「売り上げがなかったらどうやって給料出すんですか? 頭大丈夫ですか?」
「そんなん俺には関係ねぇだろ! お前の貯金から出せよ!」
「人間は傲慢ですね。寛大な私が臣下に下賜してあげようというのに。あーありえないありえない。まあ最低でも今日10個は売れないとダメです」
まじかよ。
あーどうすんだこれ。
朝から人っ子一人ここに立ち止まってねぇぞ?
10個なんて到底売れるわけがない。
ていうか、こいつはこいつで勧誘もしねぇで風呂敷の上で胡坐掻いてるだけだし、商売やる気があるんかてめぇ。
こいつに頼ってちゃだめだ。
「あーしょうがねぇな。俺が人肌脱いでやるよ。10個でも100個でも売ってやる」
「へー雑用しかできない人間が大きな口を叩きますねぇ。ちなみに私の店の最高記録は1日に売り上げ10シリングです」
「1個かよ!」
「当然です。質が悪い上に値段も高いですからね!」
マオは自信満々に腕組する。
「あー頭痛くなってきた。しゃーねぇこれしかねぇか」
俺はポーションの山から一つ取りだすと、三叉槍を肩に掲げるいかにも貧乏そうな戦士に声をかけた。
「にぃちゃん、一個どうよ?」
すかさずマオは俺の耳を引っ張って恨みがましそうな声を出した。
(あんな貧乏そうな人が買ってくれるわけないですよ)
俺はマオを気にせず戦士にポーションを見せる。
「あ? 回復ポーションか? 欲しくねぇわけじゃないんだが、今金ねぇんだわ。じゃな」
やはりな。
手を振って去ろうとする男の手を俺はバシッとつかんだ。
「いや、だから金ねぇって……」
「別に今金なくてもいいよ。やるよ。今のところはタダでいい」
戦士の手にポーションを握らせる。
「どういうことだ……?」
マオはぎょっとして慌てて俺の目を見る。
それはマジふざけんなという目だった。
めっちゃ怖かった。
「お前さん。これからがっぽり稼いでくるんだろ? そんときでいいよ。つまり清算はダンジョン出てからでいい」
「いいのかよ? 何の成果もないかもしれないぞ」
「俺はお前のこと信頼してるからな」
「まじか……」
「ただし、値段は10シリングじゃなくて15シリングな。後、借用書にサインしてくれ」
「おうおういいぜ!」
戦士は俺が書いた借用書にサインすると喜んで回復ポーションを持ってダンジョンに入っていった。
「な? これを続ければ簡単だろ?」
俺がマオの方を振り向いた瞬間錫杖が俺の頭にドカンという音を立てて降り注いだ。
「バ、バカじゃないですか? 宝箱取って出てくる人って少ないんですよ? せいぜい5人に1人! しかもあの人ソロパーティじゃないですか! ソロパーティなんて大体弱っちぃモンスター倒してパーティメンバーが捜索したダンジョンの残り物を拾ってるんです。絶対回収できませんよ!」
「俺は別にあいつが宝箱取ってこれるなんて思ってねぇよ」
「じゃ、じゃあ私の回復ポーションをタダであげたんですか。ふざけないでください。私の労働を返してください」
「だから宝箱取ってこなくても回収できるって」
「返してー 私の材料費ー お金返してー」
「あーもう、話聞けよ! あいつが払わなくてもな。ギルドには保証金があるんだろ。この借用書見せればギルドが払ってくれるでしょ」
「は!?」
マオの錫杖脳天勝ち割りラッシュが止まる。
「そ、そうか~」
「そうそう、それに大体こんな回復ポーションなんて高いもんじゃないんだから、さすがになんとか金を工面するだろ。モンスターの肉とか素材とか売ってれば回収できるレベルじゃないか?」
「オオコウモリの羽3個です。確かにできないわけではないかも」
「だろ? さすがにその程度の金額でバックれはないだろ。 冒険者は男を売る稼業だ。そこまでケチじゃ冒険者仲間の間でハブられちまうぜ」
そのとき、マオの目が俺のことを軽蔑から羨望の目に変わったような気がした。
「すごい。全然思いつかなかった。人間の癖にやりますね」
「そうか? 誰でも思いつくんじゃないのこんなこと?」
「絶対そんなこと思ってないくせに」
マオはにやにやしながら俺のことを肘で小突いた。
俺は笑ってそれを返す。
「ばれたか。じゃあ俺は営業してくるから、ジャンジャン作ってくれよな。マオ」
「はい!」
ということで、俺達は道行く貧乏冒険者に回復ポーションを売りに売りまくって早計126個の回復ポーションを売ったのだった。
懸念だった金銭の回収だったが、9割方の冒険者はその日の内に友人から金を借りるか、ダンジョン内のモンスターの素材で返ってきた。
ギルドから保証金の回収は2、3人にとどまっており、戦闘で重症を負ったものだった。幸いにもこの日は死亡者はいなかった。
予想外の収入に沸いたマオと俺は一つ上の高級宿に泊まってその日はぐっすりフカフカのベッドで寝たのであった。
(´・ω・`)これってソフト闇金がやる手なんですよね~計算すると一日利子2割という暴利なんですけどね。手数料だと言いはるんですよ。
まあ闇金だと現ナマ渡すんですが。
創業時の武富士もこれで稼いだらしいです。