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勇者金融屋編 -こうして冒険者ギルドは消滅した-


 その翌日、体中を包帯に巻かれたイスカは杖をついて冒険者ギルドに入った。

 イスカの姿を見たギルドマスターはぎょっとしたし、ギルド内の冒険者達は何があったのかと目を丸くしていた。

 イスカはその視線を無視して、首をゴキゴキと鳴らし、カウンターに座る。

「マスター、いつもの。ただし、今日はツケだ」

 銀等級のイスカは特段何も制限されず飲み食いはできる。これが赤とか黄とか言った等級になると、話は別で、ギルドマスターの方も金銭面に問題があるケースが多いので大体拒否している。それだけ銀等級は信用があるということだった。

 ただし、イスカの場合、一々後で払いに行くのが面倒なのか、大体現金払いだったから、マスターは金が返されないか少し不審に思い、手が止まった。

「エールだよエール……オイ! 知ってんだろ!」

 イスカが睨みつける。

 金を返せるのか? と直接聞くわけにもいかないマスターは樽からジョッキにエールを注ぐと、それとなく事情を聞いてみることにした。

「おうおう、こっぴどくやられたじゃねぇか。なんだ? ドラゴン退治でもしてしくじったか?」

「ドラゴン? ドラゴンっていうか……第二魔王軍の機械化エルフにやられた感じかな」

 機械化エルフとは、魔王軍に投降したエルフ達が魔王軍によって手や足を機械化された主人に従順なモンスターのことである。彼らはその生来の魔法力に加えて蒸気機関による強大なパワーを手にしており、異世界の勇者たちを何度も撃退していた凄腕達だ。

「ハハハ、バカバカしい。機械化エルフなんて出てきたときにはうちの町なんて1日で吹き飛んじまうよ」

「冗談じゃねぇよ。アレはそれくらいすごかったんだ」

 マスターは反応を見て、どうも弱いモンスターにやられたけど、事情を話せないなんだなと判断した。金がないのは治療費にずいぶんとかかったのか。

「まあそういうときもあるさ」

「だから冗談じゃないんだって!」

「じゃあ名前言ってみろよ」

「え……いや、それはその……」

 イスカとしては魔法店の爺さんにやられたとは中々言えなかった。ていうか言えるわけがない。爺さんにやられたなんて言われたら、銀等級から銅等級に格下げにされるかもしれない。そりゃそうだろう。そこらの町にいる爺さんに勝てない冒険者等資質が疑われるというものだ。

「う、うるせぇな。それより良い仕事ねぇのか?」

「表の?」

「馬鹿にしてんのか? 裏に決まってるだろ」

「その体でできんのか?」

「子分達にやらせるさ」

 ギルドマスターは目つきが鋭くなると、カウンターの下から手帳を出し、パラパラとめくった。ちなみに正規のクエストはギルドの壁に貼ってある。こっちの”裏”のクエストは人に言えない仕事だ。

 マスターはイスカの耳に口を近づけてできるだけ声を小さくして話した。

「行商隊の荷の強奪 報酬 荷の4割。

盗賊討伐に派遣された冒険者の討伐 報酬10万シーゲル

道具屋の娘の誘拐 報酬 4万シーゲル……」

「それだ。最後の娘の誘拐」

「安いの選んだなぁ」

「子分にできるのはそれくらいだからな。俺がいたら行商隊の方選んでる。それにまあ……こっちの方が子分の士気も上がるだろ」

「うへへ、ちげぇねぇ」

「俺も参加してぇんだけどなぁ」

 前にも書いた通り、冒険者の仕事はモンスターを倒すクエストではなく、こういった暗殺、強盗、誘拐等が主だ。モンスターを倒しても安い寄付金くらいしかないし、それでは食っていけない。そのため、こういった町の人間や周囲の町の人間を襲って金品をせしめることが主な仕事になっている。

 もう長いことこの仕事を続けていて彼らには罪悪感等はとうになくなっていた。道具屋の娘を誘拐すると決めたのも、冒険者達が道具屋の金品を平気で盗んでいくのを、近隣のギルドに依頼して撃退したことが原因で、要は冒険者による意趣返しの面が大きかった。

「今度のクエストはこのギルドマスター様も仲間に入ろうかな」

「オイオイオイ、親父良い年してお盛んじゃねぇか。ギャハハハハ」


「誰を誘拐するですって?」


 その時、一人の娘が冒険者ギルドの観音開きの扉を開いて入ってきた。

 いや、これを娘と言っていいのか。

 黄金の鎧を身にまとい、指の一本一本にヤイバを装着したシザーハンドを装備。

 すばやさを3倍にできる疾風の軍靴を履き、背中には対魔法防御を2倍にする羽飾りを装備していた。

 顔には装備がないので、赤毛の少女であることが解る。

 イスカはその姿を目にして、とっさにカウンターへのけぞり、恐怖の表情をした。

「道具屋の娘……だよな?」

 ギルドマスターは道具屋の娘の顔を知っていた。だが、状況がよく呑み込めないのか、焦点があってないような顔をした。

「フィンガーフレアボム」

 娘は呪文を唱えると、指先から火炎弾を出し、カウンターへ着弾。酒があったのでカウンターは良く燃えた。

「何だてめぇは!?」

 ギルドマスターの声を無視し、娘はギルド内にいる冒険者達を無慈悲に炎で燃やしていく。

「キャハハハハハハ」

 なんか娘は色々精神が吹っ切れたような恐ろしい笑いを甲冑の中からくぐもった声で出していた。

 イスカはカウンターのギルドマスター側へ飛び移ると、ギルドマスターの頭を抑えつけて、カウンターの中に身を隠した。

「マスター! あいつは”道具屋の娘”だ」

「はぁ!? なんで道具屋の娘が、あんな完全装備してんだよ!?」

「あいつが、あいつが装備品を”貸し”やがったんだ!」

「あいつって誰だよ! 隣町のギルドの報復か!?」

「ちげぇ! あぁ! 説明は面倒だ! とりあえずここが火の手に回る前に逃げるぞ!」

「いや、でも俺の店が……」

「命あっての物種だろうが!」

 冒険者たちが火だるまになって転げ周る地獄絵図の店内。

 その中を二人は一気に駆け抜けた。

 しかし、ギルドから出た瞬間。

 彼らはその光景に驚愕することになる。

 

 そこには、完全装備の数十人の町人達が冒険者ギルドを囲っていたのだ。

 雑貨屋、薬草屋、宿屋、武器屋、料理店、喫茶店、御菓子屋、パン屋、文房具屋。

 町の商店街のみなさんが、伝説の弓だの伝説の槍だのを盾だの鎧だので固めた超重装備で出迎えてくださった。

 二人は逃げ出せず、その場で足をガタガタ震わせて立ち尽くしてしまう。

 冒険者ギルドの虐殺を終えた道具屋の娘さんが店の外に出てきた。

 そして口に手を当てて皆に呼びかけた。

「商店街のみなさーーーん。冒険者を一人残らず駆逐してやりましょう!」

「イェアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 商店街のみなさんの鬨の声が鳴り響いた。

 それぞれの得物をもってにじり寄る商店街の皆さま方。

 ギルドマスターは怯えながらも彼らの説得を試みる。

「こ、殺さないでくれ!」

 それに道具屋の娘が艶めかしい目つきををして、ギルドマスターの顔の目の前まで近づけて言った。

「殺さないです。冒険者の皆さまには冒険者を止めていただくだけです。もうこれ以上、町には危害を加えないことを誓っていただくだけなのです」

 一瞬、ギルドマスターはほっとしたような表情を浮かべる。

「但し、あなたたちが今まで商店街に働いた狼藉の数々の弁償はしてもらいます。ざっとそうですね。一人当たり1000万シーゲルです。 あ、ギルドマスターのあなたは別です。責任者として8000万シーゲルは払っていただきます」

 ギルドマスターはすぐに青ざめた表情になる。

「そんなもん払えるわけがない」

「うっせぇんだよ!!」

 道具屋の娘はシザーハンズでギルドマスターの頭を掴むと、マスターの禿げ頭を切り刻みながら、地面に何度も叩きつけた。

「ひぃいいいい ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「こっちは町人全員武装してるから、もう他の町の冒険者なんて怖くないんです。もちろんあなたたちもそうです。この町には冒険者は必要がない」

「そんなぁ」

「私たちが望むことは冒険者の方々に真面目に働いて借金を返していただくことです。そう。何十年かかろうと、老人になっても永遠に……」

「うっっうううううう」

「こっちだってこの装備借りた金があるんです! てめぇらに返してもらわないと困るんですよ! さぁ! 泣いてないで、ギルドマスターのあんたはまず隣町へ道具の買いだしからしてもらいますよ! あんたは街道の掃除から!」

 二人はそのまま地面に崩れ落ちた。

「俺達、冒険者の負けだ……」

 町人達は歓声を上げる。



 歓声を上げる町人達の横を通り抜け、角を抜けると、ノエルは変身を解いて、ベンチの上へふぅとため息をついて座った。

「ご苦労さん。甘いもの買ってきたぞ」

 ノエルはその声を聞くとピンと耳を立たせる。

 金田はアップルパイの一切れをノエルに渡した。

 横にはマオもいる。

「わっちはこれ元の世界でも好物じゃったのよ」

「というと太っちょ狐でしたか?」

「仕事終わりに、あんまり喧嘩になるようなこと言うなよ」

 マオはツンとして二人から顔を背けてベンチの上で頬杖をついた。

「道具屋の娘さんやりたくないっていうからノエルに変わってもらってよかったよ。しかし、この変身の特殊能力使えるな」

「はぐはぐ……そうじゃろ。わっちのは自分以外の人間も変身させられるからの。さすがにすぐにレアアイテム用意できなかったから、あの町人達のほとんどはわっちが変身させてレアアイテムを装備させたようにみせてたこと知ったらあのギルドマスターどう思うじゃろな」

 ノエルの特殊能力は変身能力である。他者、自分問わず変身させることができ、見た目をどんな形にもできる。ただし、見た目が変わるだけで、能力値が変動するわけではない。戦闘に使える能力ではないので、利子も低かった。

 魔法店のときも、金田とマオを老夫婦に変身させてイスカが来るのを待ち伏せていた。イスカが魔法店に行くことは、昨日ノエルがイスカの子分に聞きだしていたので、それを迎え撃った形であった。

 ノエルはアップルパイをほおばりながら、荒れ果てる町を見る。

「この町はこれから再生するんじゃろな……」

 ノエルはニコニコしながら頭の中で未来の町の姿を思い浮かべていた。

 そしてふと、焼け焦げた冒険者が目の前を通り過ぎるのを見る。それの尻を叩く、どこかの店主。早速仕事でもさせているのだろうか。

 なんとなくノエルはそれを見て、不愉快な気持ちになった。


 たぶんこの街は冒険者ギルドが支配する街から商人ギルドが支配する街に変わるのだろう。

 治安は良くなり、人々の往来も増え、商業活動は活発になる。

 そして発展したこの町はゆくゆくは首都となり、この地域一帯を経済圏に置く中心街へと発展するのだ。

 それは奴隷制による不安定な経済を終わらせ、労働者による経済へと発展させる。

 だが、何故だろう。元冒険者の顔を見ると、奴隷制から近代経済へ発達したとしても内実に大きな違いはないように感じるのは……のじゃ

 そもそも奴隷でなかった元の世界のわっちは幸せじゃったのかと。


 ノエルがぼぉっとみすぼらしい冒険者を見てるのが解ったのか、金田はポンポンとノエルの頭を撫でた。

「お前が何を考えてるか解るが、暴徒が町中を襲うよりはましだろ」

「そうじゃな。たぶんそうじゃろ」

「金貸しはな。ただ金を貸すだけだ。それでそいつが栄達しようと没落しようが関係ねぇ。商店街の連中は栄達した。冒険者は没落した。で、町は発展する。それだけさ」

 ノエルはなんとなく寂しかったが、アップルパイがおいしかったし、これからはこのアップルパイが大量生産されるのかなと思ったので、まあいいかと思った。

 前よりはまし。それでいいのだ。

「さて、そろそろこの街にも用はないし、出かけるかな。貸出料金は自動的にあの魔法の袋から転送されるしな」

「そうはいきませんよ」

 マオが金田の服の袖をつかむ。

「え? 何?」

「私が貸したお金を返してください」

「あ、ああそうだったな。確か、300万シーゲルだったよな。まだ町人からの貸出料金返ってきてないから、大金はないけど、それくらいなら」

「6000万シーゲルです」

「はぁ?」

「緊急だったので20倍返しでしか契約してくれなかったんですよ。あの人は」

「いくらなんでも暴利すぎんだろ! 誰から借りたんだよ!」

「第3魔王軍師団長 管領 ウヴォーギン・ヴェルキン」

「魔王……軍?」

 マオは自分の胸に手を当ててこういった。

「あれ、言ってませんでしたっけ? 私この世界の魔王だったんですけど……」

 その時、金田の手に光輝く手錠ができた。

 マオの錫杖で金田は抑えつけられる。

「すみませんね。ちょっと一緒に来てもらいますよ」

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