勇者金融屋編 -勇者は戦闘兵器を作る-
冒険者からの取り立てが終わった翌日。
人通りが全くないうらびれた郊外の街角へノエルは耳をピョコピョコ動かしながら出かけていた。
ノエルはその中の一つの店で立ち止まる。
店頭には多数の値札が貼られているが、そこには商品の類はない。
ノエルは少し寂しそうな表情で恐る恐るガチャリと音を立ててドアを開いた。
店の中は中身が空っぽの棚が6列ほど、埃をかぶって左右に設置されている。
ガラスの窓から木漏れ日が差し込み、棚の内部に張られた蜘蛛の巣を映しだす。
中を進んでいくと、店主らしき人物が木製の車いすに座ったまま、角の方で寝ているのを見つけた。
「親父さん! ノエルなのじゃ!」
とっさに声を上げると、白髪頭の店主は”んおっ”と口からよだれを垂らしながら顔を上げた。
「なんだぁ。ノエルかぁ。久しぶりだのぉ。最近は商売うまくいってるのか?」
「親父さん! 何か色々あったらしいけど、大丈夫け?」
「……ノエルに知られてもうたか」
店主は恥ずかしそうに頭を掻く。
ここは魔法店で彼はそこの店主だった。
先日に書いた通り、魔法店の店主は冒険者に騙されて金を取られ、負傷している。そのことを店主は若輩者のノエルにあまり知られたくなかった。
店主は異世界に転生したばかりで、露頭に迷っていたノエルにお金を渡して、何か月か魔法店の中で働かせ、この世界の商売の基礎を教えた人物である。
つまりノエルの師匠筋というところだった。
「親父さん! こんな状態じゃお店できんじゃろ。な・の・で・これじゃ!」
ノエルは巾着袋に入っていた金貨を机にぶちまけた。
その金貨はパチンコ台からでてくる球のように山になって積みあがる。
「これは?」
「ざっと200万シーゲルなのじゃ! これでもう一回店をやりなおしてほしいのじゃ!」
ノエルはこれで喜んでくれると思っていたようだった。
「……」
店主は黙り込んだ。
そして、ワナワナと震えて持っていた杖で机を叩き、怒りを露わにした。
「帰れ!!」
いきなり表情を変化させた店主に耳をピンと立てビビるノエル。
「ど、どうしてなのじゃ、このお金があれば、昔のような規模ではないが、小さい店なら開けるのじゃ」
「……う、うるせぇんだよ。俺はもう終わったジジイだ。放っておけ!」
「あっ、借金だと思っておるのか? 心配しなくてもいいのじゃぞ? これはわっちのおごりじゃ。何も心配することはない」
「それが余計だってんだ!」
「ど、どうしてなのじゃ! わっちには何がなんだか。せめて理由だけでも」
ノエルには店主の気持ちがまるでわからなかった。
店主は押し殺した声を出すように返答した。
「馬鹿やろ。弟子に憐み恵んでもらってよ。小さな店を開くだぁ? ジジイだからってなめんじゃねぇよ! こっちにもプライドがあるんだ」
ノエルはやっと店主の気持ちに気づいた。
苦節60年。丁稚のころから働いて、ようやくのれん分けしてもらって魔法店をようやく40で開いた。
店を少しずつ大きくしていってこの街一番の魔法道具屋になった。
しかし、一端の魔法店としてやってきたつもりが、商売人として一流だったつもりが、冒険者に騙されて店は壊滅状態。今じゃ孫娘の仕送りに頼って老後生活だ。
さらにその弟子がどこからか店を持ちなおせる程の大金を持ってきて、そいつから憐みのように金を恵まれるという状況は店主にとって筆舌に尽くしがたいほどの屈辱だったのだ。
ノエルは元の世界で逆の立場になったことがあるからわかる。
喫茶店でアルバイトをしていたころ、ノエルは金がないからと、どこかの会社の正社員でシフトとして入っている後輩の20代の若者に奢られたことがあった。
あの時のノエルと店主は同じなのだ。
「すまねぇ……くそぉ、俺が悪いのは解ってるよ。それに今更そんな金もらってもどうしようもねぇんだ」
「……」
「どうせ、またお金稼いでも、冒険者どもに取られちまう。それが怖くてできねぇんだ」
そのとき、店主の額にふわっとした柔らかいもので包まれた。
ノエルが店主の頭を優しく抱えて抱きしめたのだ。
「大丈夫じゃよ。安心するんじゃ」
ノエルは店主の白髪頭をなでる。
店主は嗚咽するとそのまま涙を流してうなだれてしまった。
「すまねぇ……すまねぇ。でもやっぱり怖いんじゃ」
「いいんじゃ……わっちが出過ぎた真似をしてもうた。親父はゆっくり過ごすとええ」
「わりぃ……」
「いいのじゃいいのじゃ」
それから何分かノエルは店主の頭を撫で続けた。
親父はぐすっと鼻水を手で拭くと、ノエルの胸を手で押しのけた。
「これ以上の醜態は晒せねぇ」
「いつでも心配になったり、怖くなったらわっちのとこに来ていいんじゃぞ。いつでも大歓迎じゃ」
「おめえ……くっそ、ひ孫みたいな年齢の弟子に頼るようになるとはな。あー解った。もう隠居して娘夫婦のとこに行こう意地になってこんなとこにいてもしょうがないわな」
店主はキリリと木材がこすれる音を鳴らして車いすを押す。
机の中の本を出していき、木箱の中に詰めていった。
ノエルの方もそれを手伝う。
そして一つの本を手に取った。
「この本もらっていいかの? わっちが弟子入りしたときからあった本じゃ。高すぎて誰も買ってない本なんじゃが」
「それは……空間転移の魔導書か。ええぞ。娘夫婦はただの街役人だから、そういう行商人が使うようなのはいらんだろしな。わしが死んだら形見にでもしといてくれ」
「やった……なのじゃ」
ノエルはにっこりと笑った。
その時である。
ガシャアアアアン という音とともにドアが蹴破られるのを。
「ごめんくーださーい。クッソジジイ!
オラァ!! 銀等級のイスカ様の参上だぞ! 出迎えねぇか!」
大剣を肩に背負った大男。
昨日戦った銀等級のイスカが現れた。
イスカは店に入るや否や、その大剣を振り回し、大きな棚を次々に倒して、粉塵をかきたてていく。
「ヒャアアアア 楽しいぃいいいい なんで人の物を壊すのってこんなに楽しいんだろぉおおなぁああああ」
店主はその姿を見たとたん地面に座り込みガタガタと体全体を震わせた。
「お金を取られちゃった僕ちんがぁ ジジイのカツアゲに来ましたぁ オラア! どこに隠れてんだ早く出てきて金渡せや!」
ノエルは店主とイスカの間に両手を伸ばして立ちふさがった。
「狼藉者やめるのじゃ! 」
イスカは振り回していた大剣をぴたりと止める。
「あぁん? てめぇは……ゲッ 昨日の狐娘かよ」
イスカはぎょっとして辺りを見回す。
どうやら、金田達がいないか確認しているようだった。
そこら中の棚をひっくり返したりして隠れるものがないか確かめている。
「店の中にはいないようだな。外にはさっきいなかった。ここは一本道で家と家の隙間もなく隠れるところはない。強いて言えば、近くに店の前を掃除していた老夫婦がいたが、あいつに比べて身長が低い……変装だとしても身長を縮めることはできない」
イスカはその容姿に比べて慎重な性格である。じっくりと一つ一つの論理を積み重ねて金田達がいる可能性を潰していった。
そして確実にいないということが解ると、ノエルに警戒なくにじり寄っていった。
「あいつらがいねぇなら、このイスカ様に勝てる奴なんていいねぇ」
「ハッ! 銀等級がずいぶんビビるようになったの! 所詮冒険者ギルドが作った身内びいきの勲章じゃったと気づいたかぃ!」
イスカはノエルの髪をグシャリとひっつかむと、そのまま片手で持ちあげた。
そして運動後の紅潮した顔でこう言った。
「てめぇ、よく見たらいい顔してんじゃねぇか。終わったらいっちょ楽しもうぜ」
「痛いのじゃあ! 離せ! この!」
「や、やめろ!」
店主が這いつくばりながら、イスカの足を引っ掴んだ。
「店はやる。それで何とかできないか?」
「店だぁ? 取り過ぎて、てめぇこんな小汚い店しかないのか? まあ売れば結構な金になるか……ん?」
イスカはノエルを店頭の大きな窓ガラスに投げつける。
「ぐはっ」
イスカは机にぶちまけられた金貨を両手でつかみ、眼を輝かせ、そして腹の底から笑いだした。
「あるじゃねぇか! ざっと200万シーゲルある! ウヒャヒャヒャ……」
その時、店主はぐったりしたノエルに匍匐前進ですり寄り、抱き上げた。
ノエルは半目を開き、意識はあった。見た限り外傷はなかった。しかしあれだけの力で叩きつけられたのだ。苦しそうに小さな胸を上下してぐったりしていた。
店主の脳裏にノエルを守らなければという意識があった。
だが、足は震え、眼光は下を向く。前を見ることができなかった。
「わしは……意気地なしじゃ、こんな状況でもまだ怯えているっ……」
壊れたドアから日光に背中を当てられて顔のよく見えない男が現れた。
「爺さんそれでいいのか?」
「だ、誰じゃ……外には誰もいないはず……お前は死神かそれとも死の前に現れるという精霊か?」
「そんなことを聞きたいんじゃねぇ! 爺さんてめぇそれでいいのかって聞いてんだ。女の子をこんな目にされて、店をぶっ壊されて、それで泣き寝入りでいいのかって言ってるんだよ!」
「わしには力がないんじゃ。だから……」
男は手に持っていた紙を爺さんの前の床に置いた。
「その紙に名前を書け。契約しろ。それで俺はお前に力を与えられる」
「これは……悪魔の契約か?」
男はうなずく。
「そうだ。悪魔の契約だ。この契約には大きな代償がある。そしてこの力の代償にお前は地獄の苦しみを味わうかもしれない」
「……」
「それでもだ。それでも、お前はやらなくちゃならんのだ。
ここで俺が助けに入ってあいつを倒せるかもしれない。でもな。それじゃあ後で、あいつか、あいつの子分が、お前かノエルに報復しにくるだけだ。
だから、誰にも頼れない。お前の力で戦い、そしてノエルを、そしてお前を、お前の家族達を守らなければ、守る”意思”を持たなければならないんだ!」
「はは、老骨に無茶をいうわい」
店主は男の右ポケットから渡されたボールペンを手に取る。インクがないことを訝しく思ったが、そのまま紙にペンを走らせると線が引けるのがわかると、自分の名前を書いた。
「わしは……やるぞ!」
「よし! その”戦う意思”! 確かに受け取ったぞ!」
その会話の間、イスカは机にブチまかれた金貨を指で一つずつ数えるのに集中していた。
イスカからしてみれば、相手は足の不自由な老人と戦闘能力をもたない小娘であり、またその小娘についても半ば気絶状態にあり、もはや勝負は決まっていたからだ。
それならば、略奪品のチェックを優先するのは当然だった。
これは軍隊での話なのだが、軍隊は略奪を始めたときに最も脆くなる。敵に対する警戒は薄れ、統率がまるでとれなくなり、意識が戦いから盗んで如何に逃げるかというところに移るためだ。
それは時間にして10分かそこらであっただろうが、その失われた10分の代償はあまりにも大きかった。
ガララララララ
何か金属の、大きな車輪が回る音がした。
イスカはハッとして音のする背後を振り向くとそこには車いすに乗った店主がいた。
いや、ただの車いすではなかった。
金属製車いすの両面及び前面に30mmの鉄板を貼りつけてあり、推進力として、背もたれの後ろ側に爆発式魔道具『ファイアエクスティンクション』を付け、店主が詠唱すれば自在に時速126kmまで走行が可能な代物。
さらに本人自身も”海王の兜”を被り、攻撃魔法に対して耐性を持ち、その厚さ20mmはある全身鎧”魔人の鎧”を装着して、いかなる攻撃もはじく状態である。
さらに手にはボウガン。それもただのボウガンではない。そのボウガンは魔法エンチャントを付加した矢を装填可能であり、対象にぶつかった瞬間に硫酸をぶちまける魔法、爆発する魔法、地獄の火炎で焼き尽くす魔法等の切り替えが可能であり、一種のグレネードランチャーになっている。
さらにそのボウガンの命中精度を上昇させるため、”天神のスコープ”といわれる照準器を方眼鏡のように目に装着している。
ボウガンの矢を打ち尽くした状態も考慮に入れ、車いすの背もたれには、ランス、サーベル、魔法式短銃等の騎乗用武器が装備され、近接戦においても圧倒的に有利な状況に持ち込むことは可能だ。
その上、シートの下側には攻城用兵器としては最新鋭の火薬武器『ウルバンの巨砲』が装備され、パルテレオン要塞の6重城壁を全て貫通する威力を誇る徹甲弾を発射することができた。
「は? なんじゃこりゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「狩りの時間じゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
両者の叫び声とともに戦端が開かれた。
店主は詠唱とともに店の中をドリフトしながら円周上に回りだす。一見すると棚が邪魔で走行は難しいようだが、器用にそれら障害物を飛びあがって避けながら前へ進んでいた。
イスカはとりあえずこの意味不明な戦闘兵器と化した店主から逃げるためにドアのある店の外側へ走りだした。
店主のボウガンが次々に連射され、イスカの足元に着弾する。一発目が床に当たったとたん爆発して、イスカはその場の衝撃で横に吹っ飛ばされ壁に叩きつけられた。
そして2発目がイスカのいた場所ではじけ飛び、その床がまるでアイスが解けたようにドロドロと溶け出した。
イスカは背筋がぞっとするとともに遠距離戦ではとても勝ち目がないと悟った。そもそもイスカは軽くジジイを小突くだけと思ってたので武器は大剣しかもっていない。自分の準備のいたらなさをイスカは慎重さに欠けると歯ぎしりしながらも昨日の戦闘と違って全身鎧を装着していることで自信を持った。
先の爆発で死ななかったのはこの全身鎧のおかげである。
ドアはあまりにも遠くとても辿りつけない。走りだしたら、おそらく背中からあのボウガンを打たれて鎧ごと溶かされてしまうだろう。
それならばと、大剣を振り上げ、爆走する店主へと駆け出した。
「うぉおおおおおおお! こちとら銀等級なんじゃ! ドラゴンも巨神兵も倒した俺様がてめぇみてぇなジジイに負けるわけねぇえええええ」
店主は自分に向かって走りだすイスカにまず魔法式短銃を向けて片目を閉じて冷静に照準を合わせてぶっぱなす。
イスカの左肩に弾はぶち当たり、鎧ごと肩の上半分が吹き飛んだ。
泣きそうな顔になりながらも最後の力を振り絞ってイスカは店主までたどり着き、大剣を振り上げる。
だが、店主はそこで魔道具を詠唱。最大速力時速126kmに一瞬で達し、構えていたランスとともにイスカの脇腹を貫いて急停止した。
イスカはそのエネルギーにより窓ガラスをぶち破り外へと飛び出す。そして逆側に置かれた、今は廃墟になっている宿屋の石壁をぶち破り中にあった樽を2,3ぶち壊してまるで人形のように四肢を振り乱して逆側の石壁にぶつかってそこで止まった。
だが、イスカはしぶとかった。
ここまでやったにもかかわらず、満身創痍になりながらも生きていた。
大剣を杖にして這いながらなんとか宿屋の中から出てくる。
外に出た途端、目の前にシートの下からウィーンと可変式に伸びていく店主の大砲の大穴が見えた。
「あばよ」
大砲の轟音が鳴り響き、イスカの頬をかすめて後ろにあった宿屋が壮絶な爆音をなり響かせて倒壊した。
イスカはその場で気絶してしまった。
そうこの時点で、戦闘兵器 魔法店の店主が冒険者イスカに精神的にも物理的にも完全に勝利したのである。
それ以降、魔法店に冒険者が恐喝に出てくることはなかった。
(´・ω・`)ロボコップって知ってます?
あれイメージして作りました。