勇者金融屋編 -ノエルの場合-
カラーンカラーン
青銅作りの教会の鐘が町中に響き渡る。
深夜の鐘から数えてちょうど九つ目の鐘であり、日本では16時を示す鐘だ。
建物の陰が町ゆく人々を覆う頃、町の東方に位置する宿場にてよく目立つ金色の狐娘が屈強な男たちに必死に取り立てをしていた。
「借りたじゃろ!」
ノエルは袖口から取りだした借用書を手で叩いて男達に見せる。
しかし男達はそれを見ても腕を組んで笑うばかりであり、まるで取りあおうとしなかった。
「そんなもん知らねぇ」
「人違いじゃねぇか?」
ノエルは男達を睨みつけると、借用書の名前を読みあげた。
「お前はビックスじゃろ! そしてそこのお前はリスト! ちゃんとここに名前が書いてあるではないか!」
「あー? 誰だよ俺の名前勝手に書いた奴。とんでもねぇな。おい嬢ちゃんとんでもねぇ詐欺師に捕まったな。後で俺が犯人探しといてやるよ」
「見つかるかわかんねぇけどな!」
ノエルは男達の対応にハラワタが煮えくり返った。
そんなわけがない。男達の持ってる剣、弓矢、斧、全てわっちがこいつらに売ったものだ。
大体、ノエルは男達の顔を覚えてる。間違えるはずがない。
「しらばっくれて借金を踏み倒す気かえ? いい度胸だえ、でるとこでるけど、いいのかえ?」
でるとこ、というのは裁判所だ。
ノエルもこの世界に来て長く、そういう場所があることは知っている。異世界とはいえ、無法地帯ではないのだ。町役人が裁定者になって、月に何度か裁判が中央の城の中で開催されており、ノエルが町の開門時間等を調べるときに使う中央広場の掲示板には裁判の日程が時折書かれていた。
もちろんノエルのような一町民は城に等入ったことはないが、訴えは金銭を積めば誰にでも解放されていた。
知りあいの魔法店の店主も訴えをしたことがあると聞く。
「裁判所? いいけど?」
余裕の表情を見せる男達。
そんなもの何でもないというかのようだった。
だが、ノエルはハッタリだと思った。
「いいのかえ? いいのかえ? お主等、ご公儀のお沙汰があれば、簡単にみぐるみはがされるえ?」
男が軽くノエルの肩を叩く。
「いや、嬢ちゃんさ。嬢ちゃんは裁判に出れるよ。そうだな。1か月もすれば裁判は終わるだろう。で、嬢ちゃんが勝つ。
だけど、”それがどうしたんだ?”」
ノエルは男の手を払いのけた。
「何を言ってるのじゃ、それで勝ったらお主たちが払わなかった金銭はわっちの物で、延滞金だってもらうぞ! 1月5割じゃ!」
「だから解ってねぇなぁ、”それがどうしたんだ”っつうの」
「何をヌケヌケと、お役人様じゃぞ! ご公儀じゃぞ! この街で一番エライんじゃぞ!
おぬしらのようなチンピラなぞなぁ!」
「だ・か・ら・”それがどうしたんだ?”」
ノエルは男達が強気の姿勢を崩さない意味が解らなかった。
そしてあることに気づいて、背筋が凍るような悪寒が一瞬背中に走った。
この男達は何か知ってるのだ。わっちの知らない何かを。
ノエルはにやつく男達の影から一歩退くと、額からポタリと汗を垂らした。
男達はじりっとノエルへにじりよる。
「いや、俺っちの知りあいがさ、ツケで魔法店の店主から魔法書買ってたのよ」
魔法店?
まさかあの訴えたジージのことじゃ?
「でも魔法書って高いじゃん? とても払えねぇわけ。で、とうとう訴えられちまったことあったのよ。で、負けた。魔法店の店主は喜んだよ。で、その後どうなったと思う」
そういえば、あのジージ訴えに勝ったと聞いてからトント魔法店で商売してる姿みたことない。店はいつもしまってたし……てっきり旅行か何かに行っていたのだと思ったのじゃが。
「な、何が言いたいのじゃ!」
「だから、どうなったと思う?」
「そうじゃ、知っておるぞよ。ツケを払ってもらって、店は閉まっておるが、それで家族みんなで旅行に行っておるんじゃ。そうに違いない」
男は目をぐるんと上に上げて闊達に笑いだした。
「ブッブー残念でした。
俺にぶん殴られまくって左腕を骨折して今、病院でずっと寝たきりになってまーす」
「な、なんじゃそれ! う、嘘を言うでないわ!」
「嘘じゃないんだなぁ」
「だから、裁判で勝っても、お城の役所は何もしてくれねぇし、取り立ては結局自分でやるんだよ」
「えーお役人様が強制執行してくれるんじゃ」
「やらねーよ。役人どもは、面倒事には首突っ込まねぇからな。大体みんな勝っても泣き寝入りだぜ」
ノエルは異世界の理不尽を体感した。
そう、この世界の役所は何もしてくれない。日本でも役所といえば、何もしてくれないことで有名だが、この世界では本格的に何もしない。裁判で勝った。あっそう。後は自分で解決しろ。
まさか、そんなはずは……
「そんなはずないのじゃ! それじゃ裁判の存在が無意味じゃなか!」
「いや、そうでもねぇんだな。お役所としては要はそいつが金払わなくて殺されてもしょうがないよね。って判断されるわけだ。裁判がなかったら普通に殺人罪だが、それは不問にされるという話。
つまり、勝った奴は負けた奴から財産を殺してでも奪い取れって話なわけよ」
ノエルの感覚からしたら無茶苦茶であった。
だが、しかし、現実問題として、長らくこの世界に生きてきたノエルにとっては、滅茶苦茶納得がいった。
実際、この異世界、相当物騒である。
酒場に入ると大体誰かが喧嘩してるし、そこで魔法と剣で決闘するのは日常茶飯事。それで死人が出るのもありふれた事柄。魔物討伐で、冒険者達が大量に殺されても誰もきにしないし、大体奴隷も普通にいるし……
つまり全然ありえるわけだ。
いや、納得がいったとか、ありえるわけだとか、そうじゃなくて、今、こいつらから借金を返してもらえないと、金主からわっちが借りた借金が返せなくなる。
それは……まずい。本当にまずい。
「解ったのじゃ、じゃあ今は3割だけ返してほしいのじゃ。残りのぶんはあとからでいいから」
ノエルは憎しみにゆがみながらも笑みを取り繕った。
「いや、だから無理だから。ハハハ……じゃ、みんないこーぜ」
男達はその場から離れようとする。
ノエルは男達の足に必死にしがみついた。
「待つのじゃ! 3割でも返してくれないと、わっちは、わっちは奴隷になってしまうのじゃ!」
男達の足がぴたりと止まった。
「そうなのじゃ、金主からの契約書には借金が返せなくなったら奴隷として売られるって書いてあるのじゃ、わっちは嫌なのじゃ! 奴隷は嫌なのじゃ」
男達がゆっくりノエルの方を向く。
「ごめーんね。俺達とは関係ないから」
それを言った後、ノエルから買った剣の腹がノエルの頭に打ち付けられた。
ノエルは腹這いになって地面に突っ伏した。
男達はその場から去った。
道行く人はちらりと倒れたノエルを見るが、喧嘩沙汰に巻き込まれたくないのか距離を開けて通り過ぎていく。
ノエルは記憶が朦朧となりつつある中、日本から転生したときに、戦闘スキルでも付与しておけばよかったなぁとか考えた。
ビビリだったわっちは魂を取られると聞いて、ステータスそのままにしちゃったのじゃ。もらったスキルもこっちじゃまるで役に立たない。ただ”利子”が低いだけじゃ。
それでも異世界で商売してのんびりスローライフでもしてればええと思った。
でも現実は甘くなかったのじゃ。
スローライフは所詮、なろう小説の中だけのお話。大体魔王や魔物と戦う世界でスローライフってなんじゃ。バカじゃ。わっち。そんなのありえるわけがないんじゃ。住民はみんな凶暴だし、大地は荒廃して商工業も全然発展しとらん。異世界はただのこの世の地獄じゃ。
こっちの世界に来てからも貧民窟でペコペコ頭を下げながら小銭稼いでやっと自分の店を持った途端に奴隷になりそうな始末じゃ。
そもそもわっちは元の世界でもしがない飲食店で働いていて、でも年取ったら病気になってどこにも働けなくなって、借金だらけになってて、そして布団にくるまってたら女神が現れて、睡眠薬大量に飲まされてこっちの世界に来ただけで、そもそもこっちの世界になんてくるつもりなんてなかったのじゃ。
わっちはただ、それでも昔からなりたかったロリ狐巫女になってみんなでわちゃわちゃスローライフをしたかっただけなのに。
「どうして、どうしてこうなったのじゃ」
突然、口の中に何かを流し込まれた。
う、うぬ?
「回復ポーション効くか?」
「死んでなければ。あの、その、一瓶全部流し込むのは止めた方がいいですよ?」
「なんで?」
「それ物凄く辛いですから」
△×○△◇§§§§ッーーーー
なんじゃこの唐辛子と豆板醤とワサビを混ぜたような味は!
「おばびら(お前ら)! 何すぶぶじゃ!」
目の前には錫杖を持った子供と、スーツ姿の男がいた。
昼にいた二人である。
「おっ生き返った」
「ですね」
なんじゃこの二人。一体わっちを助けてどういうつもりなんじゃ。
「その様子だと、大方、借金の取り立てに失敗したようだな」
冷やかしか?
そうじゃ冷やかしに決まっておる。昼間にわっちが笑ってやったのを仕返しにきとるんじゃ。絶対にそうに違いない。
「笑いたければ笑うのじゃ。お主の商売真似たらこのざまじゃ。わっちはこれから金主んとこに行く。そこで奴隷になるんじゃ。どうじゃ、せいせいしたじゃろ……もうほっといてくんなもし」
男はポケットから巾着袋を取りだすと、隣の少女に見せた。
「これで十分かな」
「買取価格としては足りていると思います……最近は戦争も減ってるので価格も高騰してますが、それでも多くて100万シーゲルかと」
「ゲッ……多いな」
「競売に出したら相場の7割掛けですから、少しは値切れると思いますよ」
「そうか、じゃあ交渉するしかないかな」
なんじゃ二人で勝手にしゃべってわっちは無視かい。
「いつまでそこにいるんじゃ! 見世物じゃないわい! 帰ってくれ! みんな帰ってくりゃれ!」
わっちが辛抱たまらんで地べたに座って泣いてると、男がわっちの頭に手をあててポンポンとたたいた。
「大丈夫だ。お前を奴隷になんてさせないぞ。金主に言ってお前を買い取ってやるよ」
わっちの聞き間違いかの?
こいつわっちを買いとるとか。
「そんなバカな。そんなことをしてお主に何の利益があるんじゃ……嘘をつくのも大概にせぃ」
「ついでにお前が持ってる借用書全部金主から俺が買いとってやるよ。どうせ回収できないんだから紙屑だろ。それでお前の借金はチャラ」
「お主、本気か? 本気なのか?」
「そうだよ。後、頭大丈夫か。回復ポーションで欠損は回復しないって聞くし」
男はグシャグシャとわっちの頭を優しくなでた。
「だ、大丈夫なのじゃ……あんまり触らんでくれ恥ずかしい」
「ああ、悪い女の子だもんな」
「……」
わっちは初めて優しい世界に触れたような気がしたのじゃ。
「それに利益がないわけがないじゃないしな。ちょっと借用書見せてくれ」
借用書は袖口から吐きだされ、地面にばら撒かれていた。
それを錫杖の少女が掻き集めて男がポケットから出した炭で計算した。
「ざっと2000万シーゲルってとこか。投資額の6.6倍か。まあちょうどいいだろ」
「なんじゃと、まさかお主」
男は夕陽を後光にしながら地べたに座るわっちに手を差し伸べながらこういった。
「もちろん。俺が全部冒険者どもから回収してやる。金融屋としての維持を見せてやるよ。」
気づけば、その時、そいつに惚れてたんじゃろな。わっちは。
この男に一生ついていくと決めたんじゃ。
(´・ω・`)中央広場は真ん中にお城があって、その周りにお役所が点在する感じです。
そのお役所は10人くらいで回していて実質的に町人に自治は任せてる感じな街です。
識字率の低い時代は中世の場合どこの国もこんな感じでした。