勇者殺す
朝6時、鳴り響く目覚ましを止める
顔を洗い、朝飯を食い、着替えて、歯を磨く
いつも通りの朝の行動を終えれば
「いってきます。」
今日もいつもと変わらない平和な一日が始まる。
仕事が終われば同期からの誘いも断り直帰
家に戻り息子と遊び、晩飯を食い、妻と息子の三人で風呂に入り布団に入る。
「おやすみなさい。」
妻と息子の三人、少し手狭に感じるアパートでの代わり映えのしない、しかしながら幸せな日々を過ごしていた。
ある日僕は家族に告げる
「今度の日曜日は遊園地に行こう。」
なんてことない小さな家族の小さな楽しみ、大喜びする息子を見て貯まった疲れも吹き飛んでしまう。
三日後
ついに日曜日、はしゃぎまわる息子と妻の作った弁当を車に乗せ目的地へ向かう。
休みにも関わらずすいている道路を制限速度ぎりぎりでかっ飛ばして走り一時間足らずで遊園地へとたどり着く。
観覧車、コーヒーカップ、メリーゴーランドと三つ乗ったところで昼時となり僕らは広場で昼食を取り始めた。
雲一つない快晴で心地よい風が吹く正に完璧な天候、妻の弁当を食べながら幸せを噛み締めていた。
僕は本当に幸せだった、この時までは。
弁当を食べ終わり、またアトラクションへと向かおうとした時異臭を放つロングコートの男が僕達の前に現れた。
「あなたはしあわせですか」
やばい、誰でもわかるこいつはやばいやつだ。
僕は男を無視して妻と子と去ろうとする。
「ねえ、聞いてるじゃないですか」
男が道を塞ぐ
「あなたは幸せですか?」
妻も息子も気味悪がっている、仕方なく口を開く
「あぁ幸せだよ、僕達は幸せだ、だから邪魔をしないでくれ。」
男の横を通り抜けようとする。
「そっか、幸せなんですね」
男が僕に囁く
「なんで俺が幸せじゃないのにお前達は幸せなんだ!」
男が突然怒りはじめた、僕は妻と息子の手を引き走ろうとする。
男がコートから何かを取り出した。
「死ね!幸せなやつはみんな死ね!俺の幸運を吸い取りやがって!死ね!死ね!」
乾いた音が響き、周囲は一瞬の静寂に包まれた。
息子の手を強く握っていた僕の右手は突然重くなった、頭部のなくなった息子が力なくぶら下がっている。
僕が叫ぼうとした直後に再び乾いた音が響き今度は左手が軽くなる、妻が吹き飛んでいった。
僕はもう死んでいる息子を抱えながら妻の元へ走る。
大丈夫だから大丈夫だからと内蔵を吹き飛ばされた妻に声をかけ続ける。
背後にはいつの間にか男が立っていた、手には二人を打った散弾銃、三度目の銃声と共に激痛が走る。
痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い今まで体験したことのない感覚が僕を襲う、僕は最後の力で動かなくなった二人を抱きしめた。
そして目の前が真っ暗に
ならない、どういうことだ、僕は打たれたんじゃ、死ぬんじゃ、死んだんじゃ、体は動かない、指先一つ、眼球ですらも動かせない、なのに痛みだけは感じる。
煉獄のような激痛を耐えず感じながら永遠にも思える時を過ごし死なせてくれと数千回ほど思った頃に救急隊が視界の中に入ってきた。
救急隊は僕を二人から引き剥がし担架に載せた。
二人とはもう永遠に会えないことを激痛の中で悟った。
病院に搬送された僕は懸命な治療を受けた、麻酔は聞いてるはずなのに激痛は止まらない、それどころか手術の痛みも上乗せされ僕は精神が狂いそうだった、狂えたらどれだけ楽だったであろうか。
やれるだけの処置を終わったらしく僕は集中治療室に運び込まれ、流れるラジオからあの遊園地で何があったかを知った。
犯人はひきこもりの男で親の猟銃を持ち出し僕ら以外に五人を射殺し最後は自分に銃を撃ち自殺、犯人は遺書を持っていたらしく動機が書かれていた。
俺の幸せはいつも他人に奪われてきた、今度は俺が奪われた幸せを取り返す番だ
こんなしょうもない理由で僕の家族は殺されたのか?処置により少しは和らいだ痛みを感じなくなり僕はただ自分の憎悪だけを感じていた。
横の機械が鳴り響いている、うるさい、そんなことより奴に復讐をさせろ、死んでいようが関係ない、死体をひん剥き晒し上げ石を投げつけ最後には犬にでも食わせてやる、許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない。
痛みはいつしか消えていた。
我を失った僕を現実に引き戻したのは医者の一言だった。
「ご臨終です。」
何を言っている、僕は死んでいないぞ、まだ生きている、こうして意識もある、やめろ、目を閉じるな、やめてくれ。
僕の思いも虚しく視界は真っ暗になる。
通夜葬式と僕は棺桶の中から動けぬままついに火葬の日を迎え、僕は意識のあるまま焼かれた。
撃たれた時とは比にならない激痛が全身を襲う、逃げようにも体は動かないし動いたところで逃げ場などない。
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い
だがいつしか苦しみの感情は消えた、炎が身を焼くほどあの男への憎悪が高まっていった。
頭の中が憎悪一色になった時、僕の視界はようやく真っ暗になった。