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第4話

 なんだかんだでラルクに誤魔化(説得)された九重は、硝子ガラスのような透明な物で作られたボウル(・・・)という底が丸い器を前にして唸っていた。


「んんんん、真雪屋のお豆腐一丁出ておいで……っ!」


 すると九重の真ん前で、先ほどのような光が現れた。


「ていっ!」


 九重は間髪入れずにボウルを光の下に動かす。すると、すぐさまちゃぽんと音が鳴った。


「おおっ、成功ですね」


 九重を見守っていたラルクが声を上げた。ラルクの言う通り、水を入れていたボウルには白いお豆腐が一丁、ぷかぷかしている。


「わあ、凄い!」


 お豆腐が突然出てくる瞬間を見るのは二度目ではあるが、やはり感嘆してしまう。タネも仕掛けもない、何も無いとこから出てくるから、手妻師も真っ青だろう。

 九重はお豆腐をちょんと指先で突っついた。


「この白さ、このぷるるん感。やはり真雪屋のお豆腐です」


 ふんすーと、鼻息荒く九重が言った。どうも九重は、お豆腐が関わると少々荒ぶってしまう。以前家族にも言われた事であるが、九重は自覚はしていない。

 九重はにこにことボウルを作業台に置く。……ちなみに、九重にとって異世界ここの作業台は高かったので、急遽踏み台を用意された。ちょっと腑に落ちない九重である。


「さて、お豆腐はありますから、あとは醤ゆ……」


 ここにきて、九重ははた(・・)と気付いた。

 お豆腐にばかりかまけていたから忘れていたが、はたして異世界ここに醤油はあるのだろうか? 九重の顔が凍りつく。お豆腐がないのだから、同じ大豆で作られる醤油が存在ある可能性は低い。


「あ、ああああ……、どうしましょう……」


 お豆腐と醤油はとても相性が良いというのに、異世界ここで両方を出会わしてやることは不可能に近いのではないのか。九重はまたもや頭を抱えた。

 そんな九重にある人影が近づく。


「あの、もしかして醤油を探してる?」


 そう言ったのは、九重達が調理場に来て以来何かとしてくれるあの若い男の料理人だ。


「ふぇ?」


 頭を抱えることに精一杯だった九重が気の抜けた声を出した。話を聞いていなかったようだ。


「だから、醤油。さっき言いかけただろ?」


 九重の黒いまなこがまん丸くなる。


「醤油があるのですか!?」

「ああ、あるよ。ほら、これ」


 若い男の料理人が二尺足らず(約六十センチメートル)の、首に向かってたんだん細長くなっている筒のような青みがかった透明な容れ物を見せてきた。男が白磁の小皿に中身を少し移せば、そこには赤みがかかった薄褐色の液体が広がる。

 九重は断りを入れると、小指を液体に付けて口に含んだ。


「んんん、醤油です。まごうことなきお醤油です……!」


 九重は瞠目する。異なる世界なのに、元の世界の物がある事が堪らなく不思議な気分にさせた。


「この醤油は、昔、日本からの召喚者がこの世界にもたらしたものだと言われていますね」


 ラルクがそう言えば、男も続けて言う。


「その方は『料理は醤油に始まり醤油に終わる』っていう格言を遺されているよ」

「へえぇ」


 九重は内心で小首を傾げた。確かに醤油は料理を作るうえで大切な調味料のひとつだが、どちらかといえば出汁だしのほうが大切だと思うのだが……。不思議な格言である。

 なにはともあれ醤油が手に入った。あとは……。


「すみません、ネギと生姜はありますか?」


 男の料理人は、にっと笑うと、


「あるよ」


 と言った。






 ◇◆◇◆◇






「コノエ様が料理を作り終えたようです」


『召喚の間』から、臣下との会食に使う一室『星露の間』に移動した国王達に、国王の侍従長がそう告げた。国王ジルバードが僅かに目をひらく。


「もうか? 随分と早くないか?」

「は、しかしながら、コノエ様とラルク魔導師はこちらに向かっているそうです」

「そうか」


 侍従長は低頭すると、静かに室内の端に下がった。

 ジルバードは周囲を見回す。室内には白色のテーブルクロスが掛かった長いテーブルがあり、各席にはこの度の『召喚の儀』に立ち会った者達が着いている。ジルバードを主席に、王族、宰相、騎士団長に各大臣など。そうそうたる顔ぶれである。

『召喚の儀』とは、それだけ大事業なのだ。


「しかしお父様。まさかあのような幼い子を召喚してしまうとは……」


 国王ジルバードのすぐ側の席に座る薄い金髪の女性が、美しいかんばせに戸惑いをのせて言う。ジルバードの第一子カミーユだ。


「その通りだ。父上、元の世界で両親が心配していよう」


 カミーユの前の席に座る、銀色に薄く蒼がかった髪の男性が追随する。美しく凛々しい顔立ちには、憤りの色が見える。ジルバードの第二子アレクシスだ。


「………」


 国王ジルバードは二人を睥睨すると、小さく息をついた。


「仕方があるまい。召喚魔法は期間が来るまで帰ることは出来ぬのだから。我も可哀想なことをしたと思っておる」


 カミーユが口元に片手をあてて、悲しそうに瞼を伏せた。


「あのような幼子には、まだまだ親の愛情が必要でしょう。実の親になることは無理ですが、せめてその分私が母親代わりに愛情を注ぎましょう」

「やめんか!」


 カミーユの言葉に、ジルバードが声を荒げる。


「ならば私は父の代わりになろう」

「たわけ!」


 カミーユに続いてそう宣言したアレクシスに、ジルバードは再び声を荒げた。

 国王ジルバードにとって、第一子カミーユと第二子アレクシスは問題児(・・・)であった。別段性格が悪いわけでも、王族として不出来というわけでもない。むしろ二人とも性格は穏やかなほうだ。国民臣下の人気も高い。

 だが二人はとんでもない問題児(・・・)であった。国王ジルバードの目下の悩みは、この二人に集約している。


「御三方とも、そろそろコノエ殿が参りましょうぞ。しゃんとなさってください」


 ちょっとした親子喧嘩に、宰相のグリノオが諌めた。そろそろ老齢に差し掛かるだろう宰相は、小柄で細身がらも眼光は鷹のように鋭い。先王の時代から王宮に仕えているためか、礼儀には人一倍厳しかった。


「うむ。グリノオの言う通り、そなたら、ちゃんとせぬか」


 ジルバードの言葉に、カミーユとアレクシスの眉があがる。


「あら、グリノオはお父様に注意したのよ」

「ああ、そうだ」


 子供達の言葉に、今度はジルバードの眉があがる。


「何を言う。そなたらに注意したのだ」

「いいえ」

「国王たる父上を諌めたのです」

「ごほんっ!」


 王族の親子喧嘩を、グリノオは咳ひとつで抑えた。


御三方とも(・・・・・)です」


 三人の王族は憮然とした顔になる。子供達は母親似だというのに、こういった表情はそっくりだ。

 王族と宰相のやりとりに、他の重臣達は苦笑して見守っていた。

 そんななか、侍従長が告げる。


「コノエ様が参られました」


 こたびの召喚者が作る料理ははたして未知なる味であるのか?

 なんともいえない独特な緊張感が生まれた『星露の間』の扉が開かれた。




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