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第零話

「いい天気だねえ」


 ぽかぽかの陽気が気持ち良い。どこぞの長屋門の屋根に居座る猫がのん気にあくびしている。

 江戸幕府は第十一代将軍徳川家斉公が治める御世はいま、爛漫の時期である。桜はもとより、椿やすみれに桜草、それに桃などの春咲きの花が鮮やかに咲き誇っている。

 春、である。

 誰もがどことなく心を弾ませる季節であった。

 ここ、お江戸は日本橋浜町(はままち)でもそうである。浜町は旗本が多く屋敷を構える武家地だ。

 そんな一画にある屋敷で、とある若衆髷の少年がにこにこと、先の言葉を洩らした。じつにのんびりとした口調である。それを聞いたたった一人の中年の男が苦笑した。


「へへ、末の若さまは、いつだって良い天気って言うじゃないですか」

「そう?」


 中年の男に末の若さまといわれた少年は、こくりと首を傾げた。


「ええ、ええ。末の若さまときたら、雨が降ると恵みの雨だねえって言うし、暑い日にゃあ水練がしやすい、寒い日にゃお鍋が美味しいよねって言ってますぜ」

「そうだったかな?」


 少年はしきりに首を傾げている。どうやらまったく憶えていないらしい。

 若さまらしいやと、中年の男は笑った。


「さて、はいよっと」


 中年の男は小さめの木桶を少年に渡した。そのひょうしに、桶の中がちゃぽりと鳴る。代わりに少年は小銭を払った。


「いつもすまないね」

「なあに、こちらも商売でさあ」


 愛想よく返した中年男は、商売道具であるてんびん棒を肩に担ぎ上げた。てんびん棒の両端に掛かる盥が不安定に揺れるが、日頃のあきない賜物たまものか、男の日焼けした身体はがっしりとしていて振り回されることはない。


「じゃあ若さま、また明日もうかがいやす」

「うん。よろしくね」


 軽く頭を下げた棒手振ぼてふりの中年男は、軽やかな足取りで勝手口から出て行く。男の背を見送った少年は桶の中のもの(・・)に頬を緩ませながら台所に入った。台所は八畳程の板間に、くの字型の土間が付いてある。土間の片端には井戸があり、かまどみっつ。三千石以下の旗本や大店おおだなの台所はだいたいこのような感じのつくりである。

 少年は板間に桶を置いた。桶の中の水の中にあるもの(・・)がぷるりと揺らぐ。とても美味しそうだ。このまま食べてももちろん美味しいだろうが、今回は新しい調理法を試してみるのだ。少年は口内に湧き出た唾をごくりと飲み込んだ。


「ああっ、暑い。堪らんな」


 するとそこへ、どたどたと忙せわしない足取りをしたいかめしい顔つきの男が表部屋からやって来た。身丈みたけが 六尺(180センチメートル)と少しある大柄な男は、手ぬぐいで首筋の汗をぬぐっている。

 少年は突然の大男の出現にも驚きを見せることはない。何故ならこの大きな男は、


次郎じろう兄さま」


 少年にとって実の兄であるのだから。


「よお、九重このえ。今日も台所に入り浸っておるな」


 そう言うと兄は、少年……九重の頭をぐりぐりと撫で回した。がくがくと九重のまあるい頭が揺れる。この兄弟にとっては日常のことであったが、はたから見ると、六尺の大男とその腰ぐらいしかない少年のそのやり取りは、非常に──九重の頭が──危なっかしいものであった。

 力強く少々乱暴な手付きだが、九重は兄の大きな手は嫌いではない。なのでされるがままである。兄の手が止まると、九重は口を開いた。


「はい。次郎兄さまは今日の稽古は終わったのですか?」

「おお、今日は師範しはん達が八つ過ぎから用があるそうでな。いくら俺が師範の手伝いをしているといっても、正式な師範代でもないからな。俺ひとりで道場をしきるわけもいかん」


 兄の十文字じゅうもんじ 次郎左衛門じろうざえもん 明典あきのりは、二十七歳にして小野派一刀流の免許皆伝者である。その腕を見込まれて、最近では道場で若手の指導の手伝いをしているそうだ。そろそろ師範代にならないかとの声も掛けられているらしい。


「私も次郎兄さまみたいに、はやく稼げるようになりたいです」


 弟のきらきらとした眼差まなざしに、兄は厳めしい相好をにへりと崩した。


「焦らなくてもいいさ。お前はまだ十二なのだからな」

「ですが、兄さま方(・・・・)は皆一人前に稼いでいらっしゃいます」


 むうっと、九重の頬が膨らむ。


「あっはははははっ。そりゃあ俺たちはもうとっくに成人してるからな。お前はまだ元服げんぷくもしていないんだから、仕方がないさ」

「むうう」


 さらに九重の頬が膨らんだ。年の離れた末弟の幼い仕草に、次郎左衛門は笑いをこらえきれない。

 十文字じゅうもんじ 次郎左衛門じろうざえもん 明典あきのり、そして十文字じゅうもんじ 九重このえ

 名前からわかるとおり二人の家は武家だ。

 十文字家は二千五百石の石高こくだかを頂く旗本である。旗本の石高は、おおよそ上は一万石未満から下は二百石くらいだと決められている。それ以下は下級旗本か御家人になった。

 旗本五千余家のなかで五千石以上が約百家ほど。三千石以上は約三百家ほど。ここまでを大身旗本という。旗本のなかで圧倒的に多いいのが五百石以下であった。

 十文字家は高禄でも微禄でもない、ほどほどの石高を頂戴している。

 そんな家の二人が『稼ぐ』などと口にするのには違和感があるだろうが、実際武士として徳川幕府(御公儀)から仕事(御役目)を頂くほかに副業をしている武士は少なくないのである。

 そもそも武士の御役目自体が少なく、御役目にあぶれて家禄だけで生活している武家も多いのだ。とは言え、副業をしている多くが下級旗本や御家人ばかりではあるが。

 しかし十文字家は二千五百石という少なくはない家禄があり、また当主が文官(役方)にもついているというのに、家人が稼ぎに出ている。

 これは、十文字家の特殊なお家事情のためだ。

 一言でいえば十文字家は、


 ──子沢山。


 で、あるからだ。

 十文字家にはなんと九人もの子供がいる。ちなみにすべて男子だ。

 さらに驚くことに、全員が十文字家当主とその奥方の実子である。奥方は十六歳で長男をすぽんと産むと、それを皮切りに毎年のように次男三男……と、ぽろぽろ産んだ。これぞ安産とばかりだ。

 赤子は全員がすくすく育った。そのうえ母親はすべての産後の肥立ちも良かった。なので御近所の妊婦は産み月が近づくと、験担ぎとばかりに十文字家の奥方を詣るというのが流行ったという。さらには、その噂を聴きつけたどこぞの藩の大名やら御公儀の偉い幕臣やら、聞いたら卒倒するであろう方々までも十文字家の奥方に験を担いだとか。嘘か誠か、真相は分からない。

 八人目を産んだあとは、これで最後の子にしようと十文字家当主と奥方の間で交わされたらしい。

 が、八人目誕生より五年後、九男誕生。

 これにより十文字家家中はもとより知り合い近所から、『十文字にちなんで十人産んでは?』と謎の発破を掛けられた十文字家当主夫妻であった。だが今のところ九人で打ち止めのようだ。

 ところで九重が母胎にいる頃、他家から女の子であれば是非嫁に欲しいと、なんとも気の早い打診が相次いだ。多産で安産型の女人の血をひいた女の子なら同じ体質であろうと思ったらしい。どこの家もそんな女人は喉から手が出るほど欲しいのだ。

 余談だが、十文字家当主は九男の命名に苦労していたと、当時を知る者は言う。

 子供達は皆、生まれ順に数字が名前に入っている。だから九男もそうしようとしたらしいが、きゅうで名を考えるも良い名は出ず。ではではと考えたが、は苦しみや苦労を連想させるので、これも止めることにした。

 なんだかんだあって九重ここのえとなったが、十文字じゅうもんじ 九重ここのえは、なんとも語呂が悪いということで九重このえとなったのである。

 さて、そんな総勢十一人の大家族の十文字家はそれなりの地位の旗本なので、抱えている家臣も多い。旗本や御家人は御公儀の直臣だが、その旗本や御家人が雇う家臣は各々(おのおの)の家の家臣となる。つまり格家(かくいえ)の石高から家臣の禄を出さなければいけないのだ。

 なのでいくら二千五百石の石高があるといえど家計は嫌が応にも逼迫する。

 切り詰めれるとこは切り詰めたい。十文字家当主と用人の話し合いで、元服をすました者達は自力で稼ぎなさいと相成った。

 そもそも武家は長男しか嫁をとれない。次男以下が嫁を迎えたければ、他家に婿入りするしかない。次男以下は長男の身に何かあった時の代わりでしかなく、不条理ではあるが『部屋住み』やら『冷や飯食い』といわれる肩身の狭い身の上なのだ。十文字家にはそんな身の上が八人。作っておいてそれはないだろうと怒りそうなものだが、兄弟達は性根が真っ直ぐな者が多かったので、みな自身の得意なことをいかして生活費を稼いでいるのが現状だ。

 次男の次郎左衛門は、幼少の頃より習った剣の腕をいかして道場で師範の手伝いをして稼いでいる。

 兄弟のなかで唯一元服をしていない九重は、兄達を見習い将来のため試行錯誤中であった。

 先ほど中年の棒手振ぼてふりから買ったものも、試行錯誤の一端いったんである。


「ん?」


 桶を覗いた次郎左衛門が不思議そうな顔をした。


「どうしました?」

「いや、今日は随分少ないな。小遣いが無いのか?」


 まだ元服していない九重は、両親から少しばかりのお小遣いを貰っている。もちろん兄達も元服前は貰っていた。しかし末の子であるためか、九重は兄達よりも僅かに多く貰っているのは、両親と九重だけの秘密である。


「いえ、今日は新しい一品ひとしなを試してみようと思いまして」


 とはいっても、お小遣いは無限にあるわけではない。

 成功するか失敗するかわからないので、少ししか仕入れなかったのだ、と九重が言う。

 すると次郎左衛門は少しばかり眉尻を下げた。


「そうか。今日はおすそわけは無いのだな」


 六尺少しある体格通り、次郎左衛門はかなりの大食らいである。

 以前町人になりすまして、町の大食い大会に出ては何度も優勝者になったのだが、父親にばれて大目玉をくらっていた。

 多少なり生活費を収ているといっても肩身の狭い身であるため、屋敷ではなかなかご飯のおかわりをしずらいのだ。とはいっても、次郎左衛門は毎食五杯はおかわりしている。それでも足りないのだから恐れ入る。

 そんな食いしん坊な兄のため、九重は将来のための試行錯誤で出来上がる品を、他の家族より多めに兄にあげていた。

 九重は小さく笑うと、しょぼんとした兄に言う。


「兄さま、今日は兄さまにだけおすそわけしますよ」

「なにっ、本当か!?」

「はい」

「そうか、そうか!」


 とたんに顔をほころばせた。次郎左衛門は厳めしい顔に似合わず、とても素直な人である。

 それにいつも九重が作ったものを美味しいと言って平らげてくれるのだ。もちろん素直な人だから、不味いものには不味いと言いながら平らげてくれる。大食い極まる兄である。


「九重の作るものはどれもたいそう美味いからな。将来はきっと凄い料理人になるぞ」


 そう、九重の将来のための試行錯誤とは、料理人になるための調理の練習のことである。


「ふふふ、兄さまの欲目に乗らず精進します」


 次郎左衛門はよく九重を褒めてくれる。褒めて伸ばす性格のようだ。


「おう、美味いものをもっと食わしてくれ」


 次郎左衛門はそう言いながら土間にある井戸に向かった。そういえば、暑いと言いながら台所に入って来たな、と九重は思い出す。稽古終わりで喉が渇いていたのだろう。


「そういえば新しいものを作ると言ったな? 今日は何を作るんだ?」


 次郎左衛門が振り向きながら問うが、さっきまで板間にいた筈の九重はいつの間にかいなくなっていた。





江戸時代は数え年なので現代に照らし合わせば、九重は十一歳。


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