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第一章 その4「日本海に漂う不穏な空気と」

 普天間から辺野古に移設した米海兵隊の飛行場もまた陸自と共同運用となっていた。米海兵隊のMV-22Bオスプレイが離発着し、陸自のCH-47JA輸送ヘリがエプロンに並ぶ飛行場の滑走路に着陸し、エプロンに進入してきた青灰色の空自のC-130H輸送機に向かって那智達偵察分遣隊の隊員が歩き出す。

 隊員達は皆、巨大な106リットルもの容量を持つミステリーランチ製のNICE 6500バックパックを背負った上でキットバッグと呼ばれる75リットルの装備用バッグとナイロン製のガンケースを持っていた。那智の腰と肩にも背嚢が重くのしかかっている。小柄な野中3曹の姿は巨大なバックパックで完全に隠れていた。

 エプロンの駐機スポットで動きを止めたC-130Hの機尾に回ると後部ドアが開き、ランプウェイとなった。空自のロードマスターの合図でランプウェイを渡って機内に乗り込むと隊員達は奥詰めで自分のシートを確保し、荷物をその前に置いていく。

 シートに腰かけた那智はハーネスで体をシートに固定するとヘルメットを外してイヤーマフをかけて離陸を待った。C-130は旅客機ではないので騒音に晒されるため、耳を保護しなくてはならない。向かいに座った山城1曹はイヤーマフの代わりにウォークマンのイヤホンを耳に差していた。

 C-130は隊員達を飲み込むとすぐに離陸した。機内では隊員達はそれぞれ作戦に備えた準備をしていた。那智もまた地図の暗識をしながら不測事態対処を考え、メモにまとめていた。

 C-130が到着したのは長野県の松本空港だった。松本駐屯地の第13普通科連隊に所属していた那智には懐かしく感じる。第13普通科連隊本部管理中隊の車輛が支援のために空港で待っていて、再び車輛に揺られながら松本駐屯地内の訓練場で降ろされた。その訓練場の降下塔などを使って山地におけるロープ登攀技術の確認を二時間程度行うと組長以上の隊員が集められ、訓練内容がようやく説明された。

 北アルプス縦走。日本のマッターホルンと呼ばれる槍ヶ岳も目標だった。厳冬期ではないとはいえ、いきなりこんな山地機動が出来るのか那智には不安だったが、水陸機動団の精鋭偵察隊員と救難員は平然としていた。

 松本駐屯地に隣接する訓練場内に業務用天幕を立て、隊員達は計画作成や準備を行う。

 隊員全員で行う任務に必要な装備を携行しているのか、役職や任務を理解しているのか確認する隊容検査を行うとその日の日没後には第13普通科連隊内のレンジャー教育班の車輛に乗り込み、北アルプスに向けて出発した。


 那智達前方警戒組は主力より先行し、地図判読で前進経路を確かめると共に敵を警戒する。西谷と海保が交代で前方警戒員(ポイントマン)として警戒しながら進み、それを、地図を暗識したセコンドのコンパスマンである坂田と那智が交代で指揮する。

 主力と離れた前方警戒組と主力を繋ぐのは1班長の山城1曹と久野3曹だ。

 前方警戒員は敵の兆候に気付くと止まって静かに姿勢を低くする。今回、北アルプスには第13普通科連隊のレンジャー隊員達が先行し、敵役として潜んでいた。西谷が立ち止まり、ゆっくりとしゃがんで手信号で状況を知らせた。敵性人員二名、距離二百。

 その時点で坂田はすでに地図を見て迂回経路などを策定し始めており、那智は西谷の傍までゆっくりと忍び寄って直接状況を確認した。

 20式小銃に取り付けたELCANを通して確認すると、89式小銃を持ってOD色の作業着を着た二人の男が見えた。同じ自衛官だが、頭の中では北朝鮮のコマンドに置き換えている。


「敵だな。迂回しよう」

「迂回経路はこのように取ります。尾根を巻いていきましょう」


 坂田の意見を聞いて那智は頷いた。


「よし、この経路で進もう」


 那智は無線で主力の先頭を進む山城1曹に状況を伝え、経路を変更することを上申する。山城がそれを承認すると迂回経路を取って前進を再開した。

 急な山肌に爪先を突き刺すようにして進む。尾根を外して歩けば敵に見つかりにくいがその分、険しい道のりとなる。敵を警戒しながら針路を維持するのは高度な技術がいる。西谷も坂田もうまくやっていて信頼出来た。

 各統制地点に着くと1班内で前方警戒員を交代していく。前方警戒員は針路維持と警戒に徹しているため、精神的疲労が特に大きいためだ。

 今日の目標である潜在拠点予定地に到着すると剣崎が近藤2尉に指示を出し、警戒を実施させた。近藤の指示で周囲の安全化のために隊員達は一度、険しい山の中に散って周囲の確認を行う。

 那智はその間に残った隊員と共に拠点の直接警戒につく。山城は副長達の元へ集まって今後の計画について話し合った。今回の訓練は二夜三日。三千メートル級の山を登るには本来なら三日から五日は必要だが、二千メートル手前のこの潜在拠点で仮眠を取り、順応する。最終的に航空火力誘導を行うことになっていた。変更事項や修正事項等が山城を通して那智にも達せられる。

 明日の出発が早まった。行程はやや遅れていた。




 日本海の荒波を切り裂いて海上保安庁第九管区の巡視船《ひだ》は不審船を追っていた。不審な電波を発信していたという海自からの情報からして漁船の様相を呈したあの船は、北朝鮮の工作船の可能性が高かった。《ひだ》船長の宇多田は手に汗を握りながらじっと目を凝らしていた。

 ここ最近、経済制裁の影響から北朝鮮は漁業を推進しており、北の漁船の動きが活発化していた。日本海沿岸部には漂流した北朝鮮の木造船や乗員の遺体が漂着していて、それは例年の倍にもなっていた。またその漁船に交じって北朝鮮の工作船と思われる不審船も確認されている。日本海に展開した米海軍の空母打撃群の情報収集を行っている節があり、海保は警戒を強めていた。日本海で警戒する《ひだ》の船内にも不測事態に備えて海上保安庁特別警備隊の一個分隊が待機していた。


「現在《のりくら》が該船に対して規制を実施中。しかしなおも該船は北西へ航行中とのこと」

「分かった」


 不審船は先行する《のりくら》を振り切って逃げようとしていた。


「のらりくらりと《のりくら》を振り切ろうとしてますね」

「それ面白いと思って言ってるのか」


 副長の吉岡は宇多田の言葉に肩を竦めた。宇多田は吉岡の持ってきたマグカップを受け取り、一口すする。宇多田の好み通りミルクと砂糖がしっかりと入っている。

 宇多田と吉岡はすでに共に勤務した期間も長く、気心の知れた仲だが、吉岡の言動はやや軽薄だった。乗員の士気のためにもいちいちそれを咎めなくてはならない。


「ですが、変な船ばっかりですね、最近」

「秋田の漁港に漂着した漂流漁船の件もある。北の動きが活発になってるんだろう」


 宇多田はコーヒーをすすり、もう一度《のりくら》と不審船、《ひだ》の位置関係を海図で確認した。


「このままじゃ逃げられるな」

「ええ、状況が好転しませんね」


 吉岡は呑気なものだ。白波を《ひだ》が乗り越え、大きく船体が揺さぶられ、台を掴んで体を支えながらも平然とした顔をしている。

 この天候では航空機による追跡は困難だった。天候の影響を受けない上空から海自の哨戒機が追尾しているが、彼らには不審船を撃沈する術こそあれ、止める術はない。


『《のりくら》、該船より離される』


 言った傍からだった。一度離されれば追いつくことは困難だ。


「……追跡を中止する。両舷前進半速」

「ヨーソロ。両舷前進半速」


 復唱の声が船橋に伝わり、《ひだ》のエンジンの唸り声が急速に萎んでいく。


「秋田に漂着した漁船。見つかった四人の男の他にも乗っていた男が二人いたそうです」


 吉岡が急に語り出した。


「続報が?」

「はい。その二人は今も行方不明。近くに潜んでいるとみて秋田県警が捜索しています。警察は今回の漁船も北への制裁強化の影響による食糧不足を背景とした漁船の一つだと判断しているみたいですが……」

「ですが?」

「海自の知り合いから聞いたんですが、労働党三号庁舎からの無線系統が増えているそうなんです」

「労働党三号庁舎……」

「拉致とかの謀略を実行する特殊機関です」


 宇多田は吉岡の言葉に顔をしかめた。宇多田にとって拉致は許せない犯罪行為だった。なんの罪もない無辜の日本人を拉致し、その生活をすべて奪い去り、拉致被害者家族に大きな心の傷を負わせる北朝鮮を宇多田は一時たりとも許したことは無い。二度とそんな真似を自分の目の前でさせるつもりはなかった。


「やつらの目標はアメリカの空母ではなく、工作員の潜入か?」

「その可能性もあります」


 宇多田は荒ぶる暗い海にもう一度目を凝らした。風はますます強まり、船体を白波が叩いていく。その悪天候が不吉な予感を覚えさせた。日本に脅威が迫っている。そんな気がした。



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